第四話 「はい、俺の親友は変態です。」
――キーンコーンカーンコーン。
校内に鐘の音が鳴り響き、廊下で話をしていた生徒たちがバラバラと教室に戻る。俺はそんな光景を、どこか懐かしく思いながら、先生に支持された二年三組の教室の前に立った。学級委員の号令と共に、生徒たちは怠そうに挨拶をする。そして、先生の話が始まり、俺、「片瀬恭弥」名が呼ばれた。
「今日から、この教室でお前らと勉学を共にすることになった、片瀬恭弥だ。片瀬、手短に自己紹介をしてくれ」
「あ、はい」
俺は一歩出て、クラスメイトの顔を確認する。お決まりの如く、御崎香奈は一番後ろの席に座っていた。しかし、暗い表情で俯き、俺と目を合わせようとしない。そして、驚いたことに、その隣には、眠そうに外を眺める、親友の遼の姿があった。
――ブーブー……。
ポケットの中で、携帯がバイブする。
……またか。
「――アリーナ、いるか?」
「はいはーい、ここデーす」
クルリと回って、アリーナが目の前に現れる。
「――今、メールが来たんだけど、選択肢って、携帯を開かないと駄目なのか?」
「いえ、心の中で、「オープン」と唱えれば自動的に展開されます」
しれっと言いやがった。まぁもうツッコミはしないが……。
「――オープン」
――ブオンッ……。
選択肢が表示され、周りの時間がピタリと止まる。
――1 普通に自己紹介する。
――2 自分が香奈と幼馴染であると暴露する。
――3 中二病的な脳内妄想を永遠と語り続ける。
「……これは1だろ」
「えぇー!!そんなのつまんないじゃないデすか~!!」
「五月蠅い、黙れ」
「どうせこれは攻略とは関係ない選択肢デすよ~」
「そんな訳あるかー!!2番とか確実に地雷だろ!!とにかく俺は空気を読む!!」
俺はそう言い放ち、一番を押そうとする。しかし、押す間際でピタリと止まり、携帯のメニュー画面を開く。そして、セーブを選択すると、決定キーを押した。
「よし、これでオッケー」
「なーにやってんデすか、マスター?」
「ん?あぁ、エロゲーっていうのは、どんな選択肢であろうと、選択の前に必ず新しいセーブデータを作るもんなんだよ」
「それなら3番辺りを!!」
「やらん!!」
目を輝かせながら、グイグイ近づいてくるアリーナを払いのけ、俺は選択肢の一番を選択した。
「ちぇーつまんないの~」
こいつは本当に俺をクリアに導くつもりがあるのだろうか……。
時間が進み始め、クラスメイト全員の視線が俺に注がれる。
「え、えーと……片瀬恭弥といいます。趣味はゲームとかとかです。よろしくお願いします」
うん、我ながら実にコミュ力のない自己紹介だ。俺は恥ずかしくなって、前髪をクルリと指で回す。クラスメイト達は、ぎこちなく拍手を送ると、近くの奴とひそひそと話を始めた。一番前のデブ「あいつ絶対コミ症だぜぇ~」とか、お前に言われたくないんだよ。しかし、俺は気付かない。遼だけが目を丸くして、俺を凝視していたことに……。
「じゃー片瀬の席は窓際の後ろから二番目の席だ、周りの奴ら、仲良してやれよ~。はい、これで朝のHRは終了~。」
女教師は適当に話を終わらせると、「解散解散~」と言いながら教室から出ていった。そして俺はこの教師を良く知っている。俺の前の担任で、自称「真紀ちゃん」。本名、樋宮真希絵。29歳独身、彼氏と別れるごとに教職を放棄する問題教師だ。とまぁ、ダメな大人の紹介はさておき、俺は後ろの席に座る遼の視線に耐えていた。
面倒な奴に目を付けられたな……。
「あの、俺に何か用ですか?」
俺は出来る限り爽やかに、そして当たり障りの無いように、遼の方を振り向く。
「お前……ケイタだろ」
ケイタだろ……ケイタだろ……ケイタだろ……ケイタだろ!?
