第四十八話 とある鍛冶屋の出来事
それにしてもゴブリンロードが現れるとはな――おまけに大増殖とは頭が痛くなる話だ。
思わずあのミラの顔が思い浮かぶ。喋る剣を持っているあたり、あれも【選抜者】の一人なのだろうが妙に気になってしまう。
迷宮攻略にはどうしても運が絡む事も多い。現れる魔物だって必ずしもこうと決まっているわけでもなく、まさに神の気まぐれで唐突にゴブリンロードのような強敵が出てきてしまうこともある。
だが――忠告できることはした。あいつらも最初に俺の前に来たときよりは成長している。
そう、最初みたときは随分となよっとしたのが来たもんだと思った。だが、妙に雰囲気があいつに似ていた。
だからついつい余計なことを言ってしまったり、必要以上に面倒を見てしまったりした。俺たち支援者が特定の人物に肩入れすることなんて、本来芳しくないのだけどな。
それに――ミラが選抜者なら、深入りすればするほど後が苦しくなるだけだ、そんなことは判っちゃいるんだけどな……。
しかし、やはり大増殖は解せねぇ。ミラにはああいったが、ゴブリンロードの指揮下にあるゴブリンを倒せるとなると本来限られてくる。
ミラの言っていた場所周辺なら、それこそクラーケンなら余裕でゴブリンロードですら倒すだろうが、あれはあの場所から動くことがないからありえねぇ。
かと言ってブラックウィドウやイビルバットは論外だ。そもそもあいつらはわざわざゴブリンロードの縄張りに近づくような真似をしないだろう。
そうなると考えられるのは――やはり逸れ者か……だとしたら厄介だ。あいつらは本当に大丈夫だろうか?
急に心配になってきてしまう。俺もガラじゃねぇなとは思うんだが。
だが、同時に妙に信じてしまう、そんな気持ちもある。あの組み合わせは、当然どちらか片方だけじゃこの迷宮を乗り越えることなんて出来ないだろう。
しかし剣と人、それが一体となり何よりも強い力がうまれているような気がする。
だとしたら――もしかしたらあいつらが……。
そんなことを一人考えていると、ふと正面の扉が開いた。俺も珍しく作業場じゃなくカウンターにいたからな。すぐに気付けた。
そして思わず声を掛けてしまう。
「ふん、無事だったか。それで――」
「は? 何を言ってるんだテメェは?」
だが、扉を抜けて店に入ってきたのはミラとは似ても似つかない人物だった。
……参ったな、俺もやっぱあのミラと剣のことを心配に思っていたようだ。こんな男を勘違いしちまうなんてな。
まあ、それも扉が開いただけで相手を確認せずに声を掛けた俺が悪いんだが。
「ふん、妙なジジィだぜ。まあいい、ここは鍛冶屋で間違いないんだな?」
それにしても、初対面から随分と態度のでかい奴だな。ミラとは性格からして大違いだ。
そして、見た目の雰囲気も真逆だな。何せこいつはなによりでかい。俺たちドワーフは身長が低いから、大体誰でも見上げる事が多いが、こいつは見上げ続けたら首が痛くなりそうだ。
手を伸ばせば天井にも届くだろうな。髪は金髪で野生の獣のような荒々しさを感じさせる髪型だ。顔つきも肉食獣のようで、目つきも悪い。
体つきも立派なもんだ。俺たちドワーフは小柄だが、筋肉には自信がある。鍛冶って奴はそれ相応の力と体力が必要とされる上、俺達の肉体は鍛冶に特化したものに変化している。
何せ三度の飯より鍛冶が好きな種族だ。それは伊達じゃない。
だが、この男は俺たちに引けをとらないほどの肉体を誇っていやがる。まさに筋骨隆々ってやつだな。それでいて上背の高さもあり、実際の身長以上に大きく感じさせる。
あきらかに重量級の肉体――それ故か装備品もガチガチの全身鎧に、背中にはこれまた大層な長柄武器、これはハルバードだな。
