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私、時計台から飛び降ります(強制)

 ルディガーと共に城の中を歩き正門まで行くと、いつもよりも質素な服を着たレオネルが笑顔で私たちを待っていた。恐らく、レオネルが着ている服は庶民が着る服なのだろう。ルディガーも同じような出で立ちだ。

 だが二人とも美形なので何を着ても似合うし目立つ。平凡な私の存在感がどんどん薄まっていく。まあ、いいんですけどね!


「待った?」

「いいや、そんなに待ってないよ」


 レオネルはそう言うと、手に持っていた白い布を私にすっぽりと被せた。

 なにをするんだ、一体!


「街に行く前に、きみのその髪を隠さないと目立つから。我慢して」


 白い布はフード付きのマントだった。

 本当に申し訳なさそうな顔をしてそう告げられれば文句も言うことができない。

 私は文句をもごもごと口の中に抑え込んで頷く。目立つのは嫌だから。仕方なく被ってあげることにした。

 そして私たちは街へ向けて歩き出すのかと思いきや、馬車に乗り込む。

 私は城から出たことがほぼないし、出るとしてもレオネルの転移の魔法でチャチャッと移動していたため、街と城がどれほど離れているのか理解できていなかった。

 なるほど。馬車に乗らないといけないくらいには離れているんだ。

 そんなことを思いながら窓の外の景色を眺める。見慣れた日本の風景とはやっぱり違う。

 大きなビルもないし、整備されたコンクリートの道路や自動車だってもちろんないし、自転車やペットを連れて散歩をしている人、ランドセルを背負った小学生、学生服に身を包んだ学生の姿も、携帯をいじっている若者の姿もない。

 あるのは人工物なんてほとんどない雄大な自然。周りを見渡せば人工物が必ず目に入る日本とは違う風景。テレビで見たアフリカやモンゴルらへんの草原の景色に近いような気がする。

 それでも見たことのない植物ばかりで、ああここは本当に私の知らない世界なんだな、と実感せずにはいられない。

 やがて街の付近に到着し、私たちは馬車を降りる。私はフードを深く被る。

 馬車から降りて街を見ると、昔のヨーロッパの街並みと似ている風景が広がっていた。

 興味深く辺りをキョロキョロと見回す私に、レオネルとルディガーが苦笑する。


「そんなに珍しい?」

「うん。私のいた世界とは全然違うから」

「ユウのいた世界…か。一度行ってみたいな」


 そう呟いたレオネルの台詞は、辺りを観察するのに忙しかった私の耳には届かなかった。

 街に入り少し歩くと出店がずらりと並んでいる通りに出た。

 見たことある食べ物や、なんだこれと思うような物、奇妙な色の食べ物などが並び、私は好奇心丸出しで見て回った。

 出店を開いている人たちは優しい人ばかりで、私が興味深そうに見ていると試食をさせてくれた。私は喜んでそれを口に含む。

 そんなことを繰り返していたので、通りを抜ける頃には私は満腹になっていた。食べ過ぎた…ちょっと反省しよう。

 後ろを振り返れば、レオネルとルディガーが呆れた顔をして私を見ているに違いない。だから私は振り返らない。

 レオネルとルディガーに街を大体案内して貰うとあっと言う間に日が暮れ始めた。

 楽しいお出掛けもそろそろ終了しなくてはならないようだ。残念。

 だが、城に帰る前にレオネルが寄りたいところがあるというので、私はそれに付き合うことにした。

 ルディガーは先に城に帰っていった。なんだか急な仕事があるそうだ。私はレオネルと一緒にルディガーを見送り、レオネルと共に歩き出した。


 そして辿り着いた場所は、街の中心にある大きな時計台だった。レオネルは迷うことなく中に入り、躊躇せずに階段を昇っていく。

 私も追いかけないといけないんだろうが、私にはこの長い階段を昇るのに覚悟を決める必要があった。大きく深呼吸をして自分に克をいれて一歩を踏み出す。

 レオネルは私にペースを合わせて階段を昇ってくれた。こういうところは優しい。

 普段は鬼畜王子なのに。これがギャップというやつか。

 そんなギャップは要らないから普段から優しくてほしいと思うのは、私の我が儘だろうか。


 ゼーハーと息を荒くしてなんとか階段を昇りきる。

 レオネルが「お疲れ様」と私を労ってくれるが、私にはそれに答える余裕はない。

 なんとか息を整えて顔をあげると、そこには夕焼けに染まる街が一望できるようになっていた。

 私が思わず「わあ」と声を上げる。


「すごい…!きれい…」

「そうだろう?ここは僕のお気に入りの場所なんだ」


 そう言って笑うレオネルはとても誇らしそうだった。


「ここに来ると、嫌なことがあっても全部小さなことに思えるんだ」

「嫌なこと?」

「ああ。ユウは聞いているかもしれないけど、僕は父上の…魔王の実の息子ではないんだ」

「あ……」


 私は思わずレオネルから視線を逸らす。

 そんな私の様子にレオネルは苦笑を浮かべた。


「この国の者なら誰でも知っていることだから平気だよ。僕は、前魔王の忘れ形見なんだ」

「前魔王って…世界を征服しようとしていた…?」

「そう。僕は表向き、母上の遠縁の子供ということになっているけど、僕のこの容姿は前魔王にそっくりらしい。僕は実の父親の顔を知らないから本当かどうかは知らないけれど」


 そう言って笑うレオネルの顔は何かを諦めているようであった。

 私はなんて言えばいいのかわからず、ただレオネルの顔を見ることしかできない。


「…陰で色々言われているのは知っている。たまに僕の耳にも入って来るからね。そんな時はここに来てこの景色を見る。そうすると、嫌な気持ちが薄らぐ。ここはね、兄上と姉上に教えて貰った場所なんだ。小さい頃はよく三人でここに来ていた…」


