お泊り-2
まだ浪人生なうです。
打ってる途中に現れる謎の登場人物安生とライーヌ(アンヌとリアーヌの入力間違い)に悩まされます。
料理をマリナが部屋にカートで運び入れてくれる間、リアーヌがドアを抑えてやっていると、廊下の窓から何やら大きめの布が被ったバケットを抱えたアンヌが校門の前で立ち尽くしているのが見えた。
どうやら部屋の場所は教わったものの、本当に入ってよいのか躊躇しているようだ。
どうやら両親の許可は取れたようね、とリアーヌは先輩が二人もいるからか妙に気の張る空間がマリナとアンヌのおかげで少しは緩むことを期待する意味も込めて、アンヌに軽く手を振った。
そんなリアーヌの気を知ってか知らずか、こちらもリアーヌの姿を確認したらしいアンヌも嬉しそうに手を振り返している。
「ありがとうございました。お手を煩わせてしまって申し訳ありませんでした」
リアーヌがアンヌに気を取られている間にどうやらマリナはカートを運び入れてしまったらしい。
「いいのよ、別に手間でも無かったし。それよりアンヌが来たみたいだから迎えにいってくるわね」
「あら、アンヌ様が来られたのですか?でしたら私が」
「いいの、わたしが行きたいのよ。早く行かないとアンヌが部屋に到着しちゃうわ」
マリナが言い終わる前にリアーヌは自分が迎えに行きたいという意思を伝える。
「そうですか・・・かしこまりました。では私は引き続きお夕飯の準備をさせていただきます」
「お願いね!」
さすがに寮の廊下を走りはしなかったものの、アンヌを待たせてはいけないと、廊下を足早に進み、階段を下りる。
寮の入り口にある受付の女性に軽く会釈してからドアを開けると、門越しにアンヌが見えた。
「ごめんね、待たせちゃって」
入ってきてもよかったのに、とは言わずにリアーヌは門を開けて貰い、アンヌを中へ招いた。
「いえ、こちらこそ部屋の場所まで教えてもらっていたのに、いざ寮を前にすると、その・・・」
言われてリアーヌも今まで自分のいた寮を見上げる。
この世界に生まれてから、ずっと前世のボロアパートとは比べるべくもないほどの豪邸で過ごしてきたリアーヌではあったが、それにしても巨大な建物であった。
ずっと王都で暮らしてきたアンヌにとっては見慣れている分、近くで見た威圧感はリアーヌよりも大きいことだろう。
「そうよねぇ・・・でも、いつまでも眺めていても仕方がないわ。3人とも待っているでしょうし、早く戻らなくっちゃね」
「はい・・・え、3人ですか?」
「ええ、キアラ先輩もいらっしゃっることになったの」
「ええ!?それは本当に急がないといけませね!」
「・・・案内するわ」
リアーヌは、なぜアンヌがキアラ先輩が来ていると言った途端に急がないといけないと言ったのかは、なんとなく分かった為、深くは追及しなかった。
部屋の前までくると、ドアを開ける前からおいしそうな匂いが漂ってくる。
「ただいま」
「お、お邪魔します・・・」
「あ、おかえりなさいませ、お嬢様。いらっしゃいませ、アンヌ様」
その匂いに空腹を刺激されたリアーヌがドアを開けると、大き目の鍋を置きつつ、マリナがわざわざこちらを向いてお辞儀してきた。
「・・・私が別に部屋に入る度に頭を下げなくてもいいのよ?特に今は別のことをしている最中なのだし」
「しかし・・・」
「まぁ、いいわ。とにかく、ご飯にしましょ」
リアーヌは苦笑しつつも、マリナが母親であるメイド長から出発する前の一週間の間、ずっと付きっきりでしごかれていたのを知っているため、強くは言わない。
「はい、後はパンを出してくるだけですので、先にみなさんと一緒に席についていてください。あ、それより先にアンヌ様のお荷物もお預かりさせていただきますね」
「あ、いえ、これは・・・」
「遠慮しなくてもいいのよ。そんなに大事なものなら無理強いはしないけれど、そんな大きな荷物を抱えて食事できないでしょ?マリナに預けちゃいなさいよ」
「い、いえ、違うんです。これは友人の家に夕食をごちそうになりに行くと言ったら、母が手土産に、と」
「あら、そうでしたか。ですが、食事の邪魔になりますし、やはり先に預からせて頂きますね。失礼ですが、中身を聞いても?」
「はい、実は私の実家は町の大通りでパン屋を営んでいまして、母が売り物の一部を包んでくれたんです」
アンヌのどけた布の下、バケットの中身を覗き込むと、何とも言えない焼きたてのパンの香ばしい匂いが漂って来る。
「あら、とっても美味しそうね!マリナ、パンの用意はいいわ。今日はアンヌのお母さまからのお土産を頂きましょう」
「かしこまりました、では私はお皿とバターをご用意しますので、お嬢様方は席に着いてお待ち下さい」
マリナが預かったバケットを空いていたカートの下段に置き、またお辞儀をして部屋の奥に引っ込む。
