私、街へ出掛けます
動けなくなった私を挟み、レオネルとルディガーが睨み合っている。
どうしてこうなった。本日二回目だけど、いや本当になんでこうなったんだろう。
二人が睨み合っている理由ですか?それは。
「僕がユウを運ぶ」
「私が彼女の護衛です。私が運ぶのが筋かと」
「僕の命令が聞けないの?」
「これが私の仕事ですので」
両者一歩も譲らず、どちらが私を運ぶかで言い争っています。
もう一度言わせてほしい。
どうしてこうなった。
「…埒が明かないな。それじゃあ、ユウに決めて貰おう」
「そうですね。本人の希望を伺いましょう」
ええ~…そうなるの?
私は困った顔をしてレオネルとルディガーを見比べる。
私としてはどちらが運んでくれてもまったく構わないんだけど…そうも言えない雰囲気だ。
どうしよう。どっちを選ぼう?
チラッとレオネルを見ると彼はにっこり笑った。「もちろん、僕を選ぶよね?」という無言のプレッシャーを感じるんだけど、気のせいですよね?
そしてルディガーを見ると、彼は涼しい顔をして私を見返した。なんかその表情に安心感を覚えた。
よくよく考えてみれば王子様に私を運ばせるなんてとんでもないことだよね。
よし、決めた。
「ルディガー君…お願いします」
「畏まりました」
ルディガーにお願いをすると、彼は心なしか微笑んで返事をした。その表情に私は安堵した。
そして私をそっと優しく抱き上げてくれる。お姫様抱っこなのは突っ込まない。肩に担がれるよりマシだ。
「…私を選んで正解ですよ。殿下を選んでいたらきっと貴女はとんでもない目に遭っていたでしょう」
抱き上げる時にルディガーがレオネルに聞こえないように耳元で囁いた。
え?それってどういうこと?
目を丸くしてルディガーを見つめるが彼はすっと視線を逸らして知らん顔をした。もう、なんなの一体。
「…なんで僕を選んでくれなかったの、ユウ?」
恨みがましいレオネルの声が聞こえて、恐る恐る彼の方を振り向くと、彼は不機嫌そうな顔をしてジト目で私を睨んでいた。
「ユウを抱えたまま出掛けようと思っていたのに…」
…なんですと?
レオネルに抱えられたままお出掛けってどんな拷問ですか。美形に抱えられる平凡な少女。注目を浴びること間違いない。嫌だ、そんなことで注目なんてされたくない。
ただでさえ疲れているのに、余計に疲れそうだ。
私は心から、ルディガーを選んでよかったと思った。
その日から、レオネルの力を知る特訓という名の鬼ごっこが毎日のように行われた。
最初は訓練場の中だけ。次に中庭まで。現在では城の敷地内全部が鬼ごっこの範囲である。
この世界に来て早くも三ヶ月。鬼ごっこの成果が出たのか、私は鬼ごっこの初日に使った不思議な力を使えるようになった。
そしてなんと、魔法も使えるようになった。さすが勇者。チートだ。
出来ることなら、最初の日にレオネルが使った転移の魔法を使えるようになりたいのだが、それにはかなりの時間がかかるらしい。だけど私は諦めない。元の世界に戻るまでに転移の魔法を一回くらい使ってみたい。
ゴオオオオという音が後ろから聞こえる。
その音で奴が追いかけてきたのだな、と察する。半ば諦めの心境に陥っている私は若干遠い目になる。
この三ヶ月、私は全力で奴から逃げた。だけど逃げ切れた試しは一回もない。
奴は余裕な顔をして私を捕まえる。私は息も絶え絶えだというのに、なにこの差。
「こっち来るなあああああ!!」
逃げきれないとわかっているけれど、私は負けず嫌いなのだ。むざむざ捕まるのは悔しい。
だからせめてもの抵抗として叫ぶ。
「ああ、また勇者どのが殿下に追い詰められているな…」
「殿下ももう少し手加減して差し上げればよいのに…」
「殿下は勇者どので遊んでいるきらいがあるからな…」
「鬼のような方だよな…」
そんな会話が城内で交わされているとも知らず、私は全力で走る。そして魔法を使ったりしてレオネルが追いつくのを阻止してみる。
だけど、奴は魔法をなにも使わないであっさりとそれを躱して私を捕まえるのだ。
「捕まえた」
「……また捕まった…」
「でも捕まえるの大変になってきたよ。この調子でがんばろう」
にっこりと笑顔でそう言うレオネルに、この鬼畜王子め、と内心で悪態をつく。
ぜえぜえと呼吸を荒くする私に、そっとルディガーがタオルと冷たい水を差し出す。
「どうぞ」
「ありがとう、ルディ」
「いえ。ユウの護衛である私の仕事ですから」
涼しい表情でそう答えるルディガーとも随分仲良くなれた。愛称を呼ぶのを許して貰えるくらいには。
ルディガーは常識人だ。非常識なレオネルと一緒にいることの多い私にとって彼は癒しだ。
なんというか、ルディガーと話しているとほっとするのだ。ああ、私が正常なんだな、と。
「…ねえ、ユウ。今、なんか失礼なこと考えてなかった?」
「え?失礼な事なんて考えてないけど」
むしろ正直な感想を抱いただけですが。
「そう?…まあいいか。ユウ、部屋に戻って着替えておいで」
「なんで?」
「街へ出かけようと思って。たまには息抜きも必要だろう?」
そう言ってにっこりと笑ったレオネルに私は思わず顔を輝かせる。街へお出掛け!
