浮島と旅立ち
今回は長いです。
前来たときと同じ応接室に案内されたシルイトは、神域に行ったことやティルスクエルとのやりとりを説明した。
もっと驚かれるものと想像していたのだが、元々感情が表に出にくいゴールディアンは別にしても、普通に驚く反応を示しそうなブラッキーまでもが平然と聞いている。
「まあ、ウィスターム家がアポストルズとして神様とやりとりしていたっていうのは私達の中では周知の事実だからね。とくに驚くような情報でもないわけ。でも神様に名前があって、しかもちょっとポンコツだったっていうのは初耳だけど」
ゴールディアンの能力は神聖術に由来するものなのだそうだ。といっても、本人が直接ティルスクエルから与えられたわけではなく、親が堕ち人だったらしい。過去形を使っているのはすでに病気でなくなっているからである。戦闘には強くても病気には勝てないものだ。
また、親の力はもう片方の親の血も混じる以上、百パーセント子供に遺伝することはない。つまり、ゴールディアンの親は今のゴールディアンの能力以上の力の神聖術を扱えたことになる。これは地上への過度な干渉に該当するのではとシルイトがたずねたところ、ブラッキーから適切な返答が帰ってきた。
「そのために封印されているのだと思うわ。たぶん封印されるっていう状態も遺伝しちゃったのね。一応誰が解除できるかはこっちで決められるからよかったけど、そんな面倒なことをしないと使えないようにすることで過度な干渉という条件をうまくごまかしているんだと思う」
「その可能性は高いな。そういえばどういう原理なんだ?あれ」
「仕組み自体は簡単なのよ。ね」
「そうかも。触れた物質を金色の光と同化させるだけの簡単な魔術」
「やっぱり魔術なんだな」
「この能力は神聖術じゃないから」
最初にゴールディアンと戦闘したときはとっさに考えつくのが何らかの魔術によるという推測だけだったため、賭けでイシルディンに魔力吸収の効果を付与したが、万が一神聖術だった場合、魔力とは関係なく働いているため何の意味もなさなかったことを考えるとぞっとしない。
ただ、魔力を使ってエネルギーを操作するというのが魔術の定義である。ゴールディアンは確かに魔力を使ってはいるが、金の光に分解する能力はどう見てもエネルギーを操作しているようには見えない。神聖術由来故の不整合性なのかもしれない。
「やっぱり神聖術そのものは遺伝で継承されないのか」
「でもこの娘の能力は親が使えた神聖術にそっくりだそうよ。今、シルイト君から聞いた話と合わせて考えると、多分能力自体はある程度引き継がれるんだと思う。ただ、神聖術を使うためのエネルギーが送られてくる神域とのパイプは神聖術を与えられた本人にしかないのでしょうね。だから、つじつまを合わせるように、消費されるエネルギーが魔力に置き換わるのかも」
「いずれにしても強力すぎる力だな」
「ぎんいろの移動能力の方が便利」
単純な戦闘力で言えばゴールディアンの全てを分解する能力はとてつもない威力を発揮する。初見で対策を立てられることはまずないし、仕組みがバレることもほとんど無いはずだ。だが、ゴールディアンの能力は戦闘に極端に特化しているとも言える。特に相手を傷つけずに無力化することは困難だ。
一方で、シルイトの転移は汎用性がかなり高い。戦闘時にもある程度使えるし、今コンフィアンザをウィスターム邸に送ったように、日常でも無制限に使用可能だからである。
過度な干渉とはどのようなものなのか、シルイトはきちんと定義されていなかったことに気がついた。かといってティルスクエルも同じだったかというとそうではないように思われる。シルイトが転移の能力を欲しがったときは一瞬考えるそぶりを見せたものの、過度な干渉には当たらないことを確信している様子であったからだ。
思考の海に沈みそうになったシルイトはブラッキーの言葉で我に返った。
「確かに便利ね。私も転移できたら楽だろうなあ」
「ブラッキーもなかなかに特殊な能力があるじゃないか。あれも転移能力の亜種じゃないのか?」
「影渡りね。影の中に一時的にとどまることが出来るって聞くとかっこいいけど、実際は光のエネルギーを操作して影と同化してただけ。ウィスターム邸の周りは森になってたから影がたくさんあって隠れるのは楽だったわ」
