第五十四話:妖魔討伐作戦その三
作戦が開始されて数時間が経った。
戦線の後方から戦況を見ていると、大公国軍の兵士たちは実に上手く連携をとって、誘い出されてきた妖魔と戦っていた。
戦っているのは全体の三分の一ほどの兵士だが、上手くローテーションしてキッチリと休憩を取り、体力を温存しながら戦線を維持している。
戦っている兵士も、決して無理な攻撃はしないし、各々がキッチリと自分の役目を果たしていた。
「この調子じゃ本当に俺たちの出番はないな」
「本当だわ、訓練された戦闘のプロ集団って感じがして、個人プレーに走りがちなわたしたち発掘師とは全然違うね」
俺も遥も、兵士たちの見事な戦いぶりに称賛を送るしかなかった。
そして称賛を送りながらも、遥は食い入るように兵士たちの戦いぶりを見ていた。
彼女の真剣な顔つきは、兵士たちの戦い方を貪欲に学ぼうとしているかのようだった。
戦闘がはじまると、一花は軍全体の指揮を執るために凛さんを残し、藤崎さんとともに俺たちのもとを離れた。
今、目の前で安定した戦いを繰り広げている部隊は、凛さんが率いている中隊らしいが、中隊同士の連携というか、戦列に穴があいて妖魔が街の方に入り込まないようにする必要があるということだった。
各中隊がいくら安定した戦いを続けようと、中隊同士の位置関係も常に把握して、突出しすぎたり間が広がりすぎたりしないようにしなければならないそうだ。
「もしカテゴリー四以上の妖魔が襲ってきたらどうなるんですか?」
兵士たちの戦いぶりを見るに、カテゴリー三までの妖魔だったら安定した戦いができることは明白だった。
しかし、それ以上に強い妖魔だったら? という疑問が、ふと頭をよぎった。
「……そうだな。カテゴリー四の襲撃があった場合は戦術が変わる。直接相手にできるのは我々将官と中隊長クラスだが――」
満足そうに部下たちの戦いぶりを見ていた凛さんに疑問をぶつけてみたら、懇切丁寧に説明してくれた。
その説明によると、襲撃してきた妖魔がカテゴリー四だった場合は将官、つまり騎士階級の者だと二名、中隊長クラスの場合だと四、五名で連携をとって倒すことができるらしい。
しかしながら、それだけ腕がたつ者が同じ戦場にいる場合は少なく、現に今もこの場には騎士階級の凛さんと中隊長がひとりしかいない。
ならばどうするのか?
答えは陽動を小隊長数名が務めて、騎士階級の者と中隊長が攻撃役にまわるそうだ。
それでどうにか倒すことができるらしいのだが、そもそもカテゴリー四以上の妖魔は年に数えるほどしか出現することはなかったらしいし、カテゴリー五の妖魔が襲撃してくることは極めてまれで、その場合は参集できる全軍をもって対応するか、一花や陽一さんが出張ってくるしかなかったらしい。
「――しかし、去年はカテゴリー四の襲撃が目立った。もし、今年もそうであるならば、この作戦も気を抜くわけにはいかない」
説明を終えた凛さんは、キリリと表情を引き締めて戦う兵士たちに視線を送った。
今、俺たちの前方で二手に分かれ、連携をとって狼型の妖魔二頭との戦闘に参加している兵士たちは合わせて二百名ほどだ。
凛さんによるとあの狼型の妖魔はカテゴリー三にあたるそうだから、一頭に対して約百名が当たっていることになる。
旅の時に遊撃小隊の兵士たちは、二名から三名一組で同レベルの妖魔と戦っていたから、彼、彼女らの戦闘能力が、軍の中でいかに突出しているのかよく分かった。
そんな遊撃小隊の兵士たちは、戦況を観察しながら適度に妖魔を誘い出しているようだった。
その様子を離れたところから見ていた俺には、この作戦が兵士たちの訓練のように見えてならなかった。
ついついそんなことを口走ってしまったら、凛さんが感心したような顔になった。
「ほう、空殿はそこまでお見通しか」
「いや、感じたことがつい口に出ただけで、見通しているわけでは」
「謙遜するな。表立っては言えぬことだが、事実、この作戦は評議会のくだらない決定を利用した訓練にすぎぬ。半月後からはじまる前線での防衛戦に向け、冬の間になまった兵たちの訓練になるようにと、参謀が作戦を変更したのだ」
