分岐点
四人目:猫飯
「田中亮一、1998年4月3日生まれ。17歳の高校2年生」
ソイツは、坦々と言葉を並べながら俺にじわりじわりと近づいてきた。ソイツが近づくほど、フェンスの手すりに握られた手が、どんどん、固くなる。
「身長169cmの体重62kg。普通科の文系クラスで、文芸部とミステリー研究会に所属。得意科目は国語と数学。苦手科目は英語。成績は中の上で、クラスでは目立った存在ではないが、部活動では幼少期から培われている絶大な想像力と妄想力を発揮し、受賞作品が数多い。故に、文芸部とミス研、共に主将を務める。物事に対して躊躇なく意見を出す性格で……」
ついに、ソイツが俺の目の前にたどり着いた。西に傾きかけた太陽の逆光で、ソイツの身体が黒く染まる。その眼に光はあるものの、輝きはない。もう周りの音が聞こえない、張り詰めた空間に、唾を飲みこむ。
「極度に空気が読めない」
俺は、ソイツの死んだ冷たい目から、逃れることはできなかった。言葉を失いかけたが、必死でもがき、取り戻した。
「お前……田中じゃないな。そうだ、田中は今海外に行って、日本にはいないはずだ! 今頃飛行機のファーストクラスに乗っている。俺の目の前にいるわけがないんだ! それに、田中はあんな感じだけどモテようと必死だからそんな鼻毛なんて出ているはずがない!」
数秒の間。本当はうるさいはずの校庭をそっちのけにして、沈黙が生まれる。この数秒が、とてつもなく、長く感じた。そして、
「ククク……」
ソイツの小さな笑い声に、沈黙が破られた。やはり、コイツは田中はではないのか? 校庭からの音が、不自然にざわつき始めた。コイツ、本当に……。
「スパイ、なのか……?」
「アッハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
俺が言葉を漏らした瞬間、ソイツは叫ぶように笑った。校庭の音も、不自然なざわめきも、全ての音を、その笑い声が飲み込む。俺には、ソイツの感情を読み取ることが出来なかった。俺の中で、何かが終わるような気がした時、ソイツの笑い声は次第に小さくなり、俺に向かって声をあげた。