第一話 どうやら俺は死んだらしい。
――ドシャンッ!!
物凄い騒音と共に、体が宙を舞う。
地面に叩き付けられ、腕、足、肋骨や脊髄などがバキボキと音を立てて砕ける。
血が飛び散り、意識もハッキリしない。
――死ぬのかな……。
***
クリスマスが近い12月、俺は学校帰りによく行くゲーセンに向かっていた。
コートのポケットに手を突っ込みながら、はーと白い息を吐く。
「雪でも降るんじゃないか……これ」
嫌になる寒気に愚痴をこぼしながら、財布の中身を確認する。
――よし、まだ今月は生きていける。
俺のマイブームは、1プレイ50円の「鉄脚」。そして、今日もタイガーで幻の15コンボを相手にお見舞いしてやるぜ!!と息巻いていた時のことだ。俺は、ゲーセン前の交差点で本を読みながら信号を待つ少女を見つけた。
――雪本愛唯。
ウチの学校で、五本の指に入る美少女だ。
クールで謎を帯びたその雰囲気に、異常な性癖を持つ学校の男共は、自分が「蹴られ」、「踏まれ」、「罵られる」姿を想像しながら鼻息を荒立てる。勿論俺にそんな趣味はない。
確かに美人だし、学級委員なんかもやっていて社交的、美少女と呼ぶに相応しいのは確かだ。
「まぁ俺の好みじゃないけどな……」
何しろ俺は、「二次元美少女」にしか興味ない変態なのだから、はっはっは!!
げふん、げふん……少し自重しよう。
今の発言で、皆様も俺がどんな人間かお分かりいただけたと思う。
そう、俺はオタクと呼ばれる人種である。
巫女に、メイドに、メガネっ娘……などなど。全てのジャンルを網羅した俺は、オタクという概念そのものと言っても過言ではないだろう。※過言です。
しかし、オタクと言うのはなかなか分かってもらえないものだ。
周りの奴も、ドラマや映画の話はしても、アニメやゲームの話は話題にも上げようとしない。だからといって、臭いデブとか、キモイ眼鏡とかの、所謂「オタク系男子」とは一緒に居たくない。だから学校では、ノーマルな自分を演出しているのだ。
全く、どうして俺の周りはエロゲーの良さが分からん奴ばかりなんだ……。
心の中で愚痴をこぼしていると、後ろの方から誰かが走ってくるのに気が付く。
「おーい、啓太~。」
聞き覚えのある声が聞こえるが、限界まで無視しよう。
「おーい?おーい!たくっ、先行くなんてひでぇーじゃんかよぉ」
「ん?あぁー。ワリーワリー」
面倒だが説明しよう。この茶髪でいかにもチャラそうな男の名は、霧夜 遼。
幼馴染みの腐れ縁で、一応親友だ。
そしてコイツだけが、俺がオタクであることを知っている。
「おっ、あれ雪本愛唯じゃん!!声かけろよケイタ、つか、俺が声かけよっかな~」
遼は雪本を見るや目を輝かせ、俺の肩をバシバシと叩く。
イテェからやめろ!!
「やめとけ、やめとけ。あと俺は二次元美少女にしか興味ねぇよ」
俺がそう吐き捨てると、遼は「はぁー」と大きく溜め気をつく。
「全くお前は……顔は悪くないのに、どうしてそう残念なんだ。彼女とか、欲しくないわけ?」
「別に、欲しくない訳じゃないけど……今はそういうのいいんだよ、面倒くさいし」
俺はそう吐き捨てると、向こう側の横断歩道で立ち止まっている少女に目を向ける。
さっきから、何をそんなに真剣に読んでいるんだろう?小説……かな?
まぁどうでもいいか。
信号が変わり、止まっていた人々が動き始める。俺は目の前のゲーセンに足を向け、雪本も周囲の動きに合わせ、本を読んだまま歩く。
そしてすれ違う。
まったく、本なんか読んで歩いてると、車に引かれるぞ。俺がそんな事を思った時だった。視界の右端が、猛スピードで走るトラックを捉える。
――何だ?信号赤だぞ?なんで止まらな――――危ない!!
体が勝手に動く。まるでスローモーションのように、辺りの時間がゆっくりと経過する感覚を味わう。限界まで手を伸ばし、雪本の背中を押す。彼女は歩道に倒れこみ、代わりに俺が、猛スピードで走るトラックの前に立ち尽くす形になった。
――あぁ……死んだな……俺。
「ドシャァァン!!!!」
衝撃音が響き、人の騒めく音が籠った様に鼓膜を揺らす。
「啓太ぁぁ!!」
「――きゃぁぁぁ!!」
遼が俺の名を叫ぶ。同時に、近くにいた女性が悲鳴を上げる。交差点付近がパニックになり、ギャラリーが増えていく。そんな中、押し寄せる大衆の波を避けながら、こちらに歩いてくる一人の少女がいた。そして彼女は、俺の体の前で仁王立ちし、こう言い放つのだ。
――「……これで三十回目……どうしてあなたは…………」
……雪本……愛唯……?
今……なんて……
………ダメだ意識が……―――― ――― ―― ―
――バッ!!
「はぁはぁ」と息を荒立てて起き上がる。
なんだ今のは……夢?
