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第5話「密度の濃い一日」

 



 召喚された先は小さな街の教会だったらしく、結婚式終了後の今、俺は町長の家に招かれていた。教会の時でのこともそうだが銀髪の女神曰く、『郷に入れば郷に従うオプション付けたから、言語等の意思疎通の心配はいらない』というわけで、言葉で不自由することはない。


 俺は椅子に腰を掛け、テーブルを挟んで町長と対峙する。町長は年老いてはいるが、とても健康そうな見た目だ。


「ようこそ、召喚者ソーマ君。私達は君を大いに歓迎しよう。っとまあ、話に入る前にお前さん、料理……家事は得意かい?」


「得意……とまではいきませんが、そこそこできます」


 今日この町に召喚されるまでは、親元を離れて一人暮らしをしながら東京の大学に通っていたおかげで、ある程度の家事はこなせる。

 料理に関しては一時期はまっていたこともあって、クックパッドのことを『相棒』と呼んでいたまであるからな。


「おお! それはよかった!」


 やんわりとした、優しい顔付きの町長は嬉しそうに手を叩く。


「あの……家事ができると、何かいいことでもあるんですか?」


「うむ。勇者ミスラ、つまり君の嫁は家事が不得意なんですよ。だから、夫の君が家事できないとねえ」


「ああ、そういうことでしたか」


「まあ、その話はこれでしまいとして。この町について、少し話をしましょうか」


 にっこりと、俺の祖父を彷彿とさせる笑みを浮かべた町長は、ゆっくりと優しい声音で話を始めた。



  ※




 時はすでに夕刻。

 一時間半程で町長から町についての話を聞き終え、今は話の中で教えてもらった我が家に向かっている最中だ。その道すがら、色んな人が話しかけてきては、歓迎の言葉を送ってくれる。

 よそ者扱いされて歓迎されないと思っていたが、どうやら俺の考えすぎだったようだ。


 そんなこんなで、ウキウキ気分で歩くこと数分。町長から教えてもらった、青く塗装された屋根が特徴の我が家に着いた。煉瓦造りの、落ち着いた雰囲気がする家で俺は好きだ。


「……ここで合ってるよな」


 玄関に繋がるドアを、軽く手の甲で二、三度ノックする。ドアをノックしてから数秒で、ドアは内側から少しだけ開かれた。


「……何か用?」


 ぶすっとした面の美少女が、ドアの隙間から顔を覗かせる。ぶすっとしていても、やはり可愛い。


「何か用って……。俺も、ここに住むんだけど……」


「嫌だ」


 即答かよ。


「こりゃ、町長に相談だな」


 そう言うと美少女は観念したのか、ドアをしっかり開いた後、逃げるように部屋の奥の方に行ってしまった。

 靴を脱いで、家の中に入る。廊下を歩いてリビングのような所に行くと、美少女がテーブルの椅子に腰を掛けていた。

 俺は美少女の対面に座る。

 確か、勇者ミスラって呼ばれてたよな。


「……なあ、ミスラだっけか。今日から、その、よろしく頼むよ」


 ミスラがどうして俺を嫌っているのかわからないが、俺がミスラを嫌いになる理由はない。わからないことばかりだけど、一応は結婚して夫婦になったんだ。願わくば、仲良くしたい。

 と、ミスラとのイチャイチャライフを送ろうと企む俺は、握手を求めるように手を差しのばしたのだが、


「うえっ⁉︎」


 握手を求める俺の手は、非情にもミスラの手によって打ち払われる。


「ソーマだっけ? 私は貴方とよろしくするつもりないから、勝手にして。それと、奥にある二つの部屋のうち、右の部屋は私が使ってるから入ってこないで。貴方に入られると、それだけで妊娠しそうだから」


 冷徹に言い放たれた。

 ……前言撤回。理由ならできた。今できた。

 俺はまだ、こいつを好きになれそうにない。

 顔は大好きだけどな!


「それじゃあ、これで話はおしまい。私は奥の部屋に戻るけど、さっき言ったように絶対に入ってこないで。入ってきたら、問答無用でぶん殴って追い出す。……家から」


 それだけ言うと、ミスラは奥の部屋に行ってしまう。


「なんなんだよ、あいつ」


 まあ、今日初めてミスラに出会った俺がいくら考えたところで、答えなんて見つからない。これから少しずつミスラのことを理解していこう思っていたが、この様子ではそれも難しそうだ。


「……とりあえず俺も自室に入ってみるか」


 奥へ行くと、廊下を境に対面する形で左右に部屋がある。

 ミスラが今部屋で何をしているのか無性に気になって、右の部屋に入りたくなったが、わざわざ自分から更に嫌われにいく必要はないからやめておく。ひとまず今は自分の部屋に入ることにして、左の部屋のドアを開けた。


「何もないな……」


 いや、何もないなわけではなくベッドはあった。それにテーブルもあって、その上には村長が用意してくれたであろう衣類一式が置いてある。ただ、それ以外何もなくて、とても殺風景であるという意味合いを込めて言った。


「まあ、ベッドとテーブルがあればいいか」


 これだけあれば十分すぎる。


「それじゃあ、暇なことだし。少し外にでも散歩しにいくかな」


 折角できた俺の嫁は、やたらツンケしていて俺を相手にしてくれない。だったら散歩しかない! そうと決まれば即行動。何かに駆り立てられるように、早速俺は靴を履いて外に出た。小さな町とはいえ、家のドアに鍵機能は当然ながらついている。

