プロローグ
初めまして。私が昔考えていたストーリーなので細かい設定に矛盾があるかもしれませんが温かい目でご覧ください。
これはエスカメシオン王国から始まる錬金魔術の物語である。
四方を森で囲まれたこの王国では錬金術と魔術の二つの技術がお互いにどちらが上かを競い合っていた。
まだ少し寒さが残る二月の半ば。
王国の中枢、王都の隣にある森の奥に位置するとある家で、一人の少年と一人の少女がせわしなく働いていた。
二人とも十代半ばといったところか。
少年は椅子に座りながら床に置いてあるかごからたくさんの薬草を取り出しては机の上に並べていき、少女の方はせっせと汲んできた水を運んでいた。
二人とも仲が良さそうだが誰がどう見ても二人が兄弟だとは思わないだろう。
なぜなら二人の髪の色が全く違うからである。
少年は藍色に近いような深い黒髪であるのに対して少女は腰まで伸びる長い銀髪である。
せわしなく働いていた内の一人が少年に向かって声をかけた。
「ますた、新薬用の水を運び終えました」
「ありがとう、こっちも準備ができたし、そろそろ実験といこうか」
声をかけられた少年は薬草を並べ終えた机の中央にスペースを作りながらそう返事をした。
今まさに少年が整理している机は横がかなり長めの長方形で、立って作業をするために高めに作られている。
少年が空けたスペースにカップを置き少女が運んできた水を中に入れる。
そして水の中へ机の上に置いてあった大量の薬草を投入し始める。
その様子を一目見ただけだと錬金術と勘違いしてしまうのだが決定的に錬金術と異なる部分が存在している。
それは少年が魔術を併用しているというところだ。
もしここに魔力を検知する機械があれば微量な魔力が液体へ注ぎ込まれて簡単な魔術が付与されていくのがわかるだろう。
というのも今この少年が行使しているのは錬金魔術よばれるもの。
錬金術と魔術の二つを同一の作業工程の中に組み込むことで効率を格段に向上させたり既存の道具と組み合わせて絶大な効果を発揮させることができる。
しかし、この技術は錬金術師と魔法術師で対立しあっている世間ではタブー視されている。
よっておそらく少年が初の考案者であろう。
そして少年が世間の目を警戒して錬金魔術を公表していないため事実上、少年が唯一の錬金魔術師と言っていい。
実験の全ての行程が終わって少年はほぅっと一息ついた。
机の上のカップの周りや机の下には使い終わった薬草が散らばっている。
そしてカップ内の液体からうっすらと漏れ出ている魔力がこの実験の成果である。
「やったよフィアン。成功だ」
「ますた、おめでとうございます」
少年は実験が成功したことを純粋に喜んでおり、少女はそんな少年を温かい目で見ている。
「この薬は後で使ってみよう」
少年はまた一つ錬金魔術による成果を出したことに笑みを浮かべた。
「ますた、片付けますか?」
「ああ、頼む」
「了解です」
少女はうなずくと再びせわしなく働き始めた。
異変が起こったのは机の上の材料の残りがあらかた片付いた時である。
床に落ちている薬草を箒で掃いていた少女が手を止めたかと思うと少年の方を向いて口を開いた。
「ますた、襲撃者です」
「数は?」
「人数は十人ほど、家の北側からやってきます」
この家では数々の発明をおこなっているため定期的に産業スパイが攻め込んでくる。
そんなこともあって家の周りには常に索敵魔法がかけられている。
今回はその魔法に敵性反応のある何者かが引っかかったのを少女が察知した。
最近ではかなり定期的に襲撃が行われるようになってきており家の周りもいつも以上の警戒をしている。
始めの方こそ弱い連中ばかりであったが、だんだんと実力者が送り込まれるようになってきていた。
「なら、索敵魔術Lv.3を展開しろ。あと結界魔術Lv.4までの展開と実弾の使用を許可する。自己優先モード」
「了解です」
家の周囲にかけられている索敵魔術は侵入者の存在と大体の位置だけで正確な場所をつかむには自分で索敵魔術を行使することが必要である。
