番外編 エリート研究員の恋人-1
番外編です。
後しばらくはこれが続くと思います。
本編は少し空きますね・・・暫くリアーヌのことを忘れないでください。
イザベル・メニルは困惑していた。
王宮の庭園は彼女自身も巻き込まれた先の防衛戦争の後から、開かれた王室を目指すという現国王の方針に則り昼時には一般公開され、王宮勤めの者たちにとって憩いの場となっている。
そんな庭園の片隅の真っ赤な花の生垣に隠れたベンチで彼女はいつも一人で昼食を摂っていた。
イザベル・メニルという名は彼女の所属する王立研究所では尊敬と畏怖の象徴だった。
齢13歳で名門シャルレアン王立学園を卒業し、実力主義で著名な研究成果を残した学者を暫く成果が出ていないという理由で放逐するような競争の激しい王立研究所に史上最年少で入った上、5年も勤め上げ、さらに半年に一度のペースでそれまでの学説を丸ごとひっくり返すような凄まじい論文を発表し、見事にその正確性を証明している。
そんな彼女は顔つきも整っていて、近づこうとする男も多くいたが、彼女自身男に対して学園生のころから不潔感を感じていたため相手にすることは無かった。
そして念のためにしつこい男たちに対する対策として身に着けた外行きのしゃべり方と仕草は彼女に近づき難い雰囲気を醸し出し、下心ある男だけでなくもはや仕事に関すること以外で彼女に声をかけるものも皆無となっていた。
それに対して彼女自身特に何も思うことは無かったし、むしろ束の間の休憩時間を一人でリラックスして過ごせる、とそんな状況をむしろ楽しんでさえいた。
「貴方、お一人なのですか?」
しかしそんなイザベルの憩いの時間は一人の来訪者によって終わりを告げた。
その来訪者は名前をアリー・クラステントと名乗った。
イザベルは研究室の中では見た事がない顔だったため、始めは警戒していたのだが、その女が王国の文官である事を話して身分証を見せてきたため、女に対するスパイの疑惑を解くことにした。
「文官の方でしたか、私はイザベル・メニルといいます。王室の研究室で研究主任をしています。」
いつもはそう不機嫌そうに自らの名前と肩書きを名乗ると話しかけてきた者のほとんどが気まずそうに“失礼しました”と言ってどこかへ行ってしまうのだが、目の前の女はそうなんですか、優秀な方なんですね、と微笑みながら言うだけだった。
それからは二人とも黙って昼御飯をベンチで並んで食べて、食べ終わったらその女はでは、また。と去って行ってしまった。
なんなのだあの女は、と思いながらサンドイッチをモソモソ食べているとお昼休みの時間は終わってしまっていた。
次の日も、また次の日も同じベンチにアリー・クラステントは現れた。
何時ものお気に入りの場所を見ず知らずの女に目の前で奪われるのが癪だったイザベルも意地で変わらずそのベンチで昼食を食べ続けた。
そうして毎日一緒にいると、流石のイザベルも無言の昼食が気まずくなってきたため、ポツポツと話題を振るようになっていた。
そこで話をしていてイザベルが分かったことは、アリーは昨年度学園を出たばかりであること、生真面目な性格が邪魔をして上手く職場に馴染めないでいる事、イザベルの年齢を聞いて自分の後輩だと勘違いしていること、そして、毎日一人で昼食を摂るイザベルを見ていて親近感が湧いた為友人になりたくて近づいたことだった。
(失礼しちゃうわ!全く・・・)
イザベル自身が拒絶の雰囲気を出している為、彼女に自ずから近づこうとする者がいないだけで、本人にコミュニケーション能力がない訳では無かった。
イザベルがまだ学園生であった頃はまだ彼女自身が10歳ほどの年齢であった為、同級生からも妹の様な接し方をされてはいたものの、決して友人がいないわけでは無かった。
それどころか特待生クラスは3年間クラス替えがない為その友情は更に厚くなり、学園を卒業して5年経った今でも季節の変わり目を迎えると、当時の学友から沢山の便りが届くのだ。
だから友達や仲の良い同僚がいないからといって、わざわざ文官の詰め所から徒歩で10分もかけて新たな人間関係を作りに来る様な女と自分を一緒にされるのは、彼女にとって不本意でしかなかった。
その為それが分かってからは、たまにアリーの方から話を振られても、イザベルは意地で相槌を打つ以上の返事はしなくなった。
それから何か月かの月日が経った。