表立っては言えないことを、凛さんは笑いながら教えてくれたが、それは俺たちのことを信用してくれているからのことだろう。
彼女と会ったのは今回が初めてだが、一花が俺たちのことを話していてくれたということだろうか。
凛さんは、とても口が軽そうには見えない人だから、そうとしか考えられない。
さておき、妖魔討伐作戦と銘打たれた実地戦闘訓練は、俺と遥の出番が無いまま、翌日もその翌日も続けられた。
夜になって一花に聞いた話では、このまま十日ほど、この位置で作戦を実行し、終了後に戦線を例年の位置まで後退させて防衛活動に入るそうだ。
俺と遥は、何ごともなければ形だけの参戦であり、いざというときの切り札という位置づけらしいから、戦線が完全に落ち着いた作戦三日目には、もう引きあげても構わないと言われてしまった。
しかし、そう教えてくれた一花の顔には、一緒にいてほしいとも書いてあった。
大公国軍のトップという立場上、彼女がそんなことを口に出せるはずがないのだから、ここは俺が気を利かせるべきだろう。
もちろん俺には、一花を一人残し、安全なところに引き下がるつもりはないし、もったいぶった言い方をするのは性に合わないから、作戦が終わるまでは居残るつもりだと伝えておいた。
横で聞いていた遥は、俺が残るのなら、とまでは言わなかったが、自分も作戦終了まで残ると意思表示した。
「まったく、空様は一度決めたら後には引きませんね。でも、ありがとうございます」
一花は申し訳なさそうにそう言ってくれたが、その顔からは喜びの色がにじんでいた。
俺の考えは間違っていなかったようだ。
そんなこんなで作戦開始から一週間がたった今でも、俺と遥は戦場に残っていた。
されど、戦いに参加することはなく、ヒマを持て余すことになったのは事実であり、そしてそれは遥にも当てはまることだった。
ヒマそうにしている俺と遥を見かねたのか、それとも俺たちの戦闘力に興味があったのか、その両方かも知れなかったが、見かねた凛さんが俺たちに話しかけてくれた。
「やることが無いならば、二人で訓練でもされたらいかがか。戦線は私が見ているから気になされる必要はない」
凛さんのこの提案はありがたかった。
一も二もなく頷き、その提案に乗った俺と遥は、凛さんの部下らしき兵士から木刀を受けとると、なまりかけていた体をほぐすかのごとく打ち合いをはじめたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
煌びやかな鎧にその身を包み、腕組みをして戦況を睨みつけている御堂虎次郎は、その顔が示すがごとく苛立ちを募らせていた。
己が考え出した比類なき作戦に身勝手な変更が加えられ、戦線の端に配置されたことにも納得がいかなかったが、わずかに侵攻しただけに留まり、散発的に現れる妖魔を討つだけの毎日に、このままでは、計画が藻屑と化すことが目に見えていた。
作戦の詳細に関しては軍に決定権があることを理解はしているが、侵攻とは名ばかりの腑抜けた臆病さに、虎次郎の胸中には落胆と失望、そして言いようのない怒りがこみあげていた。
作戦終了の期日まではあと三日を残すのみ。
今後これ以上、妖魔どものテリトリーへと侵攻する指令は下っていない。
予備役として大公国軍の指揮下にある以上、この腑抜けた臆病な作戦に従わざるを得ないが、大義を成しとげるためには、義勇軍として大公国軍の指揮下を離れ、志を共にする者たちとテリトリーの奥深くまで侵攻すべきではないか。
もうこれ以上、臆病な大公国軍に付き従う意味はない。
虎次郎はそう思うようになっていた。
指揮下を離れて侵攻すれば、大公国軍との軋轢が生じるだろうが、所詮軍は最高評議会の駒だ。
最高評議会議員たる自分の行動にとやかく言われる筋合いなどない。
大公国を苦しめている妖魔どもを殲滅するという崇高な目的を達成するためには、もはや臆病な軍に従っている場合ではない。
焦りからだろうが、虎次郎の考えは、すでに引き返せないところまで行きついてしまっていたのだった。
「戦場に集いし同志たちよ!」
ついさっき襲ってきたレベルの低い妖魔をしとめたことを確認した虎次郎は、抜刀したそれを天高く、そして力強く突き上げて叫んでいた。
