リクトという人
イケメンの目元にかかる金髪が走ってきた勢いでふわりと浮かぶ。
シルイトがこういうやつがモテるのだろうと顔をしかめかけているとイケメンは何やら真剣な顔で指をさした。
「おい!そこのお前!」
どうやらシルイトのことを指しているようだ。
しかし当の本人は気付いていないらしくイケメンからするとシルイトより奥にいるパルテとイレハの方を見た。
パルテとイレハも首をかしげている。
「だから!お前だよ!」
そう言いながらイケメンはシルイトに近づいていく。
さすがに自分の事を指しているとわかったシルイトが口を開こうとすると、
「おい、いきなり教室に入ってきてワイバー殿をお前呼ばわりなどと許されることではない!」
「そうよ!ワイバー殿に謝りなさい!」
どうやらパルテとイレハはシルイトのことを殿付けで呼ぶことに決めたようである。
一方シルイトはますます面倒なことになると内心頭を抱えていた。
イケメンは急に思わぬ方面から怒られて一瞬ひるんだがすぐに顔色を戻す。
「うるさい、外野は黙っていろ。それで、お前・・」
「俺にはワイバーっていう名前がある。とりあえずは自己紹介にしないか?話はその後でもいいだろう」
「俺はリクト、Cクラスのトップを務めている。そんなことより、彼らはどうしたんだ!?お前がやったのか!」
どうやらイケメン・・もといリクトはシルイトが教室にいる荒れくれ共を物理的に黙らせたことに対してお怒りらしい。
「ワイバー殿はうるさくて破壊活動をしてたクラスのゴミを処理しただけよ!」
やめて、それじゃあまるで俺が鬼畜なやつみたい、とシルイトが考えたかどうかは別である。
「じゃあ聞くが本当にそれしか方法はなかったのか?例えば、話し合いで解決するとか、ほかにも方法はあったはずだ」
「無理だ!」
「でもそれは最大まで努力した後に吐いていいセリフだ。そうじゃなきゃただの押しつけだよ」
イレハとパルテが反対したがリクトに言い負かされてしまった。
シルイトの役に立てなかったと若干涙目になっている。
リクトは再びシルイトに向き直った。
「さあ、シルイト。本当にお前がやったのか?」
「・・・」
「おい!」
「・・・たとえ・・やったとしても、リクトにどうこう言われる筋合いはない」
「なんだと!?」
リクトはシルイトが堂々と開き直ったのを聞いて驚いた。
「薬の成分にはきちんと気を使って後遺症の無いものを選んでいるし倒れたときにも頭をぶつけないように周囲に気を払った。ましてや先生でもない君がほかのクラスに口出しできようもないだろう」
パルテとイレハは自らが尊敬するワイバー殿がそこまで考えて黙らせて(物理的に)いたのを知ってますます尊敬した。
それを知らないシルイトは淡々と言葉を紡いでいる。
リクトも反論しづらくなったらしく若干次の言葉を考えた。
「・・俺は・・Cクラスのトップだ。周りを監督する義務がある」
これは正確には間違いである。
クラスのトップは確かにクラスの監督をしなければならないが、それは自分のクラスに限る。
他クラスに干渉するときは自分のクラスメイトがそのクラスで何か起こしたときのみである。
シルイトも正確に把握していたようで間髪入れずに反論した。
「そうか、なら俺はこのクラスのトップだ。君とは違い自らのクラスを監督しなければならない。その上で言ってきかないくらい低い知能指数の奴らが暴れまわっていたから対処したに過ぎない」
「・・それでも!最後まで話し合いを!」
「そもそもリクトの言う最後までってなんだ?相手がろくにこちらの話を聞いてくれない状況でも攻撃されない限りは物理的な対処はダメとでもいうつもりか?」
実はシルイトは錬金学園の校則を一通り覚えている。
万が一自らがウィスターム家だとばれたときにいちゃもんを付けられないようにするためである。
そして校則にはクラスのリーダーは自分のクラスに対してある程度の権力を与えられるという文言があり、これを根拠に鎮静剤を使用したのだ。
ここが攻め時だと感じたシルイトはさらに攻めていく。
「俺を責めてどうしたいんだ?自分が俺よりも上だと感じて優越感に浸りたいのか?それともただの自己満足か?」
「お、俺はただ・・」
「どちらにしろ俺からすれば君の行為は非常に迷惑だ。俺に対しては今後こういうことはやめてもらおう」
これが、シルイトとリクトの最初の出会いである。
リクトが悔し顔でC組の教室へと帰っていった後、しばらくするとE組の担任の先生が現れた。
担任の先生はかなり高齢の男性で、おそらく厄介払いでこのクラスの担任に押し付けられたのだろうとシルイトはぼんやり思った。
担任の先生は教室の前のドアから現れるとまず生徒の大半が謎の気絶状態にあるのを見て立ちくらみを起こした。
その後、シルイトが状況を説明していくとだんだんと落ち着いていった。