 帰ってくる時に、あいつに締め出されなければいいが……。

 まあ、町長に相談すると言えば、大人しくドアを開けるだろう。


「いやぁ……空気が旨い!」


 大きく深呼吸をしてから、散歩をはじめる。

 とりあえずミスラと俺の愛の巣(愛があるかは知らないが)である家を起点として、あまり遠くには行かず近場を見て回る。迷子になったりでもしたら大変だからな。


 商店と民家で構成された変わり映えしない光景を眺めながら、俺は町の中を歩いていく。途中、雑貨屋に入ってみようと思ったが、文無しの俺には意味がないと悟って入るのをやめた。

 歩くこと一時間程で近場を見終え、スタート地点である我が家の前に到着した。

 文無しということもあって、特に収穫はなかったのだが、気づいたことならある。


「ずばり年寄りが多い」


 時折、小さい子供がワーワー元気よく走っているが、それも三人とか四人くらいで、視界に入るのは年寄りばかりだった。俺と歳が近い町の住人は、ミスラぐらいかもな。

 その事実に肩を落としつつ、俺が我が家に帰宅しようと玄関の前に立った時。


「あんた、ミスラの旦那さんだろ?」


 背中に声を投げかけられて後ろを振り向くと、見知らぬおばちゃんがいた。


「えっと、そうですけど。何か用ですか?」


「用というほどでもないけれど、これを持って行きな」


 そう言っておばちゃんが俺にくれたのは、沢山の野菜が入った布袋だった。見たことのない、色とりどりの野菜が沢山入っている。


「夕飯、これからなんだろ?」


 にっこりと笑うおばちゃん。


「あ、ありがとうございます!」


「ミスラに美味しい夕飯、作ってあげるんだよ」


 それだけ言い残して、おばちゃんは自分の家に帰っていった。


「美味しい夕飯を作ってやれ、か……。あいつ、俺が作った夕飯食べなさそうだよな。妊娠するとか言って」


 なんとなくだけど、そんな未来が容易に予想できてしまう。

 まあ、あくまでも予想であって、現実がどうなるかはわからない。もしかしたら、俺の愛を込めた料理の美味しそうな匂いにやられて、ちゃんと料理を食べてくれるかもしれない。

 そうして俺の料理の味に感激したミスラは俺に心を開き、夜のお誘いをしてくる。


「まぁ、そんなわけないか」







「貴方が作ったの食べると、妊娠しそうだからいらない」


 見事に俺の予想は的中した。

  やったぜ。……やったぜじゃねえよ。

 ただまぁ、ここまで正確に予想が当たると少し嬉しい。結局ミスラはテーブルに置かれたパンを一つ手に取ると、流れるように自室に戻って行ってしまう。


「……妊娠するわけねぇだろ。性知識どうなってんだよアホ」


 テーブルに置かれた、異世界の野菜をふんだんに使ったスープが、悲しげな表情を浮かべて俺を見つめていた。慰めるように、俺はそっと皿の縁を撫でてやる。すると、スープは少しこそばゆそうに笑った。スープに表情はないとか、そんな無粋なことは言わないでほしい。生みの親である俺には、確かに伝わってきたのだから……。


「あああ、どうすればいいんだよ!」


 というか『妊娠する』があいつの口癖なの⁉︎

 二言目には毎回『妊娠する』とか言いやがって、本当に妊娠させてやろうか⁈ くそっ!


 ……本当に小食かどうかは知らないが、どう考えてもパン一つで腹一杯になるわけないだろ。腹空いても知らないからな。それに折角おばちゃんが、お前に美味しい夕飯を食べさせてあげられるように野菜をくれたのになぁ。

 ……俺だけでもスープが冷めない内に、早く食べよう。


「いただきます」


 手を合わせ、いまや無意識に口から出る言葉を唱えてから、一人寂しく食事を始めた。素朴な味のパンを一口サイズに千切って口に運び、野菜のスープを飲む。野菜の旨味がうまく汁に染み込んでいて、異世界での初料理としては、うまくできた方だろう。

 スープの出来栄えに満足しつつ、今度は素朴なパンを千切って、スープに浸けてから口に運んだ。

 パン素朴な味が、スープの旨味を邪魔せず、互いの味が喧嘩しない。

 はっきり言って、美味い。すごく美味い。


「……あははは、うめぇー! ほんと、うまいわ! あはははは、うまー! うまい! うますぎるぜぇええ! ………………はぁ」


 今はまだ好きになれそうにない、でも、いつか好きになる為の努力はしたい。

 あいつに何を言われようが、俺とあいつは夫婦なんだ。やっぱり仲良くなりたい。そう思っているのは、俺だけかもしれないが。


 数十分程度で二人分の夕飯を食べ終えた俺は、台所で食器を洗ってよく水分を拭いてから棚に戻す。二人分の食器を洗うのは、さほど時間はかからなかった。


「明日、早起きして朝食でも作るか」


 ミスラはきっと、『妊娠する』とか言って食べてくれないだろう。そうとわかっていても作らないといけない。町長がミスラは家事が苦手と言っていた。俺が何か作らないと、あいつは絶対にパンしか食べない。何か作ってもパンしか食べないだろうが。

 そうだとしても、俺が何か作っていれば食べてくれる可能性はある。可能性があるなら、それに賭けよう。


「ふわぁああっ……。あーー、眠い。」


 おもむろに、大きな欠伸が出た。

 考えてみれば、今日一日で色々なことがありすぎた。銃を持った覆面男と戦ったり、女神と出会ったり、異世界に召喚されたり、妻である女勇者に毒舌吐かれたり。


 非常に密度の濃い一日だった。

 その所為なのか、すごく眠い。

 ありえないくらい眠い。


「…………あっ、ダメだこりゃ。眠すぎ……る…………」


 俺はテーブルに突っ伏して、寝た。





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