転入生
なかなかキリがつかず、文字数がいつもの倍くらいになった上に、投稿ペースも倍になってしまいました・・・
暗がりの中、石畳の道を歩いていると校門が見えてくると、ふとリアーヌは校門に人影を見つける。
「マリナ!」
それが自分のメイドだと分かったリアーヌは急いで彼女の元へと駆けつけた。
「マリナ!あなた、どうして!」
校門へたどり着いたリアーヌはマリナに学園に来た訳を尋ねようとしたが、息が上がってうまく話せない。
リアーヌはスマートな体型をしているが、基本的にはお屋敷から出たことが無かった為、体力はからっきしなのだった。
「お疲れ様です、お嬢様」
「そうじゃなくって!」
やっと落ち着いてきた心臓にリアーヌは、これからはこまめな運動を心がけようと思った。
「どうしてこんな所で待ってたのよ!」
「どうして、と言われましても・・・お嬢様のお世話をするのが私のお仕事ございますし・・・」
「もうこんなに暗いのよ!女の子が一人で立ってたら危ないじゃない!」
学園は三つの寮を含め広大な敷地を有しているが、そのため市街地の中心から少し離れたところにあった。
王都の治安は決して悪くは無いが、それでも多少の犯罪は発生する。
「あなたは顔立ちもきれいなんだから、気をつけなきゃダメじゃない!」
その為、リアーヌがマリナを叱ろうと詰め寄ると、何故か彼女は頬を染めた。
「聞いてるの!?」
耳元で少し大きな声でそう言うと、やっとマリナは正気に戻った様にはっと顔を上げる。
「お、お嬢様の御心遣いには感謝いたしますが・・・」
そう前置いてマリナは打って変わって真剣な顔で今度はリアーヌをたしなめる様に続ける。
「私はラウル様よりお嬢様のお世話を仰せつかった身です。それで無くともお嬢様は私などよりもずっと可愛らしい顔付きをしていらっしゃるのですから、お嬢様こそ、こんな遅くにお一人で寮まで返すわけにはいきませんわ」
マリナの反論にリアーヌは思わず言葉に詰まる。
可愛らしい顔付き云々は置いておくとして、マリナの雇い主はは正確にはリアーヌではなく父であるラウルなのだ。
彼がマリナに王都にいる間のリアーヌの世話を託した以上はリアーヌも強くは言えない。
「・・・わかったわよ。今日は急に呼び出されたから仕方ないけれど、明日からは授業の後は一旦寮に帰るから。あらかじめ時間を言っておくから寮で待っていて、わかったわね?」
「ですが、それでは帰り道にお嬢様をお一人にしてしまいます。やはり私に校門まで迎えに行かせて下さい」
リアーヌとしては譲歩したつもりだったのだがマリナは納得しなかった。
「お嬢様はご自分の可愛らしさを自覚なさるべきです。そうでなくとも貴女様は大切なアリアーヌの次期領主様なのですから、お付きの者が私一人だけというのは無防備にすぎるというものです。ですから、せめて私だけでもなるべくお側に置いていただかなくては困ります」
「それはそうだけど・・・」
リアーヌも自分の立場は分かっているつもりだった。
アリアーヌはあまり発展した土地ではないもののその面積はシャルレ王国の7分の1を占める。
本来なら子爵家如きが統治出来る様な広さではないのだ。
実際に国王が治めるシャルレアンを除く他の全地方は全て公爵家が管理しているし、アリアーヌにしてもラウルの前領主が失脚するまでは別の公爵家が治めていた。
その為ラウルが前領主派(その殆どがラウルが領主に着任した直後に不正や賄賂を摘発された地主達であった)の報復を常に警戒していたのをリアーヌも覚えている。
「とにかく、この件についてはいくらお嬢様が相手でも譲る訳にはいきません!」
それから2人でその事について話し合いながら寮に帰り、ついには必殺の上目遣いまで繰り出したしリアーヌが折れて毎日マリナが校門まで迎えに来る事になった。
翌日、リアーヌが昨日と同じ席に座って授業を待っていると、アンヌがやって来た。
「おはよう、アンヌ」
「おはようございます、リアーヌ。今日も隣いいですか?」
「もちろんよ」
リアーヌが座る位置をずらしてそこにアンヌが腰掛ける。
アンヌはリアーヌよりは大分背が高く感じたが、座ってもそれは変わらず、リアーヌが彼女と話そうとそちらを向くと、見上げる形になった。
「あの、どうかしましたか?」
「いいえ、なんでもないわ」
女性に対して、背が高いなぁ、と思って見つめていたと言うのは失礼に当たると思って、リアーヌはやんわりと視線をアンヌから少しそらしてからそう言った。
それから他愛のない話を2人でしていると、そこにイザベル先生が入って来る。
「皆さん、おはようございます。今日から講義が始まりますから、先生方のお話しから出来るだけ多くの事を学んで欲しく思います」
先生はそう前置いた後、また入って来た扉の方へと消えていった。
リアーヌがやはり教師として振舞っている時は人が変わったようだ、と思いながらその後ろ姿を見送るとしかし、その足音は扉を出てた所ですぐに止まり、誰かと少し話した後また教室へと戻って来る。
そして、何故かその後ろにはジュリエッタが付いて来ていた。
その姿を見た教室はたちまちに騒然とし始める。
いきなり先生が皆の憧れである生徒会長を朝から一年生の教室に連れて来たからというだけではない。
なんとジュリエッタは自分達と同じ一年生の特待生クラスの緑のタイを着けているではないか!
