ボモラの能力
コンフィアンザがシルイトと合流するべく走り始めた頃、シルイトは王子だったボモラとの対面を果たしていた。
案内役が連れてきたのは、ボモラが座る豪奢な椅子のみがある広いだけの部屋。壁や天井に装飾はあるものの、ボモラがシルイトを殺したがっていたという案内役の言うとおり、この部屋はボモラとシルイトが戦うためだけに存在するものなのだと推測できる。
座っているボモラの隣には、彼のローブと同じ赤でカラーリングされた装備を身につけているオートマタがたたずんでいた。
案内役は、シルイトを部屋に通すとそのまま部屋の外へと去っていった。
「よくもまあ、あれだけの数のオートマタを一人で倒したものだね」
やはりと言うべきか、深紅のローブに身を包んだボモラはシルイトの戦いを何らかの手段で観察していたようだった。壁や部屋の形のオートマタがいるのだから、視覚情報をボモラに伝えることが出来るオートマタがいるのはある意味当然の話かもしれない。
「お前もすぐに同じ道をたどることになる」
「親を殺した俺が憎いか?」
その問いに、シルイトは沈黙を持って返した。
実際の所、シルイトの頭の中では、赤い月を元に戻したいという考えはあったものの、親の仇という感情は薄れていた。
そもそも、本当に憎んでいたら王城で相対したときに何が何でも殺そうとしていただろう。
シルイトは、自分でも感情が整理できなかったので沈黙したのである。
「いくら俺を憎もうが、なんともならんぞ。あくまでも俺は邪魔する者を徹底的に潰すだけ。ウィスターム家もその一環にすぎない!」
ボモラのその言葉を合図に、ボモラの隣に控えていた一体のオートマタが躍りかかってきた。
すかさず指を向けて、ルクスリスによる無力化を図るシルイト。しかし、まっすぐ飛び込んでくるかのように思われたそのオートマタの挙動は、ルクスリスの発動と同時に真横にずれ、人差し指からまっすぐ前に向かって放たれたルクスリスの餌食にはならなかった。
オートマタが手に持っていた剣の切っ先がシルイトを切りそうになったそのとき、シルイトの脳内で機械音声が流れた。
【拠点防衛錬金魔術、ユグドラシルを緊急展開します】
その人工的な音声が流れると同時に、シルイトの認識速度を遥かに超えてイシルディンによる壁が作り出された。
その急激な壁の展開を見ていたボモラは不思議そうに首を傾げた。
「今のは絶対に防げない間合いだと思ったんだけど?俺も色々研究させてもらったけど、あんな早さで壁を作り出すことはできないはずなんだよね」
「全力じゃなかっただけじゃないか?」
今のユグドラシルの展開はある意味賭けでもあった。
ユグドラシルは、設定した個人とウィスターム邸に何らかの危機が迫ったときに、本人の操作を抜きにして自動的に防御手段をとってくれる錬金魔術である。
選択する防御手段は、コンフィアンザの頭脳を元にして作った人工知能が担当しているのだが、この人工知能の処理が非常に大変なため、同時に一人を防御することしか出来ない。
もし、ウィスターム邸やコンフィアンザが危機に陥っていたらシルイトは今頃オートマタの剣で串刺しにされていたことだろう。
「そういうことにしてやろう。だが、お前の銀白光線は封じさせてもらった」
さっきの攻防において、シルイトがルクスリスを発射するのとほぼ同時に横に動いたことを言っているのだろう。
あれによって、ルクスリスの射線が外されて防御せざるを得なくなってしまった。
ルクスリスの発動兆候は意外と分かりやすいものとなっている。発動して光線が出る直前に指先がひときわ強く輝くのだ。これは、意図的にやっているのではなく、粒子状のイシルディンを発動直前に極限まで圧縮するために引き起こされる現象だ。
この光を見たら横によけるように設定されているのかもしれない。
「それはどうかな?」
シルイトは不敵に笑うと、人差し指をオートマタではなくボモラの方へ向けて、間をあけることなくルクスリスを発動した。
確実に当たるようにあえて胴体を狙っていたのだが、ボモラは座っていた人間とは思えない動きで横へと飛んだ。
直後に相対していたオートマタの攻撃によって、シルイトの意識がボモラから逸れる。
「だから言っただろう?君の光線攻撃は実質的に封じられたんだよ。ここに来るまででその技を使いすぎたのが仇となったようだな」
シルイトがイシルディンによる盾でオートマタからの攻撃を防ぎ、オートマタとのにらみ合いを続けていると、横からボモラが声をかけてきた。
「いい加減に認めたまえ。君の攻撃手段はさっきの光線と銃、そして分解の三つしか無い。銃弾はオートマタの走行を貫通できないし、王城で君が分解していたことについては原理はわからんが、これまでの戦いを見るに接触し続けなければ問題は無いだろう。光線もこの通り防がせてもらった。降参するしかないんじゃないか?」
その言葉になおも不敵に笑うシルイト。オートマタはこれ以上シルイトと接触しないようにと距離をとり、手に持っていた剣は銃に変わってシルイトを狙っている。
「ただ横によけるだけでルクスリスを攻略できたと思われるのは心外だな」
「だが、事実俺は無傷でここに立っている」
壁役などの存在から考えて、ボモラが今着ているローブがオートマタ化されているのだろう。そのオートマタにルクスリスの射線から外れるよう設定しておけば、さっきのような回避も可能になるはずだ。
攻撃手段を封じられたはずのシルイトは、にもかかわらず余裕の笑みを浮かべている。
そして、おもむろに右手の人差し指をオートマタの方へ向けた。
「また、そうやって無駄なことを・・」