「な、おま、ちょっと来い……!!」
俺は遼の首根っこを鷲掴みすると、引きずるようにして教室を後にする。そんな俺たちを、香奈は心配そうな眼差しで見つめていた。
屋上に出て、ガチャリと鍵を閉める。
「お前……さっきの、どういうことだ?」
「どういうって……あの自己紹介、お前が小学校の頃、転校してきた時言ったセリフのまんまだったじゃないか。周りの連中の反応も同じだったし……。それに、人前に出るときに出る癖、前髪をクルクル回すの、まだ治ってなかったんだな。…………ケイタ、なんだろ?」
俺にそんな癖があったとは……。
でもそれだけで、俺だと断定出来るものなのか?
「親友」だからなのか……?
その時、俺はふと考える。……こいつには、今の自分の置かれている状況を話してもいいのではないか、と。
遼は基本的には変態の部類だが、空気が読めて、口も固い。現に、俺がオタクだということを誰にも言わず、それを知って離れることもなく、俺と友達でいてくれた数少ない人間だ。ただ単に、人に言いふらすのが面倒臭かっただけなのかもしれんが……。でもやはり、こいつは信用できると思う。それに、何かの役に立ってくれるかも……。
俺はうんと頷き、重い口を開く。
「はぁー……あぁ、そうだよ。俺は風峰啓太、本人だ……」
「やっぱりなー……で、何で死んだ筈のお前が、人様の体で学校に来ているんだ?」
「長くなるけど、いいか……?」
「いいよ」
――俺は語り始める。
あの日の事故から始まった、数々の異常な出来事と、俺に与えられた使命を……。その間、遼は黙って俺の話を聞いてくれた。やっぱり、親友っていいものだなと、俺は改めて感じさせられた。遼……今まで、ぞんざいに扱ってごめんな……。
「とまぁ、こんな所だ」
「なるほど、つまりお前は…………童貞を捨てる為に生き返ったと」
前言撤回。やはりこいつは変態だ。
「おい、俺の話ちゃんと聞いてたか?」
「ん?御崎香奈とイチャイチャしてエッチするって話だろ?」
「ちげーよ……!!」
「でも、エロゲーってそういうもんなんじゃないのか?俺、やったことないから分かんねぇけど」
――――た、確かに……。
そ、そうだよな。改めて言われると、そう思えてくる。そう言えばアリーナも、「行けるとこまで行っちゃってください」とかいってたし……つもりこれは、「GO!!」ってことなのか!?
「そんな訳ないじゃないデすか。つか、死んでください」
目の前にアリーナが現れ、ジトッとした目で俺を睨み付ける。
「酷くね!?」
「これは全年齢対象の健全なライトノベルデす。官能小説じゃありマせん。死んでください。そして、死んでください」
「二回言った!?……じゃ、じゃあ行ける所って、どこまでなんだよ」
「うーん……「キス」くらいが妥当なんじゃないデすか?それ以上とかマスターのくせに生意気デす」
――こいつ、本音言いやがった……!!