「皆さん、静粛にお願いします」
ざわめき始めた教室を先生はパンパンと手を叩いて鎮めてから、ジュリエッタに前に出る様に勧めた。
教卓の前に出た彼女は、皆の好奇の視線をその身に一身に受けながらも、堂々と胸を張り、自己紹介を始める。
「今日からこのクラスで皆さんと一緒にお勉強させていただくジュリエッタです。よろしくお願いします」
和かにそう微笑むジュリエッタの口からはそれ以上の言葉は語られず、結局皆の疑問は解決しなかったが、彼女のカリスマ性とも言うべきオーラに当てられたクラスメイト達は、事情は分からないが尊敬する彼女とこれから毎日同じ教室で授業を受けられるという幸せの前ではそんな些細な事はどうでも良くなっていた。
ただ一人、リアーヌを除いては。
「ではジュリエッタさんも空いている席について下さい。一時間目は私が担当する魔法工学の基礎理論についての講座ですから、五分後までに準備して席に着いて待っている様に」
そういってイザベル先生はまた出ていった。
先生がそう言った以上は五分後には準備して戻ってくるはずであるため、リアーヌはもはや、他にも空いている席があるのに、リアーヌを見つけた途端にまっすぐこちらへやってきたジュリエッタの事しか気にならない。
「この席、空いてるかしら?」
ジュリエッタは優雅に微笑みながらリアーヌのアンヌとは反対側の席を指してそう尋ねた。
「ええ、どうぞ、ジュリ先輩」
リアーヌも拒む理由もないため、自らその席を引いてジュリエッタへ勧める。
ジュリエッタはリアーヌに一言お礼を言ってから、その席へと腰を下ろした。
「リアーヌ、貴女、生徒会長とお知り合いだっんですか?」
それまでポカンとしていたアンヌがリアーヌの耳元に口を寄せて、小声で尋ねてきた。
「知り合いといっても昨日会ったのは昨日が初めてよ。イザベル先生の所まで案内して下さったの」
「そうだったのですね・・・」
そこでアンヌは安堵の息を漏らした。
それを見て、ジュリエッタは微笑ましそうにアンヌに言う。
「大丈夫よ、あなたのお友達をとったりしないわ。私も今日からクラスメイトなのだし、仲良くしましょうね」
「は、はい、こちらこそ、よろしくお願いします、ジュリエッタ生徒会長!」
リアーヌはそのやりとりを見ながら、アンヌとも昨日知り合ったばかりである、と思ったが、わざわざ口に出したりはしなかった。
そんなやりとりをしていると、白衣を纏ったイザベル先生が教室に戻って来る。
教室に入ってすぐに出て行ったのは、これを取りに行っていたからであるらしい。
「それでは、魔道工学の基礎理論の授業を始めます」
リアーヌにとって、学園の一番始めの授業が始まった。
午前の授業が終わって昼休みの間、学園の生徒は各々自分が好きな場所で昼食を摂る事が出来る。
購買で買って中庭で食べる者もいれば、食堂で食べる者もいるが、リアーヌはあらかじめマリナにお弁当を頼んでいた為、実家のパンを持ってきているというアンヌと一緒に中庭へ向かう事にした。
2人が教室を出ると、ジュリエッタがさも当然のことである様についてくる。
ついてくる足音に、アンヌが後ろを気にしてちらちらとそちらを見ているが、なかなか声を掛けられずにいた為、リアーヌが尋ねる事にした。
「ジュリ先輩、何か御用ですか?」
そう言うとジュリエッタは少し頬を膨らませる。
「意地悪言わないでちょうだいよ、私、まだこのクラスに2人以外の知り合いがいないのよ」
ならばそう言えばいいものを、とリアーヌが嘆息してからアンヌに目配せすると、彼女はこくりと頷いた。
「先輩、もし良ければ、お昼を一緒に取りませんか?」
そう言うとジュリエッタは苦笑してから頷いた。
「お誘いありがとう。ご一緒させていただくわ」
三人はそれぞれの昼食を持って中庭への道を歩いて行く。