柄の先には片側に斧刃、反対側に槌、そして先には鋭い槍が備わっている複合武器だ。その上、石突にも何か仕掛けがありそうだな。
何よりこの武器は見た目には随分と派手だ。柄から刃まで朱色に染まっていて、炎のような意匠も施されている。
だが、浅黒い肌のこいつにはぴったりとも言えるか。全く持ち主と一緒で随分と荒々しい装備だ。
「見てわからんか?」
「ふん、糞生意気なジジィだな。それに鍛冶屋だというならしょぼい鍛冶屋だ。この俺の得物に比べたら、どれも二流三流の武器ばっかだしな」
「……冷やかしなら帰ってくれ」
第一印象も最悪だが、話してみてすぐにわかる性格の悪さが鼻につくやつだ。尤も、この店を訪れた以上、目的なんて一つしか無いだろ。
全く、こんな失礼な野郎は無理矢理でも追い返したいぐらいだが、そうもいかないから厄介なことだ。
だが、それならそれでさっさと終わらせたい。こいつは初めて見る顔だが、こいつがいる時点で向こう側は店が閉まっている状態な筈だからな。
「ふん、まあいいさ。迷宮じゃ鍛冶もこの店に頼るしかないみたいだしな。ほら、この生意気な武器はどんぐらいで直せる?」
背中からハルバードを抜き、カウンターの上に乗せてきた。
『おいおい相棒、生意気はねぇだろうが! 少しは口の利き方を考えろよ!』
「うるせぇよ。実際生意気だろうがテメェは」
……やはりこいつも喋れることができるタイプだったか。そして触って判ったがこいつは既に三段階目、バクゲイルが正式名称か。
それにしてもこの男は全く隠す気も無いようだな。まあこんな迷宮で隠す意味なんてないんだが、並の精神ならなんとなく秘匿しておこうと考えるものだけどな。
「……これなら耐久値1につき、50マナだな」
「は? 1で50マナだ? ぼってんのかテメェは?」
「嫌ならとっとと出ていくんだな。別にお前さん以外にも相手はいる」
「こんな湿気た店でかよ。大体、他に客なんていんのか?」
正直虫が好かんからこいつにはこういったが、これは実際正規の価格だ、間違いじゃない。
それが嫌ならとっとと出ていってもらいたいもんだ。
大体、本来ならこいつはわざわざ俺が直すこともないだろう。それはこの武器をみて判った。もし本当に直す必要があるなら、もっと早くに来ている筈だからな。
だが、こいつには熱を吸収することで自動的に修復できる力が備わっている。勿論瞬時に直るわけでもないからここまで破損してたら時間が掛かるだろうけどな。
『おい! 別にいいだろそれぐらい! そこまでマナに困ってるわけでもないんだしよ! 俺はすぐにでも暴れまわりたいんだよ! 回復なんて待ってられるか!』
……なるほどな。どうやら修復を願っているのはこの男じゃなく、武器の方なようだ。それにしてもやかましい奴だ。ミラのと違って、周囲にも聞こえる念のようだな。
「ちっ、仕方ねぇな。おら、これで足りるだろ」
カウンターに作業に必要な分の魔晶を乱暴に掴んで置く。見た目通り行動の一つ一つが粗野な男だ。
「それとだ、この材料で鎧を新調してくれ。とりあえずいくら掛かるかと、金額教えろ」
「……ふん」
全く偉そうな男だ。とは言え、こっちも仕事だから素材を確認する。それにしてもこいつ、何もないところから素材を出したな。
魔法が得意にも思えんし、正体はあの腕輪か。異空間収納系の術式が施された魔導具なようだな。
そして、これはフレイムオーガの鎧か。あいつらを倒せるとなると、こいつはLV30以上は確実にあるってわけか。
フレイムオーガは自前の鎧を着て現れるタイプの魔物だ。だから倒せば装備品である鎧も手に入るが、オーガ系は体格がでかいからそのままじゃ人間には着こなせない。
