ラジネス討伐その2
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「さあ、どうするか」
シルイトは一人そうつぶやくが、何をやるかはすでに決まっている。
シルイトが錬金魔術で発明したのはパーマネントバレットだけではない。
森に入る前から何度も使っている銀白色こそ彼が発明したものの中で最も称賛されるべき技術であろう。
彼が金属にとある錬金魔術を使うと銀白色に光りだす。
それだけで金属はイシルディンと呼ばれる特殊な金属に変質する。
これは、ウィスターム家直伝の魔術を軸に構成されているためおそらくほかの人間には似たようなものは別として全く同じものを再現することはできないだろう。
イシルディンはあらかじめ設定した人間の意思に従って時に流体、時に固体のように動かして任意の形に変形させることができる。ただし、使用者とイシルディンが一部でも接触していないと十全の効果を発揮しない。
ただし、この金属は個体との間接接触の状態であればある程度離れた場所にあっても正確に操作することができるのだ。
また、イシルディンと使用者が直接触れておらず、かつ間にあるのが気体や液体だけであっても自分の周囲五メートル程度であれば個体との間接接触ほどではないとはいえある程度の操作はできる。
これをモグラの要領で地中を伝って外の敵を倒すというのがシルイトの戦闘スタイルの一つである。
数秒後、結界の外から獣の断末魔が聞こえ始めた。
「やっぱりラジネスが操ってる獣は大したことないな」
「油断は禁物ですよ、ますた」
もちろんシルイトはただの手ごたえで獣の力量を図ったわけではない。
獣が生体障壁を出せないのを見てどんなに高く見積もってもAランクどまりであると断定したのである。
AランクとSランクの危険指定の間にはとても大きな差がある。
代表的なものとしては生体障壁である。
強度こそ違うがSランク以上の危険指定は生体障壁などあって当たり前で下手なトレーダーはダメージを与えることなく消されることもあるほどだ。
そして、今結界の前を取り囲んでいる獣はいずれも生体障壁を発することもなくシルイトのイシルディンによってその命を散らしていっている。
しかしラジネスはイシルディンでは貫けない。
Sランクとそれ未満の差である。
結界周辺の獣は全てイシルディンによって倒れた。
「ますた、結界魔術を解除しますか?」
「ああ、頼む。さっさとラジネスを倒そう」
コンフィアンザが結界魔術を解除した瞬間、シルイトは両手に構えた銃を発砲した。
「パーマネント」
猛烈な殺気を伴ったシルイトのパーマネントバレットは今度はラジネスのしっぽの付け根あたりに命中した。
というのも、シルイトはさっきの銃撃の後、ラジネスが自己修復するときにしっぽの付け根付近から大量の魔力が供給されたのを感じたからである。
因みに最初の銃撃でシルイトが心臓付近を狙ったのはラジネスが発する生体障壁のための魔力の供給源が心臓にあると踏んだからである。
ラジネスは操っていた魔獣が倒されたのを見て反撃しようとしたが、シルイトの殺気によって動きが一瞬止まり、弾丸が命中したことにより動きが完全に止まった。
しっぽの付け根に風穴が開くと同時に障壁が薄くなりその存在を消していった。
「これでさっきの障壁は出なくなるだろうから、フィアンも攻撃を始めてくれ」
「了解です」
コンフィアンザはホルスタから二丁の拳銃を取り出してそれぞれの手で構えた。
彼女は片手で照準を狙える特性上同時に二丁の拳銃を扱うことができる。
二つの銃は両方同じデザイン、同じ機能のものである。
そして左手はラジネスの頭部、右手は腹部に照準を合わせて射出した。
二つの銃弾は寸分の狂いもなくラジネスの頭部と腹部に着弾した。
しかし少し表面をえぐると鎧のようなラジネスの鱗のせいで弾が止まってしまう。