もっとも、少女は別の方法で敵の存在を知ることができるためあくまでも補助の意味合いが強い。
結界魔術は常時行使するものではなく相手の攻撃が直接こちらに届きそうなときに展開して防御を行うためのものである。
「それじゃあ、敵を倒すとするか」
「了解です」
少女はそういった後即座に部屋を出て小走りで玄関に向かう。
この家の玄関は北側に位置するため侵入者の迎撃にはうってつけだからだ。
少女の名前はコンフィアンザ。
少年が錬金魔術を行う上での助手として造った人工生命体である。
彼女の体は魔術で強化された特殊な人工筋肉で出来ており特殊な金属で覆われている頭部は爆弾一発程度なら耐えられるほどの強度がある。知能も高く、人間と同等以上の思考が可能である。
また、彼女は錬金魔術の助手をするだけでなくマスターである少年の命を守るためにいくつかの魔術や武器を使うことができ、モードによってある程度の行動方針を指定できる。
ただ、普通の魔術とは違ってそれぞれ出力に応じてレベルが5まで設定してある。
そして魔術は武器使用と同じように状況に応じて少年が許可を出すと発動できるようになっている。
モードでは戦闘時に最優先すべきことを指定できる。
今の彼女のモードである自己優先モードは自分の命を優先的に行動するというもの。
もちろんマスターである少年を守るのは言うまでもない。
ちなみに彼女の言う『ますた』というのはマスター、つまり少年の事である。
彼女が出ていっても少しの間、片付けの作業を続けたあと少年はゆっくりと歩き始めた。
部屋を出て右に曲がる。
廊下を少し歩くとかなり大きな両開きで茶色く塗られた洋風のドアがある。
そのまま開けると・・
少女がこちらに背を向けて立っていた。
少女は右手に拳銃を持ち数秒おきに発砲していた。
銃の専門家でもいれば少女が持っている銃を見たらかなり驚くはずだ。
なぜなら少年が少女のために特別に作った銃で一般のデザインとはだいぶ乖離しているからだ。
少女の銃は自動拳銃という種類で銃身が長く銀色の下地に青いラインがついている。
普通の銃にあるはずの安全ピンは存在せず、楕円形の銃身の上には小さめの照準がついている。
着脱式の弾倉は十六発の弾を入れることができるようになっており、単発式のトリガーをひくたびに弾倉から銃弾が自動でこめられる。
また、銃身の青いラインには本来錬金術の分野である銃に似合わない魔術を組み込んで威力の底上げをしている。
その銃を少女が撃つたびにどこかから悲鳴が上がる。
撃ち損じることは決してない。
それが彼女が人工生命体であることを裏付けている。
向こうからも何発か発砲音があがり、それと呼応するようにほとんどタイムラグなく少女の銃も火を噴いた。
そしてたまたま少女の方へ向かってきた弾と少女が撃った弾は火花をあげてぶつかった。
もはや相手の数は二、三人にまで減っていた。
化け物め、とののしる声も聞こえてくる。
少女が弾を撃ち返す方法はいたってシンプル。
少女は殺気を知覚する能力が異常に優れているため、まずは殺気から相手の位置を特定する。
あとは視認した相手の銃口の向きと殺気の状態から弾道予測を立てて予測線上へ弾を撃ち込むだけだ。
これは演算能力が優れている少女だからこそできることで、例えばマスターである少年などはとてもまねできることではない。
その後、流れ作業のように少女が弾を撃ちまたもや悲鳴が上がって最後の一人が倒れた。
「おつかれさん」
少女がすべての敵を倒したのを見計らい少年が声をかけた。
「この程度、疲れるまでもないですよ、ますた」
少女は何も迷うことなくそう返した。
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ここはさっき実験をした実験室とはまた違う部屋である。
少年が所有するこの家は立地こそ郊外にあるものの、ぎりぎり豪邸とは言わないくらいの代物で少年が親から譲り受けたものである。
