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第八話:発掘師協会

 遥の実家で迎えたはじめての朝。

 と、言ってしまえば、昨晩はなにやらエロくてハッピーなイベントでも起こったのかと、勘ぐる御仁も多いかもしれない。

 が、しかし、そんなことはあろうはずがなかった。

 実際にチュンチュンとスズメの声が聞こえているのに、一ミリたりともそんなエロ嬉しい出来事は起こっていない。

 実に残念なことだが、とりあえず俺はふとんをたたみ、窓から外の様子をうかがうことにした。


 窓を開けると、外の新鮮な空気が流れ込んでくる。

 しかし、季節はもうすぐ晩秋だ。

 吹きすさぶ寒風とまではいかないが、身を切るような冷たい風に、ブルリと体が縮み上がった。

 そんな寒さにも負けず、伸びをして通りを見下ろせば、そこにはすでに人が行き交い、朝のにぎわいを見せはじめている。


「空! 朝ごはんよ」


 下の方から遥の呼ぶ声が聞こえてきた。

 ふすま越しでもよく通る元気な声だ。

 エロいことをしているときには、どんな声になるんだろう?

 つい、そんな不埒なことを考えてしまうあたり、俺も相当に溜まっているのかもしれない。


 そんな考えを心の奥にしまいこみ、居間に下りてみると、こたつには朝食が並べられ、ヒカル爺夫婦とその親の源一郎爺さん夫婦と遥、それに、まだ眠そうな幸一君が座っていた。

 そのほかの面々はすでに働きだしているらしい。

 というか、店にはすでに客が入っているそうだ。


「空よ、今日はこれからどうするつもりじゃ?」


 いつもはお前さんとか小僧とか俺のことを呼ぶヒカル爺が、めずらしく名前で呼んできた。

 親の手前だからだろうか、それとも俺に気を使ってくれたのだろうか、いや、こういうときは何か裏があるに違いない。


「干物を売って身のまわりのものを揃えようかと」

「その干物なんじゃが、幸作の奴が買い取りたいと言っておったぞ。話を聞いてやってくれんか」

「そうなんですか?」

「ああ、ワシは猟師じゃからよう分からんが、けっこう出来がいいと言っておったわ。一枚七十円じゃが――」


 ヒカル爺の頼みごとではなかったが、息子の幸作さんからの依頼だった。

 しかし、干物の状態とか、相場とかよく分からない俺にとって、買い取ってくれるというその申し出は、非常にありがたいことだ。

 プロ相手に交渉するなど、俺にはできそうにない。

 せいぜい買いたたかれて、損していたことだろう。

 まあ、ある程度の金が入れば、それでもいいとも思っていたが。

 そういうわけで、俺はその申し出をありがたく受けることにした。


 干物を金に換えに行くという予定がなくなった俺は、客足が落ち着く時間まで待って、幸作さんに干物を引き渡した。

 干物の数は五百を少し超えていたが、きりがいい三万五千円で買い取ってもらうことにした。

 俺が生まれた二十一世紀の価値で、約三十五万円という大金だ。

 その金を使って、その日の午後に身のまわりのものを揃えた俺は、翌朝、発掘師協会に行ってみようと遥に声をかける。


「発掘師協会に行きたいんだけど」

「行っても無駄よ」

「ホワイ? どうして? なぜ無駄なんだ?」


 遥にそっけなく無駄と言われ、このときなぜか、俺はいらだちを隠せなかった。

 それは、期待を裏切られたと勘違いしてしまったからかもしれない。

 俺のいらだちを口調と表情から読み取ったのだろう、彼女は少し慌てるように補足してきた。


「ゴメンゴメン、言いかたが悪かったわ。発掘師になるには試験を受けなければいけないの。その試験は春と秋に実施されるわ。今年の試験はもう終わってるから、来年の春まで待たないと試験は受けられないの」

「なるほど分かったよ。俺の方こそ変な聞き方してごめん」

「謝らなくていいわ。説明が足りなかったのはわたしのせいだし」

「でも試験を受けるにしても、説明ぐらいは聞いておきたいかな」

「わざわざ協会まで行かなくても、わたしが教えてあげるわ。勉強用の資料も持ってるし。こう見えてもわたし、発掘師の免許持ってるのよ」


 遥が発掘師だったことは驚いたが、それはさておき。

 彼女の説明によると、試験は年二回、三月と九月にあって、今は十月の下旬だから次の試験は三月までまたないといけないらしい。

 その試験では、おもに妖魔に対する知識や法令関係を問われ、発掘したお宝の取り扱いや税金、立ち入っていい場所や立ち入り禁止区域、妖魔への対処法などを勉強しておく必要があるそうだ。