「じゃあ、銃弾が眉間を貫通したのに死ななかったのは?」
「光をちょっと操作して幻影を見せていたの。明るいと透けて見えちゃって本物じゃないってバレちゃうんだけどね、やっぱりウィスターム邸の周りの森のおかげね」
結局、戦闘の強さを決めるのは能力の強さだけではなく、本人の戦闘センスによるものということだろう。
ブラッキーがシルイトとコンタクトしたときは、ブラッキの任務はただゴールディアンを回収するだけというものだった。だから、幻影を作ることでシルイトの注意をそらすだけでうまくいったのだろう。これが例えば殺し合いなどに発展していくと、漏れ出る殺気から偽物であるとバレる可能性が高まる。
また、幻影である以上はそれ自体が攻撃力を持つことはない。それをいかに相手に気取られないようにするかもスキルのうちである。
「それでシルイト君、今後はどうするの?」
「まずはティルスクエルとの約束通りボモラ王子を倒すさ。それで月も元通りになるはずだし」
もちろん、そうはいっても準備は必要である。ボモラ王子の能力が魔力の消去であることは判明しているので、とりあえず対策を立てる必要があるし、ティルスクエルにボモラ王子の居場所を聞く必要もある。
これからのことに思いを巡らせていると、ブラッキーがある提案をしてきた。
「まだ準備とかで少しの間ここにいるなら、アポストルズの錬魔術を監修してくれない?」
「監修?」
「そう。一応仕組み自体は教えてみたけど、やっぱり知識量が違うからね。それにシルイト君にも有益だと思うわよ」
ブラッキー曰く、アポストルズの戦闘力が増せばボモラ王子との戦いでより有利に働くことが出来るだろうとのことだ。
「そうだな。せっかくだし見ていくよ。俺も参考になるかもしれないし」
ブラッキーはうれしそうに頷くと、シルイトの案内を始めた。
「まず、ここは食料生産実験場。野菜を生育するときに錬金術で作った肥料や魔術による光エネルギーを組み合わせて生育速度を速める実験をしているわ」
最初に案内されたのはビル型の工場。多くの階層でそれぞれ別々の野菜を生育しているようだ。それを見て、シルイトは素直に感心した。
「あんまり平和利用を考えてなかったから新鮮だな」
「空気の状態にもよるけど、大体は二、三日で食べられるレベルにまで成長するのよ」
「確かに、地上から離れたこの島だと食料は死活問題なんだな」
そこで働いている研究員の表情は皆真剣である。シルイトもざっと計画書を読んだが、特に難癖をつける部分もなかった。
「うん、よく出来ているね。わざわざ俺が見に来る必要も無いかもしれないぞ」
「まあまあ。次、行くわよ・・・」
そうしてその日一日は島の錬魔術の研究を見学するだけで終わってしまった。シルイトが特に関心を示したのは戦闘に使える技術開発だったが、意外と戦闘に使えるものを研究している人は少なく、ほとんどが土木工事や食料生産など衣食住の効率化を推進する研究、そして浮島の謎を解明する研究であった。
浮島に関する研究については、シルイトの協力が必要とのことで、浮島に滞在中は戦略を練る傍ら、シルイトも協力して研究することになった。シルイトとしては、浮島の謎を解明することで戦闘に有利に働く情報が得られるという期待をしての行動である。
宿で休んだ後、コンフィアンザをウィスターム邸に置いたままだったことを思い出したシルイトは、慌ててウィスターム邸へ飛んだ。
苦情を言われることを想定していたものの、コンフィアンザはまだ自室で実験らしきものを続けている様子だった。コンフィアンザは迎えに来たシルイトにお礼を言った後、あさってまでは戻らないと伝えると実験を再開したようで、中から物音が聞こえ始めた。ちなみに一連のやりとりの間、コンフィアンザの部屋の扉はずっとしまったままであった。
ーー
そして約一週間後、ボモラ王子に対する対策を考え、ティルスクエルに潜伏先も聞いたシルイト達はボモラ王子討伐に向けて旅立つ。
「旅立つっていっても一瞬で転移できちゃうんだもんね?」
シルイトと同じように旅支度をしていたブラッキーがシルイトに声をかけた。
「それはそうだけど、ブラッキーやゴールディアンを連れて行くつもりはないよ」
