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銀白の錬金魔術師  作者: 月と胡蝶
第四章 赤い月編
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像(サンドバッグ)


「本当に月の戻し方を知らないのか?」


声には出さず、コクコクと頷くことで返事をする少女。その姿に何かむなしいものを感じたシルイトは、少し歩み寄ることにしてみた。


「それで、おまえの名前は?」

「わらわはティルスクエルという」


ウィスターム邸の地下にあった本には神の名は書かれていなかったため、もしかしたら無いのかもしれないとシルイトは考えていたのだが、この様子からすると恐らく今までのウィスターム家の人はそもそも名前を尋ねていなかったのではないかという結論に達した。


「なるほど、ティルスクエルか。俺の名前はシルイトだ」

「別に汝の名前など聞いとらん」


その物言いにシルイトは思わずティルスクエルの頭をポカンと叩いてしまった。

何か反撃が飛んでくるものと考えて身構えたものの、ウギャッ、という声を上げて頭に手を当てたっきりそれ以上何かすることはなかった。かろうじて言えば、涙目でこちらを睨んできたことくらいだろうか。それすらも、子供っぽい容姿と相まってかわいらしい姿にしか見えなかった。

シルイトからすれば、直接的ではないものの親の敵のような存在のはずなのだが、ティルスクエルを憎むといった感情は沸かなかった。


「悪い。思わず叩いた」

「まったく、もっと反省せい。あの土下座みたいに」


ティルスクエルが顎で部屋の隅を指す。

そこには神域に来る際にシルイトが見つけた土下座像が置かれていた。


「あれは何だ?」


まさか、いくら神とはいえ自分が住む場所の近くに危険物は置かないだろうと考えて近づいていくシルイト。

それを見て、しまった、という顔をしたティルスクエルが慌ててシルイトの銀白色のローブの袖をつかんだ。


「待つのじゃ!あれに触れてはならん」


文字だけ見れば、物知りな老婆が無知な若者を必死に止めようとしている図が浮かぶが、今の状態は全く違う。

シルイトの背丈の半分もないくらいの体格の少女が袖にぶら下がっている姿は、さながら駄々をこねている子供のようであった。


「もし本当に触れてはいけない危険物なら、自分がいる場所の近くに置くわけ無いだろう」


ティルスクエルの必死の制止も空しく、そのまま引きずりながらシルイトは歩みを進めた。

シルイトが歩いている間もティルスクエルはギャーギャーとわめきながら必死で止めようとしている。目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「ますた、引き剥がしますか?」


ティルスクエルがシルイトの迷惑になっているのではと考えたコンフィアンザが、目に剣呑な光を宿してシルイトに提案してきた。


「大して重くないから大丈夫だよ」


そうして腕によく喚く重りをつけながら、像の前までたどり着いた。

土下座像はシルイトが今着ている銀白色のローブと見た目にはほとんど同じものを着ている。顔はローブのフードのせいでよく見えなかった。


「さて、顔を拝ませてもらおうかな」


フードをつかんでシルイトが顔を見ようとしたそのとき、ティルスクエルがその像に猛烈なパンチを繰り出した。


「こればかりは見せるわけにはいかんのじゃ!許せっ」


ティルスクエルのパンチは吸い込まれるように像の頭の部分に命中した。恐らくシルイトが見る前に破壊しようという魂胆なのだろう。拳が空気を切る余波で強風が発生して煙が出るほどの威力があったのだが、煙が晴れるとそこには何のダメージも負ってないように見える像が変わらぬ状態で置かれている。