「おい啓太、なに独り言いってんだよ?……はっ、もしかして、そこにいるのか?「アリーナ」とかいう美少女が!?」
遼は俺の前方を震える手で指さす。
「あ、口に出てたのか……?その、何だ、いるよ。目の前に……」
「マジか、可愛いい……のか?」
遼は生唾をごくりと飲み、間をあけて慎重にそういった。
「性格に難があるけどな……」
その時――ブー、ブー……。遼の方から、バイブレーションが聞こえる。遼はポケットからスマホを取り出し、電源を入れる。そして、そこに映る何かを見て、ピタリと動きを止めた。
「どうしたんだ、遼?」
「なあ……ケイタ」
遼はスマホを持った手を震わせ、画面を俺に見せる。そしてそれを見たとき、俺はゲッと短い声と共に、苦い顔をした。
「何故お前が、遼の携帯の中にいやがる」
「この人間が、マスターのお役に立つのか見定めようと思いマして……べ、別に可愛いって言わレて、嬉しかったとかじゃないんデすからね……本当デすからね!!」
画面の中で、頬を染めたアリーナがそっぽを向く。
何を言ってやがるんだ…………こいつ。
「ケ、ケイタ……この子がアリーナ、ちゃん……なのか?」
「そうだ」
「か、か、か、………可愛うぃぃぃぃぃぃぃス!!」
「そんな~可愛いなンて~それほどデも~ありマすけど~」
アリーナは画面内でテレテレと体をくねらせながら、髪を弄る。
そして俺はこのとき確信した。俺の周りには、バカしか集まらないということを……。
「遼、お前二次元とか興味なかったんじゃないのかよ」
「馬鹿野郎!!こうして動いて話してんだぞ!!リアル以外の何物でもないだろぉぉぉが!!」
……なんだこいつ、超キモいんだけど。遼ってこんな奴だっけ?作者、キャラの書き方間違ってないか?つか、お前に馬鹿呼ばわりされたくねぇよ!!
――ブー、ブー……。
ポケットの中で、携帯がバイブレーションで通知する。
「マスターどうやら新しい選択肢のようデすね」
アリーナが遼の携帯から出て、俺に通知を伝える。
「やっぱりこれ、選択肢だったのか?でも、なんでこのタイミングに……」
「とりあえず、内容を見て見マしょう」
「そ、そうだな……」
「おいおい、お二人さん、二人だけの世界に入りこんじゃーいけねぇぜ。……どこだーい、アリーナちゅあ~ん、俺ともっとお話しよーよ~」
暴走中の遼が、何を思ったのか、俺の方にダイブしてくる。どうやら、こちらにアリーナがいると勝手に思い込んでいるらしい。ついでに、アリーナは真逆の方に退避している。どうやらアリーナも、遼の変態さを察したらしく、汚物を見る目で遼を見据えていた。
「――オープン」
心の中でそう呟くと、周囲の時間が止まり、遼の動きが止まった。そして、目の前に選択肢が浮き出る。
今度は一体どんな選択肢が……
――1 遼のダイブを華麗にかわし、手刀で黙らせ本題に入る。
――2 とりあえず遼がウザったくなってきたので、目つぶしで黙らせ本題に入る。
――3 飛び込んでくる汚物にラリアットを食らわせ、黙らせてから本題に入る。
――4 いっそのこと、ウザったいから屋上から突き落とす。
……すげーな、遼。お前のウザさは、寛容な神までも苛立たせたぞ…………。
可愛そうになったので、3番で許してやろう。
時間が進み出し、遼が両手を広げてこちらに走ってくる。その隙だらけの顔面に、俺は容赦なく右腕を叩きつけてやった。
ドスッ――グベチッ…………。
「とりあえず話を戻すぞ。俺は生き返る為に、御崎香奈を口説き落さなければならない。それに協力しろ」
「協力……ね。それで、俺にどうしろと?つか、今俺に手伝えることがあるのか?」
血が滴れる鼻穴を指でつまみながら、真剣な眼差しで遼は答える。
た、たしかに……。
このゲームは、エロゲーを忠実に再現している。セーブもロードを使えて、尚且つ記憶という情報もある。タイムリムイットにならない限り、ゲームオーバーになることはない。つまり、今遼に俺が頼むことは何もないのだ。
