第五十九話:名古屋方面開発計画その一
遥や鈴音ちゃんとともに名古屋方面に向かう俺は、街の外れで既に懐かしい顔になってしまった感のある男と再会していた。
「久しぶりだな。でも、お前の活躍だけは耳に届いてたよ」
「お前こそ羽振りが良さそうじゃないか、哲也。その娘が例の?」
「ああ、紹介するよ。水瀬さんだ」
「はじめまして、空様。水瀬美奈です。今日からよろしくお願いします」
久しぶりに再会した阿古川哲也は、少し貫禄がついたというか、体つきがガッシリした感じになっていた。
さらに、以前のような初々しさが消え、不意に見せる微笑……もとい、ニヤついた顔が、彼の置かれた状況を物語っていた。
どちらかと言えばガッついていて貧乏くさかった阿古川哲也が、これだけ変わったというのも納得できる話で、水瀬さんと彼は付き合っているらしい。
あの阿古川哲也に、こんなに可愛い彼女ができていたというのは驚きだった。
水瀬さんは俺や阿古川哲也より十歳上らしいが、この時代でこのくらいの歳の差は無いに等しいことは、俺と遥や一花の関係からも明らかだった。
現に、水瀬さんはクリクリとしたつぶらな瞳が可愛らしいショートヘアの女の人で、その見た目には少女と言っても誰も疑わないような若さがあった。
「こちらこそよろしく、水瀬さん。こっちが特級発掘師の遥で、彼女が鈴音ちゃんだ」
「鴻ノ江遥よ」
「白井鈴音です」
街の外れで合流した俺たちは、もちろんこれから発掘に向かうわけだが、新しく加わった水瀬さんを含めた五人でパーティーを組むことになっている。
これから向かう名古屋鉱山は、今までのように状況が分かっている鉱山ではなく、はじめて発掘師の手が加わる新しい鉱山だということで、俺は今までになくウキウキ気分だ。
だってそうだろう?
まだだれも手をつけていない未知の鉱山に何が眠っているのか?
そう考えただけでも心躍ることだし、名古屋鉱山は俺が見つけたと言ったら語弊があるだろうが、俺が一番に確認したはじめての鉱山であることは間違いないのだ。
もしまともなお宝がほとんど無かったらという不安が、すこしも無いと言ったら嘘になるかもしれないが、発掘は水物というかそういったギャンブル性があってこそ魅力的なことではないだろうか。
べつに俺はギャンブル狂でもばくち打ちでもないが、発掘というかトレジャーハンティングのだいご味は、そういったギャンブル性からきているところが大きいと考えている。
動きだした馬車の御者台で、そなんてことを密かに考えていたが、実のところ、俺が発掘師として本来の仕事ができるかどうかは微妙な雲行きだったのも事実だ。
というのも、陽一さんのところで五所川原会長と打ち合わせしたとき、俺に発掘師のまとめ役をやってもらえないかと打診を受けていた。
が、そんな役を押しつけられれば、自分で発掘できることなどありえないだろうし、第一そんな役回りは漁村の村長だけで十分だった。
俺は発掘がしたいから発掘師になったわけで、今回の名古屋鉱山開発の提案をしたのもそれが一番の理由だったりする。
さておき、どうしても自分で発掘をしたいからと、なんとか五所川原会長から逃げおおせた俺は、無事にこうして仲間たちと発掘に向けて名古屋に向かっているのだ。
「ところで空、今回の発掘ではなにか考えがあるの?」
俺の横で手綱を握っている遥が不意に聞いてきた。
彼女が聞いてきたように、もちろん俺には考えがあった。
というのも、今までに発掘してきたメインのお宝は自動車などの機械類が大半を占め、俺の求めるトレジャーハントとして考えれば少々物足りなさを感じていたのだ。
トレジャーハンティングと言えば、やはり宝石だとか黄金だとかそういったものを探しあててこそだと思ている。
「もちろん考えはある」
「聞かせてくれるかな」
そう聞いてきた遥の声は、いつもよりすこしトーンが高く、かなり期待されているのが伝わってきた。
だから俺は、彼女の耳元でそっとつぶやいた。
「じゃあ、特別に遥にだけおしえておこうかな」
俺にそう言われた遥の横顔が、ことさら嬉しそうになり、紅潮していくのが分かった。
「今回は今までみたいな大物を狙おうとは考えていないんだ。でも勘違いしないでほしい。それは決して儲けを考えていないわけじゃないんだ」
「???」
首を傾け、疑問顔の遥に俺はそっとささやいた。
「大きい物というわけじゃなくて、小さくても価値があるということだよ」
「というと、宝玉とか?」
「もちろんそれもあるけど、もしかしたらもっと良いものが見つかるかもしれない」
「わかったわ。楽しみにしてるね」
俺と遥がそんな話をしていた後ろの荷台からは、阿古川哲也と水瀬さんが鈴音ちゃんの質問攻めにあっていた。