だから、ここに持ち込んで一旦潰し、サイズを合わせて打ち直して貰いたいってところなんだろう。このフレイムオーガの鎧は炎鬼の鎧といって火への耐性も強く、火属性の攻撃や魔法をある程度までなら吸収して装備者のHPに変換する効果もある。
しかしこの男、これだけの素材を持ってくるってことは、見た目だけの男じゃなく、それ相応の実力も有しているってわけか。
「どうなんだジジィ、まさか出来ねぇとは言わねぇよな?」
「ふん、二流三流の物しか無い店なんだろ? それなのに俺に頼んでいいのか?」
「……ムカつくジジィだな。他に選択肢があれば他に持っていくんだよ。こっちは仕方なく依頼してんだ。いいから言われたとおりのことやってろボケがっ!」
……こんなやつでも、客として来ている以上それ相応の対応はせんといかんのが辛いところだ。
「必要なマナはこれだけだ。それと出来上がるまでに3日は掛かるぞ」
「あ? ざけんな、そんなに待てるか、てめぇドワーフだろうが。40秒で作りやがれ」
「嫌なら諦めろ。こっちだってお前さんだけ相手してるわけじゃないんだ」
「……チッ、仕方ねぇな。腕もねぇ愛想もねぇ、とろくせぇジジィドワーフに頼むしかないなんてな。全く俺様は不幸だよ。どうせならもっといい女でも用意しとけってんだ」
「……それで、依頼はこれだけか?」
いい加減まともに聞いていても腹が立つだけだからな、とっとと武器は直して、素材だけ預かってとっとと出ていって欲しいもんだ。
「おっと待ちな、肝心なことを忘れてたぜ。実は人を探しててな、こいつに見覚えはないか?」
そう言ってこの男が妙な物を取り出した。四角い板のようなもので、真ん中に別な透明な板が張り付いている。しかも男が何かすると透明な板が光って、そこにやけに精巧な絵が表れた。
まるで、板の中に本当に人が入ってるかのような、そんな錯覚さえ覚えるものだが、しかし、この絵は――
「どうだ? この店にやってきたとか、見覚えはないか?」
「……さっぱりだな。少なくともうちには来ていないぞ」
「……本当か? 嘘だったら殺すぞ?」
「脅しのつもりか? だが、知らんものは知らん」
確認する時の目はまさに野獣のごとしだったが、それでも俺は白を切り通した。
するとこいつも一応は納得したのか、その奇妙な板を引っ込める。しかし変わったものだ。魔導具の可能性もあるが、俺は全く見たことがない代物だ。
「ま、そう簡単にみつかんねぇか」
「よくはわからんが、その人物に何かあるのか?」
「あん? 別に個人的な恨みだよ。見つけたらぶっ殺すけどな」
ニヤリと口角を吊り上げてそんなことをいいやがる。やっぱり黙っておいて正解だったな。正直知ったところですぐにどうこうは出来ないだろうがな。
それにしても――場所が別で良かったといったところか。何せこいつは印象は最悪だが実力はある。初期のステータスや与えられたスキルなんかの違いかもしれないがな、そういう意味では明らかに不利だからな。
「――ほら修理は終わったぞ」
『ヒャッハーー! 清々しい気分だぜぇ! おら相棒! とっとと戻って暴れまわるぞーーーー!』
「全くやかましい武器だな。頼まれたもんはやっておくから用が済んだらとっとと出てくれ。すぐにでも作業にはいらんといけんからな」
「……ふん、わーったよ。じゃあしっかり作っておけよ」
こうしてやかましい武器と粗暴な男は出ていった。それにしても恨みとはな――
この作品がツギクル大賞の一次選考を通過しておりました。
これも偏に皆様の応援のおかげです!本当にありがとうございます感謝感激!




