私、鬼ごっこ始めました
ルディガーとの対面を果たしたあと、私は着替えをさせられて、なぜか修練場へ連れていかれた。
なんだかご機嫌な様子のレオネルと、ポーカーフェイスのルディガーに挟まれて私はどうしてこうなった、と内心呟く。
オイゲンはあのあと仕事があるとかで、泣く泣く部屋をあとにしていった。少しでも大好きな殿下と一緒にいたかったのだろう。
内心ざまあみろ~とか思ってしまったのは、昨日の恨みを忘れていないからだ。
その罰が当たったんでしょうか。レオネルがイイ笑顔をして宣言した。
「さあ、今から鬼ごっこを始めようか」
「……はい?」
オニゴッコ?
オニゴッコなってなんだっけ?玉ねぎの進化形?甘くなってるのかなぁ?
なんて現実逃避を少しだけしたのち、私はカッと目を見開き異議を唱える。
「異議あり!なぜわざわざ鬼ごっこをしなくてはならないんですか!」
「昨日も説明したよ?きみの力を知るためだって」
「鬼ごっこじゃなくてももっと他に知る方法があるのではありませんか!」
「鬼ごっこが一番手っ取り早くきみを追い詰められるから。人は窮地に陥ったときにとてつもない力を発揮するものだからね。ああ、大丈夫。死なない程度には手加減するから」
そう言ってレオネルはにっこりと笑う。
この鬼畜め…!なにが「大丈夫」なんだよ!と思ったのは私だけではないと思う。心なしか、ルディガーも同情した眼差しを私に向けている気がするから。
「ルールは簡単。30分間きみは僕から逃げればいい。僕がきみを30分で捕まえられなければきみの勝ち。これでどうかな?」
「だから私は鬼ごっこなんてしないと…!」
「ということで、さあ始めようか。20数える間に逃げてね」
「はあ!?」
人の話を聞けー!と言っている間にもレオネルは数を数えていく。
なんだかわからないけれど、もう始まっているっぽい。自慢じゃないけれど私は負けず嫌いなのだ。むざむざ捕まるのはなんとなく悔しい。
私は覚悟を決めて、全力でレオネルから遠ざかるために走り出す。心なしか、体がいつもより軽い。勇者の力なのだろうか。これなら30分くらい逃げ切れるかも。
ちょっと楽天的に考えていた時、ポチっと足元で音がした。
(ん?ポチ…?)
恐る恐る足元を見ると、小さなボタンのようなものが床に置かれていた。それを私は踏みつけてしまったようだ。
ところで、このボタンなに?
「ああ、そうそう」
レオネルがカウントを止めて思い出したかのように呟いた。
それに反応する間もなく、上から小さなボールのようなものが私目がけて降ってきた。
「な、なにこれぇ!?」
「―――罠を仕掛けたよって言おうとしたんだけど…遅かったようだね。ちなみに罠は結構な数を仕掛けたから、せいぜい踏まないように気をつけて」
そう言ってレオネルはまたカウントを再開する。
ちょっと待ってよ!聞いてないよそんなの!足元気にしながら逃げるとか無理でしょ!
泣くたくなりながら私は全力で足を動かす。罠とか気にしていたらあっと言う間にレオネルに捕まってしまうに違いない。なら罠を回避しながら逃げた方が良い。
それに私が踏んだ罠にうっかりレオネルも引っかかってくれるかもしれないし。それを切に願いながら私は走った。
罠は多種多彩だった。落とし穴はあるわ、槍は降って来るわ、ネバネバのスライムみたいなのがあるわで回避するのも一苦労。そうこうしている間にレオネルのカウントは呆気なく終わり、レオネルが私を追いかけて走り出して来る。
なんというか、すごいプレッシャーを感じるんですけれど。逃げ切れる気がしない。
だけど負けたくないのだ。全力を出して逃げれるところまで逃げてやる。
そう決意をしたとき、私はまたもや罠を踏んでしまった。
ポチっと音がして、レオネルの舌打ちが背後から聞こえたと思ったら、何かが勢いよくこちらへ向かってくる音がした。
私が走りながら振り返るとそこには巨大なボールがあった。私の身の丈の倍くらいはありそうな巨大なボールである。それがすごい勢いで私目がけて転がってきていた。
(ま、まじかああ!!)