ふたりが付き合いだした経緯とか、実際に付き合ってみてどうだとか、デートには行くのかとか、しまいにはどこまで進んでいるのかとかを遠まわしに聞いている声が聞こえてきた。
面白がって時たま振り返ってみたりしていたが、ふたりとも赤面してタジタジの様子だった。
そんなこんながありながら、俺たちは三日かけて名古屋までの道のりをわりと和やかな雰囲気で過ごした。
が、名古屋に到着した夜にはその雰囲気が一変することになった。
俺たちが到着した場所は、将来発掘師街になる予定地だった。
森が切り開かれた一キロ四方はあろうかという平地には、夜だというのにそこらじゅうに焚火の明かりがあって、大小さまざまなテントと、多くの発掘師たちでにぎわっていた。
俺たちは数多くの馬車が停めてある一角に馬車を置き、ひとまず協会のテントに顔を出すことにした。
「よう! ようやっと来たか」
予定地の中央付近で目立っていた屋根だけの大き目のテント群には、山岸さんと五所川原会長の顔があった。
他にも見知った協会職員のいたが、真っ先に声をかけてきたのは山岸さんだった。
「ご無沙汰してます」
「またテメーの顔を見ることになるとはな」
「ぬかしてんじゃねーぞ。第一貴様は――」
顔を合わせるなり口喧嘩をはじめてしまった遥と山岸さんに、水瀬さんだけは驚いていたが、阿古川哲也と鈴音ちゃんはまた始まったかと、あきれ顔だった。
「あのぅ、止めなくていいんですか?」
「大丈夫ですよ、水瀬さん。あのお二人は顔を合わせると、いつもこうなんですから」
「本当なんですか?」
「たしかに研修の時もそのあと協会で会ったときもこんな感じだったよな。空」
「ああ、遥と山岸さんは顔を合わせるといつもこうだよ」
「なんか、空様がそう言われると説得力があります」
「美奈は俺よりも空の言うことを信用するのか?」
「だって、哲也はいつも大きいことばっかり言うじゃない」
水瀬さんは渋い顔をしてそう言っていたが、阿古川哲也を見上げるその渋い顔には、彼のことを想っているような優しさが含まれているような気がしてならなかった。
さておき、五所川原会長が口喧嘩をはじめた遥と山岸さんに構うそぶりも見せずに俺たちの方に歩み寄ってきた。
「今日はいつもの和服じゃないんですね」
「あたりまえじゃ。こう見えても発掘師じゃからな」
年季が入った皮のジャケットにハーフパンツ姿の五所川原会長は、知っていなければただの年寄りにしか見えない。
「ずいぶんと遅い到着だったのう」
「用事を片付けるのに手間取っちゃって」
「空殿がグズグズしとるから、すでに一番宝は別の者が揚げおったぞ」
「それは残念でした。けど、必ずスッゴイお宝をモノにしてみせますよ」
「期待せんと待つことにしようかのう――」
そう言って五所川原会長はニヤリとシワの深い笑みを浮かべた。
五所川原会長曰く、出陣式は二日前に終わっているらしい。
俺たちがその出陣式に間に合わなかったのは、その前に済ませておかねばならない貴族としての仕事というか挨拶があったからで、本来は言い出しっぺである俺の挨拶がある予定だったらしい。
俺としては、大勢の前で挨拶なんぞ遠慮したいからよかったとホッとしたが、代わりに俺の分まで挨拶をすることになった会長の愚痴を聞く羽目になってしまった。
「――まぁエエわい。ところでじゃ、中村んところのクランが大規模工場らしき反応に当たりおっての、豊田の時より規模は小さそうじゃが、それでもここ数十年では一番の反応じゃ。おかげで奴の所と、奴と付き合いがあるグループはお祭り騒ぎじゃ」
「へぇー。それは良かったですね」
「なんじゃ? 発掘師として悔しゅうないのか? そっけない返事しおって。まるで他人事じゃ」
たしかに、このとき俺は中村さんたちのクランが見つけたお宝について他人事だと思っていた。
大規模工場ともなればスゴイ額のお宝を手にすることができるだろう。
しかし、今の俺にはそれよりも魅力的なものがあるのだ。
大きな工場には銅線やアルミ、そしてベアリングなどの鉄やステンレス系の機械部品が大量に眠っているだろう。
が、それを運び出したり分別するには、大量の人出と労力が必要になることが分かりきっている。
しかし、俺が今求めているお宝はそんな手間のかかるものじゃないんだ。
俺が欲しいお宝は、たしかに探す労力や掘り出す手間は今まで以上に必要だろう。
が、それは発掘師としてもトレジャーハンターとしても一番楽しい手間であって、忌諱するものではない。
本物のお宝さがし。
それを俺はしたいと思っているのだ。
「ええ、たしかに他人事かもしれないっす」
「えらい素直じゃの?」
「まぁ、俺たちが見つけ出すお宝を見てからのお楽しみということで」
「その言葉を素直に信じるにはのう、少し歳をとりすぎたのかもしれん……」
なんか五所川原会長が遠い目になってしまった。
若かりし頃でも思いだしているのだろうか?
