第二十八話 宝箱と水の底
空洞内の魔物は全て倒し、そこで俺達は周辺の調査に入った。まあ、歩き回るのはどうしてもミラになってしまうんだけど。
そして、俺達が入ってきた側を入り口とするなら、その最も奥の壁際に――それはあった。
「……宝箱だねぇ」
『やっぱり宝箱になるのか……』
うん、確かに俺の知識の中でも宝箱はこんなイメージだけどな。木で出来た箱で上部の蓋が口のように開くタイプ。外縁は金属で補強されていて、正面には鍵穴も見える。
と、いうことは鍵でも掛かってるのかな? だとしたらその鍵はどこで手に入るんだって話だけどな。
「……どうしよっか?」
ミラが困ったような顔で俺の意見を求めてきた。この様子だと流石に考えなしに開けるのは危険とは考えているようだな。
『う~ん、何かこういうのは下手に近づくのも危険な、そんな気がするな。そもそも鍵が掛かってそうだし』
「そうだよね。一旦諦める?」
うむ、正直罠なんかがあるのが一番怖いしな。罠を解除するスキルもない以上、ここはやはり慎重を期すべきだろうな。
『惜しい気もするけどこの状況で無理して痛い目を見るのも馬鹿らしいしな』
「そうだね、それじゃあこれは開けれそうな見込みがついてからにしておこうか」
そうそう、ひょんなことで鍵が手に入るとか、罠を避けられる何かスキルが手に入るとかないともいいきれないからな。
というわけでミラは更に空洞内を調べていくが、俺達が戻る方向、つまり入ってきた方から見ると左端の方に先へ進めそうな横穴を見つけた。
入ってみると、すぐに下りの段差があり、数段下りた先は水が溜まっていた。一見泉のようにも見えるが、神秘の泉とも違う。構造的にもこの先にもいけそうなんだけど、ここから先に進む道は水の中に隠れているようである。
『……これは、ミラ泳げるか?』
「うん、それは大丈夫だよ」
そう言って、何か身体を解し始めた。既に入る気まんまんなようだが。
『いや! ちょっと待て! よく考えたらやっぱり危険じゃないか?』
「え? そうかな?」
そう言って水の中を覗き込もうとするミラだが――
『馬鹿! 顔を引け!』
俺の念に反応して即座に上半身を反らすミラ。そこへ水中から飛び出した魚が、奇妙な声を上げながらミラが顔を出していた位置を通り過ぎ水中へと落っこちた。
水の跳ねる音が耳に届き、同時に、あ、とミラが尻もちをついた。
『大丈夫か? 全く気をつけろよ。ミラも時折気が抜けるからな』
「あ、うん、ごめんね。でも凶暴そうな魚だったね」
それは、確かにな。眼があるのか無いのか空洞にも見える魚眼に鎧のような鱗、そして生えそろった鋭い歯、いやあれはもう刃だな。やたら刺々していて鋭かったし。
あんなの避けてなかったら多分ミラの顔の肉ごと削ぎ落としていっただろう。この兜も顔は守ってないからな。
そんな目にあったりしたら目も当てられない。男とは言え結構可愛らしい顔をしてい、いや、そ、そんなことはどうでもいいが、とにかく気をつけないといけないな、うん。
「うわぁ、凄い水が跳ねてるよ。これ全部あの魚かな?」
『恐らくな。餌が来たと思って集まってきてるんだろ。それにしてもこれはかなりの数潜んでそうだな。流石にこれじゃあ潜るのは自殺行為か?』
直接戦ったわけじゃないが、あの様子だと水中じゃ流石に分が悪すぎるだろうしな。
「う~ん……」
だけど、ミラは顎に人差し指を添えて天井を見上げながら何かを考え始めた。
おいおい、まさか潜る気じゃないだろうな?
『ミラ、流石にこんな凶暴な魚がいるのに潜るのは無茶だと思うぞ』
「勿論、何も考えずに潜るわけじゃないよ~」
潜るのは潜るのか? でも一体何をしようというのか?