その言葉に、いそいそと準備をしていたゴールディアンの手も止まった。
ちなみに、コンフィアンザはまだウィスターム邸で実験らしきものを続けているためここにはいない。浮島を出発したらシルイトが回収する流れだ。
「なんでよ。危ないからなんて言わないよね」
「もちろん」
「じゃあ、どうして・・・」
ブラッキーとしては、危ないから残っていろと言われたら何が何でもついて行くつもりだった。しかし、シルイトから帰ってきたのは想定とは違う答えだったので面食らったのである。
「一つは、単純に二人がボモラ王子と戦闘での相性が悪いから。彼の能力は魔力の消去だからね。魔術は基本的に使えないと思った方がいい」
「でも、シルイト君が考えた仮説が正しければ魔術も使えるかもしれないわよ」
言い訳のようにブラッキーが言い返すが、シルイトを説得することは出来ない。確かにブラッキーの言うとおりなのだが危険すぎるのだ
「言ってて自分でも無理なのはわかっているだろう?それに理由はもう一つあって、俺たちが戦っている間はウィスターム邸の警備をしてもらいたいんだ」
今のウィスターム邸には外部の人に知られるとまずい情報がかなり存在している。特に錬魔術関連は迂闊に知られてはいけない知識である。だからこそ、家を留守にしている間は信頼できる人に守ってもらいたいのだ。
「攻めてくると思っているの?」
「絶対に来る。彼にとってウィスターム家そのものが魔術の象徴であり、憎悪の象徴みたいなものだろう。そう考えるとウィスタームの邸宅はとっとと壊したいんじゃないかな」
「ウィスターム家だけじゃなくて、シルイト君自身も魔術の象徴に見立ててるんでしょうね」
「多分セレネもだけど、そっちは衛兵がなんとかしてくれるだろう」
シルイトが言っていることは言葉通りの意味ではない。セレネとウィスターム邸を比べたらウィスターム邸の方が遙かに襲いやすい。それを考えると、きっとボモラはセレネを後回しにするだろうと予測できるのだ。
「なるほど。ボモラ王子からすれば、守りが薄いウィスターム邸を先に攻撃するのが筋か」
「俺がボモラ王子の前に姿を見せるってことは、ウィスターム邸に誰もいないのと同じだからな」
ブラッキーも納得したようで真剣な表情で頷いた。
ただ、ウィスターム邸自体にも拠点防衛型錬金魔術であるユグドラシルがかけられている。もしブラッキーやゴールディアンがいなかったとしても、相手がそこまで強くなければ防衛は可能だろう。だが、そのことをブラッキーは知らない。
シルイトがブラッキー達を連れていかない理由はあくまでもボモラ王子と相性が悪いから。ウィスターム邸の防衛はあくまでも二人に残ってもらうための口実である。
オートマタとの戦闘も楽なものではないだろうが、少なくともボモラ王子との戦闘よりは楽に進むだろうとシルイトは考えた。
「わかったわ。シルイト君がいない間、ウィスターム邸はきちんと守る」
「頼むぞ」
シルイトの言葉に頷いて部屋を出て行くブラッキー。ゴールディアンも扉に向かって歩こうとして、途中で足を止めた。
「どうしたんだ?」
呼びかけたシルイトの声を聞いて後ろを振り向く。
「がんばって」
「あ、ああ。そっちもな」
動揺したシルイトを見てふっと笑うと、ゴールディアンは小走りでブラッキーの後を追いかけていった。
今の浮島は基本的にウィスターム邸の真上に浮かんでいる。これは、ボモラ王子が先行してウィスターム家を攻撃しても感知できるようにするためである。
恐らくブラッキー達はドラゴンなどの移動手段を使わず、島から直接落ちて行くのだろう。
「じゃあ、俺も出発するか」
まずはウィスターム邸に転移。実験を終わらせて満足げな表情のコンフィアンザはすでに旅支度を終えていた。
「終わったのか、実験」
「はい、ますた。いつでも大丈夫です」
「じゃあ、出発するぞ」
シルイトはまたコンフィアンザの体を抱き寄せて転移の準備を整える。
すぐに二人の足下に魔法陣が現れ、上へ放射される光とともに二人の体がかき消えた。
向かう先はボモラ王子が待つ山奥の村である。
第五章「決戦編」に続く
次章とエピローグで最後となる予定です。
一応、続編も存在しており既に書き進めてはいますが、すぐに投稿する予定はないです。
次回は来週の土曜日の零時に投稿します。




