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第五十七話:妖魔討伐作戦その六

 凶悪なる妖魔出現の報告を受け、俺はとっさに思いついた作戦を実行に移すことにした。

 とっさに思いついたなんて言ってしまうと聞こえが悪いかもしれないが、あの妖魔をどうにかしようと思えばコレしかないと思う。

 報告によると、問題の妖魔は間違いなく富士山跡地中心で一花とともに見たヒル型のヤツだろう。

 離れた上空からでも感じることができたあの”妖気”は、マズいってレベルじゃなかった。

 俺や一花でも、あの”妖気”をまともに浴びればだたでは済まないような気がしてならない。


 悠長にしている時間はない。

 一花たちのもとを飛びたった俺は、報告された方角へと急いだ。

 そしてスグにヤツの姿が見えてきた。

 やっぱりあのヒル野郎だった。

 芋虫のごとくグロテスクな体を弧を描くように伸び縮みさせ、亀の歩みで東へと向かっている。

 俺は高度を落とし、真上から回り込むようにしてヤツの後背をとった。


 ヤツも俺に気がついたようで、しきりに体を伸ばしておぞましい”妖気”をその体表から垂れ流している。

 俺は一度上空に上がり、一花たちの準備が済んでいることを確認して戦闘を開始することにした。

 一花や遥、そして将官たちは、百メートルほど離れたところから妖魔をゆるく半包囲する形で展開している。

 もちろん彼女たちは、このヒル型の妖魔を逃がすまいと展開しているわけではない。

 俺と妖魔の戦いにつられ、出てきた別の妖魔を始末するために展開しているのだ。


「一花たちの準備もできたようだし、いっちょヤルとしますか」


 作戦の基本は空中戦だ。

 とは言っても飛んでいるのは俺だけなのだが。

 ヤツを間近で見てみて、この空中戦を選択した俺の作戦が間違っていないことが確認できた。

 グロテスクな体表を、滑るように流れ落ちる特濃の”妖気”が、ヤツの周囲に溜まっていやがる。

 地上に降りて戦うということは、あの”妖気”の中で戦うということになるのだ。

 短時間ならそれも可能かもしれないが、俺は好き好んでそんなことをするようなマゾなんかじゃない。


 というどうでもいいご託は横に置いておくとして、用心のために”気”のバリアを体にまとわせ、俺は手にした刀でヤツの周囲を跳びまわりつつ斬りつけてみた。

 妖魔があまりにも巨大でグロテスクなせいで、遠くから、ちょうど一花たちがいるあたりから見れば、ヤツの形状も相まって、俺は排泄物にたかるハエのように見えているのかもしれない。

