私、戦闘に巻き込まれました
レオネルは私を抱えまま5階(推定)の高さから飛び降りた。
え。
えええええええ!?
ちょっと待って。確かここ昇るまでかなり階段上ったよね!?推定5階分くらいは上った!
5階から飛び降りるって正気ですか!?
私はぎゃああああと色気のない悲鳴をあげてレオネルにしがみつく。飛び降りながらレオネルは私を横抱きにしてすとん、と地面に着地した。
階段の2段目辺りから飛び降りたくらいの衝撃しか感じない。どうなってるの、魔族って。
私は呆然としてレオネルと見つめると、レオネルはにっこりと笑う。だから信じてって言ったでしょう、と言わんばかりの笑みだ。
レオネルに抱きかかえられたままで文句を言いたいけど言えない。だって、私、今腰が抜けている。
いきなり5階(推定)から飛び降りた身にもなってほしい。腰くらい軽く抜ける。
あの黒ずくめの男たちはさすがに飛び降りてこないだろう…と思っていたのに、奴らはあっさりと飛び降りてきた。本当に魔族の身体能力ってどうなってるの。
時計台の外には黒ずくめの男たちの仲間も待ち構えていたようで、私たちはあっさりと囲まれる。少なくとも10人以上には囲まれていると思われる。
これって、もしかしなくてもピンチなんじゃ…?
「…ふぅん。この程度の人数で、僕を仕留められるとでも?僕も甘く見られたものだね」
聞いたことのないような冷たい声音でレオネルは男たちに言った。
うおおお。その声音もまたイイ…!その声になら、罵られたって構わない、と私は心から思った。
そんなこと思っている場合じゃないんだろうけれど、萌えというのは場所を選ばないものなのだ。
「…そこの娘を渡して貰おう」
「いやだね」
「ならば、問答無用」
黒ずくめの男たちが一斉にレオネルに向かって攻撃を仕掛けてきた。レオネルは私を抱えたまま、器用に男たちの攻撃を避ける。
私を抱えていることでレオネルは両手が塞がっている状態だ。そんな状態で彼らを倒すなんてできるはずがない。
私はレオネルに下ろしてと頼むが、レオネルは私のその言葉を無視した。
ぶつぶつと私のわからない言葉を呟く。もしかして、レオネルは…。
私が思いついたのと同時にレオネルの瞳が輝く。そして男たちが突如呻き声を上げて倒れ出した。
「…魔法を使ったの?」
「そう。ちょっと幻覚をね…まあ、現実と大差ない苦しみを感じているんだろうけど」
なんでもないことのようにレオネルは呟き、そして私をそっと地面に下ろした。
私はきちんと自分の足で地面に立つことができてほっとする。どうやら腰が抜けたのが治ったようだ。
レオネルは寝転がっている男たちの頭を無造作に掴んだ。
「誰の差し金?白状しなよ」
「が……」
「それすらいえないほど苦しい?なら、もっと苦しませてあげようか。生きているのが嫌になるくらいに、ね…」
そう言って嗤ったレオネルの笑みはとても冷たく、背筋が凍りそうになった。
こんなレオネルは、知らない。
「お、おれは…知らない……ただ依頼があっただけで…」
「本当かな?正直に言いなよ。言わなきゃ、その体に直接聞くことになるから」
「ひっ……本当に知らな…」
レオネルに頭を掴まれている男は呻き声を上げた。
レオネルがその男を蹴ったのだ。
「ほ、本当に知らないんだ…!」
「ふぅん…僕にはそう見えないけどね…?」
「ほんとうに……!!ぐっ…」
レオネルが男の腹をぐりぐりと脚で押さえつける。
見ていられなくて、私は思わず男からレオネルを引きはがした。
「…ユウ?なにするの?」
「やめて!この人知らないって言ってるんだから、もう痛めつける必要はないでしょ!?」
「庇うの、この男を?この男はきみを狙っていたんだよ?」
「だからってその人を傷つけていいってわけじゃない」
「……理解できないな」
レオネルは眉をひそめる。本当に理解できていない顔だった。
信じられなかった。レオネルは確かに鬼畜だったけれど、暴力なんてする人じゃなかった。少なくとも、私に対しては。
城の兵士さんたちに対しても暴力を振るうところを見たことがなかったし、レオネルは暴力なんてしない人なんだと思っていた。だけど、それは間違いだったのだ。
世界の違いなのかもしれない。
ここは異世界で、私のいた平和な日本じゃない。暴力ダメ絶対!なところじゃないのだ。
私はここでは自分の中の常識が通用しないのだと思い知り、唇を噛みしめた。
「ユウ!」
突然レオネルの切迫した声で名を呼ばれ、私はハッとレオネルを振り向くと同時に後ろから殺気のようなものを感じた。
まずい、と感じた私は咄嗟にいつもレオネルとの鬼ごっこで使っている防御魔法を展開した。鬼ごっこの成果で、簡単な魔法なら咄嗟に展開できるようになったのだ。これだけはレオネルさまさまと言うしかない。
私の防御魔法は相手の攻撃を防いだ。そして相手が大勢を立て直す間に私は相手と大きく距離ととってレオネルの隣に並び立つ。
レオネルが忌々しそうな顔をして私を攻撃してきた男を睨んだ。
「僕の魔法を喰らってまだ動けるとはね…恐れ入るな」
「はぁはぁ…」
男は荒い呼吸を繰り返し、ただレオネルを睨む。いや、違う。私を睨んでいる。
でも、どうして?
