勇者の足跡 その3ーリクトの視点ー
その後、何日か学校に通ってわかったことだがどうやら例の美しい少女とワイバーの間には何かしらの関係があるらしい。
それだけでもワイバーが憎いがさらにその少女はワイバーに対してどのような種類かはわからないがある程度の好意を持っているのがわかった。
悔しかったしワイバーを学校から追い出したいとも思ったがそれでも何かしらの理由がないと何かをすることはできない。
悶々としながら過ごしていたがB組のトップとかいう女生徒がよく話しかけてくるようになった。
ファナティスというらしく父親はこの国で宰相をやっているらしい。
こういうほかの人との出会いも少女と仲良くなるのに使えるか使えないかで見てしまう自分を自己嫌悪した。
ある日、完全に少女に無視されてこの世界に来て以来ずっと使っている宿に戻った俺は一人泣いた。
すると、泣きつかれていつの間に眠っていたらしく夢を見た。
夢にはある女性が現れた。
その女性は例の美しい少女にそっくりだったが声が違った。
その女性曰く、
【私はあなたを導く者。あなたが森の中にいたときにも助けたことを覚えていますか?今の私の姿に疑問を抱いているかもしれませんが、今の姿はあなたが頭の中で思い浮かべる女神の姿に模して作られています。
今のあなたは1人の女性が自分に振り向いてくれないと言ってとても悩んでいます。しかしあなたは悩む必要はありません。
なぜならあなたは異世界からやってきた勇者だからです!あなたにならどんな女性も振り向く。
もしあなたが愛するその女性が振り向かないとすればそれはその女性の近くにいる男が操っているのでしょう。
さあ、その男を倒しなさい!そうすれば女性は解放されあなたを振り向くでしょう!】
ハッというふうな顔をした俺はそのまま意識が浮上して目が覚めていく。
顔も確かに見ていたはずだがいつのまにか忘れていた。
今まで以上にあいつを憎悪するようになった俺が今日こそ成敗しようと勇んで学校へ向かう途中、1人の女生徒が話しかけてきた。
ネクタイの色を見るに二年生である。
名前は教えてくれなかったがとても有益な情報を得ることができた。
なんでもあいつは一時期格好の噂のネタになったウィスタームという旧貴族の生き残りだという。
この情報をちらつかせれば簡単にこちらの誘いに乗るらしい。
これだけでもあいつを自主退学させるには十分だがあいつを合法的に痛めつけ、場合によっては殺すこともできる方法も教えてくれた。
この学校特有のシステムである模擬戦はたまに死傷者を出すこともあるほどらしい。
しかも申請さえすれば誰でも行うことができるため息巻いていると少しその女生徒から忠告が入った。
「あんまり相手がEクラスだからといって油断していると馬鹿を見るから気を付けた方が良いわよ」
そりゃあ普通の生徒なら気を付けた方が良いかもしれないが俺は勇者だ。
そこら辺の雑魚程度なら瞬殺できるだろう。
そう考えて適当に返事をした。
やはり俺は勇者なのだろう。
今さっきの情報も勇者補正として生徒Aが必要な情報をくれるというイベントが発生したのだろう。
だとしたら最近よく話しかけてくるファナティスももしかしたら俺に好意を抱いているのかもしれない。
だとしたら正妻は例の少女だとして側室くらいには加えてやろう。
ついでに宰相の娘ということだからこの王国も頂こう。
なんて考えながら模擬戦の申請をする。
幸いなことに模擬戦のための第四練習場がちょうど開いているらしい。
しかもそこから教室への道中、都合よく中庭であいつを見かけた。
やはり勇者補正が入っているのだろう。
そしてこれから悪を打ちのめすイベントが始まる。
朝のうちに済ませてしまおうと思いあいつを模擬戦に誘う。
朝の女生徒の言う通りウィスタームの名前を出すまでもなく本名を知っているといっただけであいつは模擬戦に応じた。
第四練習場へ到着して模擬戦を始めた。
両手に銃を創造した。
やはり銃は対人戦においては無類の強さを誇る。
地球での戦争でも銃がかなり戦い方を変革した。
お気に入りの軽機関銃を創造した俺は思いっきりぶっ放す。確実に命中したと思ったのだが、いや、命中はした。
しかしいつの間にか出現した謎の銀白色の壁に当たって全てはじかれてしまった。
しかも今まで討伐してきたどの危険指定の生体障壁よりも硬いらしく壁には傷一つついていない。
驚きで一瞬固まっていると何とその壁がぐにゃりと歪んでまるで水のように地面に落ちあいつの制服の上着の内側に消えていった。
まさか俺と同じ神聖術を使っているのではないかと一瞬考えたが俺が勇者である以上はあいつはこの世界の人間だろう。小説ならそうだ。
今度はこちらの番といってあいつが攻撃を仕掛けて来ようとしている。
この世界にも銃はあるらしく、あいつが取り出したのはリボルバータイプの拳銃。
さすがにまともに撃たれると命が危ないため防御するためにこちらも銃を一丁捨てて片手を前に出す。
たった一丁の拳銃の弾くらいなら厚めの鉄の板でも創り出せば貫通はできないのだが、朝の女生徒の言葉もどこか頭の中に残っていたため念のためということで地球でも最先端の強化プラスチックを用いたバリスティックシールドを創り出した。
これで戦車の大砲みたいな腕ごとやられるようなものでもない限りやられることはないと安心したのもつかの間、なぜかバリスティックシールドに簡単に穴が開きそのまま腹部を貫通した。
痛みと混乱で朦朧としながらも最後の気力であいつの足首をつかみ鉄の槍を創造する。
これであいつの足から鉄の槍が生えるようなことがあれば確実に絶命するだろう。
全知創造術による光が手から漏れ出したのを見て安心して気を失った。
・・・--・・・
目が覚めた。
上体を起こして左右を見回すと自分が学園の校舎横にいるのがわかった。
どうしてこんなところにいるのか全く思い出せない。
記憶を掘り起こしてみると確か授業が終わって学園から帰ろうとしていたはずだ。
しかし学園の時計を見てみるとまだ朝の時間帯。
もしかしたら堕ち人にはまれにあることなのかもしれない。
世界を超えたのだからそれ相応の負荷がかかるはずだ。
その負荷が短期的な記憶喪失としてあらわれた可能性もなくはないな。
1人合点していると校舎の入り口からファナティスが出て来た。
左右をきょろきょろと見回し俺を見つけると小走りで近づいてくる。
「リクト様!心配しておりましたの。どこか怪我はなされていませんこと?」
聞くところによるとどうやら記憶を失う前の俺は例の少女が懐いているワイバーに嫉妬して模擬戦を挑んだらしい。
そしてそこで負けたところを見て心配したファナティスが俺を探していたようだ。
負けたショックで記憶を失ったのかもしれないがそれでも俺にとってはちょうどよかったのかもしれない。
このファナティスならこの世界でも信用していい女性なのかもしれない。
「ファナティス」
「はい、なんですの?」
「これからもよろしくな」
「ひゃ、ひゃい!」
とっくに始まっていた二時間目の授業担当の先生に事情を聞かれて焦ったのはまた別の話である。