もはや彼を止めることができる者はこの場にはいない。
虎次郎は当初からの持論を声高に語り、そして宣言した。
「我々は憎き妖魔どもを殲滅せしめんとこの場に赴いている。しかしこの惨めな現状はどうだ? 愚鈍な亀のように縮こまり、臆病なウサギのごとく踏みとどまっているだけではないか! 崇高なる使命を果たさんとはせ参じた私には、この惨めな現状を打破し、輝かしい戦果を勝ち取る義務がある。この崇高なる考えに賛同する者は私のもとへ集い、共に戦おうぞ! 妖魔どものたむろする奥深くへと攻め入り、憎き奴らを殲滅せしめようぞ!」
虎次郎の話に聞き入っていた者たちから、怒号のような雄たけびが上がった。
次々に賛同者が虎次郎のもとへと駆け寄ってくる。
「我々もこの戦いには辟易していたところだ。奥深くへと攻め入り、妖魔どもを蹴散らそうぞ」
「まったくもって虎次郎殿の言われるとおりだ。私も参戦しますぞ。輝かしい戦果をこの我々の手で勝ちとりましょう」
集まってきた者たちは、次々と虎次郎への賛同を示していった。
そしてその数は、五百名を超えるほどにまで膨れ上がったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
戦線の端のほうで不穏な動きが出ていることなどつゆしらず、遥との打ち合いを終えて一休みしていた俺のもとへと、凛さんが急ぎ駆け寄ってきた。
心地よい疲れと、脱力感が支配的な俺だったが、険しい顔をしている凛さんを目のあたりにして、気持ちがぐっと引き締まった。
遥も緩んでいた顔を引きしめている。
「空殿、緊急事態だ」
「何かあったんですか?」
「造反者が出た。誠に忌まわしきことだが――」
凛さんが言うには、予備役として参戦していた最高評議員の十数名と、彼らに賛同する者たちが戦線を離れ、独自行動をとっているということらしい。
しかもその離反者たちは、撤退するのではなく、無謀にも妖魔たちのテリトリー内部へと侵攻しているそうだ。
「すでに一花様と将官数名が止めに向かったが、妖魔どもを無駄に刺激する事態になりかねん。防衛上私はこの場を離れられぬが、空殿にはぜひ一花様の元へと急いでもらいたい」
自分の意志で参戦している予備役の兵たちがどうなろうとも、俺的には他人事なのだが、命令に従って戦線に出ている兵士たちや、ましてや一花に迷惑をかけているとあってはそんなことなど言っている場合ではない。
一花や将官が妖魔に後れを取ることはないと思うが、もしも大量の妖魔が動きだした場合、その全てを漏らさずに対処することは難しいだろう。
しかも今までは、遊撃小隊の兵士たちが弱い妖魔を選んで誘い出していたというのに、彼らの苦労を台無しにする暴挙とも呼べる予備役たちの身勝手な行動に、このとき俺は無性に腹が立った。
「分かりました。すぐに向かいます。遥はどうする? 今は疲れてるだろ、無理しなくてもいいよ」
「わたしだけのうのうと待つことなんてできないわ。もちろん連れて行ってくれるんでしょ」
「分かった。遥がその気なら一緒に行こう」
口調は柔らかかったが、遥の顔には、分かってるんでしょうね、と言いたげな迫力があった。
ここでもし彼女を置いて行くようなことをしてしまえば、あとでグチグチ言われることは間違いないし、一緒に行きたいと思う彼女の気持ちも理解できた。
万が一にでも遥に危険が及ばないよう、注意して動く必要はあるだろうが、今の彼女ならカテゴリー四程度の妖魔の対処は無難にこなすはずだ。
実際に遥は、旅の前と比べると別人のように強くなっている。
そう考えると、彼女に対する心配は余計なことなのだったのかもしれない。
「防具を装備したらここに集合な」
「ええ、わかったわ。空こそ遅れないようにね」
なんて軽口をたたいてきた遥の顔には、安堵の色が見てとれた。
寝泊まりしているテントに急いで戻り、簡単な防具をを身につけ刀をもった俺は、動きやすそうな軽装備を身につけてきた遥を有無を言わさずに抱きかかえると、そのまま上空へと舞い上がり、一花の向かっている先へと急いだのだった。