なんてことがありつつも協会への挨拶を済ませた俺たちは、夕メシを協会の横に出張してきていた屋台で済ませた。
というか、夜も更けてきた発掘師街予定地の中央あたりは、どこぞのお祭り会場かと見まがうほどの賑わいを見せており、屋台で酒を煽る酔っ払いや、若い男女の発掘師グループが盛り上がっていたりしていた。
俺たちはそんなお祭り気分を少しだけ堪能し、発掘師街予定地の片隅に大小二張りのテントを張って一夜を明かした。
もちろん俺と阿古川哲也が小さいほうのテントで、遥と鈴音ちゃん、それに水瀬さんが大きいほうのテントだ。
テントの中では、阿古川哲也とお互いの今までを語り合ったりしたが、途中からエロい話になったりして盛り上がったりもした。
が、彼も奥手なようで、赤面しながらも話してくれたが、というか聞きだしたのだが、水瀬さんとはまだそっち方面の進展がないらしい。
まあ、俺も人のことは言えないな、とは思いつつも、遥や一花とはまだそういった関係になっていないことを正直に白状し、ふたりで今後の想いを語り合った。
どちらが先にDTを卒業するのかという賭けは、はたして俺の勝利に終わることができるのだろうか?
夜が明け、テントを畳んだ俺たちは、すでに活気を見せはじめている屋台で朝食を済ませると、意気揚々と発掘師街予定地を後にした。
向かう先は西。
道が切り開かれている最奥の場所だ。
探すお宝が大きくないということもあって、馬車は協会に預けてきており、徒歩での移動だったが、道の最奥までは半日で到着することができた。
「今回の発掘については誘ってくれたお前にすべて任せるつもりだが、一つ教えてくれないか。馬車を置いて俺たちは何を発掘しに行くんだ?」
「まあ、それについては見つけてからのお楽しみ、と言いたいところだがな。それじゃやる気も出ないか……」
「そんなことはないんだ。でも、やっぱり知りたいじゃないか。歩きながらずっと考えていたんだが皆目見当もつかない」
「なんだ、妙におとなしいと思ったらそんなことを考えてたのか。まあいいか、俺が探したいのはな。高級な宝玉とか時計とか貴金属だよ。ずいぶん前に時計を見つけてスゴイ金になっただろ?」
俺の答えを聞いた阿古川哲也の顔色が変わった。
鈴音ちゃんや水瀬さんも同じだった。
遥だけはあらかじめ聞いていたこともあって納得顔だったが。
「あんな凄いお宝を見つけるあてがあるのか? 本当だったら凄い話だけど」
「もちろん。時間はかかるかもしれないけど、絶対に見つけて会長の鼻をあかしてやろうじゃないか」
自信ありげにそう答えた俺を見て、阿古川哲也も、鈴音ちゃんも、水瀬さんも、三人が期待を込めた顔で生唾を飲んだ。
言い切ったからには有言実行してみんなの期待に応えようじゃないか。
「じゃあ出発しようか」
その言葉に、俺は目的のお宝を絶対に見つけると誓いを込めていた。
そしてその誓いと期待を胸に、俺たちは森の中へと足を踏み入れたのだった。




