第六十七話:名古屋方面開発計画その九
大公宮から我が家へと戻り、すぐに仲間たちへの使いを出した。内容はもちろん漁村調査を兼ねたバカンスに行くから十日ほど音信不通になるという話だ。当然発掘を延期したいことも併せて伝えてもらった。
一緒に行かないか? とも聞いてもらったが、少しでも経験を積みたいから遊んでなどいられないと申し訳なさそうに遠慮されてしまったそうだ。
鈴音ちゃんもそれは同じで「もっと実力をつけて役に立ってみせます!」と意気込んでいた。
そんな知らせがあった翌日の夜。
「ただいま帰りました」
騎士服姿の一花があわただしく帰ってきた。
こっそりバカンスに出かけて後で拗ねられても困ったことになるし、何よりも一花や遥が同行しないバカンスなんて行っても楽しくはない。
だから陽一さんに頼んで一花に連絡を入れてもらっていたのだが、まさかこんなに早く帰ってくるとまでは考えていなかった。
「早かったね。昨日陽一さんに連絡してほしいって頼んだばかりなのに。演習に行ってたんだろ?」
「そうなんだけど、空お兄ちゃんたちだけで楽しい旅行に行くなんて我慢できなかったんだもん。でも、すぐに知らせてくれてありがとう」
軍の仕事をそんな理由で抜けてもいいのか?
なんてことを気軽に聞き返すことはできなかった。
きっと藤崎さんたち軍の幹部は一花を奪われて残念な思いをしていることだろう。
「先に風呂にでも入って来なよ」
「……じゃぁ今日だけはお言葉に甘えさせてもらおうかな」
一花は少しだけ迷っていたようだったが、素直に言うことを聞いてくれた。
いつもは俺が一番風呂に浸かっているのだけど、数日間も演習に行っていたら相当疲れていることは間違いない。
元気そうな顔を見せてくれているが、俺とて伊達に彼女と生活を共にしているわけではないのだ。それくらいは分かる。
翌日から、元琵琶湖沿岸に行って何をしようか、なんてことを考えながら旅の準備に取りかかった。
遥も一花もフフフンと鼻歌を歌いながら持っていくもの、というよりは着ていく服を選んでいる。
街中に遊びに行くわけでもないのにその恰好は無いだろう? と思わずツッコミたくなるようなヒラヒラした可愛い服を鏡の前であてがってキャッキャはしゃいでいる一花と遥。
彼女らの運動能力と戦闘力を考えればあんな服装でも問題ないとは思うし、大義名分はどうであれ主目的はバカンスなのだから口出しすることはしなかった。
で、当の俺はと言うと、せっせと鉄の棒をヤスリ掛けしていたりする。
こんなことをしていて一花や遥のことをとやかく言える立場でないのは十分に理解しているが、俺だって楽しみたいのだ。
釣り道具は使用人に準備してもらっているから、俺が作っているのは魚を突くためのモリである。
富士大公国で釣り道具は売っているが、魚を突くモリは売っていないらしい。
だからこうしてモリを削っているのだ。
「やっぱ男は潜ってナンボだろ」
釣りは女衆に任せるとして、男衆は海に潜って大物を仕留めたい。
今回琵琶湖沿岸に行くのは俺と遥と高科一家だけではない。
大義名分はあくまでも調査選定と承認なわけだから、国の事務方やその護衛が同行するのは避けられないだろう。
俺としてはいつも忙しく国のために働いてくれている彼、彼女らにも楽しんでもらいたい。
そうなると作らなければならないモリの数も一つや二つでは足りないだろう。
ということで、朝早くからこうしてモリを削りつづけている。
その他に必要なものは発掘に行くときの小物類で十分にこと足りるから、今回特別に準備する必要はない。
こういう時に男は簡単で便利だなと思うが、こまごまとしたものを用意しなくてはならないだろう女性は大変だなぁとつくづく思った。
そんな感じで一日を過ごし、翌朝からの出発と相成ったわけだが、陽が昇る直前に迎えにきた馬車で軍本部に連行され、そこで調査団――国の仕事という都合上そう呼称している。陽一さん曰く、決してバカンスとかツアーとか旅行と呼称してはいけないらしい――ご一行が編成された。
十人は余裕で乗れる大型の馬車三台と、それを護衛する軍人さん方二十名が馬に騎乗し、調査団一行は朝陽を受けて街を後にしたのだった。
「いやぁ、楽しみだねぇ」
「そんなに楽しそうにしてていいんですか? さっきはあんなに真面目腐った顔で大義名分演説してたのに」
「それはそれ、これはこれだよ。空君」
嬉しそうにそう語った陽一さんを希美花さんが微笑ましそうに見ている。