ボールのスピードがありえないくらい速い。私は逃げようと全力で走るが、もうすぐ後ろまでボールが迫って来ていた。
に、逃げ切れない。こうなったら。
私は立ち止まり、くるりと回れ右をしてファイティングポーズを取った。
私は勇者なのだ。特殊な力があるはずなのだ。だからこのボールくらい粉砕できるはずなのだ。そう信じよう。
だってレオネルも言っていたし。死なない程度に手加減はするって。だからもし失敗しても死にはしないはずなのだ。
「ユウ!?危ない、避けるんだ!」
「ユウ殿…!チッ。間に合わない…!」
レオネルとルディガーの焦ったような声は、ハイテンションになった私の耳には届かなかった。
私は雄たけびを上げながら、ボールに渾身のパンチを繰り出した。
私の拳とボールが接触する。ボールの勢いに負けそうになるも、踏ん張った。そして全体重を右拳に乗せた時、なにか不思議な力が私の中から流れたような気がした。
そしてパン!と凄い音がして、ボールが消えた。
「や、やった…」
私はへろへろとその場に座り込んだ。体が重くてとても立っていられない。物凄い疲労感だ。
もしかして、さっきの一撃のせいだろうか。あの時、不思議な力が私の右拳に流れてきたような…。
「―――捕まえた…!ユウ、怪我は!?」
「ユウ殿!ご無事ですか!」
レオネルに捕まった、と思ったら心配そうに顔を覗かれる。レオネルの後からやって来たルディガーも同様の顔をしていた。
なんでそんな顔しているんだろう。別にあのまま私が押しつぶされても死にはしなかったんでしょう?
そんな疑問を感じつつも、私は二人を安心させるように、へにゃりと微笑んだ。
「怪我はないよ。ただちょっと体が重くて動かないだけ」
「…良かった。体が重いのは、力を使った反動かもしれない」
「よく、あれを破壊して無事で…さすがは“勇者”というところでしょうか…」
「どういうこと?」
ルディガーが信じられないものを見るように私を見たので、私は首を傾げて質問をする。
「あれは、魔物の一種なんです。素人が素手で倒せるような弱い魔物ではない…むしろ、ベテランが何人も付いて倒すような魔物なんです。それを、素手で一撃とは…恐れ入りました」
「あれ、魔物だったの…」
「ああ。下手をしたら、きみは死んでいたかもしれない…僕はあんなもの仕掛けてないはずなんだけど…」
へえ、あんな巨大ボールみたいなのが魔物…。そう言われてみれば、小さく目と口があったような気がしなくもない。だから、あんなに速かったんだ。
いや、それよりもレオネルの台詞。下手をしていたら死んでいたかもしれないって…。
「死なない程度に手加減してあるんじゃなかったの…?」
「そのはずだった。僕はそういう風に罠を配置したはずなんだ。あんなものは仕掛けていない…誰かが細工をしたのか?……どちらにせよ、僕のせいで危険な目に遭わせてすまない。これからはこんなことがないように気をつける」
「……またやるのかこれ…」
少しうんざりしたように私が呟くとレオネルはとてもイイ笑顔で「もちろん」と答える。
だがすぐに考え込むようにどこかを向いた。
私も先ほどのレオネルの台詞を反復して、ぞっとした。
もし、私がこの不思議な力を出すことができなかったら、死んでいたかもしれないだなんて。
レオネルはこの罠を仕掛けていないという。ということは、別の誰かがこの罠を仕掛けたということだ。それは、私の命を狙ってのこと?
―――まさか。だって私まだここに来て2日目だし。そんなすぐに狙われるなんてこと…。
ないない、と自分で自分の考えを打ち消す。
私の“常識”では自分の命が誰かに狙われるなんてことを考えられなかった。治安の良い日本生まれの私は命を狙われたことなんて一度もないし、これからもないと信じて疑っていなかった。
だけど、ここは日本ではない。
そのことを、私はきちんと理解していなかった。