合格発表
アロガンシアを討伐してから約一か月後、シルイトとコンフィアンザの二人は揃って錬金学園の門をくぐっていた。
錬金学園に行くといっても入学試験を受けに行くわけではない。
今日は入学試験から一週間たった日。
合格者が発表される日である。
様々な受験生が緊張した面持ちで合格者の受験番号が書かれているポスターへと向かう中、一人だけ周囲とは少し違う表情の少年がいた。
シルイトである。
彼がどうしてそんな顔をしているのかは入学試験を受けるときの彼の言葉を聞けばわかるだろう。
「あ、錬金史勉強すんの忘れてた」
錬金学園の入学試験は基礎錬金学、基礎薬草学、基礎医学、基礎数学、基礎物理学、基礎化学、基礎地学、錬金史の八つがありそれぞれ百点満点である。
そのうちの一科目が零点をとることが確定してしまったのだ。
普通の受験生ならば一般教養で何問かは正解するだろうがシルイトは幼い頃から親が居ず、裏社会を飛び回ったり錬金魔術の研究をおこなったりしていたために一般教養も満足に身に着いていないいわゆる世捨て人のような状態であった。
ともかく、シルイトは下手すると落第の危機もあるとして非常に憂鬱になっていた。
一応コンフィアンザがフォローとして、
「もしますたが不合格だったら私も不合格になります」
とよくわからないことを言っていたが、シルイトにとっては逆に自らが哀れでマイナス効果となってしまった。
そうして絶望に近い表情でポスターの前に立つシルイトといつも通りの表情でポスターの前に立つコンフィアンザ。
しかし、お互い立っている位置が違う。
そもそも錬金学園は完全な実力制である。
その性質は入学試験の時からすでに発現しており合格者発表のポスターは順位順に左上から右下へ向かって受験番号が書かれている。
クラス分けの際も順位に応じて上から二十人がA組、そこから五十人ごとにB組、C組、D組と分けられ底辺の十人がE組となる。
A組に入るとなれば称賛されるがE組に入るとなると校内での待遇は期待できなくなる。
もっとも、シルイトはそもそも受かるかどうかの話なのでそれは関係ない。
シルイトはポスターの前に着くと迷うことなく順位の一番下から見始める。
そして見始めてから一秒後、
「やった!受かってた!」
というシルイトの歓喜の声。
ポスターを見てみると、下から十番目の位置にシルイトの受験番号が書かれていた。
さすが世の中はひろい。
下には下がいるということである。
一応シルイトの名誉のために弁明しておくが、シルイトは錬金史以外の点数は決して悪いわけではない。
むしろ、錬金史という科目がなければA組に配属されても何らおかしくない点数をたたき出している。
具体的には錬金史以外の平均点が九十点台後半といったところか。
受験生全体の平均点が七十点台なことを考えるとかなり成績がいいのがわかる。
要はそれだけ合格するのは狭き門であるということである。
合格者の平均点は九十点付近なのでそう考えると合格者の中では普通な点数の気もするのだが、実際はコンマ以下の点数のバトルになってくるため錬金史以外のシルイトの点数は本当に良かったのである。
一方コンフィアンザはというと、
「よかった、私も合格していました」
とポスターの一番右上を見て静かに喜んでいた。
彼女はまごう事なき学園一位である。
これにはちょっとしたトリックが存在する。
といってもカンニングなどではない。
彼女が人工生命体であるということに関連しているのだが、彼女は普通の記憶法とは別の記憶法がある。
それが、短期絶対記憶という能力である。
三日間という時間制限付きで任意の情報をそのまま完璧に記憶することが可能なのだ。
三日が過ぎると能力が解けて普通の人間がその情報を目にした時と同じくらいの情報のみが頭に残るようになるのだが、受験にはもってこいである。
そんなわけで実質コンフィアンザは試験の三日前から勉強を始めればいいのだが、彼女がそれをしないのにはわけがあった。
それは、入学した後にきちんとした知識がないと勉強についていけないのではないかという危惧から普通の勉強もすることで能力が解けても学園でやっていけるようにしようという考えである。
それはともかく、これでシルイトとコンフィアンザはともにE組とA組のトップとなった。
錬金学園の多々ある特徴的な制度の一つにクラストップ制がある。
これは、それぞれのクラスの中で最も成績がよいものがトップとしてそのクラスをまとめていく義務を負うというものでクラス間の揉め合いの仲裁をするときもある。
まあ、この人選なら少なくともA組とE組の間では目立った争いは起きないであろう。
「よし、それじゃあ受付に行って入学許可証を貰って来ようぜ」
今回の受験ではシルイトもコンフィアンザも本名ではなくギルドカードに記載されている通りの偽名で登録している。
名字はシルイトがワイバー、コンフィアンザはウィスターという名字になった。
実はコンフィアンザが自らの名字をウィスターにするといったときにシルイトが反対している。
ウィスターは没落貴族と揶揄されているウィスターム家を思い起こさせるからである。
しかし、もともと名字がなかった人工生命体であるコンフィアンザがもっとも親しみ深い名字であるウィスタームに似たものにしたいと強く主張したためにウィスターに決定した。
シルイトも猛烈に反対はしておらず、逆に自我の目覚めだと言って喜んで許可していた。
かくしてシルイトとコンフィアンザことシルウィス・ワイバーとフィア・ウィスターは入学許可証を受け取りに受付へと足を進めるのであった。