第五十八話:名古屋方面開発計画に向けて
妖魔討伐作戦が終了し、俺は一花と遥とともに我が家へと戻った。
妖魔が湧き出してくる時期と重なってしまったため、一花は一日だけの帰宅だった。
明日には前線に戻って指揮を執らなければならない。
翌朝。
「気をつけて、あまり無茶するなよ」
「ええ、週一では戻れると思います。お父様とあの話を進めておいてね」
「もちろんさ」
一花を見おくった朝、俺は遥とともに大公宮へと向かった。
以前なら徒歩での移動が当りまえだったが、爵位を貰った今となっては、それでは情けないと一花に言われ、外出時はもっぱら馬車での移動だ。
もちろん馬と馬車は自前であり、御者は執事の高見さんが務めている。
「空、今日の話って」
「ああ、名古屋方面、豊田鉱山より西の開発についてちょっとね」
「ということは、川向うも?」
「そうだね。川の手前の海に近いところは鉱山になる可能性が高いんだ。それと、川向うの海岸部に漁村を作ろうと思ってね。そうすれば新鮮な海産物をいつでも味わえるだろ」
「それをどっちも空が担当するの?」
心配そうに聞いてきた遥だったが、俺としては発掘に関わりたいのは当然として、漁村にも興味があった。
が、それでは体が持たないだろう。
ただし、漁村については見学がてら、遊びに行こうとは考えている。
「まさか、鉱山の開発は協会に話を持っていこうと思うし、漁村の開発は国主導でしてもらうつもりだよ。そのことを陽一さんと打ち合わせるんだ」
「じゃあ福井の国はどうなるの?」
「福井の国については名古屋方面の開発が一段落ついてからだと思う」
福井の国につては、そこに至るまでのルート開発が必須になってくる。
ルート開発には途中に妖魔の巣があることだし、大公国軍の大掛かりな軍事行動がなければどうしようもないだろう。
手をつけられるのは、名古屋方面の鉱山開発にめどがついた二年後か三年後になるはずだ。
そのころには漁村開発もあるていど進捗しているだろうし、そうなっていれば妖魔の巣を攻略する大公国軍への補給も好都合なはずだ。
福井の国の寧々ちゃんや善之助さんとの再会も待ち遠しいが、そこへ至るまでのルートが整備されれば、彼、彼女らにも新鮮な魚を届けることができるし、逆に、善之助さんたちがこっちに来ることも容易になる。
なんてことを遥と話しながら高科邸へと馬車は到着した。
高見さんには夕方に迎えに来てもらえるようにお願いし、俺たちは陽一さんの執務室へと向かう。
ここには最近何度も足を運んでいるだけに、顔見知りの使用人さんとか役人さんに会釈したりされたりしながら目的の場所に到着した。
「おはようございます」
「おはよう。空君、遥さん、朝早くからご苦労だったね。さ、座って座って」
執務室の中央にある背の低いガラスのテーブルをはさんで、俺と遥は陽一さんと向かい合った。
それを見計らったかのように使用人さんがお茶を出してくれた。
「空君、妖魔討伐作戦では大活躍だったそうじゃないか。遥さんも凄くいい働きをしてくれたと報告を受けているよ。大公としては二人に何か恩賞を出さないといけないね」
「そんな、別に俺は何かを貰いたくて参加したわけじゃ……」
「わたしもです」
「ダメだよ、ちゃんと受け取ってくれなきゃね。でないと僕のほうが困ったことになる。国主としてはね」
陽一さんはそう言っていたが、それほど困った顔はしていなかった。
どちらかといえば、俺たちと話ができて嬉しそうだ。
「でも、戦死者もけっこう出てたみたいだし」
「うん、報告では五十三名の戦死者と一名の行方不明者が出たと聞いている。でもね、これはある意味自業自得だから仕方がないんだ。国主がこんなこと言っちゃいけないからオフレコでお願いしたいんだけどね。今回の件は貴族家の子息とかそれに連なる者にはある意味いいクスリになったと思っているんだ」
「貴族家の子息というと、あの作戦を立案した?」
「そうだよ、立案者の御堂虎次郎君が行方不明になってしまったけど、おそらくもう生きてはいないだろうね……まあ、たとえ生還してきても彼には断罪の道しか残されていないけどね。あっ、そうそう」
ヤバイ、このままこの話を進めると陽一さんが止まらなくなる。
「その話は今度にしましょう。それより」