ボモラの呆れたような言葉にかぶせるようにしてシルイトが言葉を発した。
「少し前にも言ったぞ。俺は今まで全力を出してなかったってね」
その言葉と同時にオートマタに向かってルクスリスが放たれる。
もちろんその光線を、オートマタは横飛びすることで躱す。だが、向けられた人差し指の先にいなかったにもかかわらず、オートマタの腹部の辺りに穴ができていたのだ。
一連の光景を見ていたボモラが思わず言葉を漏らした。
「左に・・曲がった?」
オートマタが立っていた後ろの壁を見てみると、ルクスリスによる穴があいている。これは、人差し指を向けた方向以外の方向にも飛んでいることを意味していた。
シルイトは、今までオートマタがルクスリスを避けるときに毎回左に飛んでいたのを見て、曲げる方向に当たりをつけたのだろう。
混乱しながら独白するようなボモラの問いに答えるようにシルイトが口を開く。
「正確には左向きに発射した、だ。人差し指の延長線上にしか光線が飛ばないとは一言も言ってないぞ」
シルイトは、人差し指を最初に向けた場所から動かすことなく、オートマタの周囲に立て続けに何本かのルクスリスを発射した。
それぞれのルクスリスの光線は横一列に並んでおり、たとえオートマタが横に避けたとしてもどれかに当たるように計算されている。
そして、シルイトの計算通り、オートマタは再び攻撃を食らってしまう。
他の指も使えば、一度に放てるルクスリスの本数を増やすことも出来るのだが、狙いをつけるのが難しかったり、いざとなったときに連射が出来ないことから人差し指のみにしている。
いくら、人間のように痛覚がないオートマタといっても、物理的に損傷が発生すれば動きが鈍くなってしまう。
ましてや、すでに二撃目も食らってしまっている状態では満足に動作することは難しいのだろう。続くシルイトのルクスリスの連射攻撃を避けることが出来ずに地面に倒れた。
「ふむ。こちらの想定違いか」
「俺の攻撃を食らったときの想定もしておけよ。一撃食らっただけでも大分弱ったぞ」
シルイトの嘲るような口調にむっとした表情を見せながら、ボモラが口を開いた。
「ふん、オートマタだけで戦おうとしたのはもとよりハンデのつもりだったんだがな。その程度で勝ち誇られても困る。俺も本気を出すのはここからだ」
その言葉を皮切りに、ボモラの心臓の辺りが赤く光り出した。
その姿を見るやいなや、シルイトは慌ててボモラがいるビルの一階入り口まで転移した。
外に出ると、コンフィアンザがちょうどこちらに向かってきていたところだった。
「ますた!」
「無事なようだな。あの壁役は何とかなったか」
浮島からルーナウェポンが発射されるときには、既にエレベータを降りていたシルイトは戦いの顛末を知らなかったのである。
上ではボモラが恐らくシルイトの居場所を探しているので時間はあまりないものの、確認はしておきたかった。
「壁役・・あの壁に擬態していたオートマタのことですね。あれはますたのお力で倒していただきました」
シルイトの力というと少し大げさなのだが、あながち間違いではない。
ルーナウェポンはシルイトが伝えた錬金魔術や、シルイト自身の技術が無ければ到底扱うことが出来なかっただろう。
「別に俺の力って訳でもないんだがな。まあ、それはさておき・・・」
「はい、わかっています。魔力消去が発動されましたか」
コンフィアンザの問いにシルイトが頷く。
なぜ、ボモラが神聖術を発動しようとした段階で外に逃げたのか。その一番大きい理由は、体内の魔力の存在だ。
ボモラと戦うにあたって、シルイトはティルスクエルからボモラの神聖術の詳細について教えてもらっていた。
ボモラの能力は、彼自身が言っていたとおり、魔力を消去することなのだが、無制限に全世界の魔力を消し去ることは出来ない。そもそも、オートマタを動かすのに魔力が必要なので、おいそれと効果範囲を広げるわけにはいかないのである。
消された魔力はそのまま消滅するのではなく、神聖術に使われるエネルギーとしてボモラ自身の中に蓄えられることになる。これは、オートマタの製造などで消費しないと、いつまでも溜まり続けてしまい、自身のみを滅ぼすことにも繋がってしまう。
では、魔力保存薬などを使って大量の魔力を消去させれば倒せるのかというと、単純にそうはいかない。もちろん消去させることが出来れば、小さくないダメージを与えることが出来るのだろうが、それが物理的に不可能に近いのである。
なぜなら、人の体内にも一定量の魔力が存在するからだ。ティルスクエル曰く、こうした魔力を人間は無意識のうちに体の操作に使っているのだそうだ。
もし体内の魔力が消えたら、最悪体を動かすことすら出来なくなる可能性がある。そうなれば、魔力保存薬でダメージを与えたとしても、魔力消去をオフにされた後にオートマタがやってきてすぐに殺されてしまうだろう。
最初にその場を離れたのはそのためである。
「ますた、行くんですか?」
シルイトが、イシルディンでいくつかの武器を作り終えたのを見てコンフィアンザが声をかける。
イシルディンは、魔力を消去されると動かすことは出来なくなるのだが、あらかじめ形を作っておけば魔力を消されてもただの金属製の道具として使うことが出来る。
ボモラと戦う直前までは、身動きの良さを重視して武器はほとんど持っていない。ボモラと戦うタイミングで一度外に転移して、武器を作り終えてから再び戦いに臨むことにしたのだ。
「ああ。フィアンはここで敵の増援を止めておいてくれ」
「了解です」
コンフィアンザの返事と同時に、シルイトはボモラ王子がいた部屋へと跳んだ。
次回は来週の土曜日の零時に投稿します。




