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さよなら、おじいちゃん

作者: 水無月真琴
掲載日:2007/09/18

登場人物は彼女だけで台詞はありません。苦手な人は注意してください。

 おじいちゃんはよく戦争の話をした。

 戦争の話をするときのおじいちゃんの顔は、いつも懐かしそうで、楽しかった青春そのもので、それは修学旅行で行った長崎の被爆者の人の顔とはあまりにも違っていた。

 原爆の光を見たという彼女は話をするときにしかめっ面をしていて、いつもこんな顔をしていたら疲れてしまうだろうな、という気分になった。彼女はこんな悲劇を二度と繰り返さないためにも、私のような若者に地獄でしかなかったときの情景を伝えて、自分の体験が風化しないようにと願っていた。 


 たぶん、何度も話しているのだろう。

 被爆体験を語る彼女の口調はとてもなめらかで、話を聞けば聞くほど私が想像していた被爆者のイメージとの落差は広がっていった。

 衝撃で歪んで止まってしまった時計、影だけになってしまった人間、熱でねじれ原形をとどめていないガラス瓶、熱線で溶けてしまった皮膚、信じられないほどの犠牲者、写真や映像に残された本当に酷い光景。

 でもそれらのものに何かの解説を付けるのは間違っている。

 現実の世界とは隔絶したような光景が本当に実在したということがすでに証明されているのに、証明をさらに解説で補強する必要はないのだ。小説家が自分の作品を解説するくらい愚かなことだと思う。

 写真や映像は酷い世界を想像するには役立つけど、解説はイメージを固定化してしまうから。


 修学旅行なんかで来るべきじゃなかった。

 ひとりで誰の解説も聞かず、写真と現代の長崎との情景の違いに衝撃を受けてみたかった。

 きっとその方が戦争の酷さを実感出来ただろうし、戦争のない世界というものを本気で願っていただろう。

 私の想像力は彼女の饒舌さに萎えてしまった。


 なのに彼女は、どんな感想を抱いたかと聞くこともなく、さも戦争は二度と起こしてはいけないと思いました的な感想以外があり得ないと思い込んでいるようだった。

 私はそれが腹立たしさを通り越して、彼女が可哀相に思えてならなかった。きっと自分が体験したことを伝えるだけで同情でなく共感が広がると思っているのだ。

 でも同情はできても被爆していない私は共感することなんてできやしない。私に出来るのは痛みを想像するくらいだ。


 おじいちゃんは戦争はひどいと何度も言ったけれど、悲惨だから二度としてはいけない、とは言わなかった。

 世間でよく問題になっていた慰安婦も使っていたらしい。

 戦場へ行くときなんか、これが最期になるかもしれないと思って、精一杯楽しんで、死ぬ気で遊んで、もう思い残す事はないという状態に自分を追い込むつもりで遊んだ。明日死ぬかもしれないと思って遊びのは思いのほか楽しくて、日本に戻る船のなかでもうそれが出来ないと確信して泣いた、とも言った。その時のおじいちゃんの顔は照れ笑いなんかじゃなく、本当に笑っていた。


 おじいちゃんは、あの時のことはもう過去になってしまったからこんなに話せるんだよ、今はサキがいるから戻りたいとは思わない、それに戻るには年をとりすぎた、そう言ったおじいちゃんは心底嬉しそうだった。


 たぶん、おじいちゃんは少しだけ戻りたいと思っていたのだろうと今では思う。

 でもそれは戦争になればいいというわけじゃなくて、若くて今より知らないことが多くて、今より少しだけムチャができたあの頃に戻りたいだけだったんだろう。

 私以外の誰にも戦争のことを話さなかったけど、私の質問にはいつもよどみなく、隠すことなく、答えてくれた。私が関心を持っていることが嬉しかったんだ、きっと。戦争でなく、おじいちゃんが体験した戦場と、おじいちゃんそのものへの好奇心が、とてもとても嬉しかったんだと思う。


 戦後に色んな事実を知ったはずのおじいちゃんの語る戦争体験はぜんぜん悲惨さを強調してなかった。

 被爆者や学者がえらそうに実体験を語る態度とは違う、もっと思想もなにもなくてあの時感じていたことを喋る本当の体験談。今では映画や小説の世界にしかなくなった冒険みたいでカッコいい話。

 でも何も美化されてなくて、人が簡単に死んでゆく、そんな世界を話せるおじいちゃん、戦争は二度としてはいけないと絶対に言わなかったおじいちゃん、自分が体験したことが戦争の全てだとは絶対に言わなかったおじいちゃん。

 そんな祖父を私は尊敬する。



数年前に起きた実際の騒動に触発されて書きました。衝動書きしたので、この後のサキの物語は考えてません。


駄文を読んでくださった方に感謝。

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