 が、そんな下品な発想を、高貴な一花や将官たちがすることはないと思いたい。


 さておき、最初から全力で斬りつけるようなマネは怖くてできなかったが、五分程度の力で数回斬りつけてみた結果は、やはりというか傷を負わせることすらできなかった。

 ただただ爆発ような音と閃光が迸るだけで、刀は簡単にはじき返されてしまったのだ。

 ヤツの体表は、カマキリ野郎と戦ったときに感じたような硬いものではなく、弾力性に富んだゴムのような感じだった。

 ガキッと跳ね返されるのではなく、ボヨンと弾き返される感じだ。

 ヤツを見たときからあるていど予想できていたとはいえ、ここまで完ぺきに弾き返されるとは思っていなかった。


「参ったな」


 硬い体表なら、それを上回る力で斬りつければなんとかなった。

 が、コイツの場合はどうだ。

 五分の力を全力に変えたところで、刀が跳ね返される絵ヅラしか想像できない。

 なんとも厄介な相手だが、攻略法はきっとあるはずだ。

 こうなったら根競べだ。

 まだ戦いははじまったばかりだが、このとき俺はこの戦いが長期戦になることを覚悟した。

 そしてとりあえず、攻略法が見えないこの敵に敬意を表し、今からコイツをゴム野郎と呼ぶことにする。

 この場にとどまっているかぎり時間はいくらでもある。

 とりあえずやれることをやって攻略の糸口を見つけようじゃないか。

 ということで、さっそく俺は思いついたことから試してみることにした。


「斬るのがダメなら」


 まず、ヤツから一旦距離をとった。

 そして刀を前方に突き出し、スピードに乗った水平飛行でゴム野郎に迫る。

 斬れないなら突き刺せばいい、そして”気”を流しこんで体内からダメージを与えるのだ。

 ”妖気”からの防御は”気”のバリアだけだ。

 幸いヤツの動きはトロい。

 ”妖気”にさえ気をつけていれば、下手を打つことはないだろう。

 俺は加速できるだけ加速してゴム野郎に突っ込んだ。

 そして渾身の刺突をお見舞いしてやった。


「くたばりやがれぇぇぇえ!」


 が、やはりというか結果は芳しくなかった。

 完璧に俺の運動エネルギーを吸収したゴム野郎の弾力ある体は、そのエネルギーをものの見事に反転させて返してきた。

 当然、俺は突っ込んだ時と同じ速度で吹き飛ばされたわけだが、地上に落下するようなことはなく、空中で姿勢を立て直すことができた。

 もちろんダメージは喰らっていない。


「チッ、やっぱり甘くはないか……」


 俺は弾き返された刀の切っ先を見つめながら考えた。

 この鋭利な刀で刺突しても、ゴム野郎の体表を突き破ることはできなかった。

 小さな傷ぐらいは付いているかもしれないが、攻略のきっかけにもならないだろう。

 斬撃も刺突も弾き返される。

 攻略の糸口がまるで見えてこないが、こんなことでメゲる俺ではない。

 自分で言うのもなんだが、俺は諦めが悪いのだ。


 斬ってもダメ、突いてもダメ。

 刀でできることは他にないだろうか?

 いや、刀は斬ったり刺したりするためのものであり、他にあるとすれば峰で叩くくらいしかないだろう。

 しかし、あのゴム野郎をいくら叩いても弾き返されるだけで、攻略することはできない。

 ならば、いっそのこと刀で攻撃することをあきらめるか?

 イヤイヤイヤ、あきらめが悪い俺がそんなことできるわけがない。


 さっきも言ったじゃないか。

 刀は斬るためにあるんだし、他に武器になりそうなものを俺は持っていない。

 だったら斬れるまで挑戦し続けるしかないだろう?

 グダグダ考えたところで、画期的な攻略法が見つかるとも限らない。

 こうなったらやってやろうじゃないか。

 もう決めた。


「俺はこのゴム野郎を斬る。意地でも斬り刻んでやる」


 のそりのそりと伸び縮みしながら近づいてくるゴム野郎を上空から見据え、俺は刀に巡らせている”気”に神経を集中しはじめた。

 今のままやみくもに斬りかかっても、結果は見えている。

 俺は思いだしたのだ。

 三浦の爺さんが言っていた”気”の極意を。


 ”気”とは便利なもので、使用者の意思に呼応して働かせることができる。

 三浦の爺さん曰く、”気”を操る最大にして唯一のコツは思い込みだそうな。

 想う力が強ければ強いほど、”気”は使用者の意思どおりに反応するらしい。

 実際に、今まで訓練してきて彼が言うことは尤もだと実感できた。

 雑念を入れず、斬ることを強く思いうかべる。

 あのゴム野郎を斬り刻む俺の姿をイメージし、それが当然であるかのように思い込む。

 ようするに自己暗示をかけているに等しいが、それが完璧にできなければ攻略は不可能だろう。


 一度や二度、いや、何度失敗してもめげることなく、それでも斬れると思い込み続けることは難しいことなのかもしれない。

 だがしかし、何度も言うが俺はあきらめが悪いのだ。

 意地でも斬り刻んでやる。

 そう心に誓い、俺はゴム野郎に斬りかかった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 空が戦いはじめて既に三時間が経過していた。

