生まれ変わってお嬢様-1
明け方、アルバーテ大陸の西部の半島に位置するシャルレ王国のさらに西側に位置するアリアーヌ地方の若い領主、ラウル子爵の邸宅に産声が響いた。
「ご主人様、お生まれになりました!」
メイドがこちらにパタパタと走ってくる音に、子爵は思わず全く手についていなかった執務を放り出して走り出した。
「男の子か!女の子か!」
「はい!お嬢様にございます!」
子爵が部屋に入ると赤ん坊は泣き止み、きょとんとした目で彼を見る。
「おお、なんとかわいらしい!エリーゼも産後なんともないか!」
子爵はぐったりしているものの愛おしそうに赤ん坊を見つめる妻に声をかけた。
「ええあなた。なんともないわ。この子がびっくりするから少し落ち着いてくださいな」
「そうか!いや、すまないな!」
そうして二人はまた、愛おしそうに生まれたばかりの我が子を見つめた。
次に目を覚ますと、見知らぬ男女がひどく嬉しそうにこちらを見て、何やら話しかけてくる。
髪が金髪で目が青い二人はどう見ても西洋人であり、自分の知り合いではなかった。
男の方の年齢は二十台後半に見える。
上等そうなスーツを身に着けており、背は後ろのメイド服の女と比較して随分高い。
顔つきは整っているが、少し毛深く野性的に見えた。
女の方は男に比べると随分と若く見えた。
白いゆったりとした服を着ていて、ひどく消耗しているように見えるがこちらも嬉しそうにこちらを見ている。
おっとりとした感じの美人だった。
美男美女が自分をガン見してくる状況に半ばパニックになり訳がわからずとりあえず身体を起こそうとするも、自分のものであると認識したそれは自分の思う通りには動かず、何とか手を振り上げるので精いっぱいだった。
そして焦った彼が振り上げたそれは、とても小さく幼い形をしている。
そこでようやっと、神を名乗る女との会話を思い出した。
その中で彼女は、生まれる世界を間違えたと言っていた。
もし、もし仮にあれが夢でなければ、今、自分は本来生きるはずだった世界とやらに生まれ変わったのではないか、そう考えると今の状況も理解できないことはない。
だとすれば自分はなぜ今、”元治”として考え腕を動かすことができるのか。
転生という言葉はおそらく生まれ変わるという意味であっているだろう。
だがその意味が考える通りならば、記憶が残っているのは不自然だ。
テレビなどで前世の記憶をもって生まれてきたという人を見たことはあるが、自分の場合は死んで生まれ変わったのでも生き返ったのでもない。
そもそもあの世界に生まれ、育ってきたことそのものが不都合であったから生まれ直させられたのだ。ならば、あちらに生きた証など残さず消されるのではないか。
それとも、これもまた夢の続きなのだろうか。
そこまで考えて、夢の中で女が最後の方に言っていたことをふと思い出す。
妹のことでだだをこねたあと、彼女はそれに条件付きで了承し、その条件を果たすためのプレゼントをくれると言っていたのだ。
“君にすこしばかりプレゼントをやろう。あまり期待しないでくれよ?君がこちらにいた形跡をおしつけるだけなんだから”と。
もし、佐々木元治として存在していたころの記憶と知識がそのプレゼントなんだとすれば、破格のものに思えた。
なにせ人生経験を十八年積んだ状態からのスタートなのだ。
これでは仮にも神としてあまりにほかに生きている者たちに対して不公平なのではないか。
だが、彼女はその条件として何か大きなことを成せと言っていた。
ならばその大きなこととは、妹のことにさらに彼女の言う“プレゼント”を合わせても足りないほどに大きなことを成さなければならないのではないか。
そこまで考えて、元治はそのとてつもないプレッシャーに押しつぶされそうになった。
なにせ、前世の自分はやることなすことうまくいかず、生真面目だったため勉学の成績はそこそこ良かったが他に特に自慢できるものもなかった。
強いて言えば家事の知識が多少あるくらいである。
そんな自分が、仮にも神と名の付く存在の期待に応えられる気がしなかったのだ。
前世の記憶が消えなかったのは素直にうれしかったが、これからのことを考えると気が重かった。
そこまで考えて前を見るとさっきの男女が心配そうにこちらを見ている。