俺が乗っている馬車は一団の中央を走る少し豪華目の一台であり、その前後を調査団の事務方と機材や食料が占めていた。
中央の馬車には俺と一花と遥、それに陽一さんと希美花さんが乗車しており、馬車の大きさに対して人数が少ないから快適な行程になった。
先頭の馬車には事務方十二名が乗車していて、結構窮屈な様子だったから少し申し訳ない気持ちになったが、俺たちの馬車に分乗するのも多分物凄く萎縮することになるだろうから仕方がないのかもしれない。
ちなみに、護衛の軍人さんの中にはちゃっかり藤崎さんと妖魔討伐作戦で知り合った将校の鵜ノ木凛さんが紛れ込んでいた。
一花たち女性陣三人は、とても調査に行くとは思えない服装をしていて、完全にバカンス気分満載である。
少しお洒落な白い麦わら帽子をかぶった希美花さんは見慣れたワンピース姿だが、ドレスでもない一花の外行き私服姿ははじめて見た。
ノースリーブのカットソーにひざ上のミニスカートでいかにも「夏のバカンスに行くぞっ!」てな格好で、とどめは紐編みのサンダル履きだ。
遥も遥で、お洒落な柄物のTシャツに可愛いショートパンツ姿、そしてサンダル履きである。
可愛いふたりの綺麗な御御足を生で拝めるのは嬉しいかぎりだが、陽一さんの真面目風な演説がこのお三方の恰好で台無しになっていた。
まぁそれも、調査団ご一行に広がるゆるーい今の慰安旅行的雰囲気を見るに、それはそれで良かったのかもしれない。
ちなみに俺の出で立ちはいつもの発掘師スタイルであり、もう少しラフな格好でもよかったなと後悔している。
俺ら五人以外の面子はさすがにラフな格好はしておらず、事務方は自然豊かな僻地調査に行くのにふさわしい装備であり、護衛の軍人さま方は軍服だった。
そんなこんなで旧琵琶湖沿岸までの旅がはじまったわけだが、その旅程にアクシデントらしきものは皆無であり、急ぐこともなかったので三日後には目的の場所へと到着していた。
豊田の手前で道は分かれていて、そこからが新しくできた道になるわけだが、急造の割には馬車が通れるしっかりしたものになっていた。
木曾川に三台の馬車が乗っても壊れないようなしっかりした木造の橋がかけられていたことには驚いたが、陽一さん曰く「この程度の橋は十日もあれば余裕で架けられる」ということだった。
このまえここに来たときはあれだけ苦労したのに、馬車で来るとここまで楽なんだなんて思えるのだから、俺もこの時代にずいぶん染まったものだ。
高校生だったころの俺なら、間違いなくこんな旅は苦痛でしかなかったと思う。
「いやぁ、素晴らしい景色だね」
「ええ、とっても素敵ね」
そんなことを言いながら陽一さん夫婦は伸びをして夕暮れの海を眺めている。
一花と遥は砂浜の海辺へと駆けていき、裸足になってきゃっきゃ言いながら水面と戯れていた。
「本日はこの地にて野営する予定ですが、拠点はお決まりでしょうか」
「ふむ、どうしたものかな……」
藤崎さんが陽一さんにそう尋ねていたが、そう言えばどこを拠点にするか考えていなかった。
が、別段考え込むようなことは無いと思う。
一応は陽一さんがこの調査団の責任者ということになっているが、考え込む彼を見て、俺は思っていることを提案することにした。
「ちょっといいですか?」
「なんだい? 空君」
「拠点はココでいいと思いますよ。道も近いし馬とか馬車も見ていられるし。それにどのみち、調査は少人数で海岸線を見てまわるだけだから一日もあればじゅうぶんだし」
ここに来た本来の目的は漁村にする場所を探すためだ。
漁村にするには船が停泊できる港が作れるだけの水深が必要になる。
拠点にするこの場所は砂浜だから港には向かないだろう。
波の問題とかあるだろうから、できれば湾状に窪んだ海岸を見つけて防波堤も作りたい。
そこら辺を頭に入れて海岸線沿いに探せば候補地はすぐに見つかるだろう。
”気”というチート気味の不思議パワーがあるから、単独で行動すれば移動に困ることなんてあり得ないのだ。
「空君がそう考えているなら僕は異論を挟まないよ。いいな、藤崎」
「はっ、それでは拠点の設営と食事の準備に取りかかります」
「あ、そうそう。僕は今からちょっとだけ散策してくるけど護衛はいらないから」
そう言って陽一さんは背負っていたザックを降ろすこともせずに、西の磯があるほうに物凄いスピードで駆けて行った。