「お前さえ手に入れば…お前さえ手に入れば…!」
男はそう言って私に襲い掛かって来た。とんでもない殺気だ。殺気なんてまともに受けたことのない私は怯んで動けない。
得物の短刀で私に襲い掛かった男を、レオネルが素手で防いだ。レオネルの手から血がぽたぽたと零れ落ちる。それはそうだ。レオネルは素手で男の短刀を受け止めたのだから。
レオネルは自身から零れる血に動揺した様子も見せず、無表情で男を蹴り飛ばした。レオネルの魔法が利いていたこともあってか、男はあっさりと気を失った。
「れ、レオ…血が…」
「これくらい、どうってことない」
「で、でも、この怪我は私のせいで…」
「ああ…そうだね。これはきみのせいだ」
レオネルがあっさりと私のせいだと肯定する。私はそのことがとても辛くて、思わず俯く。
自分で言ったことなのに、頷かれると傷つくなんて、馬鹿みたい。
「でも、僕のせいでもある。だから、きみが気にする必要はないよ。それよりもごめん。きみを危険な目に遭わせて…きみのいた国は平和なところだったんだろう?命を狙われて、怖くなかった?」
なんでレオネルが謝るの。
私は泣きそうになった。確かに、怖かった。命を狙われたことなんてなかったのだ。怖いに決まっている。
それに、私を守ろうとしてレオネルが怪我をしたことも怖い。今は手を切っただけだ。だけど、私を庇って怪我をしたことには変わりがないのだ。もし、怪我をした箇所が手じゃなかったら?例えば、目とかで視力を失ったり…ううん、手だって切ったところによれば動かなくなることもあるだろう。
そんな“もし”を考えると怖くて怖くて堪らない。
私は、今初めてここが平和な日本ではないと理解をした。
こうして初めて命を狙われて、それによってレオネルが怪我を負ったことで理解するなんて、私はなんて馬鹿なんだろう。
もっと早く理解するべきだった。そして警戒をするべきだった。
レオネルは何度も私に言ってきた。私のこの髪と瞳の色は珍しいから狙われやすいと。
そのことをきちんと受け取めて考えていれば、今日のようなこともなかったはずだ。なのに、私は深く考えなかった。
その結果が、これだ。
「わ、私…」
「ユウ?」
「ねえ、レオ…私、こうして狙われたのは今日がはじめて?」
「……いや。きみには敢えて知らせなかったけど、何回かきみは狙われていた。そのたびに僕とルディガーで対応していたけれど…今回は僕たちの詰めが甘かったな。そのせいできみに怖い思いをさせてしまった」
「……そう、だったの…」
「ユウ……」
俯く私をレオネルが困ったように見つめる。そして、意を決したかのように私に話しかけた。
「実は、そろそろきみを元の世界に帰す準備が整いそうなんだ。ルディガーが急遽城に戻ることになったのもその関係」
「え?元の世界に、帰れるの?」
「ああ。長い事待たせてごめん。あと数日もすれば準備が整うから」
「じゃあ、もうすぐレオネルたちとお別れだね…」
「そうなる、のかな」
そう言ってレオネルはちょっと困ったように笑った。
「嬉しい?」
「…うん。でも、寂しいよ。レオたちと仲良くなったのに、お別れなんて…」
「…そっか。僕も寂しいよ。もっときみと遊びたかったな」
そう言うレオネルは本当に私との別れを惜しんでくれているようで、私は切なくなった。
あんなに元の世界に帰りたかったのに、今では少しだけ元の世界に帰るのを躊躇してしまう自分がここにいることに気付く。
それだけ、私はこの世界の人たちと深く関わってしまったのだろう。