 また受験勉強か…… と、すこし嫌な気分になったが、そこは我慢するしかないだろう。

 妖魔とか法律とかまったく知らない俺が、かりに今受験したとしても、受からないことが明白だったからだ。

 彼女が発掘師だったなら、わざわざ協会まで行く必要はないな、と、納得もした。


 こんな感じではじまった遥の実家での生活は、不慣れから多少のトラブルがあったものの、順調に推移していった。

 俺は食堂の雑用や配膳係? ボーイとかウェイターと呼んでもらっても構わないが、とにかくそんなアルバイトを陽が昇っている時間にこなした。

 そして夜には、発掘師になるための勉強をして試験までの期間を過ごした。


 そんなこんなで年も明けた二月の中旬、受験の申し込み用紙を貰うために、発掘師協会に行くことにした。

 場所は遥が知っているそうなので、案内を頼んだのだが。


「ホントはあんまり行きたくないんだよね」

「なんで?」

「あんまり会いたくないやつがいるというか、メンドクサイやつがいるというか」

「場所を教えてくれるだけでもいいよ」

「いや、場所も近いし、乗り掛かった舟だし、勝手も分からないだろうから」


 とは言っているものの、遥の表情は、どうにも冴えない様子だった。

 しかし、行くと言ってくれている以上、俺にはその申し出を断ることができなかった。


「ここよ」


 遥が言っていた通り、発掘師協会本部はそれほど遠くない所にあった。

 遥の実家から南に二キロほど行ったところだ。

 木造の三階建てで、中に入ると一階は広めのロビーと奥に受け付けがあった。


「よう! 久しぶりじゃねぇか遥嬢。ここに来るのは三年ぶりか?」


 受付カウンターの向こう側、最奥のデスクにだらしなく座るスーツ姿の体格の良い暑苦しそうな中年男が、遥を見るなり話しかけてきた。

 とうの遥は、あからさまに嫌そうな顔をしている。


「チッ、一番会いたくないやつが居やがった」


 声をかけてきた男を見るなり、小声でそうつぶやいた遥に、その男が近寄ってきた。

 なぜだか二人はカウンター越しににらみ合っている。

 いまにも殴り合いがはじまりそうな、恐ろしく険悪な雰囲気であり、山猿と野良ネコが総毛を逆立て、威嚇しあっているようでもあった。

 もちろん、下から見上げるようにしている遥が野良猫だ。


「なんでテメーがそこに居やがる。しかもその恰好は何だ」

「ふんっ、出世したんだよ。お前が隠居してる間にな。お前こそ似合わねーお上品な服着やがって、どこぞのお嬢様気取りか? あぁん」

「何が出世だ。引退の間違いじゃないのか? だいたいテメーは――」


 これが遥の地なのだろうか。

 それともこの男に対してだけこうなってしまうのだろうか。

 二人のやり取りは、字面だけ追いかければ、「お嬢様」のくだりを除いて、野郎同士の罵り合いとしか思えない。

 汚い言葉で罵り合う遥に、このとき俺は意外な一面を見る思いがした。

 あとで聞いた話なのだが、遥と罵り合っている男は山岸さんといい、昔彼女とチームを組んでいた発掘師らしい。


「相変わらず仲がいいな、お前ら二人は」


 たがいの額がこすれ合うほどに顔を近づけ、ガンを飛ばし合っていまだに罵り合いを続けている遥と山岸さんに、カウンター右奥の部屋から出てきた老人が、あきれ顔で横やりを入れた。