藤崎さんと俺はその様子を呆然と見送ることしかできなかったが、彼が何を考えているのかなんてことは分かるはずもないし、分かろうとも思わなかったからスルーすることにした。
たぶん気にしたら負けなのだと思う。
「空ぁ、そんなとこでボーっとしてないでこっちにおいでよ」
遥がなんか叫んでいるが、はしゃぎたい気分にはなれなかった。
けれども、あとで拗ねられるのも嫌だ。
別に疲れているとか落ち込んでいるとかそんなんじゃないけれど、何となくはしゃぎたい気持ちにはなれなかったのだ。
「分かったよ。今行くから」
陽が完全に暮れてしまうまでにはまだ少しの時間があった。
けれども、今はこの素晴らしい景色を眺めながらゆったりとした時の流れを感じていたかった。
懐かしい潮の香り、沈みゆく夕陽、優しく頬を撫でる優しい潮風、心休まる潮騒。
そのどれもが心地いい。
「どうしたの? なんか黄昏ちゃってるし」
「いや……ちょっと良いかなって」
「???」
声をかけてきた遥も、不思議そうに俺を見ている一花も、夕陽を浴びていつもの雰囲気とは違って見える。
なんというかいい感じだ。
「……いや、たまにはボーっと景色を眺めるのもいいもんだなって。一花ちゃんも遥も見てみなよ」
「そうですね。たまにはこうしてのんびりするのもいいのかもしれません」
一花は俺の横に並んでそう言いいながら、水平線の向うに見える対岸あたりを眺めている。
遥は最初不思議そうに俺と一花を見ていたが、「遥さんもここから見てみれば分かりますよ」という一花の一言で俺たちの横に並んで海の彼方に視線を彷徨わせた。
「たしかに……こうして見る景色はいいものですね」
俺たち三人はしばらくの間そうして海を眺めていた。
後ろの方からは、拠点を設営したり夕飯の準備したりで軍人さんたちがせわしなく動き回る音が聞こえてきて申し訳ない気持ちにもなったが、俺たちが動くとかえって気をつかわせてしまう結果になることは分かりきっていた。
「あらあら、青春だねぇ。わたしもまざっていいかな?」
おっとり気の抜けたようないつもの声が聞こえてきた。
振り返ってみると、希美花さんが微笑ましくも生暖かい目で俺たちを見ている。
「もちろん構いませんよ。でも、俺たち何もすることがないんです」
「あら、それもいいじゃない。こうしてみんなで景色を楽しむこともなかなかできることじゃないわ」
「ところで希美花さん」
「なぁに?」
「陽一さんは大丈夫なんですか?」
「気にしたら負けよ。陽一君はね、このバカンスを凄く楽しみにしてたの。だから好きにさせてあげたいの」
希美花さんは最初から完全にバカンスモードだった。
それでも、毎日忙しく働いている陽一さんを見ている彼女からすれば、ぜひそうあってほしいと思っているのだろう。
そうこうしているうちに陽は沈み、満天の星が夜空を埋め尽くした。
後ろの方に焚火の明かりはあるが、星の光を邪魔する街明かりが無いだけでこれだけの夜空が見れるのはこの時代に生きる者の特権だろう。
そんなことを考えていると、西の方から陽一さんの声が聞こえてきた。
「いやぁ、大漁だったよ」
そう言って見せてくれたのはズタ袋二袋に入った大量の牡蠣だった。
希美花さんが瞳を爛々と輝かせてその大ぶりの牡蠣に見入っている。
「これはまた……スゴイっすね。美味そうだ」
「これ、食べられるの?」
そう言った遥と、一花までもが不思議そうな顔をしていた。
遥が牡蠣を知らないのはなんとなく分かるし、よくよく考えれば、二十一世紀にいたころの幼い一花が殻付きの牡蠣を知らなくても不思議な話ではないだろう。
「好き嫌いはあると思うけど。好きな人は病みつきになるくらい美味いよ。生でも食べられるしね」
「そうそう、海のミルクとも言われていたからね。僕はね、牡蠣が大好物でね。だからね、海を見たら居ても立っても居られなくなったんだ」
「良く分かります。その気持ち。でも、この前来たときは牡蠣なんて見つけられなかったんですよね。どこで獲ってきたんですか?」
「すぐそこの磯には無かったね。だからずーっと先の磯まで走ったんだ。そこで運よく見つけたのさ」
陽一さんは得意そうにそう言っていたが、果たして彼がどこまで牡蠣を探しに行ったのかは聞く気になれなかった。
少し荒い息づかいを考えると、きっとかなりの無茶をして遠くまで遠征してきたは間違いないだろう。
ともあれ、俺も牡蠣は大好物だ。
今日は久しぶりに新鮮な牡蠣が堪能できるのだから、陽一さんには感謝してもしきれないのは間違いない。