「どうやら私は今回はお役御免のようです」
「らしいな。俺のパーマネントバレットしか効かないようだ」
「パーマネント」
シルイトは再びそうつぶやいて猛烈な殺気と共に弾丸を射出した。
同じく殺気のせいで再び一瞬だけ全行動が止まったラジネスの頭部に永久不変と化した弾丸が着弾した。
激しく血を流しながらラジネスは体のすべてが弛緩した。
とどめとばかりにラジネスの首の周りから銀白色のナニかが出て来た。
それは輪っかになってラジネスの首を絞めるとどんどん鋭利になってラジネスの首に小さくない切れ込みを入れ始める。
切れ込みはどんどん深くなって頭部は完全に切断された。
「油断はできないけどたぶん死んだかな」
「私もそう思います」
銀白色をいつでも展開できるように警戒しながらゆっくりとラジネスの頭部にシルイトが近づいていく。
そして頭や体を触って完全に絶命しているのを確認してから頭部を丸ごと担いだ。
しっぽ付近の魔力を供給する部分が完全に破壊され消失されていることを確認して再び作り出した銀白色の玉座に座った。
そして、ラジネスの体の部分もまたイシルディンでできた翼の生えている箱に収納された。
「それじゃあ、とりあえず頭部だけはギルドに届けに行くか。フィアンが着てるローブはなんか不具合あったりしないか?」
「問題ありません」
「ならここから直で行くぞ。いつも通り町についたらに簡易許可に変更」
「了解です」
コンフィアンザはシルイトから許可されなくても何かしらの危険が迫った時に自衛できるようある程度の戦闘行為ができるようになっている。
二丁持っている銃もゴム弾を使用したものなら許可なく使えるし、簡単な治癒魔術程度なら許可なく使うことができる。
それをシルイトはいつも簡易許可と呼んでいる。
ともかくそうして二脚の銀白色の台座と一つの銀白色の箱は空へ飛び立った。
イシルディンの特殊能力の一つに慣性変化というものがある。
これは、操作可能範囲内にあるイシルディンの慣性力を変化させることで空中を移動させたり重量を軽くするものである。
銀白色の台座はこの能力を応用して空を飛んでいる。
翼はただの趣味だ。
行きと反対の道をたどった二人はギルドの近くで降りた。昼頃なのだろう、飯どころが混み始めていた。
銀白色の玉座は再び銀白色のナニかに変わってシルイトの右腰についている球体に戻っていった。
ラジネスの体を乗せた箱はウィスターム邸の方へ送ってある。
とりあえずイシルディンの箱に入っていればしばらくは腐らないようにできるのでもう少し落ち着いたら見に行こうとシルイトは考えている。
この球体はシルイトがイシルディンを可能な限り圧縮したもので、戦闘時などでイシルディンが必要になった時に 部分的に取り出して武器などにすることが可能だ。
相変わらずラジネスの巨大な頭部を肩に担いだままのシルイトはギルドのドアを開けた。
開けるまでは騒がしい声が聞こえて来たギルド内が謎の獣の巨大な頭を肩に担いだおかしな人間が入ったことによりしんと静まり返る。
そのまま突っ立っていても居心地が悪いだけなので臆することなく受付の方へ向かう。
「依頼を受けてたラジネスを討伐したから報酬金をくれ」
シルイトはラジネスの頭部をドスンと受付に置きながら端的に要求を告げた。
もちろん二人はいつもの銀白色のローブに身を包んでいる。
受付嬢は朝と同じ人間だった。
「はい、承りました。危険指定書を・・はい。確かに討伐されたようですね。では報酬をお渡しします」
仮にも七神獣候補となっている魔獣を半日ほどで倒したということで若干引き気味で受付嬢は答えた。
討伐した報酬は半年は遊んで暮らせる額だった。
もっとも、簡単に討伐できたため七神獣である確率は低い。
シルイトは特殊なパーマネントバレットを取得していたが本当に強い魔獣はこの程度ではない。
というか七神獣なのだから普通はSSSランクなどの魔獣であろう。