スローライフは始めが肝心
常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう。
アインシュタイン
お●松くん、ソードオ●ソダン、ウ●ドストック、アーネスト●エバンス、そしてF1サ●カスCD、資本主義社会の闇を飲み込んで育ってきた自分程度では、偏見が全く足りてなかったようです。
薄曇りの淡い月明りの下、見渡す限りの眼下に広がる鉛の雲海のような、暗い水面のような大密林に絶句する。
街から見て谷合の奥、山の中腹に建つ庄屋造りの古屋敷である自宅、その門前から見えるはずの田園も、50mほど先に走っているはずの国道も、その2キロほど先に見えるべき多くの家々どころか、山々まで全て森に飲まれるように消えていた。
「何だ、これ?山どこ行った!」
ほんの十数分前、完全に熟睡していたところに、背中から突き上げるようなドーンという衝撃と、裏山が崩落するような、ガラガラという轟音と振動。
「地震だ!」
咄嗟に寝床から飛び起き、戸口脇の和箪笥の上から手回し式の懐中電灯を取ると、離れの自室から庭へと勢い良くサンダルで飛び出した。
懐中電灯のハンドルをグルグルと全力で回し、急いで振り向き母屋を照らす。
そこで全く揺れていない事実に遅ればせながらに気が付いた。
昨日は隣町にある高校時代の先輩の道場で、嫌というほど汗を掻いたので寝ぼけてたのか?頭を捻りながらも裏山に向うと、大きな岩がゴロゴロと散乱しており崩落の形跡は見られる。
母屋とは距離があるので物的被害は無さそうだったが、何だ?何となく違和感を感じる。
多少モヤモヤするが町の様子が気になったので、庭の脇を抜け無駄に広いアプローチを通って正面にある山門に向うことにした。
明治時代に銅坑で財を成した曾爺さんの建てた家屋敷は、築百年超えで無駄に古くて無闇にデカイ。
婆ちゃんが急逝して半年、あっという間に爺様が逝った…心不全だったらしい。
葬式を終えて程なく、高卒から10年勤めた会社を辞めて田舎へ帰ってきた。
とある事件の影響で仕事へのモチベーションが下がりほぼ惰性で働いていたのだ、三十路目前でのスローライフも悪くないだろうとも思う。
嫁や子供がいるでもなし、可愛い彼女が泣いて別れを嘆く事も無いのだ……
存在しないのだから。
……29歳独身無職。
一人暮らし、彼女も無し、アカン社会的にダメな要素しか無い気がしてきた。
門も半端な寺より遥かにデカイので普段は使わない、右脇の門番部屋から入り木戸の鍵を開け、ヘソ程の高さの小さな入り口を潜り抜ける……
頭を上げていきなり目に飛び込んで来たのが冒頭の絶景である。
コリャあれか?ゲゲゲの●●●であった原始時代になっちゃう、科学文明至上主義社会へのアンチテーゼ的なヤツか?それとも、お猿さんが沢山住む惑星だと思ったらタイムスリップ物だったアレ系か?スーパーリアルな夢の可能性もまだあるか?
明らかな異常事態に軽く現実逃避しつつも、まだ大丈夫だと思えた、爺様は生前贈与の為に会社、土地、有価証券などの資産を全て整理し、屋敷と幾許かの現金を遺してくれた。
自分には爺様が遺してくれたこの屋敷がある。
屋敷は自分のテリトリーでありプライベートプレイスだ、屋敷の中での全裸は余裕でセーフだが、屋外での全裸は完全にアウトである。
衣食住の住を確保出来てるアドバンテージはこれ程に大きい。
屋敷は確かにここにある、目に見えるし、触れる事も出来る。
門柱を軽く摩り、自分がまだイカレてはいない事を確かな手触りで確認した。
食の事はそっと心の棚に置いておくのだ。
周辺に目を向けると、さらにおかしな事に気が付いた。
視点が高い、眼下の森までもの凄く遠いぞ!それに前方30mほどで地面が無くなっているようにも見える。
確かに山の中腹に建築してあるので、前面は石垣で5m程嵩上げして整地してあるし、海抜でいえば100m以上あるだろうが、絶対こんなに見晴らし良くなかったぞ!
門前の階段を下り、スロープを右に下った所で歩道から飛び降り、畑の中を進んで地面の境界に見える所まで近づくと……屋敷の周囲を囲い込むように設置された岩壁が現れた。
壁の高さや厚みは不規則で自然物に見えるが、視認出来る範囲に途切れる事無く巡らされ、さらにその内側はバターをナイフで切り取ったような鮮やかな逆アールを描いている、自然にこんな形状になった?ちょっと考えられないな。
比較的低い肩ほどの高さの壁に登って壁の外側を覗き見ると、50m以上はありそうな緩やかな崖が続いて見える。
大規模な地殻変動でも起こって隆起でもしたのだろうか?壁の内側の状態を見るに、こんな自然現象は思い当たらないし、そもそもあの大密林の説明がつくか?そんな適当な推理をしていた時、視界の左端にチラッと小さな光が目に入った気がした。
目を細めて注視すると暗くて距離は正確に分からないが、左遠方に確かに灯りがチラチラと見え隠れしているのがわかる。
灯りがあると言う事はあそこに誰かがいる確率が高いのだろうが、昨日まであそこら辺はモロに山が有ったはずなんだよな。
山が無くなった為に現れた、地底人の可能性も全く無いとは言い切れないが、町の誰かが難儀している可能性の方が遥かに高いんだろうな……行って確かめるしかないか。
夜の森に入るのだ、準備する為に一旦屋敷戻ろう。
光量が落ちた懐中電灯をグルグルと発電しながら屋敷へと向かう途中、不意に重大な問題を思い出した。
「しまった明日、職安の認定日だ……」
GWなのに時間を持て余したのでカッとなってヤッテしまった。
反省はまだしてない。
リアルタイム書いて出し、続きが出来たら即投稿します。
サッと見直しただけで投下しますので、誤字、脱字のご指摘お願いします。