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第2話「覚悟」

 



「あ、あああああああああああああああああああああああッ!」


 考えるより先に体が動いて、絶叫をあげながら、すぐさま三階のフロアに駆け込んだ。三階は子供向け商品がメインのようで、ホビー売り場の商品棚を縫うようにして我武者羅に足を動かした。


 あの覆面の男は、追ってきているだろうか?

 銃声はしないが……。それだけでは判断できない。

 とは言え、その確認作業を出来るだけの猶予は、今の俺にはなかった。数分全力で走り続けた後、商品棚の裏に身を隠して息を整える。かつてない程に、心臓が跳ね回っている。このまま内側から心臓が肉体を突き破ってしまうんじゃないか、といった具合に。


「っはぁ! ……はぁっ! …………ふぅ」


 誰かが走っているような足音は、聞こえない。

 歩いているのか?

 それとも、追ってきてはいないのだろうか?

 確認したいが怖くてできない。


「……はは。非日常なんて、望んでないのにな」


 まあ、あれだろ。これは、ヒーローショウの延長なんだろ?

 待ってればヒーローが助けに来てくれるんだろ?

 ヒーローが悪者をやっつけてくれるんだろ?

 それがお決まりだろ?


「黙れ、黙れよ。んなわけねぇだろ……」


 俺の中の俺をたしなめるように、言葉を吐いた。


「俺だって、本当はわかってんだよ! 現実じゃ、そう都合良くヒーローが助けに来ないことぐらいさあ!」


 当然、ヒーローがフィクションの世界にしかいないこともだ。

 でも、だからこそ俺は憧れた。

 現実ではありえない、フィクションだからこその鮮烈な登場。

 どんな窮地であっても乗り越えて、悪鬼羅刹をねじ伏せて、全てを救ってみせるヒーローに心から憧れた。

 だけど俺が生きているのは、まぎれもない現実。

 ファンタジーでもなければ、異能力が備わっているわけでもない。あんなのは所詮、人が作った物語にすぎない。

 現実には存在しない。だから俺は………………。

 刹那。銃声が、思考を遮る。


「……近いな」


 そろそろ移動しないと確実にバレる。そんなのは御免被りたい。

 なんとか覆面男の目を盗んで階段まで行こう。

 そう考えて、商品棚から商品棚へと移動している最中だった。

 今尚、脳裏に焼きついて離れない顔が、突如として視界に入ってくる。


「……ど、どうして……あの子が?」


 本屋を出てすぐにすれ違った、不自然に普通すぎるあの少女が、覆面男に捕らえられていた。覆面男は、少女の両手首を手錠のように縄で縛り拘束している。少女は暴れて抵抗するも、頬を強く叩かれると、すぐに抵抗を止めて大人しくなってしまった。


「…………っう⁉︎」


 あろうことか、その少女と目があった。

 少女はじっと、俺の目を見る。助けてくれと目で訴えかけるのではなく、ただじっと俺の目を見ていた。まるで、助けるのも助けないのもお前次第だと言っているようで、少女に試されている気がしてならなかった。

 ……そんな目で俺を見ないでくれ。残念ながら、君を助けられるだけの力なんてない。試されるだけの力さえない。


 今すぐに少女を見捨てれば、俺は確実に生き残れる。

 今すぐに少女を見捨てて、尻まくって逃げればよくね⁉︎

 それだよ、それそれ!

 俺ってば、マジ天才!


「うるせぇぞ馬鹿。逃げていい筈がないんだよ」


 力不足で役不足な俺でも、目の前で危ない目にあっている女の子を、簡単に見捨てるなんてできない。

 それに、今ここで少女を見捨てたら俺は一生ヒーローになんてなれやしない。憧れることさえも、許してもらえない。後悔と罪の意識を持ちながら、生きていくことになるだろう。


「それは、嫌だよな」


 わかってる。偽善だなんて百も承知だ。

 かっこつけたがりってのも、百も承知だ。

 だけどヒーローなんて、そんなもんだろ。


「…………都合よくヒーローは現れない」


 だから、ずっと思っていたことがある。

 都合よくヒーローが現れないのなら、その場にいる俺がヒーローになればいい。力がない奴はヒーローになれない、そんな馬鹿な話があってたまるかよ。例え力がなくとも、勇気さえあればいい。悪に立ち向かうだけの勇気があればいい。