今、少年たちがくつろいでいる部屋は廊下の一番奥、いわゆるリビングである。
「ますた、お茶を入れました」
「ああ、さんきゅ」
二人は侵入者を撃退して焼却処分した後まっすぐにこのリビングまで来てゆったりとくつろぎ始めている。
ソファに座る少年の前には実験室の机とは対極的な脚の短い長方形の机が置いてある。
「今日の敵も大したことなかったな」
少女が作るお茶を一口飲みさっきの戦闘の感想を語る。
自分は全く戦闘に入っていないのにこのセリフである。
「いつも私が同じ手段で迎撃しているのになぜ襲撃者は対処法を考えてこないのでしょうか」
しかも少年は今までも戦闘に参加していない。
「本当は対処してるんじゃないかな。それでもフィアンの能力が高いんだよ。どうせフィアンの手段も突き止められてないんじゃないかな」
フィアンとは少女の名前であるコンフィアンザのあだ名である。
「ますたがそう言うならそうなのかもしれないです」
少年は決しておだてているわけではない。事実を述べているだけだ。
少女の能力の真髄は殺気を正確に読み取ることだけではない。
圧倒的な射撃技術もれっきとした少女の能力である。
殺気を出している相手を三百六十度どこからでも察知することができるため、敵に銃弾をあてるだけなら障害物さえなければ目をつむっていても可能だ。
長距離の狙撃でも相手が少しでも殺気を発していて風もほとんどなければ完璧にあてることができる。
近距離なら風の影響も少ない分言うまでもないだろう。
しかしその射撃能力を向こうは知らない。
おそらく活発に動き回れば避けられると踏んでいるのだろう。
だからこそ足元を見られるのである。
「まあ、それはいいとして、今日の議題はさっき作った新薬についてだよ」
「了解です」
少年は少女の言葉を聞くと、実験室からいつの間にか持ってきていた新薬を薬の上に置いた。
「一応確認のためにもう一度言うが、これは魔力保存薬だ」
少女はそれを聞いてうなずいた。
「この薬の有用性はとても高い。例えば、完成された魔術陣にこれを垂らせばそれだけで魔術が発動するだろうし、魔術の使い過ぎで倒れた魔術師の体内に注入すれば回復するだろう」
魔術陣とは魔術師が魔術を行使するときの補助をするものである。通常魔術は魔力さえあれば素手でも発動するが、魔術陣を使うことで陣の上限定ではあるがきわめて速くかつ効率的に魔術を行使することができる。
「ますた、さすがです」
「ああ、そこで早速この魔力保存薬で実験してみようと思う」
少年はそう言って一枚の紙を目の前の机に広げた。
その紙には模様が刻まれていた。
「魔術陣・・ですか」
「そうだ。なに、大した効果はないよ。光る球体を作り出すだけだから」
「それで魔力保存薬の実験をするんですね」
「うん、この作業は実験室でやらなくてもいいからね」
少年は新薬の入った瓶のふたを開け、広げた紙にゆっくりと垂らした。
円状に刻まれた魔術陣の紋様が次第にくっきりとしてくる。
そして瓶の半分ほどが無くなると少年はそこで垂らすのをやめた。
効果はすぐに表れた。
まず魔術陣の中央に光の粒子が集まりだした。
それらは魔術陣の上で収束し大きな一つの球体に変わっていく。
その現象だけですでに魔力保存薬は完成したとみていいだろう。
「すごいです、ますた!成功です!」
「確かにこれは成功だ。いずれはこの技術を普及させていきたいな」
少年と少女も同様の見解だったようだ。
魔術陣の上で形成された光の球体は十秒程度形を維持した後再び光の粒子となって周囲に拡散していった。
それを見た少年は少女に目くばせをする。
少女は軽くうなずいて部屋の一角にあるたんすの引き出しを開けた。
中には何十枚もの白紙の束が置いてあった。
その一番上の紙を取り出してペンと一緒に少年に手渡す。
黙って受け取った少年はこう書きだす。
『錬金魔術師”シルイト・ウィスターム”の発明品:魔力保存薬』