エピローグ ~御崎香奈編~
――1 風峰啓太だったときの記憶を失い、片瀬恭弥として、この物語を続ける。
あの日以来、香奈は力を失った。どうして香奈に力が宿ったのか、どうして急に力を失ったのか、今となっては、それを知る術はない。でも、香奈は長年の重みから解放され、俺たち二人の関係は、より良いものになっていった。
香奈との思い出は増えて、高校卒業の日、俺は勇気を出して香奈に告白した。香奈は涙を浮かべて頷き、俺はそんな香奈を力強く抱きしめた――――。
――あれから5年、十二月五日。
俺は夜の街を走り抜ける。時計を確認し、額の汗を拭う。歩道橋を駆け下り、目の前の私立病院に駆け込む。息を切らしながら受付を済ませ、早足で産婦人科のある病棟を目指す。「片瀬香奈」と書かれた病室の前にたどり着き、ばっ、と音を立てて扉を開ける。
――「香奈っ!!」
カーテンで仕切られた小さな個室。俺はカーテンを払いのけると、笑顔の香奈と目が合う。そして香奈の腕には、小さな生命が抱かれていた。
「……おかえり、恭弥」
「……ただいま」
俺はベッドに近づき、香奈を抱きしめる。ベッドに腰をおろし、眠っている赤ん坊の頭をなでると、小さな手が俺の指を掴んだ。
「……可愛いでしょ、女の子だよ」
「あぁ……本当に……。香奈……ありがとう」
もう一度香奈を抱きしめ、優しくキスをする。二人は微笑み合い、新たな生命の誕生を喜んだ。
時間は早々と過ぎていく。大変なこともあった。仕事や人間関係、悩みの種は未だに尽きることはない。でもそんな俺を、香奈は支えてくれた。一緒に悩んで、一緒に泣いて、一緒に笑ってくれた。そんな幸せが、俺を強くしていく――。
「ママぁ~」
ウサギのぬいぐるみを引きずりながら、リビングで料理をする香奈を呼ぶ声。香奈は水道の蛇口を閉め、愛娘に駆け寄る。
「舞衣、どうしたの?」
腰を低くし、舞衣の頭を撫でる。
「パパまだ帰って来ないの~?」
「そろそろ帰ってくるはずだけど……」
――「ただいまー」
玄関が開く音と共に、父の声が聞こえる。舞衣はあっと顔を明るくすると、パパ~と声を上げながら、ぱたぱたと音を立てて駆け出す。それに続いて、香奈も玄関へ向かう。恭弥は舞衣を抱き留めると、妻の方を向く。
「おかえりなさい、あなた」
「ただいま、香奈」
恭弥は妻に微笑むと、荷物を置いてキスをする。舞衣が「私も~」とおねだりし、はいはい、と娘の頬にもキスする。
「そうだ舞衣」
恭弥は鞄と一緒に置いた荷物の中から、少し大きめの袋を取り出し、舞衣に手渡す。
「誕生日おめでとう、舞衣」
舞衣は、ぱぁと笑顔になると、手慣れない動作で袋を開ける。そして、中に入っていたクマのぬいぐるみを取り出すと、わぁ~と口を大きくあけて喜びを露わにした。
「ありがとう、パパ!!」
ぬいぐるみを片手に抱き、父の胸に飛びつく舞衣。恭弥はそんな娘を、抱き留めると、そのまま抱き上げる。
「さぁ、二人とも、冷めちゃう前にご飯にしましょう。今日は御馳走なんだから~」
香奈はパンッと手を合わせ、ニコリと微笑む。そして、夫の腕に抱かれている娘の頬を、うりうりと両手で挟んでこね回すと、満面の笑みを作った。舞衣はわーいと手を上げ、えへへ~と笑う。恭弥はそんな二人を見つめながら、心が癒されていくのを感じる。
そして三人は、暖かい食事が並ぶ食卓へ向かっていった。
***
――俺は強くなる。
香奈を、家族を守る為に……。
まだまだ頼りない俺だけど……。
信じて欲しい、支えて欲しい。
これからまだまだ、大変なこともあるだろう。辛い時もあるだろう。
だけど、香奈とふたりでなら、きっと乗り越えられる……。
――だって俺たちは、家族だから……。
この物語は、これからも、ずっと、ずっと、続いて行く――――。