「ああ、そうだったね。名古屋方面の開発計画だったよね」
「はい。それと、漁村についても」
「そうそう、漁村はいいよね。僕はこの時代に来て海産物に飢えていたんだ。今でも和国から輸入してるけど、やっぱり海産物は新鮮じゃなきゃね」
「俺もそう思ってこの話を出したんです。久しぶりに食った刺身は絶品でしたよ」
「わたしもお刺身があんなに美味しいとは思っていませんでした」
遥はあのときを思いだしたかのように恍惚の表情になっている。
よほど刺身が美味かったのだろう。
「うらやましいなぁ。ねえ空君、遥さんも今年の夏、お忍びでその海岸にバカンスに行こうよ。もちろん希美ちゃんと一花も一緒にだけど」
「いいっすね、それ」
「ぜひ行きましょう。楽しみだわ」
遥が乗り気なのが俺には嬉しかった。
彼女とはいずれ一緒になるつもりだし、家族サービスというか俺も楽しみだからそうではないかもしれないが、漁村開発の話をして大正解だったようだ。
さておき、今日はバカンスの話をしに来たわけではない。
いつのまにか陽一さんの話術にハマってしまっていることに気がついた俺は、話を進めるために本題その二を切り出した。
本題その一は名古屋方面の鉱山開発計画だが、話の流れでその二から進めてもいいだろう。
「で、その漁村の開発なんですけど」
「そうそう、さすがに空君たちだけで開発しようってわけじゃないよね?」
「あたりまえです。漁村の開発は大公国主導でやってもらいたいというのが今日お伺いした理由の一つです」
「まぁ、やっぱりそうなるよね……」
そう言って考え込んだ陽一さんの顔が引き締まった。
ここからは大公としての話をするつもりだろうか。
「もちろん、漁村開発は大公国主導で行うつもりだよ。だけどね、僕としては空君にも一枚かんでもらいたいんだ」
「一枚かむ?」
「ほら、村には村長が必要だろ? だからね、空君にはその村長になってもらいたいんだけど」
冗談じゃないです陽一さん。
俺はそんな器じゃないです。
「無理っす! 当分の間、俺は名古屋の鉱山開発メインで動く予定っすから」
「それはダイジョウブだよ、空君。村長としての仕事は開発が軌道に乗ったあとだから。それまでは発掘師として存分に働いてくれたまえ」
「でも、いずれは村長として働かなきゃでしょ?」
「伯爵とあろうものが二役や三役こなせないでどうするんだい? それに、僕は空君なら発掘師をしながらでも村長はじゅうぶんに務まると思っているんだ。ね、引き受けてくれるよね。ね、空君」
そう言いながらズイと顔をよせてきた陽一さんは、俺を過大評価しすぎているような気がしてならない。
俺は陽一さんから逃げるようにのけぞり、ひきつった顔でコクコクと頷くことしかできなかった。
「快諾ありがとう! いやぁ、空君なら引き受けてくれると思ったよ」
べつに快諾したつもりなどまったくないが、なるようにしかならないだろうと俺は腹をくくったのだった。
俺と陽一さんのやり取りを傍観していた遥がクスリと笑いをこぼした。
「わたしもお手伝いさせてもらうわ。頑張ろうね、空」
「わかったよ。やればいいんだろ、やれば……」
自分で持ち込んだ漁村の話で墓穴を掘る形になってしまった。
が、言い出しっぺの俺が逃げ出したらやっぱマズいなと思い、村長を引き受けることにした。
そんな折、執務室のドアがノックされた。
「五所川原様をお連れしました」
「どうぞ」
ドア越しに聞こえてきた声に、陽一さんがやっと来たかという顔で返事をした。
ドアが開けられると、この前会ったときよりずいぶん立派な紋付き袴に身を固めた五所川原発掘師協会会長が現れた。
「ご足労お掛けして申し訳ありません。ささっ、こちらにお掛けください」
「何がご足労なもんか、老体を呼びつけおって」
そんなことを言いながらも五所川原会長は笑っていたが、大公様相手にこれだけ言える彼は、陽一さんと旧知の中なのだろうか。
陽一さんは隣に五所川原会長を座らせると、少しだけ居住まいをただした。
「会長も来られたことだし、さっそく本題に入りましょうか。会長、僕は聞き役に徹しますから話を進めてください」
「わかった。で、空よ。いや、もう空殿と呼ばねばならんか」
「今までどおりでかまいません。会長」
「いや、けじめはつけねばならんからな。で、空殿。豊田の西に鉱脈があるというのは真なのか?」
