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第9話「仕事」

 

『おーい、おーい! 起きないと、お姉さんがまたお腹を潰しちゃうよー』


 物騒な言葉を耳元で囁かれた気がして、俺の意識はゆっくりと覚醒していく。喉はカラカラ、頭痛、尻が痛い。朝っぱらから、ある意味絶好調だ。


「なんでお姉さんを無視するのーーッ!」


 やけに目の前が騒がしくて、俺は堪らず目を開く。


「なッ……⁈ 」


 特徴的な翡翠色のロングヘアーと、右手に握られた俺に因縁がある物理が得意そうな杖。一度見れば、忘れるはずがない。


「翡翠の魔女ッ……。お前が俺に何の用だよ……ッ!」


 少なくともこいつは俺の味方じゃない。敵意剥き出しの双眸で、翡翠の魔女を睨みつける。


「ま、まぁまぁ、落ち着いて。というか翡翠の魔女ってお姉さんのこと?」


「目の前のお前以外に誰がいるんだよ」


「まったく、お姉さんにはちゃんとした名前があるんだから、勝手に変なの付けないでよ!」


 昨日会った時とは違い目の前の翡翠の魔女はえらくご機嫌のようで、俺にキツイ視線を向けることがなければ、杖で腹を殴ってくるようなこともない。


「……おい翡翠の魔女、変なものでも拾って食ったか?」


「そんな汚いことはしないし、お姉さんの名前は翡翠の魔女でもありませんーーッ!」


 クールビューティな相貌の癖して、胸の前で腕をクロスしてバッテンを作る可愛げが、俺に変な違和感を与える。お前みたいなクールビューティは、どぎつい視線で男を魅了してりゃいいんだよ。