実は、今日まで私はゆっくりと街へ出かけさせて貰えなかったのだ。
私のこの髪と瞳は珍しくて目立つから、だから警護の関係上、街に行きたいといってすぐにいいよとは言えないのだと言われていた。
それに加えて、レオネルの地獄の特訓のせいで疲れ果てて街へ出かけようと思う気力すら無くなっていたというのも私が街へ出かけなかった理由の一つだ。
いや、そうなることを見越してのあの特訓だったのだろうか。そんなまさか。きっと私で遊んで楽しんでいただけだ。だってレオネルだもの。
この三ヶ月、レオネルと共に過ごしてわかったことが幾つかある。
一つは奴がとんでもない鬼畜野郎だっていうことだ。笑顔で鬼のようなことを平気でやらせる。まさに鬼畜。おまけに腹も黒いときた。平凡な私はお手上げ状態である。
もう一つは、奴がとんでもなく優秀だっていうこと。魔法に秀でているらしいが、剣術の方の腕前も相当強いらしく、奴に勝てる人の方が少ないのだとか。
ちなみに、ルディガーはその奴に勝てる数少ない人物であるらしい。魔法を使われなければ、という限定がつくと言っていたが。
あとは本人から直接聞いたわけではないが、レオネルは王子でありながら次期魔王ではないのだという。
何にしても優秀なレオネルだが、レオネルの上にお兄さんがいて、その人が魔王を継ぐらしい。その経緯は色々複雑らしく詳しい事はわからなかった。ルディガーもその事に関しては頑なに口を閉ざしている。
私はそのお兄さんに会ってみたかったのだが、運悪くそのお兄さんは他国へ留学中らしい。戻って来るのは半年先と言っていたので、私は会えるかどうか微妙なところである。
そのお兄さんの下には妹がいて、この妹さん――レオネルにとっては姉となる――は病弱で空気のきれいな離宮で静養中とのこと。恐らく私はレオネルの兄と姉に会えずにこの世界を去ることになるだろう。
私はルンルン気分で部屋に戻り、汗を拭いて着替えをする。
私の着替えはいつの間にか用意されていた。ブラウスとスカートとかワンピースとか、元の世界と同じような服ばかりでほっとした。ドレスとか出てきたらどうしようかと思った。
…横になんだか中世ヨーロッパの人が着ていたようなドレスがある気がするけど、これは気のせいだと思っておく。きっと誰かの物が混じってしまっただけだ。そうに違いない。
私は簡単に着替えられるワンピースに袖を通し、髪を軽く梳かす。鏡で服装をチェックし、よし、と頷く。
持って行く物なんで持ち合わせていないので、私は身ひとつで部屋の外に出る。するとそこには律儀に私を待っていたルディガーがいた。
「わざわざ待っていてくれたの?」
「貴女を守るのが私の役目ですので」
生真面目にそう答えたルディガーに私は苦笑を漏らす。
ルディガーは固いのだ。そこが彼の良いところでもあるけれど、悪いところでもある。
私はそういうの嫌いじゃないけど、嫌な人は嫌だろうな、と思う。
「そんなに堅くならなくてもいいのに。もっと楽にしようよ。そうだ。その丁寧な口調もやめてくれていいんだよ?もっと砕けて話して」
「砕けて話す…ですか」
ルディガーは眉間に皺を寄せた。
「これが私にとっての普通ですので、砕けた話し方をする方が難しいのですが」
「そうなの?子供とかに話す時もこんな感じなの?」
「そうです」
「そっか…まあ、砕けた口調のルディはちょっと想像つかないかも…」
私はルディガーが砕けた口調で話しかけてくるところを想像してみた。
『HEY YOU!さあ、行こうぜ、ユウ!』
キラッした笑みを浮かべてカモーンとポーズを決めるルディガーが私の中に現れた。
……ない。ないわ。
私はすぐにそのルディガーを消し去る。こんなルディガーは嫌だ。
私は悟った笑顔でルディガーに言った。
「…ルディはそのままでいて」
「は…?」
なに言ってんだコイツ、と冷たい目でルディガーが私を見てくるがそんなことが気にならないくらい私の想像の中のルディガーはあり得なかった。
ルディガーは丁寧な口調のままでいい。
私はそう結論付けた。