 一花の横でその様子に見入っていた藤崎が不意につぶやく。


「あのときの一花様を思いだしました」

「あのときとは?」


 藤崎が見据える先では、巨大な妖魔の周囲を飛び交い、あきらめることなく斬撃を浴びせ続けている空の姿があった。

 一花の視線も戦い続けている空に向けられている。


「御殿場決戦です。大公様やお妃様でも刃が立たなかった妖魔を一花様が攻略したときと似ていると思われませんか」

「そう言われてみれば…… でも、あのときの私は無我夢中でしたから」

「私には今の空殿もそのように見えます」

「ですが、あの妖魔は私が倒した鬼ムカデとはレベルが違いすぎます。”妖気”の濃さも禍々しさも、そして何よりあの防御力。動きが遅いことだけが唯一の救いなのですが、空様の体力がいつまでもつか……」


 不安顔の一花に対し、藤崎は彼女を見守るように安らかな表情で語りかけた。


「左様でございますな。ならば我々は、我々にできることをいたしましょう」

「私たちにできること?」


 視線を藤崎に移した一花の表情に灯りがともった。


「見てのとおりあの妖魔は動きが遅うございます。ですから、空殿が休憩できる準備をしておこうではありませんか」

「そうですね、さすが藤崎です。よく思いつきました」

「では、私は準備をしてまいります」

「ええ、頼みましたよ。食事の用意も忘れないように」

「かしこまりました」


 陣へと戻った藤崎と入れ替わるように、空の戦いに誘い出されてきた妖魔を仕留めたばかりの三枝と菅井が顔を見せた。


「藤崎大将はどちらへ?」

「ご苦労様です三枝中将。藤崎大将は空様が休憩なさる準備をしに行きました」

「なるほど。たしかにこの戦いは長引きそうですからな」

「でもさぁ、あの諦めの悪さは尊敬に値するね。俺だったらとっくに放り投げてる」


 戦い続けている空に視線を向けているあきれ顔の菅井に、一花は氷の笑みを湛えて釘を刺す。


「空様を侮辱するような発言は許しませんよ。菅井中将」

「侮辱なんかしてませんさ。ホメ言葉ですよ。一花様」


 菅井の言葉が悪いのはいつものことなので、一花も本気で怒っているわけではないことは菅井も理解している。

 しかし、事が空のことになると、これ以上はどうなるか分からないと、このとき菅井は彼女の声と顔色から感じとった。


「それにしても、空殿のあの集中力と体力には目を見張るものがあります」

「三枝中将、貴方もそう思いますか」

「ええ、私には到底真似のできないことです」


 三枝に空のことを称えられたことで、不機嫌そうだった一花の顔は得意げになっている。

 彼は、別に一花の機嫌を取ろうとおべっかを使ったわけではなく、思ったことを自然に口に出しただけだったが、結果的に場を和ませることに成功していた。

 三枝は真面目で几帳面なたちだが、自然に人間関係に調和をもたらす言動をすることが多く、口が滑りやすい菅井は、これまで何度も彼の言動に助けられていた。

 心の中で三枝に感謝した菅井は、一大事な今、これ以上一花の機嫌を損ねないように口をつぐんだのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 ゴム野郎と戦いだしてかなりの時間が経った。

 俺はその間、ただやみくもに攻撃していたわけではなく、修業を思いだしながらヤツを斬り刻むイメージを強め、そして保ち続けた。

 が、いまだにゴム野郎にダメージを与えることができないでいた。

 しかし、何も収穫がなかったわけではなく、最初のうちは斬撃を与えてもヌルリと滑る感覚しかなかったのが、今ではガザリと引っかくような感触が両手に伝わってくるようになった。