 可愛い路線はシアとナナにでも任せて、ここは大人しく身を引いてくれるといいのだが。


「私の名前は、シェスト・ストリファイブ。君も知っての通り、物理専門の魔法使いと言った感じ。まあ、シェストと呼んでほしいかな」


「俺は……」


「知ってるよ。名前はソーマ・カンダ。勇者の夫で、異世界からの召喚者だよね」


 名乗るぐらいさせろよ。


「……んで、物理専門の魔法使い様が俺に何の用だ?」


「その前に、お姉さんはさっきからとても気になっていたのだけれど…………。どうして君は玄関先で寝ていたの?」


 それは紛れもない事実だった。昨日は夕飯をご馳走になりナナの遊び相手を務めた後、さすがにシアとナナの家に泊まるわけにはいかず、俺は九時頃に帰宅した。

 いや、正確には言えば帰宅はしていない。

 帰宅出来ていないからこそ、昨日俺は玄関先で一夜を明かしたのだから。

 つまり、


「家に入れてもらえなかったからだよ! それぐらい聞かなくてもわかるだろ⁉︎」


 というか分かれ。

 今現在の俺とミスラが、そういう関係だと認識しろ。


「……ぷぷぷ」


「なに笑ってんだよ」


「いやぁ、だって面白くてね……ぷふふ。あっ、それはそうとして…………」


 シェストは思い出したように手を叩くと、


「昨日は、本当にごめんなさい」


 ぺこりと可愛らしく、恭しく頭を下げた。

 だから可愛らしさはシアとナナに任せて、お前は静かに物音たてずに身を引いてくれ。


「……急になんだよ」


「いやぁさぁ、昨日ミスラに事の真相を聞いてみたらね、ソーマちゃんはそこまで悪くないんじゃないかなぁ〜って思って。殴りつけたのは、悪かったなぁと思ってね」


「まず、ちゃん付けを止めてくれ」


 ついでに両の人差し指をくっ付けて、上目遣いでこっちの様子を窺ってくるのも止めろ。


「それで、ソーマちゃんは愚かなお姉さんを許してくれる?」


「ちゃん付けを止めたらな」


 それから、前屈みになって胸元をチラチラ見せてくるのを止めろ。


「許してくれるの⁉︎ ありがとうソーマちゃん!」


「お前、さては許される気ねえだろッ⁉︎」


「あっ、そうそう。ミスラから渡されてモノがあったんだよね。コレ、ソーマちゃんに渡しておくね。私よりソーマちゃんの方が必要そうだから」


 そう言ってシェストが短パンの後ろポケットから取り出したのは、一つの鍵だった。


「これって?」


「ミスラとソーマちゃんの家の鍵だよ」


 しれっと聞き捨てならないことを言うシェスト。


「ミスラの奴なんで俺に渡してくれないの⁉︎ ……まぁ、いいや。とりあえずこれで、これから俺は自由に家に帰れるわけだ」


 ってか、昨日のシェストは普通に玄関から入ってきたのか。


「それじゃあミスラに用があるし。お姉さんは勝手に家に入らせてもらう…………」


 先ほど俺に鍵を渡したばかりだというのに、シェスが玄関のドアノブに手を掛けようとした時、ドアは内側から勢いよく開かれた。家の中からは、大剣を背負った軽装のミスラが現れる。


「朝から何やってんのよ……」


 いつもと変わらないジトッとした目で俺とシェストを見やると、「行くわよシェスト」とシェストの手を引いて、またもや二人して何処かに行ってしまう。

 なぁ、神様達。

 俺はあんたらがいることを知ってるんだ。

 だから一つだけ、俺の願いを、俺の切実な願いを聞き届けてくれ。


「ミスラとシェストの中身、交換してくれない?」


 そうすれば、全てが上手くいくと思うんだ。




  ※ ※ ※




 どうやら俺という奴は、社会に出ていなかった所為もあってか、仕事のなんたるかがまったく分かっていなかった。言うまでもない。シアの仕事を俺が半分手伝った所で、シアの帰宅時間が早くなったりはしないのだ。


「なにボサッとしてるんだい。水でもついで差し上げな」


「わーってるよおばちゃん。ただちょっと、自分の社会性のなさに絶望してただけだ」


 ここは町の食事処『クレアおばさんの台所』。名物料理はクリームシチュー、というわけではない。

 店長のクレアおばさん曰く、全部うまいから名物なんてないとのことだ。ちなみにクレアおばさんは、異世界初日に俺に野菜を恵んでくれた優しいおばちゃんのこと。


「お兄ちゃん、2名様来たよー!」


「あいよー!」


 今はどういう状況かと言うと、絶賛仕事中だ。

 シアの仕事を半分手伝うといった俺は、シアから『クレアおばさんの台所』に俺を紹介してもらい、今こうして働いているわけである。

 シアにナナとの遊び時間を作ってやる為に始めた仕事だが、勤務時間が決まっている仕事が、定時より早く帰れるはずもなく、俺が加わったことにより仕事効率が上がっただけだった。

 いや、いいことなのだが。


「シア! ヴァリアン魚と武椎茸たけしいたけのムニエル、桜トカゲの唐揚げを一人前ずつ頼む」


「はーーい!」


 ここ、食事処『クレアおばさんの台所』は、決して広い店ではなく、クレアおばさんの個人経営だ。その為なのか、開店時間は午前十時から午後六時まで(仕込みをしなくてはいけないシアとおばちゃんの出勤時間は、午前五時)。雇用数も少なく、今日という今日まで、シアとおばちゃんだけで店を切り盛りしてきたらしい。


「ふわぁぁぁ……」


「ナナ、眠いのか? いつもは昼寝の時間らしいし、店奥で寝ててもいいんだぞ」


 その問いかけに、ナナは眠た目を擦りながら、しかしハッキリと言ってみせる。


「ううん。もう少しだけ、頑張る」


「よし、ならもう少し頑張れ!」


「うん!」



 店のマスコットキャラの座を狙っているらしいナナは、ちゃんとした雇用ではなく、可愛いお手伝いという立場にある。

 今まではシアとおばちゃんの二人共が厨房に入って、オーダーは直接おばちゃんにというシステムだったらしく、目が届かないと危ないということでナナは店奥にいたとのこと。

 この前俺がナナと会った時は、暇すぎたナナが店から抜け出していたらしい。


「お兄ちゃん、トイレ」


「おう、行ってこい」


 ただ今は、俺がウェイター兼ナナの監視役ということで、ナナは店のマスコットキャラの座を狙いつつ、店のドア近くに立ってお客さんに接客している。

 おばちゃんから、少しだけだがお小遣いもちゃんと貰っている。


「まあ、これはこれで良かったかな」


「なーにボサッとしてるんだい! そんなんだと、ミスラの尻にひかれちまうよ」


「ちょ! ミスラは関係ないだろ!」


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