「危ねえぞ!俺に当たったらどうするんだ」


シルイトが思わず怒鳴るが、ティルスクエルは絶望にも似た表情を浮かべている。


「サンドバッグ用に耐久力を上げたんじゃった・・」

「サンドバッグ?」


ティルスクエルの発言に思わず聞き返すシルイト。


「いや、何でも無いぞ!さあ、一緒に月を元に戻す方法を考えよう」


そう言って元の場所戻ろうとするティルスクエルを尻目に、シルイトはさっと像、もといサンドバッグのフードをとった。

見えた顔に、シルイトとコンフィアンザは一様に息をのんだ。


「これは・・ますたですか」


そのサンドバッグはシルイトと全く見分けが付かないほどの精巧な顔を持っていた。

それを見てコンフィアンザの目はなぜか輝く。


「あの、ティルスクエルさん」


やけに低姿勢なコンフィアンザの態度とサンドバッグの顔にシルイトは呆けたような表情を見せている。

コンフィアンザはというと、自分の顔ではなかったからかショックからの立ち直りが早いようだ。

ティルスクエルはバレたという表情に恐怖を貼り付けて恐る恐るこちらを振り返った。


「な、なんじゃ?文句でもあるか?」

「いえ、できればこのサン・・この像を譲ってはいただけないでしょうかっ!?」


コンフィアンザの熱量に少し気圧されるティルスクエル。


「譲ってやれば許してもらえるかの?」


さっきシルイトに頭を殴られたことをまだ気にしているのだろう。自分の頭をさすりながら返事をしてきた。


「もちろんです。しかし譲っていただけない場合は・・」

「わかった!譲ってやろう!」


ティルスクエルの反応に、下から出るよりも高圧的な態度の方が有効であると判断したコンフィアンザは口調を変え、いつもよりも低い声を出すことにしたようだ。

コンフィアンザの作戦の効果があってか、見事シルイトそっくりな像はコンフィアンザの手に渡ることとなった。

一連のやりとりを唖然とした表情で見ていたシルイトだが、やがて頭をぶんぶんと振って正気に戻った。


「フィアン、それをどうするつもりだ?」


シルイトの声に、びくっ、となったコンフィアンザはシルイトの顔色を伺うようにして返事をした。


「あの、今後の研究に有効かと考えまして」

「ああ、結構前からフィアンが一人でやってるやつか」

「はい」


コンフィアンザは造られてすぐに自分の部屋を与えられたのだが、錬金学園に入学したのと同じくらいのタイミングで自分の研究室を新たに与えられている。

そして、その研究室でコンフィアンザが夜な夜な一人で何かを開発していることを知っていたシルイトは、コンフィアンザの返答を聞いてすんなりと納得したのである。神が造ったものは貴重なサンプルに他ならない。いい研究材料になるだろう、という考えだ。


「ならしょうがないな。いつか研究成果を見せてくれよ」

「はい、もちろんです!一番最初はますたに適用しようと考えてますのでっ!」

「そ、そうか・・」


何を開発しているのかは依然として謎のままだが、危険なものではないことを切に願うシルイトだった。

シルイトにそっくりな像を大事に抱えているコンフィアンザを複雑な気持ちで横目に見ながら、シルイトはティルスクエルの方へ向き直った。


「サンドバッグはそこの女に与えたぞっ。汝も当然わらわを許すのであろ?」


サンドバッグと言う言葉にシルイトもコンフィアンザもピクッと眉が動いたものの、シルイトにっこりと笑って返事をした。


「ああ、許すよ」


ほっとした表情を見せているティルスクエルだが、次のシルイトの言葉に唖然とした表情を浮かべる。


「ただし、ここにあるものを全て調べさせてくれたらの話だ」

「もうサンドバッグは渡したであろ!?」

「フィアンはそれで許すのかもしれないけど、俺は特に何かしてもらったわけじゃないからな」


シルイトの言葉に一瞬ひるむティルスクエル。シルイトの意見に気圧された証拠だ。ココが攻め時と言わんばかりにシルイトはさらに言葉を続けた。


「別に盗んだりはしないよ。家捜しして、本でもあれば少し読ませてもらうだけでいい。そっちにはたいしたデメリットもないだろう?」

「わらわは怪しいものなどもっておらんぞ!」


シルイトを模した像はひとまず置いておいても、ティルスクエルの当然と言えば当然の反応を全く意に介さずに、むしろ凄みをつけてシルイトが言葉を発した。


「さっき、俺の言うことに従うと言ったな」


うぐっ、と言葉を詰まらせるティルスクエル。彼女に残された選択肢は頷くことしかなかった。


そうしてシルイトと、シルイトの像を抱えたままのコンフィアンザによる家捜しが始まった。

七月の中旬辺りまでいろいろと忙しく、書いたらそのまま投稿といった感じです。

誤字脱字はないと思われますが細かい言い回しや設定のすりあわせなどを改善するために、落ち着いてきたら最近投稿した話を一度編集するかもしれません。読み直さないといけないレベルにはならないと思いますが、もしそうなったら前書きなどで告知します。


毎週更新は維持していきたいです。とりあえず次回は来週の土曜日の零時に投稿できます。

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