学園は王都の少しはずれにあるため、その大きさはそれなりの物であり、中庭もその大きさは戦時には王都の民が避難するための施設になるほどの面積を誇る。
「「わぁ!!」」
校舎を出てその中庭を見たリアーヌとアンヌは思わず歓声を上げた。
そんな二人を微笑ましそうに見つめながら、ジュリエッタは先を促す。
「こんなところにぼーっと立ってたら昼休みなんてすぐに終わっちゃうわよ?」
「あ、すいません。ジュリ先輩」
「は、はい、すいません、生徒会長」
アンヌもリアーヌに少し遅れて我に戻った。
王都は基本的に人口が多く、開けた場所が少ない為、広大な学園の中庭に思わず見入ってしまったのだ。
「アンヌも私のことはジュリって呼んでいいのよ?」
「では、・・・私もジュリ先輩と呼んでも?」
「ええ、よくってよ」
「ありがとうございます!」
「と言っても、もう先輩ではなくなってしまったのだけれどね・・・」
それを聞いてリアーヌは朝からずっと気になっていたことをジュリエッタに尋ねることにした。
「あの、先輩」
中庭の中央の方へ歩き始めていたジュリエッタは歩くのを止めずにリアーヌの方へ振り返る。
「何かしら、リアーヌ」
「なんで一年生になっちゃったんですか?先生がなんとか便宜を図ってくださるとおっしゃっていたのに・・・」
「ああ、私が断ったのよ」
「え!なんでですか!」
「なんでって・・・私は先生の授業を受けたくてリアーヌのクラスに入ったのよ?一年間と三年間、どちらでも良いのならできるだけ長く先生の授業を受けたいに決まってるじゃないの」
「・・・卒業するの、遅くなっちゃいますよ?」
リアーヌはそれが気がかりだった。
昨日知り合ったばかりの仲とはいえ、それなりに親しくなった相手ではあるし、それに生徒会長を任されているということは将来有望な生徒だったに違いない。
「そんなこと、別に気にしないわよ。急いで卒業する必要はないし、お父様だってきっとわかってくれるわ。だって、より多くを学ぶために学園に来たんですもの」
しかし、ジュリエッタはあっけらかんとそう言い放った。
「そうですか・・・、そうですね」
リアーヌとして生まれ変わる前は彼女もより良い職に就くために半ば義務感で勉強していたが、今では学習すること自体を目的とした勉強の価値もわかる。
リアーヌはジュリエッタの実家の事情は分からなかったが、ジュリエッタがそう言う以上は大丈夫なのだろう、と納得することにした。
「さあ、着いたわ!ここ、私のお気に入りの場所なのよ!」
リアーヌとアンヌがジュリエッタに案内されたのは中庭の中央にあるバラ園だった。
少しその中に入ると錠前のついた古い木の扉が現れ、どこからかジュリエッタがこれまた少し錆びついた鍵を取り出す。
「ここは私の前の生徒会長が教えてくださった場所でね、その人が卒業する時に私に鍵をくださったの」
ジュリエッタは錆びているせいか、なかなかあかない錠前と格闘しながら二人にそう話した。
「え!いいんですか?そんな場所に連れてきていただいて・・・私たちまだ知り合って少ししか経ってませんよ?」
「いいのよ。別に生徒会長専用の場所ってわけじゃないんだし、二人とはたぶん三年の付き合いになるでしょうしね・・・外れたわ」
ジュリエッタが錠前を外して扉をあける。
ぎぃ、と音を立てて開いた扉の向こうは案外広い空間がひらけていて、ベンチやテーブルまであった。
そこでふとリアーヌがテーブルに備えてある一人掛けの椅子に一人の少女を見つけた。
「あら、キアラじゃない」
ジュリエッタがそう言って近づいていくと少女の方も椅子から立ち上がってジュリエッタの方へつかつかと歩いて来た。
「あら、じゃないわよ!あんたなに私に黙って一年になってるのよ!生徒会室にも来ないし!」
「それで全然誘っても来なかったバラ園でわざわざ一度開けた鍵をかけ直して待ち伏せしてたってわけね」