 懐かしそうにレオネルは街の景色を眺める。

「そっか」と答えて私も街の景色を眺める。ちょうど太陽が地平線に半分くらい沈んでいるのが見える。オレンジ色に染まった街並みはなんだかとても切なくて、そしてすごくきれいだった。

 夕焼けってどこの世界でも同じ色をするんだな、と私はどうでもいいことを思った。


「…仲が良かったんだ。僕たち兄弟は。だけど、僕はそれを壊した」

「壊した…?」


 不意に呟いたレオネルの不穏な言葉に、私は思わず隣にいるレオネルの顔をまじまじと見つめた。レオネルはどこか遠くを見つめていた。その表情は、夕日に照らされよく見えなかった。


「優しくしてくれる姉上に、僕は惹かれた。姉としてではなく、異性の、ただ一人の女性として。この気持ちを姉上に告げるつもりはなかった。ずっと僕の心の奥にしまっておくつもりだった。だけどある日、僕は見てしまったんだ」


 兄上と姉上が抱き合っているところを。

 そう告げたレオネルの言葉に私は思わず息を飲む。


「あとで知ったことなんだけどね、兄上と姉上は血の繋がっていない兄妹だったらしい。姉上は母上の妹の忘れ形見で…僕たち兄弟の中で父上の血を引いているのは兄上だけだった、というわけだ。―――当時の僕はそんなこと知らなくてね、とても動揺した。ただの兄妹の抱擁ならここまで動揺しなかったのだろうけど、幼い僕でもわかるくらいに二人の雰囲気は親密だった。僕がその現場を見ていたのが二人にもバレて…姉上は病を悪化させて離宮に行き、兄上は留学という名目でこの城を去った。残ったのは、僕だけだ」


 僕が兄上と姉上を引き裂いたんだ―――

 レオネルの声はとても辛そうで、聞いていた私の胸が痛くなった。

 そんな私の表情に気付いたのか、レオネルは一瞬ハッとした顔をして、そしてふにゃりと情けない笑みを浮かべた。


「ごめん。君に言っても仕方のないことだったね。なんでだろうな…こんなこと話す気はなかったのに…久しぶりにここに訪れたせいかな」


 ちょっと感傷的になってしまったみたいだ、とレオネルらしくない弱気な発言に私は顔を歪ませる。

 それを見たレオネルがさらに困った顔をした。


「…そんな顔をしないでほしいな」

「だって…」

「僕ならもう平気だよ。兄上とも姉上とも上手く付き合える。それに近々、二人の婚約が発表されるんだ。今では心から二人を祝福できる。…しなきゃ、いけないんだ」

「レオ…」


 本当に?という疑問を私は飲み込んだ。そんなこと聞いたところで、レオネルは大丈夫だと答えるだけだろうから。

 なんて声を掛けたらいいのだろう。こういう時、なんて言えばいいのかわからない。

 私はなにも気の利いた言葉が出てこない自分のこの口が恨めしく思う。

 だから、私は精一杯背伸びをして、レオネルの頭を撫でた。


「…よしよし」

「突然、なに?」

「レオが頑張っているから、そのご褒美?」


 私はそう答えながらレオネルの頭を撫でる。

 レオネルは戸惑った顔をしつつも、私にされるがままにしている。


「レオはさ、偉いね。自分の気持ちを押さえてお兄さんとお姉さんを祝福して」

「僕が二人を引き裂いたんだ。自分の気持ちを押し殺すくらいなんてことない。…まあ、僕に二人を祝福する資格なんてないのかもしれないけど…」

「そんなことないよ。祝福したいって思ったなら祝福していいんだよ。だって、二人はレオネルにとって家族なんでしょう?家族のおめでたいことを祝うのは当たり前なことだよ」

「…血は繋がっていないのに?」

「血の繋がりなんて関係ないよ」

「そう、かな…」

「そうだよ!」


 私が自信満々で頷くと、レオネルはぎこちなく笑った。

 初めて見る、少し泣きそうなレオネルの顔。そんなレオネルの顔に私の胸がきゅんとした。

 ……なんでだ?


 私が不思議に思って首を傾げていると、不意にレオネルが私の手首を掴んで私を抱き寄せた。

 え!?一体なに!?


 私があわあわとしていると、レオネルが私の耳元で「じっとして」と囁く。

 私好みの美声が耳元で!大事なことなのでもう一度言わせてください。私好みの美声が耳元で、聞こえた。耳元ですよ、耳元!思わず腰が砕けそうになったのは仕方ない。

 私は借りた猫のように大人しくレオネルの腕の中にいる。ドクドクと心臓の音がうるさく聞こえるのはきっとこの状況のせい。決してレオネルって良い匂いがするなあ、とか、さすがに鍛えているなあ、とかそんなことを考えてドキドキしているわけではない。


「出てきたらどう?僕は逃げも隠れもしないよ」


 普段よりも低い声でレオネルはそう言った。

 私に話しかけているわけではなく、別の誰かに話しかけているようだが、辺りを見ても誰も見当たらない。

 いや、見当たらなかったのだが、ゆらゆらと宙が揺らぎそこから人が現れた。黒ずくめの男たちが5人ほど。いつの間に。

 私が驚いている間に男たちが一斉にレオネルに向かって攻撃を仕掛けた。

 レオネルに攻撃を仕掛けてくるってことは、レオネルに抱きしめられている私も攻撃を受ける可能性があるわけで。

 ええ、ちょっと待ってよ!私、武器なんてなにも持っていないのに!


「…大丈夫。僕を信じて」


 レオネルが小さく告げる。

 そして私を抱きしめたまま、時計台から飛び降りた。



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