「はぁー……なんだよ……驚かせやがって……ん?」
右手に違和感を感じる。右手は何かを「ぎゅっ」と握りしめ、離さない。
「これは……携帯?でも、俺のじゃない……誰のだ、これ?」
色んな角度から握っている携帯を見ながら、疑問符を浮かべる。
やっぱり俺のじゃない。
銀色のボディに、表面にはアンティーク時計のようなデザインが施されている。
見たことないデザインだけど、本物か?ちゃんと使えるのか?
――「メールが届いたよ!メールが届いたよ!」
「うわっ!」
いきなりのバイブレーションと着信音に驚き、携帯を落とす。
「な、なんだよ……。メールか……はぁ、持ち主かもしんないし、一応見てみるか……」
人の携帯を開くことに、少しばかり抵抗を感じながら、ゆっくりと携帯を開く。
うっわ、なんだこれ。
携帯の待ち受け画面を見て、俺は少し引いてしまった……。
布の殆ど無い服を着た二次元美少女が、「未読メールが一件あるよ」と言っている。
待ちキャラ、とかいう奴だろうか?
「このケータイの持ち主、絶対キモいデブヲタだろ。……折って捨ててやろうか……」
項垂れるようにディスプレイに映る少女を見つめ、少し可愛いかもと思っ てしまった自分を嫌悪しながら、未読メールを開く。
件名:神です。
――風峰 啓太さん。あなたは今日、トラックに撥ねられ死亡しました。
――貴方には選択肢があります。
――このまま時を待って完全な死を迎えるか。
――ゲームに参加して、この世界で蘇生するか。
――前者を選ぶ場合は、NOを後者を選ぶ場合はYESと打って送信してください。
――なお、携帯を破損・紛失させた場合、自動的に前者が選択されます。
文章はここで終わっていた。
……神?
「別けわかんねぇ、俺がもう死んでいるだって?はっ、バッカじゃねぇの」
携帯をポイッと床に放り投げ、ベッドに飛び込む。
「気味悪い悪戯しやがって。あぁーなんか疲れた……。寝よ……」
どっと疲れが押し寄せてきて、俺はゆっくりと瞼を閉じる。
そして、夢の世界に入っていった。
***
「チュンチュン」
「ん、んん~……」
鳥の声と、照り付ける朝日で目が覚める。
朝、か……。
俺は起き上がって一度伸びをするとベッドから降りる。そして、足元に落ちている銀色の携帯に気が付く。
「これは、夢じゃねぇんだな……まぁいいけど」
自室を出て、ボリボリと腹を掻きながら階段を降りてリビングに向かう。
「おはよー」
リビングの扉をあけ、両親に挨拶をする。
「………」
返事がない。
母は洗い物を、父は新聞を広げていて、俺の方を見ようともしない。
あれ?聞こえなかったかな?
まいっか……?
ん?
俺の分の朝食がない。
「母さん、俺の朝飯は?」
「……」
「なあ、なぁって、聞いてる?」
おかしい、絶対おかしい、なんで無視するんだ?
それじゃまるで、本当に聞こえてないみたいじゃないか……。
――貴方は今日、トラックに撥ねられ死亡しました。
そんな馬鹿な!!
「父さん!!母さん!!なんで、無視すんだよ!!なぁって!!」
ピタッ、母が手を止め、俯き、肩を震わせる。
やっと声が届いたのか、と一瞬思ったのもつかの間、母親はわなわなと震えだし涙を溢す。
「あなた……どうして、どうしてあの子が……」
「そうだな……そうだな……くっ……」
父は母の所に行くと、母の肩を抱いて自分も涙を堪える。
「昨 日、東京新宿区路上でトラックのひき逃げ事件があり、男子高校生が1人死亡しました。亡くなったのは風峰啓太君(15歳)で、友人と近くのゲームセンターに向かう途中、事件に巻き込まれた模様です。犯人は未だ逃走中、警察は薬物の可能性もあるとして犯人を追って……」
なんだよ……これ。
訳わかんねぇ。
訳わかんねぇ。
訳わかんねぇよ!!
なんなんだよ……くそっ。
俺は両親に背を向け走り出す。
……嘘だ。
嘘だ……嘘だ、嘘だ、嘘だ!!
だってそうだろ?
俺が本当に死んだんなら……今の俺はいったい……なんなんだよ……。
自室のドアを開き、床に落ちている携帯を拾い上げる。
そして、開いた。
――「未読メールが34件あるよ」
ゾワッ。
背筋に寒気を感じながら、恐る恐る未読メールを開く。
―― 選択して下さい
―― 選択して下さい
―― 選択して下さい
・
・
・
―― 貴方は死にました。
―― ‐最終忠告‐ 選択シテ下さい
「なんなんだ、なんなんだよ!!クソッ!!」
俺は携帯を握った手を振り上げる。
――携帯を破損・紛失した場合、自動的に前者が選択されます。
昨日のメールの内容を思い出し、今すぐこの手に握った銀色の携帯を、地面に叩きつけて踏み潰してやりたい激情を抑える。
「……くそっ。こんなの、強制じゃねぇか……。」
力を抜いて、携帯のディスプレイを見つめる。
「……やってやる。そして、絶対生き返える!!」
――YES……送信中…………。
――こうして俺、風峰啓太の非日常が幕を上げた。