「し、仕方ないじゃない!あんたの部屋ももぬけの空だし!一年生の教室に入っていって威圧するわけにもいかないし・・・避けられてるんじゃないかと思って・・・」
リアーヌとアンヌは見ず知らずの少女とジュリエッタのの会話に呆気に取られていたが、一足先に我に帰ったリアーヌはとりあえずジュリエッタに尋ねる事にした。
「あの、ジュリ先輩、その方は?」
「あら、ごめんなさい。紹介がまだだったわね、この子は・・・って、キアラ?」
ジュリエッタが少女の紹介をしようと振り向くと、少女はずいっ、とジュリエッタを通り越してリアーヌの方へ寄ってきて、顔を近づけてから少しリアーヌより低い目線から
「わたしは、ジュリエッタの相棒のキアラよ!いつ知り合ったかは知らないけど、あなたなんかよりも、ずぅーっと前からジュリエッタと知り合いなんだから!」
と、リアーヌを睨みつけながら言い放ってきた。
「は、はぁ」
リアーヌがどうしていいか分からず戸惑っていると、先程キアラに紹介を中断されたジュリエッタもこちらへ戻って来た。
「もう、キアラったら、そんなに詰め寄っちゃ可哀想でしょう、相手はまだ入学して2日目なのよ?」
「あの、ジュリ先輩、この方は?」
「ああ、この子は生徒会の副会長。私の右腕よ」
「副会長・・・」
副会長という事は言うまでもなくリアーヌの先輩である。
キアラは態度は大きいが身長がリアーヌよりも小さかった為、リアーヌはジュリエッタの知り合いの子が学園に入ってきてしまったのかと思っていたのだ。
しかしよく見るとキアラは制服を着ているし、赤色のタイを結んでいる。
「そうよ!わたしは副会長!偉いんだから!」
「し、失礼しました。副会長」
キアラはジュリエッタから右腕と言われて機嫌が良くなったのか、満面の笑みで胸を張っている。
その見た目が余りに幼かった為、リアーヌはアンヌがキアラの相手をしている内に小声でジュリエッタにそのことを尋ねることにした。
「あの、ジュリ先輩、キアラさんっていったいおいくつなんですか?」
「キアラの歳?・・・ああ、そういうことね」
学園は原則として入学試験に合格すれば歳がいくつでも入学できるが、リアーヌより幼い見た目のキアラはもしかすると自分より年下なのではないかと思ったのだ。
「彼女はあんな見た目だけど私と同い年よ」
しかし、ジュリエッタの回答はNOだった。
「だからちゃんと、年上に対する対応をしてあげてね?拗ねちゃうから」
「わかりました」
二人で顔を近づけて話していると、それに気づいたキアラが相手をしていたアンヌから離れてやってきた。
「ちょっと!話は終わってないわよ!ジュリエッタ!」
「何の話よ?」
「私はあなたの口からまだ事情を聴いてないっていってるの!」
「後で言うわよ」
「今言ってよ!」
「だってお昼休みが終わっちゃうじゃない」
そこまで聞いてリアーヌはあっ、と思わず声をあげた。
中庭の時計台はもうじき昼休みの終わりを告げる鐘を鳴らすことだろう。
「もう、キアラのせいでお昼ご飯取り損ねちゃったじゃないの」
「ご、ごめんなさい・・・」
「まあ、いいわ。お望み通り事情を説明するから放課後に生徒会室で待っていてちょうだい。・・・リアーヌとアンヌも、お昼を潰してしまってごめんなさいね。あなたたちも放課後に生徒会室にいらっしゃい。埋め合わせをするわ」
そういうとジュリエッタは先にバラ園から出て行ってしまった。
キアラも気まずそうにちらっと二人を見た後に、ごめんねとつぶやいて足早に出て行ってしまう。
二人残されたリアーヌとアンヌはしばらくポカンとしていたが、少しして鳴った鐘の音で我に返り、お互い顔を見合わせた後、午後の授業にでるために走って校舎まで戻る羽目になった。
学園編とでも言いましょうか、こんな感じでしばらく続きます。