「もう少しだ。もう少しで斬れそうなんだけど……」


 カマキリ野郎の時もそうだったが、あきらめることなく何度も何度も攻撃を仕掛けてようやく攻略の糸口が見えた。

 が、こうも長時間攻撃し続けていると、さすがの俺も腹が減ってきたし両腕が重い。


「一旦引いて休もうかな」


 なんてことを口にしたおかげではないだろうが、一人の兵士が危なくないギリギリまで近寄ってきて手を振っているのが分かった。


「お食事の準備ができていまーす!」


 まさしく渡りに船だった。

 ゴム野郎の移動速度はあきれるほどノロい。

 十分くらいならこの場を離れても大丈夫だろう。

 それだけの時間があればメシも食えるし体力回復もできる。

 俺は斬撃のイメージだけは忘れないように頭の中で反芻しながら、一花たちのもとへ戻った。


「お疲れ様です。私は信じておりますが、斬れそうですか?」

「むぐむぐ…… うん、もう少しで何とかなりそうな感触だよ」

「やっぱり空様はスゴイです。ねえ藤崎、貴方もそう思うでしょ」

「御意に御座います。一花様」


 一旦陣へと戻った俺は、急いでメシを掻き込みつつ、気遣って称賛してくれる一花たちに感謝しながらもゴム野郎を斬り刻むイメージを保ち続けた。

 遠くで遥が戦っているのが視界に入り、彼女も頑張ってるなと勇気づけられもした。

 彼女たちの期待に応えるためにも、あのゴム野郎を斬り刻んでやろうじゃないか。

 そう強く思った俺は、充分にとまではいかなかったが、かなりの体力を回復し、そしてそれ以上に勇気とやる気を補てんして戦いの場へと舞い戻った。


「覚悟しろゴム野郎! お前の命運もこれで終いだ」


 決して強がりではない気持ちをゴム野郎にぶつけ、俺は再びヤツに斬りかかった。

 すると、体力を回復したせいだろうか、今までにない引っかかるような感触が両手に伝わってきた。

 よく見ると、斬ったところに筋のような痕跡が見える。

 カマキリ野郎と戦ったときもそうだったが、こういった戦いは俺の得意分野だ。

 こうなったら、とことん同じ場所を斬ってやろうじゃないか。

 ようやく攻略の糸口をつかんだ俺は、体力を回復できたことと併せて、斬るイメージを明確にしつつ、何度も何度も同じ場所に斬撃を浴びせたのだった。


 そして攻撃し続けること、たぶん二時間くらいでゴム野郎からどす黒い体液が吹き出してきた。

 すでに頂点に達した陽の位置が、かかった時間を教えてくれた。

 あれから何回斬りつけただろうか、数えるのも面倒な斬撃の数だったが、ついにヤツを斬ることに成功したのだ。


「次だ。次の一撃でしとめてやる」


 万感の思いを胸に一旦距離をとった俺は、その思いを糧に刀へと超圧縮した”気”を送り込みつつ刺突の構えをとった。

 そして掛け声とともに、最大速度で突撃を敢行したのだった。


 ブスリと両手に伝わってきた感触が、俺の攻撃が成功したことを物語っている。

 見るまでもなく、俺の刀はゴム野郎の体に深く突き刺さってた。

 ここが勝負どころだ。

 直感的にそう思った俺は、バリアに使っている分を残し、ありったけの”気”をこれ以上できないほどに超圧縮して刀からヤツの体内に送り込んだ。

 とたんにヤツの体が巨大な風船のように膨らみ、そして目も開けられないような光とともに弾け飛んだ。

 

「っしゃぁ!!」


 刀を突き刺した位置で滞空していた俺は、感情のままに刀を突きあげていた。

 バリアのおかげで、ヤツの体液からも身を守ることができたようだ。

 一気に”気”を放出したこともあって、空中に浮かんでいるのがやっとの状態だが、今の俺はサイコウに気分がいい。

 その高揚した気分をさらに高めてくれる歓声が聞こえるなか、俺は一花たちのもとへと戻ったのだった。

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