「た、たしかに、今はないけど……そのうち何かのイベントが発生したときは……」
「なぁ、啓太……お前は御崎のこと、どう思ってんの?」
「……え?」
「お前の話は分かった。御崎を口説かないと、お前が死ぬってことも……でもこれは、お前が大好きな二次元じゃない、リアルなんだ。お前の話からは、それが伝わってこない。ゲームがどうとか、イベントがどうとか、そんなことばかり……この状況をゲームの様に考えているのは、啓太、お前自身なんじゃないのか?相手のことを見ようともしないで、その相手を落とすとか……無理なんじゃねぇの?」
遼の言葉が、胸に突き刺さる。
分かっていたことだった。今の俺は片瀬恭弥、記憶も受け継いだし、彼女への思いも知っている。だけどそれは、恭弥のものであって俺のものじゃない。そう割り切って、俺は彼女を、御崎香奈という少女を知ろうとしていなかった。選択肢を間違えさえしなければ、このゲームは終わる。そんな事ばかりを考えて、恋愛というものの本質を、見ようとしていなかった。ゲームばかりをやっていた所為で、人に興味を持つということを、無意識に避けていたんだ……。
「そんなの……分かってるよ……でも、この気持ちは俺のモノじゃないんだ……でも、だからこそ分かんねぇんだよ!!どう向き合えばいいのか……本当、分かんねぇんだよ……」
啓太は俯き声を張り、ぐっと強く拳を握る。
そんな啓太の肩に、遼は手を置いた。
「十分分かってんじゃねーか、馬鹿野郎……。
ゲームがどうとか、選択肢がどうとか、記憶がどうとか、そんなの関係ない。お前は、片瀬恭弥である前に、「風峰啓太」なんだから……。お前の中にある、お前自身を大事にしろ。そして、お前自身の目で、御崎香奈という女性を見極めろ。それに恭弥と啓太、二つの人格を持っているからこそ出来ることが、あるんじゃないのか?」
その言葉は、俺の中に染み渡った。
もやもやとした霧が晴れていくように、俺は吹っ切れることが出来た。
俺にしか出来ないこと……恭弥の記憶、思いを受け継いだ俺にこそ出来ること……具体的にはまだ分からない。でも俺は、風峰啓太として、御崎香奈という女子と向き合って行こう。
俺は顔を上げ、遼にニッと笑顔を向ける。
「サンキューな、遼。お前のお蔭で何か掴めたよ」
「そうか。それで、これからどうするんだ?」
「……香奈と話してみるよ。そこで、お前に改めて頼みたいことがある」
――2 授業をサボる。
――1 教室に戻る。←
俺たちは教室に戻った。そして、授業などお構いなしに爆睡。転校初日でこれもどうかとは思うが、気にしないことにしよう。時間は一瞬で過ぎ去り、放課後。俺は立ち上がり、御崎の席の前に立つ。
「……香奈、ちょっといいか?」
「きょ、きょうや……どうしたの……?」
朝のことを気にしているのか、香奈は顔を上げるや、直ぐに目を逸らしてしまう。そんな香奈に、何所か罪悪感の様なものを感じていると、ポケットの中の携帯が振動した。
――「オープン」
――1 「お前と一緒に、行きたい所がある」
――2 「ごめん、やっぱり何でもない」
「お前と一緒に、行きたい所がある」
俺は一番のセリフを口にする。そして、この選択肢が来ることは、何となく予想していた。香奈と一緒に行きたい場所。香奈との今を修復出来る場所。そんなものは、一つしかない。
「行きたい所……?」
「あぁ、一緒に来てくれないか?」
誰も居なくなった教室で、俺の言葉が反響する。香奈はそれに直ぐ答えることはせず、しばらく、何も言わずに黙ったままだった。駄目なのか……ふと、そんなことを考え始めたとき、香奈はコクリと小さく頷いた。
「……いいよ。私も、恭弥に相談したいこと……あったから」
彼女の目は、何かを決意した様で、恭弥と話すときいつも見た、迷いのようなものは無くなっていた。そして、そんな彼女が最後に見せた微笑みは、昔、恭弥に向けられていた、あの、優しく暖かいものだった。
