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銀白の錬金魔術師  作者: 月と胡蝶
第四章 赤い月編
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神域へ侵入

うっそうとしていた森が急に開けたかと思うと、視界の先に魔境に入って初めて見る人工物が現れる。

正方形の土台がかなり高いところまで伸びており、土台のてっぺんと地面をつなぐ階段が四方に取り付けられていた。

土台のてっぺんには四隅に豪華な装飾がなされた柱が設置されている。その柱は四本とも月と同じように赤色に光っており、一定周期で明るくなるのと暗くなるのを繰り返していた。


「とりあえず、上ってみるか」


まずは行ってみないと始まらないということで、三人は階段を上り始めた。

魔境に生えている木は目測で二十メートルから三十メートルほどの高さがあるが、この土台はそうした魔境の木の半分くらいまで伸びている。


階段を上りきると、転送装置の全貌が見えた。

てっぺんの部分は一辺が五メートル程度の正方形で、直径一メートル程度の柱が四隅に立っている。

中心部は魔術陣のような模様が彫られている。どれもウィスターム邸の地下に保管されていた本の通りだ。


「うん、うまくいきそうだ」


そう言うと、シルイトは動き始めた。

まずリクトを魔術陣の中心に座らせて神聖術の発動を途中の段階まで進めてもらう。具体的に言うと、この場合では創造する物の名前だけ言って、個数やどこに創造するかは言わない状態でキープしてもらう。

こうすることで神域とのパイプを通常時よりもわかりやすくする狙いがある。


次に、シルイトはウィスターム邸から持ってきた魔力保存薬を魔術陣の上にかけ始めた。といっても、ただ無作為にかけるわけではない。

例の本の通りに転送する人、転送先をそれぞれ指定するために新たな魔術陣を上書きするように行うのである。

本来は魔術師の血を使って書くのだが、魔力を含んだ水である魔力保存薬で代替が効く。


そうして転送の準備が完了した。


「これから俺とフィアンは転送される。転送の間、リクトはそこに座ってなるべく動かないようにしてくれ。一応転送中は壁で魔物が来ないようにしておくが、万が一来ても転送が終わるまでは極力動かないこと」


リクトは覚悟を決めたような表情で頷いた。

その仕草を見届けると、シルイトは転送装置の周辺に高さ三メートル程度の巨大なイシルディンの壁を作り出した。


「それじゃあ、転送装置起動」


その言葉を合図に、転送装置の中心に掘られた模様と、シルイトが上から魔力保存薬で書き足した魔術陣が一斉に光り出した。

光は白に近く、赤くなる前の月の色にそっくりだった。


シルイトはコンフィアンザの腰をつかみ、ぐいっと体を引き寄せた。


「ますた?」

「念のためだ」


直後、シルイト達の体はふわりと浮かび上がり始めた。リクトを見てみると、リクトの心臓の位置からまっすぐ真上に向けて半透明の管のような物が伸びているのがわかる。これがおそらく神域とのパイプというやつなのだろう。

シルイト達の体は加速度的に上へと向かっていく。

魔境の木々を上から眺めながらシルイトは周りの景色を見渡した。


「本当に世界全体が夜になってるみたいだな」

「元に戻さなければいけませんね」

「ああ」


しばらく上がると、魔境の上をたちこめる雲に突入した。しかし、月の光を漏らすだけあって雲の厚みはかなり薄かった。

すぐに雲を抜け出し、真上に赤く光り輝く月があるのを確認した二人。

リクトの心臓から伸びているであろうパイプはまだまだ上へと伸びていた。

その後、段々と赤い月にヒビが入っていくのがわかった。これは例の本にも記載されていた現象である。

なんでも、強引に神域へと侵入する際には神域とこちらの世界をつなぐ扉の役割をしている月にひびが割れるように見える現象が発生するらしい。ただ、このひび割れはそのときに転送されている生物と神にしか感知されないらしいので、過度な心配は不要のようだ。神域から帰った後に神が自分で修復することができるようなので、シルイトも特に心配していない。


ひび割れが見えてから数分後、二人は月の中、神域へと足を踏み入れた。

神域というからには元の世界と同じように、どこまでも広大な世界が広がっているものだとシルイトは考えていたのだが、周りを見渡してみると全体が真っ赤に発光している少し大きめな部屋に過ぎなかった。

悪趣味だと思いながらも部屋を観察する過程で神を探す。

すると、一人の少女と部屋の隅で土下座している誰かがいることがわかった。


土下座している方は顔が見えなかったため後回しにして、シルイトは少女の方を見た。

髪は月と同じように真っ赤に染まり、目の黒目に当たる部分は月のように欠けている。端整な顔立ちはシルイトの自信作であるコンフィアンザにも匹敵するレベルだった。

ただ、今はその顔もあわあわしている表情で台無しになっている。

服は白と赤で彩られたシルイトには見慣れないもので、リクトがこの場にいれば巫女服に近いという感想を抱くだろう。


土下座している方はさっきからピクリとも動いていないので置物だとシルイトは判断した。つまり、ここにいる唯一の人物であるあの少女が神だろう。


「女神よ、もし自分が犯した過ちに気付いているなら、俺に従え。もし気づいていないなら・・」

「いないなら??」


女神がコンフィアンザに匹敵するくらいの綺麗な声でシルイトにかぶせるようにして返してきた。

その態度にシルイトは少し面食らったものの、裏にどのような思惑があるのか観察してみた。

女神の表情からうかがえるのはシルイトに対する恐怖だが、その中にどこか期待に満ちた表情が見える。

ここは、融和的にいくよりも高圧的な態度で強制的に従わせた方が楽であるとシルイトは判断した。もとより女神は敵なのだ。歩み寄る必要はない。


「わらわは気付いて・・」


女神が何か言おうとしていたが、高圧的な態度ということであえてかぶせるようにして言葉を発した。


「気づいていないなら強制的に従わせる」

「気付いておる!!わらわは過ちに気付いておるぞ!!ほら、見た目からもわかるであろ?」


どうやら自分の作戦は成功したらしい、とシルイトは思った。



「それで、わらわはなにをすれば良いのじゃ?」


想像していたものとは百八十度違うくらいの従順な態度に面食らいつつもシルイトは返答した。


「まず、この月をなんとかしろ。おまえのせいで俺たちの世界は一日中赤い月が出続ける夜が続いている。こんな趣味が悪いことは止めろ」

「そうはいってものぉ・・」


女神の煮え切らない態度に脅すようにしてシルイトが問いただすと、慌てて答え始めた。


「わらわもどうすれば良いのかわからんのじゃ。この部屋もずっと赤いままなんじゃが、むしろわらわがなんとかしてほしいわ」


コンフィアンザに目配せするシルイト。


「嘘をついている様子はありません。ごまかす技術がなければ、の話ですが」


神の人となりを探るため、ざっと周りを見渡してみる。さっきは人がいないかを探すだけだったので詳しくは見ていなかった。

真っ赤な壁や床、天井の部屋では本があちこちに散らばり、衣服らしき布はあちこちに脱ぎ捨てられた状態で放置されていた。典型的なだめ人間である。


そこから出た結論、それはたとえ従順な態度をとってくれたとしても神が協力者として全く当てにならない存在だ、というものである。

とりあえず月夜はすぐになんとかなるだろうと考えていたシルイトにとっては出鼻をくじかれた形となった。


シルイトは頭を抱えた。

次回は来週の土曜日の零時です。

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