ラジネス討伐その1
「本当にその二体を討伐するんですか」
コンフィアンザがこう聞くのも理解できる。
そもそも危険指定書というのはその危険指定と戦って生還してきたものが提供した情報が書かれているからだ。
情報がほとんどない危険指定というのは発生して間がない以外は皆生きて帰れないほどの強さを誇っているのである。
「もちろんだ。それだけ強ければ相応の金は払われるだろうからな」
ギルドは原則として危険指定の強さが強ければ強いほどその危険指定の素材の買値が高くなっていく。
ろくな情報もないほどの強さの危険指定二体なら一年くらいは暮らせる額をもらえそうだ。
早速受け取った紙の内一枚を見てみる。
『ラジネス』
~大陸の七神獣の候補の一つ。王都から北へ五キロほどの場所にある森林に生息。こちらから攻撃しなければいつまでも眠っていることから睡眠系や精神干渉系の攻撃を使用すると推定されている。Sランク危険指定~
情報はほぼ無いも同然だった。
説明文の下にラジネスの写真が貼ってあるため別の獣と間違えることもないだろう。
しかし問題は大陸の七神獣の候補だということだ。
そもそも大陸というのはエスカメシオン王国など、複数の国が位置する広大な陸地の事で、ラプリメラ大陸と呼ばれている。
海をはさんだ向こう側にはオスクリダッド大陸など別の大陸もあると言われているがとある事情で基本的に大陸間の流通などの人や物の移動はない。
そして大陸の七神獣というのはラプリメラ大陸の神話で語られている大陸間戦争で兵器として用いられた魔獣のことである。
ちなみにこの大陸間戦争が大陸間での交流がない理由の一つだったりする。
古の時代は大陸同士で資源を求めて戦争が起こっていたとされている。
その時の七体の神獣は戦争が終わった後に全て解放されたとされておりSランク以上で相当な強さの危険指定はたいてい七神獣候補とされている。
「情報が少なすぎるからどれほどの強さかと思ってたけどまさかこれほどまでとはな」
「どうしたんですか」
「どうやらこのラジネスっていうのは七神獣候補らしい」
「それは驚きです」
人工生命体の所為かほとんど表情をほとんど変えていないため本当に驚いているのかはわからない。
「まあ、実際に見てみて戦うか決めることにしよう」
「了解です」
ーー
ギルドをでた二人はその足で王都の東側の関所を通って街道を道沿いに進んでいく。
いくつか分かれ道があるが全て怠惰の森の看板の方へ進む。
事実、王都の北側の森といえば怠惰の森と呼ばれる広大な森くらいしかないため森までは迷うことはない。
そして約一時間後、二人は背の高い木が立ち並ぶ鬱蒼とした森の入り口に立っていた。
左を見ても右を見ても延々と木が立ち並んでいるように見える。
この森だけでラプリメラ大陸でも比較的小さいカサベシナ教国の領土の三分の一くらいの広さがある。
「ここからどうやってラジネスを探すんですか」
「もともとラジネスはずっと寝てるって話だし獣がずっと寝るためにはそれなりにスペースもいるだろうからまずは空から森が開けてる場所を探すか」
シルイトはそういうと銀白色のローブを開いて腰のベルトの右側についている銀白色の球を見た。
その球はビー玉くらいのサイズでローブと全く同じ色をしている。
シルイトがその球を見ると唐突に球から一本の銀白色の棒が前方向に伸びていく。
棒はどんどん伸びていき、シルイトの前方で何かを形作っていく。
数秒後、シルイトの前には銀白色の玉座のような椅子が二つ出来上がっていた。
その椅子の両側からは大きな一対の銀白の羽毛でおおわれた翼が折りたたまれた状態で生えている。
「よし、完成。フィアンも座ってくれ」
「了解です」
シルイトとコンフィアンザが座ると銀白色の玉座はその大きな翼を広げて羽ばたきだした。
大きな揚力を得た玉座はふわりと浮かび上がった。
「俺の魔力で動かしてるけど乗り心地は悪くないか?」
「問題ないです」
「ならこのままいくぞ」
だんだんと加速していった玉座は現在、馬よりも早い速度で森の上空を飛行している。
「森が開けている場所があったらコンフィアンザも教えてくれ」
「了解です」
15分ほど捜索していると視界の端、右側に木の葉の色とは違う明るい緑色の草原が見えた。
「お!今の見えたか?」
「はい、確認しました。巨大な獣が寝ているのも見えました」
「魔力量からしてもあいつが討伐対象だろうな。んじゃあ討伐といくか。全魔術をLv.5まで解放、実弾使用を許可する。集団優先モード」
「了解です」
集団優先モードは自己優先モードの効果範囲をパーティー内の人全員に変更したものである。