――1 家に行く。
――2 公園に行く。←
太陽は大きく西に傾き、公園を茜色に染め上げる。近所の子供たちは、友達に別れを告げ、帰宅していく。恭弥と香奈は、そんな光景をどこか懐かしげに眺めながら、公園を歩き、ブランコの前で止まった。
「懐かしいね、このブランコ。ここで出会ったんだよね、私達。恭弥、あの頃のこと、覚えてる?」
香奈はブランコの座る場所を優しく撫でる。
「あぁ、忘れる訳ない」
「……うん。私もよく覚えてる」
香奈はブランコに腰を下ろすと、小さく一漕ぎする。
――1 今朝の事を謝る。←
――2 昔の事を話す。
「……あのさ、香奈。今朝の事なんだけど……ごめん!!」
俺は腰を折って香奈に謝罪する。携帯のバイブレーションはどうしたとか、時間の停止はどうしたとかいう野暮な追求はしないで欲しい。
「……なんで恭弥が謝るの?悪いのは、全部私なのに……」
ピタリと止まり、香奈は俯き気味にそういった。
「いや、俺が悪いんだ……俺があんなに香奈に迫ったから……」
「違う……!!」
大きな声は公園に響き渡り、鳥たちが羽ばたく。静まり返った公園で、俺は茫然と立ち尽くす。香奈の言葉の真意が理解できなかったからだ。
「違うって……じゃぁなんで、あのとき――」
その瞬間、目の前の視界がグルリと一回転する。訳が分からず困惑。そして、気付いた時には仰向けになって俺は倒れていた。
――一体、何が……。
混乱しながら立ち上がろうとするが、腰に激痛が走り、力が入らない。寝そべったまま、香奈の方を振り向くと、そこには、ワナワナと震えて、膝をつく彼女がいた。
「私……また……」
俺は痛む腰を押さえ、ふらふらとブランコの柵に捕まって立ち上がる。
「香奈……何があったんだ?」
「……」
香奈は俺の呼び掛けには答えず、ただ黙って、震える腕を抱えていた。そして、一度頷くと、重い口を開く。
「恭弥……聞いて欲しいことがあるの……」
――そうして彼女は語り始める。
5年前のあの日から、彼女が抱えている問題を……。
五年前、私には好きな男の子がいた。いつも一人でブランコで遊んでいる彼は、人を寄せ付けようとはしない。だけど、私は勇気を出して彼にアプローチした。その頃の私はまだ幼く、自分の気持ちに全く気付いていなかったんだと思う。でも、あれは確かに私の初恋で、たぶん、一目惚れだったのだろう。彼との距離は、少しずつ縮まっていき、私の彼への想いはどんどん強くなっていった。
――でも、そんな幸せは長くは続かない……。
その日私は、お父さんが買ってくれたゴム製の野球ボールを、壁に投げて遊んでいた。彼は今日もここに来るのかな?このボールで一緒に遊びたいな~、なんて考えて、内心ワクワクしながら黙々とボールを投げる私。そんな時、彼らは私の前に現れた。金や茶に髪を染め上げ、公園のベンチで煙草を吸う高校生くらいの男達。彼らは近くに転がっていた硬式の野球ボールを拾い上げると、馬鹿笑いをしながらキャッチボールを始める。私はだんだん怖くなって、その場を立ち去ろうとした。その時、男の一人がボールを取り損ない、私の前にボールが転がってくる。
「おーい、そこのボール取ってくれ」
金髪の男が、ボールを指さして私に言葉を投げかける。その声に、ビクリと肩を震わせ、わなわなとボールを拾い上げる。そして、ビクつきながら手に持ったボールを勢いよく男に投げ返そうとした。しかし、ボールは明後日の方向に飛んでいき、茶髪の男の頭に落下する。ガツンと鈍い音がなり、男の額からタラタラと血液が流れ出る。茶髪の男は額に血管を浮き上がらせると、私の方に歩いてきた。
「おい、てめぇ誰にボール当ててんだ?」
男達が集まり、私を取り囲む、私は恐怖でガタガタと震え、声も出せない。そんな時だ、彼はヒーローの様に私の前に現れた。
「――香奈っ!!」