教室は左側に窓、右側に廊下があり、前には移動式の黒板があり上下にスライドすることで黒板二枚分の分量を書くことができるようになっている。
その中でシルイトの席は一番前の窓際の席である。
因みに教室は正方形で真ん中に横五つの机が二列にわたって並べられている。
シルイトが気絶させた荒くれ共は教室の後ろに全員寝かしてあった。
それぞれの服のポケットにはシルウィス・ワイバーの名前と次に問題を起こしたら相応の対応をするという脅し文句付きの手紙を入れてある。
実質、先生が来てもやることはほとんどなかった。
翌日からの簡単な行事説明と時間割の配布、教科書の配布で計三十分ほどを費やし解散となった。
「ワイバー殿、帰り道をご一緒させていただいてもよろしいでしょうか!?」
「まあ別に構わないけど」
シルイトはこうなることも予想してあえてコンフィアンザとの待ち合わせをしなかった。
もちろんコンフィアンザが人気が出るのを予測していたというのもある。
「ありがとうございます!」
こうしてシルイトはパルテとイレハといっしょに帰ることになった。
校門まで向かう道すがら、シルイトはふと疑問に思っていたことをもらした。
「二人は付き合ったりしてんの?」
「はい、正確には許嫁同士です」
「そうなんだ」
親が子供の結婚相手を決めるというのは王都の貴族から小さな村まで比較的広く薄く広がっている風習だ。
王都では家をさらに大きくするため、村ではより優秀な遺伝子を残すために大人が決めてしまうのである。
シルイトはパルテという名前もイレハという名前も聞いたことがなかったため村出身であるとあたりを付けた。
その後は他愛もない世間話でお茶を濁し、お互い分かれて自分の家へ向かった。
シルイトが宿に着いてからしばらくするとコンフィアンザも帰って来た。
「かなり疲れました」
やはりコンフィアンザはお疲れムードである。
シルイトもそうだがコンフィアンザも偽名を名乗るときは基本的に名字のみである。
名字に比べて名前の方が本名に近いためである。
名前まで教えるのは仲良くなった友人か先生のみだ。
その日の夕方、少し早めの夕食を終えたシルイトとコンフィアンザはゆったりとくつろぎながら今日のことについて話し合った。
コンフィアンザは入学試験の結果発表後のシルイトによる対人コミュニケーショントレーニングの成果もありシルイトが居なくても普通に話せるようになったようだ。
しかし、コンフィアンザがつかれたのは慣れない会話をしたからではない。
それをわかっていたシルイトはさっそく聞いてみた。
「フィアンは初日から大変だったみたいだね」
「はい。特にリクト・ユーガミネという方がかなりしつこく話しかけて来たのが一番疲れました。家はどこだとかフルネームはなんだとか好きな食べ物はなんだとかいろいろと」
リクトはどうやらコンフィアンザにもちょっかいを出してきたようである。
それもコンフィアンザに好意を抱いていそうで後々厄介になりそうである。
これはもう本格的に敵認定してもいいんじゃないかとため息をつくシルイト。
「とりあえず家の場所は言うんじゃないぞ」
「ええ、もちろんです。リクト・ユーガミネにもあなたに話すことはありませんとはっきり言いました」
そうか、とシルイトはうなずいた。
「それにしてもまた、リクトか」
「どうかされたのですか?」
思わずシルイトがつぶやくとコンフィアンザが心配そうに尋ねて来た。
「別に大したことじゃないから」
「それでも、もし何か重大なことでしたら・・」
「そんなに重大なら俺から言うよ」
「隠し事・・信頼されていないんでしょうか・・」
しゅんとうなだれるコンフィアンザを見てわかったわかったとシルイトが口を開く。
「今日、うちのクラスの問題児どもを物理的に黙らせたときにリクトが急にやってきてそれは間違っているとか言ってきただけだよ」
「まあ、そんなことが!私、明日からリクト・ユーガミネの事は無視することにします」
「他人との付き合いは自分で勝手に決めていいからな」
「いえ、ますたが愚弄されたとなれば見過ごすわけにはいきません。好きの反対は無関心とも言いますし無視していれば自らが犯した過ちを悔い改めるでしょう」
「そ、そうか」
それにしても、またリクトである。
ブラッキーとの対決が入学の主な目的だと思っていたが初めの敵は案外すぐそばにいるようだ。
それにブラッキーも偽名を使っているはずであり、きちんと特定できるのはまだ先の話になるだろうとシルイトは考えていた。
そしてコンフィアンザのコミュニケーションスキルが地味に上がっている気がするとシルイトは考えた。
「それにしてもユーガミネなんて名字、この国にいたかな」
シルイトは赤くなりかけている空を見上げながら一人つぶやいた。
学園での敵の一人として正義感が強い人を登場させてみました。
どんな行動でも見る人によって正しいかどうかは異なるといったメッセージが込められていると思います。たぶん。