アリーとイザベルは相も変わらず毎日一緒に昼食を摂っていたが、会話の量が増えることは無かった。
それでも毎日変わらず通う内にイザベルの中で多少はちゃんと話をしてもいいかな、という思いが生まれ始めていた。
アリーは初めに話しかけてきた動機としては失礼極まりない女だったが、毎日話を聞いているとなかなか好感の持てる女だった。
イザベル自身、主に研究と開発をその生業としているものの、自身の母国である王国の政治の現状に興味がないわけではなかった。
それどころか彼女は学生時代から大衆用のゴシップ紙から国の運営している新聞社の発行しているものまで、発行されているすべての新聞を取り、仕事がオフの日には溜まったそれを日がな一日読んで過ごすほどには現行の国政に興味のある人間である。
しかし自らに劣る人間の下について出世を狙うのは才能あふれる彼女にとって我慢ならないことであったため、文官になるのではなく研究所に入ったのだ。
そのため、アリーの話はイザベルにとってとても興味深い内容ばかりだった。
さらにアリーは職場での自身の周りの事や王宮での出来事を生で見ている立場として詳しく話してくれるものの、国家運営に関わることなどの重要なことについては一切口を滑らせることがなく、その仕事に対する真面目さもイザベルにとって好印象だった。
そのため、アリーに対して未だにそっけない態度をとっているもののその話についつい聞き入ってしまうこともしばしばであった。
「・・・どうしましたか?イザベルさん」
そんなことを考えながらサンドイッチを食べていると、不思議そうにアリーが尋ねてきた。
どうやらイザベルは己も知らぬ間にアリーのことを見つめてしまっていたらしい。
「いいえ、なんでもありませんよ・・・何の話でしたか?」
イザベルがそう言うとアリーは驚いたような顔をしてイザベルの方を見た。
「いいえ、今は何の話もしていませんでしたが・・・まさか今まで私の話を聞いてくださっていたのですか?」
「・・・逆に聞きますが今まで貴女は私が話を聞かずに相槌を打っているとおもっていたんですか?」
心外だ、と相手によく伝わるように顔に出してイザベルは聞き返す。
「いえ、失礼しました。今まで世間話を聞いてくれる知り合いなどいなかったもので・・・貴女も迷惑そうにしているように見えましたから、てっきり聞き流しているものと思っていました」
「・・・・・・」
それを聞いて、失礼な女だと思って今までそっけない態度をとっていたものの、成り行きとはいえ毎日一緒に昼食取っている相手に対して迷惑そうにしているように感じられるほど失礼な態度をとっていたのは自分の方ではないか・・・と、この時イザベルは初めて今までの自分の態度を反省した。
「・・・私は面白かったですよ?あなたの話」
「え?」
そして、反省ついでにイザベルはアリーに対して少し歩み寄ってみることにした。
「・・・今まで失礼な態度をとってきてすみませんでした。友人がいないためにここに通っていると聞いて、自分も同じように思われたと思うとつい腹を立ててしまって・・・先輩として大人気なかったですね。あなたのお話、私にとって皆とても面白かったです」
「イザベルさん・・・。いいえ、こちらこそ今まですいませんでした。確かに職場に友人がいないからという理由でここに通うのは貴女に対して失礼がすぎましたね・・・」
そこで一拍あけて、アリーはイザベルの横に並べていた腰の向きを変え、イザベルに正面から向き直した。
「イザベル・メニルさん・・・私と正式に友人になってください。そして、これからも毎日一緒に昼食をここで食べてくださいませんか」
これから告白でもするかのような生真面目なアリーの態度にイザベルは苦笑した。
「アリー・クラステントさん、もちろんです。私で良ければこれからも毎日お話を聞かせてくださいな」
イザベルがそう言うと、強張っていたアリーの顔はみるみる内にほころび、やがて花でも咲いたような笑顔でありがとうございますと言った。
それから少し経ったある日、研究室の新人が迷い込んだ庭園で眼鏡をかけた女とにこやかに話すイザベルを目撃し、その日から二人の関係について様々な憶測が飛ぶことになるのであった。
予備校なめてました・・・
これから投稿ペースが伸びて行くと思いますが最後まで書く予定ではあるのでどうか暖かく見守ってください。