私、帰ります
レオネルに倒された黒ずくめの男たちは、後でやって来た兵士さんたちによって連れていかれた。そこで色々と問い詰めるらしい。
その方法はとても怖くて聞けなかった。
そしてとうとう、私が元の世界へ帰る日がやってきた。
私は最初にこの世界に来た時と同じ服装、つまり高校のブレザーを着込み、スクール鞄を手に持って私がこの世界に初めて現れた場所―――神殿にいる。
ここまではレオネルの魔法を使って一瞬で移動した。
私はとうとう転移の魔法を覚えられなかった。残念だ。それに、レオネルとの地獄の稽古で会得した不思議な力を使うことなくこの世界を去る。
まあ、使わないにこしたことはないんですけどね。
神殿には魔王様をはじめ、私がお世話になった人たちが勢ぞろいで見送りに来てくれた。
「魔王様、お世話になりました」
「いや。そなたを帰すのがこんなにも遅くなってしまって申し訳なかった。…そして、レオネルの相手をしてくれてありがとう」
魔王様は最後の台詞を私にだけ聞こえるような声の大きさで言った。
私が目を見開いて魔王様を見つめると、魔王様は優しく微笑んでいた。
「…レオはいつも一人だった。あれの兄と姉が城を去ってからは特に。私は魔王という立場ゆえにあまりレオに構ってやることができなかった。だから、そなたには感謝している。ありがとう」
「魔王様…」
私は魔王様の台詞にじーんと胸が熱くなった。
レオネルは魔王様に大切に思われている。その事実がなんて温かいのだろう。
(…ほらね。レオはみんなから大切にされているんだよ。そのことに、早く気付いてね)
私はレオネルに心の中で声を掛ける。
「ユウ殿。今までありがとうございました」
「オイゲンさん…ううん。こちらこそ、いっぱい迷惑かけてごめんね。今までありがとう」
私はそう言ってオイゲンと握手をした。
最初に幼い娘扱いをされて腹が立ったのも今ではすっかり良い思い出だ。
……許してはないけどな!
「ユウ」
「ルディ…」
ルディガーが私に近づき、声を掛ける。
いつもポーカーフェイスなのに、今日は少しだけその表情が曇っている。
私が元の世界に帰るのを惜しんでくれているのかな?だったら、嬉しいと思う。
「今までたくさん迷惑かけたね。ごめんね、ありがとう」
「…確かにユウにはたくさん迷惑を掛けられましたね」
え。そこ肯定しちゃうの?
いやいや。そこは普通否定するとこでしょ?
ルディガーは相変わらず、固い。
「ですが、それすらも楽しかったです。貴女と一緒にいる時間は、悪くありませんでした」
「…ルディ」
「貴女の護衛に任命された時は正直なんて面倒くさい仕事を、と思ったものですが」
そんなこと思ってたんだ?
「今となっては引き受けて正解でした。こんなにも仕事を楽しいと思ったのは初めてです。ですから、私もお礼を言わせてください」
今までありがとうございました―――
そう告げて綺麗に一礼を取って顔をあげたルディガーは、笑顔だった。
初めて見るルディガーの笑顔に、私の涙腺が崩壊した。
「…え。あの、ユウ…?」
「もう…ルディのばかあ…!」
「は…?なぜ私は馬鹿と貴女に言われなくては…」
「最後の最後にそんな笑顔見せないでよぉ!別れるの、辛くなっちゃうじゃん…!」
「ユウ…その、なんて言ったらいいのか…」
「ルディのばかー!」
「は、はあ…すみません。貴女を泣かせるつもりはなかったのですが…」
困ったように私を見るルディガーの表情に、私はまたハラハラと涙が零れる。
いつもポーカーフェイスのくせに、なんで今日に限ってそれを崩すの!最後まで貫き通してよ、と八つ当たりをするとさらに困った顔をした。
そして懐からハンカチを取り出し、私の涙を優しくふき取る。その仕草に私の涙がまた流れる。ルディガーが困った顔をする。まさに負のスパイラル。
私はルディガーからハンカチをぶんどり、神殿の中央へ向かって歩く。
そこでレオネルが私を待っていた。
「…泣いてるね」
「ルディのせいなの。ルディが笑うから泣けてきちゃって…」
「…そっか。ふふ、きみは泣き顔が似合わないね」
そう言ってレオネルが優しく微笑む。
その表情がまた私の涙を誘う。わかってやっているんだろうか。わかってやっているならいい度胸だ。その綺麗な顔を殴ってやる。
そんな凶暴な考えを抱きつつ、私はレオネルの案内でなにやら大きな魔法陣らしきものが書かれている中央へ向かって歩いた。
中央へ辿り着くと、私はレオネルと向かい合った。
「これから、きみを元の世界へ帰す魔法を使う。恐らく、きみがこの世界に召喚される前にいた場所と同じ場所に戻れると思う」
「うん。…あの、レオ?」
「なに?」
「あの…」
今までありがとう、と言おうとした時、レオネルが突然呻き声を出して座り込んだ。
私は何がなんだかわからずにただ呆然と腹部に手を当てて座り込んでいるレオネルを見つめた。
「レオ…?」
「ぐっ…すまない、ユウ。今すぐきみを元の世界に…」
「レオ!」
苦しそうに荒い呼吸を繰り返すレオに近寄る。すると、レオネルが自身の手で押さえているその腹の部分が真っ赤に染まっていた。
これは一体、なに?
「そうはさせない。勇者は我らが手に入れる」
突如知らない声が神殿内に響く。私がハッと振り向くと黒ずくめの男たちが神殿内に押し込んで来るところだった。
どうして、こんなところに?
「父上!?」
ルディガーの驚いたような声が耳に入る。
ルディガーの方を見ると、オイゲンが剣を抜きルディガーと向かい合っていた。
ルディガーは魔王様を背後に庇い、剣を抜いてオイゲンと対峙していた。
「ルディ…そこをどけ」
「なぜです、父上。なぜこのようなことを…」
「すべては、魔王国のためだ」
そう言ったオイゲンの声音は平淡だった。なんの感情も籠っていなく、本当に魔王国のためだと思っているのだろうかと疑問を覚える。
ルディガーは難しい顔をしてオイゲンを睨む。魔王様は特に驚いた様子も見せず、ただ無表情にオイゲンを見つめていた。オイゲンも無表情だった。
いつもは「殿下―!」と叫び、レオネルの傍にいようとするオイゲン。敬愛するレオネルが怪我を負ったのに、彼はレオネルの方を見向きもしない。
嘘だ。こんなの、嘘に決まっている。
オイゲンがレオネルを裏切っただなんて。実の息子に剣を向けているなんて、嘘だ。
でも、だとしたら、私のすぐ近くで荒い呼吸を繰り返しているレオネルも嘘だったことになるのだろうか?
「レオ…」
「ユウ…きみは、元の世界に帰ることだけを考えて。あとはなんとかするから」
「でも、レオ。そんな怪我をして…」
「これくらいなんでもない。ほら、魔法陣の中心に戻って。早く」
「そんなの…できないよ」
怪我をしたレオネルを放って置いて、1人だけ元の世界に帰るなんてできない。
私がもたもたとしている間に、黒ずくめの男たちが私たちを囲んだ。
「さあ、勇者どの。大人しく捕まれ」
「いや」
「ならば、力づくで」
そう言って私たちに男たちは一斉に襲い掛かった。
私はその光景を目にして、突然言い知れない怒りを覚えた。
―――ふざけんな。