味方がピンチになればそれを助け、自分がピンチになったら味方に助けを求めるなどの助け合いに特化したモードだ。
二人はそのまま進行方向を右へ変える。
だんだんと草原に近づくにつれて絶賛睡眠中のその獣の容姿がはっきり見えて来た。
地面でライオンのように眠る四足の獣。
体表は硬そうな真珠のような鱗でおおわれていて若干光を反射している。
ドラゴンのようなしっぽが後ろから延びていて、心地よく眠っているのか時折しっぽが揺れる。
顔は犬に似た鼻と口が伸びた形である。
改めて危険指定書の写真と見比べてみたが明らかにラジネスだ。
ラジネスを起こさないように二人はラジネスの左側面側の地面に降りて戦闘準備を始める。
わずかの間の後、戦闘準備が終わったため七神獣候補の一つラジネス討伐が始まった。
始めにシルイトが銀白色のナニかを地中からとびだたせてラジネスの体を穿とうとする。
これはシルイトの腰についている銀白色の球体の一部で地面の下に潜り込ませて対象の真下で飛び出すように操作している。
だが、銀白色のナニかがぶつかった瞬間に青白い障壁のようなものがラジネスの体を覆い傷どころか触れることすらかなわなかった。
シルイトはそれをあらかじめ予想していたのかそれほど慌てることなく次の動作を始めた。
強い魔獣が生体障壁を作り出すことができるのはよく知られていることだし、ラジネスはまごうことなき強い魔獣だからだ。
シルイトは銀白色の球体とは反対側にあるホルスタから一丁の拳銃を取り出してラジネスに向けて構えた。
この銃はコンフィアンザのものとは違いリボルバー式である。
銃の中央についている円形の弾倉には既にすべての弾が装填されており、計六発が入っている。
銃身は短くかなり太い設計。
全体的に銀白色のカラーリングがされており銃身にコンフィアンザの銃のようなラインはないものの銃弾には一つ一つに白色のラインがひかれており魔術の類が込められていることがわかる。
もちろんすべてシルイト製だ。
元々コンフィアンザに拳銃の技を教えたのはシルイトである。
つまり、彼も常人以上の射撃の腕前は持っている。
射撃スタイルはコンフィアンザとは異なり、シルイトは両手で銃を構えて撃つスタイルである。
弾が前段入っていることを確認したシルイトは両手に銃を構えて狙いを定めながら引き金をゆっくり引いていく。
「・・パーマネント」
シルイトは短くつぶやいた後に銃の引き金を完全に引ききった。
引き金が引かれた瞬間、シルイトが込めた恐ろしいほどに濃密な殺気と共に銃弾が射出された。
普段ほとんど感じたことのない殺気にラジネスも一瞬だけすべての行動が止まる。
その間に銃弾はラジネスの胸部あたりに向けて進む。
――そしてそのままラジネスの体を貫通した。
一瞬だけさっきと同じ障壁が出現したが銃弾は軌道をずらすこともなく障壁を破壊した。
心臓部を穿たれたラジネスは血液と共に膨大な魔力をまき散らしていく。
「やっぱり生体障壁には俺のパーマネントバレットが相性がいい」
シルイトは錬金魔術を用いてとある秘術を開発している。
名前はパーマネントバレット。
どんな妨害を受けてもシルイトが解除するまでは射出時と同じ速度で永久に飛び続ける弾丸である。
ただ、魔術とは違い、弾丸を作成する際にも細工をするため市販の弾やコンフィアンザの持つ銃でこの技を使おうとしても不可能である。
その分、ほぼすべての障壁は力技で破ることが可能なので今回のような状況ではとても重宝する。
しかし一概に便利な技術とはいいがたく、使用する際にはかなりの集中力が必要な為連続での使用は不可能である。
また、シルイトよりも魔力を操るのが得意な相手だとパーマネントバレットに使用している魔力を乱されるなどして使用不能にされる場合もある。
今回は相手が獣なため後者に関しては気にする必要はなかった。
障壁を破られると思っていなかったのか少し目を大きくさせながら襲撃者であるシルイト達の方向を向き大きく口を開けた。
シルイトのパーマネントバレットが穿った穴はすでに治りかけている。
ラジネスの真珠のような鱗の輝きが増していき周りがシルイトたちの周囲がだんだんと暗くなり始めた。
「精神干渉系魔術と推定。多目的結界魔術Lv.5を展開します」
コンフィアンザがそう言うとシルイト達の周囲五メートルほどが淡い黄色の半球の膜状の結界でおおわれた。
その次の瞬間巨大な衝撃が結界に走った。
「どうやら精神干渉する相手は俺たちじゃなくて森の獣だったみたいだな」
いま、シルイトたちは四方を獣で囲まれていた。