 しかし、そのあきれ顔には、懐かしむような笑みが含まれている。


「「よくない!」」


 ピタリと息を合わせ、同時に老人にふり向いた遥と山岸さんは、今にも襲い掛かってきそうな鬼の形相になっている。

 しかし、老人はそんな二人に動じることなく、かえって嬉しそうにしていた。


「そんなことより、用事があるんじゃないのか?」


 ハッと、忘れ物を思いだしたかのように口に手をあてた遥は、とりつくろうように口調を戻して用件を話しだした。


「お久しぶりです五所川原会長、用事があるのは彼よ」

「空といいます」

「発掘師になりたいんだって――」


 遥に紹介された俺は、ロビー横のソファで山岸さんに発掘師の何たるかを聞かされることになった。

 薄い茶色の和服を着こなしている五所川原発掘師協会会長も、その席には同席している。

 ほとんどの説明は山岸さんがしてくれたのだが、このオッサン、とにかく暑苦しいというか熱血漢であり、説明を外れて発掘師の魅力とか醍醐味とかを熱く語っていた。

 そのたびに五所川原会長か遥の横やりが入っていたが。


「――あらましはこんなところだ」

「じゃあ、発掘師になるには試験を受けないとダメなんですね?」

「そのとおりだ。次の試験まで半月程だ。それまでよく勉強しておくことだな。受験申し込み用紙と、法令関係の資料は受付で配布している」


 遥に発掘師についてある程度聞いており、受験勉強も進んでいた俺は、山岸さんの話を、さも初めてのように聞いていた。

 受け答えもそれを前提にしていたのだが、そうしないと面倒なことになりそうだと思ったからだ。

 どうにも俺は、こういった暑苦しい熱血漢の人は苦手なのだ。


「ああ、大事なことを忘れていた」


 何かを思いだしたかのように手の平に拳をおいた山岸さん。


「発掘師になるには”気”力百以上が必須条件だ」

「気力?」

「”気”の力だ」


 山岸さんによると、発掘師には二級から特級までの三段階の免許があって、いちばん下の二級発掘師になれる条件が”気”力百以上であり、その上の一級が二百以上、いちばん上の特級が五百以上らしい。