四人が席に着き、色々と雑談をしつつ待っていると、マリナが料理を並べてゆき、やがてにぎやかな晩餐が始まった。
夕食後、案外素直に自分の部屋に帰ったキアラを見送った後、リアーヌとジュリエッタは校門までアンヌを見送りに来ていた。
「ではリアーヌ、今日はありがとうございました。マリナさんにもごちそうさまでしたと言っていたと伝えておいてください」
「わかったわ。こちらこそ、いきなりだったのに来てくれてうれしかった。ありがとね」
「い、いえ、こちらこそ、友人の夕食にお呼ばれするのは初めてで・・・うれしかったです」
リアーヌが微笑みかけると、アンヌは照れたようにそう言ってうつむいてしまう。
「ちょっと、私のこと忘れてないかしら?」
ジュリエッタがからかうようにそう言うと、アンヌは焦って顔を上げた。
「そんなことは!えっと、ジュリ先輩もありがとうございました。とても楽しかったです」
「そう、良かったわ。帰りもフェルナンを付けるから大丈夫だとは思うけれど、一応気をつけてね」
「はい、ありがとうございます。では二人とも、おやすみなさい」
「おやすみ。また教室でね」
アンヌの後ろ姿を見送りながらジュリエッタがリアーヌにふとからかうような意地の悪い顔で尋ねる。
「それで?リアーヌ、どうしてアンヌを夕食に呼んだのかしら」
「はあ、どうして、ですか?」
どうしてアンヌを夕食に誘ったのか、それは簡単だ。
「アンヌと早く仲良くなるためですよ」
昼食を一緒に食べられればそれでよかったのだが、結局食べ損ねたため、夕食に誘っただけで、他意はない。
「まあ、リアーヌはまだ子供だしね。ま、それを言えばアンヌも大差ないか」
何が言いたいのだこのお姉さんは、とジュリエッタを見るも、当の本人は肩をすくめるばかりであった。
「そのうちに分かるわ。外は少し冷えるし、中に入っちゃいましょ」
「別に構いませんが、一応は私の部屋なんですけど・・・」
「分かってるわよ」
そういって微笑みながら上の方を見てウィンクするジュリエッタの視線を追うと、慌ててカーテンを閉めるキアラがいた。
いかに豪華な寮といえども、部屋に湯船があったりはしない。
実家と同じように暖かいお湯に浸したタオルで体をふくだけなのだ。
そのことに少しがっかりしながらマリナに体を拭いてもらい(自分でやると言ってもマリナは「使用人の仕事を取らないでください」と言ってきかない。恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら体を拭かれるのはリアーヌとしても恥ずかしいのでやめて欲しいとは思っているのであるが)、風呂だけならド貧乏だった前世のほうが良かったなぁなどと考えながらリアーヌが居間に戻る。
「あら、お風呂空いたのね」
ソファに座っていたジュリエッタがリアーヌに気づき、開いていた教科書を閉じる。
「はい、お先でした。それは・・・一年生の教科書ですか?」
「ええ。ちょっと今日の復習をね」
三年生から転入した、しかも学園に入学したての一年生が知っているほどに優秀なジュリエッタからすれば、一年生の教科書などわざわざ勉強する必要があるものではないはずである。
「私がお風呂から出たら、一緒にする?まだ寝るには早いしね」
そんなリアーヌの視線を勘違いしたらしいジュリエッタが教科書の表紙を見せながらリアーヌにそう尋ねる。
それを聞き、この先輩は本当に勉強がすきなのだな、とリアーヌは思った。
思えばイザベル先生に頼み込んでわざわざ一年生からやり直すくらいなのだから考えるまでもないか。
「はい、実は今日のイザベル先生の授業で一つわからないところがあって・・・」
「わかったわ。でも、その前にお風呂いただくわね」
「はい、ごゆっくりどうぞ」
「ごゆっくり・・・は温泉でもない限りできないんじゃないかしら。風邪ひいちゃうし」
「・・・それもそうですね」
確かに体を暖かいお湯で濡らしたお湯で拭うだけであるのに長いこと時間をかけては風邪をひいてしまう。
ジュリエッタを見送りながら、温泉はあるのか、とリアーヌはいつか必ず行くことを心に誓った。
「あ、ちょっとまって!」
リアーヌがベットに入り、マリナに就寝前の挨拶を済ませ、部屋の鍵の閉まる音を聞きながらベットサイドのランプを消そうとすると、ジュリエッタに止められた。
「はい、何でしょうか?」
喉でも乾いたのだろうか、とそのままの姿勢で待っていると、ジュリエッタはベットに座り、何やら真剣な顔をリアーヌに向けてきた。
「話があるのよ」
「はあ・・・」
リアーヌもベットに座り直し、ジュリエッタの言葉の続きを待つ。
しかしいくら待ってもジュリエッタはそれ以上言わず、なにか言いたげにこちらを見るばかりである。