俺が疑問に思っていると、ミラは俺を背中の鞘に収め、そしてもと来た道を引き返していく。
なんだ? やっぱり諦めたのか? なんて思っていたら、今さっきツインリザードヘッドを倒した場所で、ダッシュリザードの遺体にナイフを入れ始めた。
既に皮と魔晶は回収してるので、手に入るのは後は肉ぐらいだが……。
そして、ミラはダッシュリザードの肉を3分の1程切り取ると、よっ! と抱きかかえて再び水の溜まっている場所へ。
かと思えば、えいっ! と声を上げて肉を向かって左側の壁に向けて放り投げた。
それから少しの間を置いて――ちょうど肉を投げ入れた地点に、バシャバシャと水飛沫が上がる。
そうか、なるほど、あの肉を餌に魚を引き付けたってわけだな。
ミラは投げ入れた方に魚が群がっているのを認めると、迷うことなく水中へと飛び込んだ。
念の為、俺も水の中を見回すが、流石に視界は悪いな。薄暗いし、でも確かにあの魚共は食事に夢中なようだ。
でも、勢いが凄い。あの量でも食い尽くすのにそう長くは持たないだろう。
『ミラ、調べるなら急いだ方がいいぞ』
頬をぷくりと膨らましたミラが刻々と頷いた。
そして魚の群がっている方とは反対側へと泳いでいく。
あくまで勘でしかなかったが、洞窟の構造を考えると、先に進むなら今ミラの進んでいる方向であってるとは思う。
そう、そしてそれは恐らく間違いではなかった。正し、そこに門が閉まっていなければ、の話だ。
確かに先に進めそうな横穴は水中にあった。だが、それが水門のようなもので完全に閉じられていたのだ。
ミラは門に手を掛けあけようと試みるが、水中では思うように力も出ず、仕掛け的にも人力でなんとかなるとも思えない。
『おいミラっ! 奴らの食事が終わるぞ! もう無理だ諦めよう!』
俺の念で弾けたように首を巡らすことで、そろそろマズイ状況になりつつあることに気がついたようだ。
そこまでの距離はないが、水中では当然魚の方が一枚も二枚も上手である。
ミラは門を蹴り飛ばし、そのまま地上を目指す。と、ほぼ同時に食事を終えた魚群がミラへと狙いをすまし迫ってきた。
かなりの量だな。数十匹はいるかもしれない。魚群がまるで1匹の巨大な魚のようにすら見えるぞ。あんなものに群がられたらいくらミラでも一溜まりもないだろう。
『ミラ急げ! もうすこしだ!』
ミラの手が岸に伸びる。あともう少し、数センチ、しかし同時に魚群もすぐそこまで迫っており――バシャン!
だが、一歩早くミラが岸に手を掛け急いで水中から脱出した。
本当に間一髪と言ったところだが、地上に出たあともミラは油断せず、数匹水中から飛び出してきた魚を今度は逆に俺で切り飛ばしてみせた。
――進化PTを2得ました。
――経験値を10得ました。
――進化PTを2得ました。
――経験値を9得ました。
――進化PTを2得ました。
――経験値を10得ました。
て、なにこれショボ! 貰える経験値ショボ! PTもショボ! あんな危険な目にあって倒してこれかよ! どうなってんだ!
『ミラ、この敵酷いぞ! 進化PTも経験値も微々たるものだ!』
「うん、採れる魔晶もちっさいね」
あははっ、て笑いながらミラが言った。いやいや笑い事じゃないぞ。正直こんなのやってられないぞ。
「でもね、魚だよ? 魚なんだよ? もしかしたら食べられるかもだよ~」
……そ、そっちかよ。いやいや確かに魚だけど、だけどね――見た目グロテスクすぎるんだが……歯とか真っ黒の目とか、意外と簡単に死んだけど、鎧みたいな鱗とか――
でもこの表情、やっぱ本気で食べる気なんだろうな……。
『とりあえず、食べる食べないはともかくとして一旦離れようか……』
「あ、うん、そうだね」
とりあえず水門があかないことにはここに居ても仕方ないしな。
というわけで、再び元の場所に戻った俺達だったわけだが――
「ポンッ!?」
空洞内まで戻ってきたその時、良く知った顔と、ミラとの目があったのだった――