 必要な”気”力に、男女の別はないそうだ。

 遥は俺の”気”について、ある程度知っているからこんな話はしなかったのだろう。


 ちなみにであるが、山岸さんの”気”力は千二百強であり、遥のそれは千四百を超えているらしい。

 二人とも特級発掘師の免許もちだった。

 山岸さんによると、一般人の平均”気”力が五十程度だそうで、かつて遥が言っていた、『わたしもお爺さんも多い方なんだから』というのもうなずける話だった。

 というか、多いどころじゃない。

 桁違いの”気”力だ。


「資格がないのに勉強しても無駄になるからな。今のうちに”気”力を測っておこう」


 このとき俺には迷いが生じていた。

 遥が言うに、俺の”気”力は彼女の十倍以上。

 あのときは、俺が”気”をはじめて感じたころだったから、訓練を積んだ今ではどれほど上がっていることやら。

 かりに俺が全力で”気”を振り絞ったら、騒ぎになるどころの話ではないのかもしれない。


「これが”気”力を測る機械だ」


 別の部屋に通された俺に、その部屋の奥にあるテーブルに置かれていた二つの機械を指さし、山岸さんがそう言ってきた。

 左側に小さい機械。

 その右側にサイズを二回りほど大きくした同じような機械が並んでいる。

 その機械は、まんまバネ秤のようなというか、かつて肉屋さんで見かけた、金皿の上に肉を乗せて重さを測る古いタイプの重量計そのものだった。

 正面には時計の針のような指針が十二時の位置をさしていて、その上に目盛と数字が刻んである。

 針は一本だけで大きいほうの機械は、最大値が百だった。

 しかもご丁寧に、Kgと刻印してある。

 どう考えても使いまわしだ。


「この線に立って、あの皿の部分を”気”の力だけで押してみろ。いいか、右側の機械を全力でだ」

「これって重さを測る重量計ですよね?」

「そうだ。昔からこれで測っている――」


 山岸さんによれば、左の小さい機械は”気”力五百まで測れる秤であり、右側の大きいほうは一万まで測れるそうだ。

 右側から試す理由は、全力で測定した場合に、壊してしまわないようにするためらしい。


 距離は十メートルほどだろうか、”気”を使って物を動かす場合、距離が離れているほど、急激にその力は小さくなる。

 実際にやってみてそれは分かっているが、問題はどの程度”気”を解放するかだ。

 あまり悩んでいる時間はない。

 遥の”気”の強さを思い浮かべた俺は、それと同じ程度の”気”を解放し、力んだ表情をわざわざ作って秤の皿を押し込んだ。

 遥が特級発掘師の免許を持っているなら、同等とごまかせればいいと考えたからだ。


「ぬぐぐぐぐぅ、こ、こんなもんですかね」


 針の位置は一時半、すなわち十五Kgを指している。


「ほう! 千五百か」


 どうやら、針が指した数字、言いかえれば押し込んだ力の百倍が”気”力になるらしい。

 が、一旦は驚きの表情をうかべた山岸さんが、額に井型を作って睨みつけてきた。

 遥は視線を落とし、額に手をあてて”やっちまった”的な顔をしている。

 五所川原会長は、実に愉快そうな笑い顔だった。


「おい小僧、手を抜くんじゃねぇ。全力を出せと言っただろうが。あぁん」

「あはははは、なに言ってるんですか。全力に決まってるじゃないですか。冗談キツイなぁ」

「テメェ、俺をナメんじゃねぇぞ」


 ズイと怒りに満ちた顔を寄せ、低い声色で凄んできた山岸さんに、俺は顔がひきつっている自覚があった。

 背中にはダバダバと冷や汗が伝っている。


「す、すみませんです!」


 こうなったら仕方がない。

 ままよと、俺は全力で”気”を解放した。

 そして勢いよく、力の限り秤の皿を押し込んだ。


「!!」


 押し込まれた秤の皿は、ガシャリという音を立て、針は勢いよく一周して一時の位置で止まっていた。

 しかも、金属製の皿が、真ん中が飛び出るようにべコリと変形している。

 これを見て遥はしてやったりの得意げな表情だったが、山岸さんはアゴを落として目を見ひらき、五所川原会長でさえ、その表情をひきつらせていた。


「…………」


 まずいと思い、”気”の解放を止めたのだが、時すでに遅しのようだ。

 傘のように変形した皿と、最後まで戻らずに二時の位置まで戻って止まった針を見て、俺はやっちまった感いっぱいになってしまったのだった。


「あはははは、壊れちゃいましたね」


 乾いた笑い声をあげ、力なくそう言った俺に、山岸さんも五所川原会長も、ギギギギと効果音が出てもおかしくないような動きで、首だけを回してきた。


「山岸さんが本気でやれって言うから」

「……」

「最低でも一万一千以上…… 空と言ったか、お主どこから来た。公国の人間じゃあるまい」


 こうなってしまうことは予想できていた。

 嘘をついてごまかしたところで、どうせろくなことにはならない。

 俺は覚悟を決め、かつて遥やヒカル爺に話したように、気がついたら原始の森にいてそこで迷い、その前は豊田市に住んでいたことを説明した。


「要領を得ん説明だが信じるしかあるまい。まさかお主が始祖だったとはな。会長という立場上、大公様にはお主のことを報告せねばならん。が、このことは当分ここだけの話にしておこう。分かっておるな、山岸」

「シソ?」

「神話の時代に生きた人間のことだ――」


 五所川原会長に真剣な表情で頷きかえした山岸さんが、始祖について説明してくれた。

 始祖とは、遥か昔の神話の時代、すなわち俺が生まれた時代に生きていた人々であり、”気”という異能の力がはじめて発現した人々の総称らしい。

 言い伝えによれば、神話の時代を生き抜いた始祖たちは、今の時代の人々が内包する”気”とは、桁違いに強くて多い”気”を持っていたそうだ。

 俺の”気”力が遥たちの十倍程度だとしても、始祖でなければ説明がつかないらしい。


「本人を前に言うことじゃないが、有能な人材は協会としても是非とも確保したい。大公様は話の分かるお人だから、真摯に説明すれば大丈夫だろう。懇意にもして下さっているしな。そのほかの雑音は、我々が責任を持って対処するから安心してほしい」

「分かりました。ありがとうございます」

「お前に一つだけ言っておくが、いいか、試験だけは絶対に落ちるなよ」


 最後に山岸さんが現実に引きもどす一言を言い放ち、俺は心を新たにして遥とともに発掘師協会を後にした。

 そして、遥の実家に帰り着こうとしていたとき。

 ハタと気づいたように彼女が俺を呼び止めた。


「ねえ空」

「なんだ?」

「言いにくいんだけど、受験申込用紙はもらってきた?」

「…………」  


 まんまとお約束をかましてしまった俺は、クルリと体をひるがえし、再び発掘師協会に向けてそそくさと歩きはじめた。

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