いつもの少しひょうひょうとした五所川原会長と違い、このときはそのシワを刻んだ顔が真剣味を帯びていた。
それに、陽一さんが聞き役に回ってくれるというのは少しありがたい。
これで話はサクサク進むことだろう。
「もちろん間違いありません。豊田に匹敵するはずです」
「ふむ……空殿を信じん訳ではないがのう。協会の長としては何か確証がないとのう」
確証か……。確かに証拠がなければ協会を動かすことは難しいのかもしれない。
俺には栄えていた名古屋の知識というか記憶があるから問題ないが、この時代の人からすればこんな話をいきなり信じろというのは難しいか。
「わかりました。では、後日調査に行くということでどうですか?」
「わたしも同行します」
「ふむ、それでいいじゃろ。遥嬢が行ってくれれば協会としても助かる。で、せっかくの機会だ、確証が得られた後の話もしておこうかのう――」
五所川原会長のこういうところはヌケ目がないというか、老獪だと俺は思う。
そんな会長と遥を交え、陽一さんに用意してもらった地図をもとに開発計画のあらましを話し合った。
話し合いは、途中豪華な昼食をはさみ続けられたが、その結果、鉱山の予定地となる外れに豊田のような発掘師街を作ることになった。
計画が大筋でまとまった頃合いを見て、陽一さんが話し合いに入ってきた。
名古屋鉱山と名づけられることになった鉱山は、調査によって得られた情報をもとに区画整理され、強制労働刑の受刑者たちによって道が整備されることになった。
陽一さんによると、冬から春の間に名古屋までの道は開通しているということだった。
その工事にあたったのも、強制労働刑の受刑者たちだそうだ。
「――ついでと言っては何ですが、その道を漁村の予定地まで延ばしてくれるとありがたいんですが。あ、橋も必要ですね」
「確かにそれもそうだね。そっちは僕に任せてくれないか。夏までには絶対になんとかするから」
陽一さんは、絶対にバカンスのためにこんなことを言ったのだと俺は確信した。
さておき、残る懸念点は名古屋地区に徘徊している可能性がある妖魔についていか。
「あの、最後に一ついいですか?」
「なんだい」
「名古屋地区の妖魔についてなんですが」
「ああ、それなら心配無用だよ、空君。あの地域には大きな”妖気”溜まりが無いことは調査済みなんだよ。去年の秋に空君からこの話を聞かされた後すぐにね、調べさせたんだ。そして、すでにその”妖気”溜まりは潰してしまったっからね」
「そうだったんですか。じゃあ、あとは鉱脈を見つけるだけで計画ははじまると思っていいんですね」
「そういうことになるかの」
こうして名古屋地区の鉱山開発と、かつての琵琶湖沿岸に漁村を作る計画はまとまったのだった。
この日は遥と五所川原会長とともに、陽一さんのところで夕食をご馳走になり、陽が暮れてから俺は我が家へと帰り着いた。
夕方には迎えにきてくれていた高見さんは、俺たちと同席ではなかったが、ほとんど同じメニューの夕食をご馳走になったそうだ。
待たしてしまって悪かったと謝ったら「久しぶりに高級料理を味わえました」と嬉しそうにしていた。
そして時は流れ、うっとうしい梅雨が明けたころ、去年と同じように妖魔の襲撃が収まった。
苦労して採取してきた宝玉のおかげで、今年の戦績は目覚ましい進歩があったそうだ。
軍人さんたちの疲労もけが人も、去年と比べて格段に少なかったと一花が嬉しそうに言っていた。
俺としてはあの旅が楽しくて仕方が無かったが、苦労したのも事実であり、それが報われたことが嬉しかった。
俺は梅雨明けまでの間、やっておかなければならない貴族としての仕事を精力的にこなし、たまに帰ってくる一花を労わりながらも、彼女や遥とともに充実した毎日を送っていた。
前線で奮闘していた一花や軍人さんたちにようやく一時の安寧が訪れ、そして俺たちの計画が実行の時を見た。
名古屋地区の調査は、発掘師協会の調査員や遥とともに終わらせてあり、結果、豊田鉱山規模の鉱脈があることが無事確認できている。
「よし。遥、鈴音ちゃん、行くよ」
そんな夏の日の早朝、大物を掘り当てる希望を胸に、俺は遥や鈴音ちゃんとともに名古屋鉱山へと向けて出発したのだった。