 ただそれだけで、たとえ一瞬だけだとしてもヒーローになれる。現実に生きる俺は、現実に生きる俺らしく……。


 ……鮮烈でなくていい、血みどろでいい。ねじ伏せなくていい、自己犠牲でいい。俺の代わりに、あの子が助かればそれでいい。

 だから、今この瞬間だけでいい。

 あの子の為だけでいい。

 それだけでいいから。



「今だけはあの子の為だけの、かっこいいヒーローでありたい!」



 覚悟は決まった。腹はくくった。俺は丁度足下に落ちている子供用の玩具の剣を静かに拾う。玩具のため刃はプラスチック製で軽いが、持ち手の方は木で出来ている。持ち手で後頭部を強打さえできれば、一撃で沈めることができるはずだ。


「……震えてるな」


 カタカタカタと、玩具の剣を持つ右手が震えていた。震えを止めようと、左手でいくら強く掴んでも止まってくれない。

 震えが止まってくれない。


「ぁああああ…………。死ぬのかなぁ、俺……。死にたくねぇー。ほんと、死にたくねぇよ。クククっ、うははっ、なーに泣いてんだよ……」


 気がつけば、静かに号泣していた。拭っても拭っても、涙が溢れる。こんなんじゃ、ろくに剣を振るえやしない。


「泣くな。泣いたって、何も始まらない。まだ何も始まっちゃいねぇだろ。俺の英雄譚は今日に始まり今日で終わる。もう、覚悟は決まってんだろ」


 自分自身に言い聞かせ、震え、涙、恐怖、不必要な全てを切り捨てる。


「あの子だけのヒーローに、なってみせるんだろ」


 もう猶予はない。

 他の方法を考える時間なんてない。

 一気に行って、確実に一撃をいれる。


「……今だ」


 覆面男が少女の額に銃口を突きつけた瞬間を見計らって、俺は一気に駆けて覆面男との距離を詰める。

 縦じゃダメだ。横で思いっきり、振り抜いた。

 虚をついた一撃だった。その筈なのに、


「……な⁉︎」


 覆面男は後ろを振り向くとこもなく、横薙ぎをしゃがんで避けた。

 どうして? いや、考えるのは後にしろ。すかさず次の攻撃に……。

 だが、それよりも早く銃口がこちらを向いていた。

 乾いた銃声が二度響き、放たれた銃弾は俺の体を食い破る。


「あがぁあああああああああああああッ! いってぇえっあああああああああああああああああああああああッ!」


 脇腹と右腕に走る、鋭い痛みと熱。痛い。くっそ、痛い。

 痛い痛い痛い。


「…………アガッ! …………ふぉごぁ⁉︎ 」


 覆面男は続けざまに俺の鳩尾を強く殴りつけた。喉奥から、胃液が登ってくる感覚がして、嗚咽が漏れ、目眩がする。

 立っていられなくなった俺は、その場に片膝をつき、挙げ句の果てにうつ伏せに倒れた。見上げて見える、覆面男の口元は弧を描いている。

 俺が来ることを予期していて、誘い出していたってことか。

 どんだけ性根腐ってんだよ。


「助けにきちゃってさぁ。なんだぁ? ヒーロー気取りか?」


 心底愉快そうな面で、卑しい目で、覆面男は俺を見下ろす。ただ、そんなのは俺にとってはどうでもよかった。

 視界の端に、少女の姿がある。


「…………にげ、ろにげろ……に…っろ」


 届くかどうかは知らない。たぶん届かない。それでも、口の動きだけで意味が伝わってくれるよう願って、必死に口を動かした。


「ヒーローなんざ、この世にゃいねえよ。いつまで夢見てんだ、ガキ」


「にげ……っろ。に…………ぶごぉッああああああああああッ!」


 口を爪先で蹴り上げられ、あまりの痛みに意識が飛びかけたが、なんとか持ち堪える。

 いや、意識が飛んでくれた方が、楽だったかもしれない。

 突如として口内に現れた、硬い異物。

 いったい、……何本折られた?


「うひゃーーー! ……痛いだろう? もう、楽にしてやる。何か言い残すことはあるか?」


 銃弾を発射したばかりの、熱を帯びた銃口がぐりぐりと額に押し当てられる。めちゃくちゃ熱い。正直、熱いなんてもんじゃない。皮膚が焼ける。焼け爛れる。ただ、痛覚がオーバーヒートしたのか、痛みなんて、感覚なんて、何もなかった。

 ただひたすら、口を動かす。

 届がないだろう声を添えて。


「……に……へっろ」


 瞬間。銃声が迸った。





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