「恭弥……!!」
「俺がこいつらを引き付ける、香奈は逃げて、大人の人を呼んできてくれ」
そう言って、男達に向かって走っていく彼の背中に手を伸ばすが、届かない。そして私は、彼に背を向けて、この場から逃げ出した……。
彼が救出されたのは、それから一時間後。彼の怪我は酷く、入院を余儀なくされた。
私はいつも、彼の入院する病院を遠くから見つめる。しかし、彼の病室に行くことは出来なかった。合わせる顔がなかったから……いや、嫌われるのが、嫌だったんだと思う……。私は結局、一度も彼の病室に行くことが出来なかった。
そして、彼の退院の日がやって来る。決意を固めた私は、病室の前まで足を踏み入れた、そして、彼と彼の両親の話を聞いてしまったのだ。内容は、彼が転校するという話……。
その後も、彼が学校に来ることはなく、転校の日は、刻一刻と迫る。私は、どうすることも出来ず、ただ一人、自室に籠って泣いていた。
そして彼の引っ越しの日、私はいつも彼と遊んでいた公園で、一人ブランコに座る。ここに居れば、彼に会えると思ったからだ。
遠くに人影が見える。一目で彼だと分かった。やっと彼と話が出来る。……そう思った。
でもそのとき、私の体に変化が起こった。
――バチンッ……ドスンッ
「……え?」
体が傾き、地面に転がる。手には、破損したブランコの鎖が握られていた。困惑と共に後ずさり、ブランコを囲む柵に体重を預ける。……しかし。
――バキッ!!
柵がまるでマッチ棒の様に簡単に砕け散る。そして否応なしに理解させられた。自分の異常な力を……。
人影は次第に大きくなる。
でも私は、今の自分の姿を見られたくなくて……その場から逃げた。
そう、私はまた、彼に背を向けたのだ……。
――そして、彼はこの街を去った。
あれから5年。
私のこの異常な力は、失われていない。それでも、これまで私が普通の生活を送れたのは、この力に発動条件があったからだ。
この力の発動条件、それは……過度な異性との接近。
5年前のトラウマの所為なのかは分からない。でも、異性に近づき過ぎると、否応なしにこの力は発動し、無差別に周囲の物を破壊する。そして、彼がこの街に戻った今、この力の暴走はその効力を高め、私は、男性と話をすることすら出来なくなっていた。
彼女の話を聞き、俺は今までの彼女の異常な行動に納得がいった。初めて会った時のことも、今まで一度も恭弥に話しかけて来なかったことも、全てはその力の所為だったのだ。
異性に近づかれると力が強くなってしまう……か。
恋愛シュミレーションゲームのヒロインは、皆何かの問題を抱えている。それは現実的なものばかりではなく、このような超常現象的な物が多い。まさかここまでとは……と、神が下したこのゲームに内心驚くも、遼との会話を思い出し、考えを改める。実際問題、それらの超常現象的力は、ゲームだから許されている所が多い。周囲の物を無差別に破壊してしまう。その力は、現実ではかなり危険なものだ。人を傷つけることもあるだろうし、大きな事故や事件に繋がることもあるだろう。そんな不安の中で、彼女はこの5年間もの時間を過ごしてきたのだ。そう思ったとき、俺は素直に彼女を助けたいと思った。
「香奈、大丈夫だよ。一緒に解決方法を考えよう」
「駄目だよ!!私、恭弥のこと傷つけちゃう!!」
「大丈夫だ!!……俺は大丈夫だから……香奈の役に、立ちたいんだ」
「恭弥……恭弥ぁ!!」
ぎゅっと香奈が俺に抱き付く。
――バキッ。
肋骨が、凄まじい悲鳴を上げる。
…………うん。まぁこうなるかなって分かってたけどさ。
そして俺の意識は、闇へ誘われた……。
――ゲームデータをセーブします。
――Now Loading…………。
――Now Loading……。
――セーブが完了しました。
***
「――ホントにいいマスターデした……あなたのことは決して忘れマせん…………」
「いや、死んでねぇよ!?」