「あの・・・先輩?」
「う、うん・・・そうね、言うわ」
「はい」
「実はね・・・」
「・・・はい」
もったいぶるジュリエッタの表情がしかし、真剣なままであったため、リアーヌは息を詰める。
「リアーヌにね・・・」
「はい」
「特待生クラスのクラス委員になって欲しいのよ!」
「・・・はい?」
これがもったいつけて言うことなのか?というリアーヌの顔がおかしかったのかは分からないが、ジュリエッタはくつくつとこらえきれないように笑っている。
「あの・・・先輩、ふざけてます?」
ジュリエッタはまだ笑いながらも、悪いことをしたとは思っているのか、リアーヌに謝ってきた。
「ごめんなさい。ふざけてる訳ではないのだけれど、あなたがあまりにも面白い顔をしていたものだからつい・・・」
「ふざけてるじゃないですか!第一先輩が真剣な顔でこっちを見てきたからこっちも真剣に聞いてたのに・・・」
「だからごめんなさいって言ってるじゃないの。それに、真剣な話なのは本当だから、ほら、話を聞いて?」
そう言われてリアーヌはしぶしぶ引き下がる。
「ありがとう。じゃあ、本題に戻るけど、リアーヌにクラス委員になって欲しいっていう所までは大丈夫かしら?」
「はあ、まあ、でもいきなりどうしたんですか?脈絡がなさすぎますよ」
「そうかしら。クラス委員の仕事は担任のお使いをすることと、クラス全体の意見をまとめること、もちろん私も含めた全員のね。そして、それを生徒議会で発表することよ?生徒会長である私が自分のクラスの委員を親しい友人にやって欲しいと考えるのは不自然ではない事のはずよ」
これは癒着の誘いではないのか?とリアーヌは感じたが、所詮は学校の生徒議会のことである、と気にしないことにした。
それよりも気になることがある。
「でも、親しい友人っていいても、私たち今日初めて会ったばかりですよ?それに思い出したように話を始めた割には随分と・・・」
そこでリアーヌは昨日の朝礼でクラス委員をイザベル先生が募っていたことを思いだした。
そこで先生は昨日の明日、つまりは今日決めると言っていたのだ。
だが今日、先生はそのことについて教室でなにも触れなかった。
先生と接触を図れる人物で、リアーヌとも知己のある者、となると一人。
「・・・もしかして先輩、先生になにか言われてますか?」
それを聞いた途端に余裕の表情であったジュリエッタの目が泳ぎ始める。
「せ、せ、先生って一体どちらの先生のことかしら?」
「イザベル先生に決まってるじゃないですか」
そこまで聞いて、観念したようにジュリエッタが溜息をついた。
「・・・ええ、そうよ。校長室から帰った後、イザベル先生に頼まれたの。リアーヌを説得してくれないかって。もし説得に成功したら弟子入りについても考えてくださると言われて、二つ返事で了承したわ。今日急にリアーヌの部屋に泊めてもらえないか頼んだのも、説得の為・・・悪いことは出来ないものね」
そう自嘲気味に言ってフッ、とジュリエッタは微笑む。
「悪いことって・・・別に何も悪いことはしてないじゃないですか・・・それにしても、先生はなんで私をそこまでしてクラス委員にしたかったんでしょうか」
「”アリーに恩を売るため”って言ってたわ。うちの学園ってクラス委員とか風紀委員とかやっておくと、卒業した後にも記録として残るのよ。だから、王宮に勤めようと思った時に有利になるって言われてるわ。担任の先生の評価も上がるしね」
やっぱりそっちか・・・とリアーヌは予想通りの理由に思わず吐息を漏らす。
もしかして自分はこれからイザベル先生からアリー先生への愛情表現をすべて受けることになるのか。
「・・・わかりました。やります。クラス委員」
「え?ほ、ほんと!?さっきからいいとこばかり言ってるけど点数に残るほどの記録にはならないし、割に合わないくらいには大変な仕事よ?」
「ええ。分かってますよ」
前世ではバイトで忙しくなる前はそういったことも積極的にやっていたのだ。
「ありがとう!あ、でも、私が先生の名前を出しちゃったことは・・・」
「分かってますよ。それより、今日はもう寝ましょう。すっかり遅くなっちゃいましたし」
「あら、そうね。寝る前だったのに、ごめんなさいね。先生には明日、朝のうちに私が知らせておくわ」
「いえ、私も行きます。自分のことですし」
「え?うーん、まぁ、その方がいいかもしれないわね。じゃあ一緒に行きましょう。おやすみ、リアーヌ」
「はい、先輩。おやすみなさい」
ジュリエッタが布団を被るのを確認し、部屋の時計を視界の端にいれながらランプを消す。
丁度二つの針が一番高いところで重なるところだった。
随分前回から間が空いてしまいました。
ローペースになるとは思いますが、気長にお待ちくだされば幸いです。