そこで元治はしまったと思った。
なにせ体も起こせないほどに筋肉のない身体なのだから、きっと自分は生まれたてなのだ。
そしてこの男女はおそらく自分の両親だ。生まれたばかりの赤ん坊が一切泣かずに難しそうな顔をしていれば何かあったと思うに違いない。
元治はそこまで考えてこれから自分の親になる人たちを心配させまいと、微笑んで見せた。
すると両親も笑ってくれた。口々になにか嬉しそうに言い合っている。
いろいろと不安なこともあるが、せっかく生まれ変わったのだから、せいぜい楽しんで生きようと元治は思ったのだった。
ラウル子爵とその妻エリーゼの間に生まれた娘はリアーヌと名付けられた。
元治改めリアーヌは、時々子供らしからぬ発言をして周囲を驚かせたりしながらもすくすくとかわいらしく成長した。
リアーヌはまだ元治だったときにも両親と幼少期を過ごした経験があったが、それでも新しい両親と使用人達に囲まれて過ごす日々は幼少期の彼女にとって温かい思い出になった。
両親は厳しくも優しくリアーヌに接してくれたし、身の回りの世話をしてくれる使用人のお姉さん達もリアーヌの話し相手になってくれたりして仲良くしてくれた。
そして、リアーヌは12歳の誕生日を迎える。
その誕生会でラウルは娘に問うた。
「私のリアーヌ、まずは誕生日おめでとう。だがお祝いをする前に言っておきたいことがある」
「何でしょうか、お父様」
もうすっかりお嬢様言葉もお手のものだ。
「君が望むならば、来年から王都にある学園に入って勉強することを私は許そうと思う。もちろん、これまでどおり今しばらくはこの屋敷でアリー先生に教わってもいい。だが、もし学園に通うことになれば君はここを離れて寮で生活することになるんだ。すぐに決めなくてもいいが、用意や手続きも必要になるからね、来月までに決めてほしい」
ラウルが言い終えるとすぐに、エリーゼが反対する。
「まだいいではありませんか、学園に入るのは大体15歳くらいです。この子はまだ12歳になったところですよ」
「そうなのですか?」
「あぁ、まぁ確かに本来ならまだ早いのだがね、アリー先生が是非にと言うのだよ。私のリアーヌは優秀だからね。もう学園で学んでもいいほどだそうだ。」
リアーヌは家庭教師のアリー先生の顔を思い浮かべた。
前世の記憶がある彼女には簡単な計算などは何の障害にもなりはしなかったのだが、語学の壁が立ち塞がった。
リアーヌが間違えるたびにアリー先生はそれを厳しく正した。
今の話を聞く限りだと、彼女はもしかすると自分の才覚を信じて厳しく接してくれていたのだろうか。
ずるをして得た期待のようでリアーヌは少し後ろめたかった。
「ですが・・・リアーヌは優秀でもまだ12歳です。1人の学園生活では色々と不自由ではないですか?」
「それもそうだな・・・うむ、どうしようか」
「あ、あの!」
リアーヌはこのままでは話が流れてしまうと思い声を上げた。
あの女の言うようななにかしらの大きなことを成すためには出来るだけはやくなにかしらの立場を手に入れたほうが良い。
せっかくの機会であるし、偽りの実力が発揮できるうちに人生のステージを先に進めてしまうべきであるとリアーヌは考えたのだ。
だが、同時に12年間を過ごしたこの土地を離れがたくも感じた。
前世では体験できなかった様々な思い出がこのラウル邸には詰まっている。
両親達とも離れがたかった。
「どうしたんだい?」
黙ってしまったリアーヌを落ち着かせるように、父親が優しく声をかける。
「・・・決めるのをもう少し待って貰えませんか?」
リアーヌは結局その場では結論を出せなかった。
「あぁ、構わないよ。大事なことだからね、よく考えて決めるといい。エリーゼもそれでいいね」
母も頷いてくれた。
そこからは家族三人だけの、しかしにぎやかなパーティーとなった。
両親も微笑みながらリアーヌの話を聞いてくれる。
貴族であり、領地のことで忙しいのにこうして時間を作ってわざわざ家族でパーティーを開いてくれる。
自分のことを考えてくれ、意見をきちんと聞いてくれて、それを尊重してくれる。
そんなあまり貴族らしくない優しい新しい両親がリアーヌは大好きだった。
丁度いいと思ったところで終わるので、文字数はバラバラになると思います。