「ねえ、レオ。なんで、勇者を召喚しようと思ったの?」
ずっと聞きたかった質問をレオネルにぶつけてみる。
レオネルはちょっと驚いたような顔をした。少し悩んだあと、私の質問に答えた。
「そうだなぁ…人間の魔法に興味があったというのが大きいんだけど、僕は、寂しかったのかもしれない」
「え?」
「僕は生まれのこともあって、周りの者に疎遠にされがちだったから。兄上も姉上も去ったあと、僕に普通に接してくれる人はいなくなった。それが寂しくて…だから、勇者を召喚しようと思った。僕は世界を支配しようとした魔王の息子―――異世界から召喚した勇者なら、いずれ僕を倒してくれるだろうと」
「…レオは…レオは、死にたいの?」
「うーん…どうなのかな。ただ、勇者になら倒されてもいいかな、って思ったんだ。それならきっと周りは納得してくれる。前魔王の息子だから仕方ないと―――」
「そんなことない!」
私は思わずそう叫んでいた。
突然叫んだ私をレオネルは目を見開いて見つめる。
「納得なんてしてくれる訳ない。魔王様もオイゲンもルディも、それにきっとレオのお兄さんとお姉さんだって『勇者に倒されたのなら仕方ない』って納得してくれない。きっと勇者を――私を恨んだ」
「ユウ…」
「レオは死ぬ理由が欲しいの?そのために、私を召喚したの?私、そんなことのために召喚されたの?」
「それは…」
「もし私がレオを倒したら、誰が私を元の世界に帰してくれるの?レオって無責任だ」
「…ごめん」
「謝らないでよ。謝るくらいなら、召喚なんてしないで欲しかった…」
私は拳をきつく握って俯いた。
寂しいから死にたいって意味がわからない。レオネルはうさぎなのか?
いや、その死にたいというのも、いろいろと複雑な事情が絡み合ってそう考えているのかもしれないけど、私としてはいい迷惑だ。
人の都合で人を殺して恨まれる。そんなの絶対いやだ。
そしてなによりも。
「私はレオを殺したくなんてないよ…」
「…ユウ」
「レオは確かに鬼畜で、腹黒で、ドSの人でなしの糞野郎かもしれないけど」
「…僕はそんな風に思われていたのか…」
「でも、私はそんなレオが嫌いじゃない。嫌いじゃないよ」
「……」
「だから、勇者に倒されたいなんて考えるのはやめて。私の後に、別の誰かを召喚して倒されようだなんて考えないで。私はもうレオと会うことはないのかもしれない。でも、それでもやっぱり私の知らないところでレオが誰かに殺されるなんて嫌だ」
「…僕は、もう勇者を召喚するつもりはないよ」
言いたい事を言い終わり、ちょっと肩で息をしていると、レオネルがぽつりとそう呟いた。
その言葉に私は顔を上げる。
「勇者になら倒されてもいいと思っていたのは三ヶ月前まで。今はそんなこと思っていないよ。それに、やってみたいことも出来たんだ。それが叶うまで、死ねない」
「…それなら、良かった」
死ねない、と力強く言い切ったレオネルに私は安堵する。
散々今までお世話になって来たのだ。例え、どんなに鬼畜な所業を強いられたとしても、それの除いてもレオネルは私によくしてくれた。だから、レオネルから死にたいという願望が薄れたことに安心する。
「…まあ、その前にきみをきちんと帰してあげないといけないし、ね」
「しっかり送り届けてね」
「ああ、任せて。大丈夫、僕がきみをきちんと送り届けるから」
そう言って笑ったレオネルの顔はとても綺麗で。
今まで見たレオネルの笑顔の中で一番好きだな、と私は思った。