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第五十話:ゆく年くる年

 年の瀬も押しに押し迫った十二月三十一日。

 高科大公宮に隣接する大会議場では、もうすぐ年も暮れようとしている時間にもかかわらず、厳しい表情の者たちが激論をくり広げていた。

 会議場の前方には、大公高科陽一をはじめとした国の重鎮が居並び、椅子に腰をおろしている。

 その脇に演壇が設けられ一人の男が会議の進行を務めていた。

 半円の階段状に設けられた席には、百名近いスーツ姿の男女が、居並ぶ重鎮たちを見下ろすように座っている。


「議長!」


 集団の中から、一人の男が甲高い大声を張り上げた。


「御堂虎次郎君」


 議長から発言を許された御堂虎次郎が立ちあがり、中央の演台へと向かって階段を下りていく。

 陽一をはじめとする重鎮たちとその後方に掲げられている、富士の絵があしらわれた国旗に一礼した虎次郎のその表情は、ゆるぎない自信に満ち溢れている。

 演台に立った虎次郎が会場全体を見わたし、そして声高に弁舌をふるいはじめた。


「この天恵ともいえる機会を逃すべきではない! 妖魔に怯え、守勢にまわり、鈍足で臆病な亀のように守りを固めるだけでいいのか? 否! そんな消極的で臆病な考えは捨て去るべきである。我々は崇高なる考えのもとに範を示さねばならない。一花様がもたらしたもうたこの好機を活かさずして、何が大公国の選ばれし臣民たり得るか! この好機を活かし、比類なき戦略をもって積極的に、そして雷光のごとく攻め、忌まわしき妖魔どもを殲滅せしめようぞ――」


 長く、そして自己陶酔にみちた挨拶に絡め、虎次郎は妖魔への攻勢を声高に訴えた。

 陽一はその欺瞞に満ちた訴えに、忌々しいため息を漏らす。

 それはまた、彼に近しい一部の重鎮たちも同じだった。


 本来この最高評議会の議題は、空たちがもたらした名古屋方面及び福井の国の情報と、そこから導き出された法案を審議し、決定するはずだった。

 しかしその審議は、虎次郎を旗頭とする貴族家および旧貴族家の子息たちからなる派閥によって、紛糾することになった。

 彼らが議員立法にあたる法案を提出したからだ。


 虎次郎らの一派がその法案で何をもとめているのか?

 表面上は妖魔を撃ち滅ぼし、大公国に安寧をもたらす大義を掲げてはいた。

 が、それは欺瞞に満ちた大義であり、本心は自らの出世欲を満たすための方便であることが、陽一には容易に透けてみえた。

 虎次郎を旗頭とする派閥は、富士大公国最高評議会議員の過半を占めるにはもちろん至っていないが、彼に賛同する別派閥の評議員も多い。


 国民の意思を最大限尊重したいと考え、陽一は絶対君主制を廃止し、この評議会を大公国における意思決定の場に制定した経緯があった。

 したがって、この評議会で決定したことを覆すことは、国主である陽一にも容易にはできない。

 評議会を制定した折、かつてのアメリカ大統領のような拒否権の設定をしなかったことが失策だったと、今の陽一には悔いることしかできなかった。


 紛糾していた評議会は、虎次郎派とそれに賛同する評議員により、大公国北西部の富士山跡地に巣食う妖魔討伐作戦という、陽一からしてみれば無理がある法案を可決するかたちで閉幕することになった。

 陽一が提出していた『名古屋方面開発および福井の国との国交樹立に関する法律』も可決を見たが、その施行を前に、『大公国北西地域妖魔討伐作戦』が、来春早々に決行されることになった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 年が明けた快晴の一月一日、御堂家では新年を祝賀するパーティーが開かれていた。

 百畳はあろうかという洋風の応接間に、紋付き袴やモーニングで正装した老若男女が集まっている。


「虎徹様がお隠れあそばした折には、どうなるものかと心配存じ上げましたが、虎次郎殿が起たれたとあっては御堂家も安泰ですなぁ」

「父の遺志を継いだまでのこと。大層なことではありません」

「ははっ、ご謙遜なされるな。春の大事を成されれば爵位復位も疑いないでしょう。その暁はよしなに」


 御堂家寄りの有力者と派閥に属する五十人弱が招かれたこのパーティーは、貴族家の子息や旧貴族家の親交を深めるという目的で開かれていた。

 したがって参加者に現役貴族は含まれていない。


 御堂虎次郎は伯爵だった父虎徹を亡くして以来、貴族家嫡男としての威が無くなり、その求心力を低下させつつあった。

 しかしすでに、貴族家嫡男としての威を利用し、評議員として国政を左右できるだけの力は蓄えていた。

 この力を利用して、なんとしても爵位を勝ち取らなければならない。

 それが今の虎次郎を突き動かす原動力になっていた。


 和国の時代から続く名門御堂家の跡取りとして、次期国主たる高科一花の夫となり、彼女をじっくりと篭絡し、いずれは彼女に成り代わって大公となる。

 それが虎次郎が描いた彼の将来設計だった。

 しかし一花が空と婚約してことで、その目論見は崩れ去り、そして父の死によって貴族家の跡取りという立ち位置まで失うことになった。

 そんな状況に追い込まれた、いや、追い込まれたと思っているのは彼だけなのだが、とにかく、虎次郎は焦っていた。

 

 そこに飛び込んできたのが、空たちが持ち帰った宝玉の情報だった。

 自分を差し置いて一花と婚約し、強力な妖魔を倒したことで爵位を得た空のことを忌々しく思い、そして殺意さえ抱いた虎次郎だったが、これを利用しない手はないと考えた。

 大量の宝玉を持ち帰ったのは、葵空などというどこの馬の骨とも知れぬ下民ではなく、高科一花の手柄だと自分に言い聞かせてプライドに折り合いをつた。

 いまでも下民と見下している空については、いつかその出自に相応しい惨めな屈辱を味あわせればいいと、虎次郎は思うことにした。


 父の威を借りられなくなった今、政治家としてコツコツと実績を重ねるだけでは爵位が遠い。

 いくら旧貴族家の当主になったとはいえ、法的には平民であり、虎次郎にはそれがゆるせなかった。


 早急に実績をあげねばならない。

 予備役としてだが、大公国軍への入隊は賛同する者たちとともに済ませた。

 空とかいう下民は強力な妖魔を倒して爵位を得たというではないか。

 ならば、貴族の血を引く高貴なる自分に同じことができないわけがない。

 いや、高科一花がもたらした大量の宝玉がある今、一派をひきつれて偉大なる戦功を挙げれば、あの忌々しい下民を、そして父をも超える地位に就けることは間違いない。


 自分の血筋を信じて疑わない虎次郎は、追い込まれ、そして自分勝手に思い込んだ結果、もはや妄想と現実の区別がつかなくなりつつあった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



「最高評議会で決まったという、ふざけた作戦の詳細はどうなっているのですか? 意味がある作戦なのですか?」


 葵邸から離れ、年明け早々から軍本部の会議室に大公国騎士たちと籠ることになった一花は、直接表情に出すことはないが、いらだちがことばの節々に表れていた。

 せっかく空とゆっくり過ごせるはずの楽しみにしていた正月休みを、不意に呼び出された軍議でつぶされることになったのだ。

 普段から軍務で忙しく、空とともにくつろげる時間が少ない一花にとって、この呼び出しはふたりの貴重な時間を邪魔するものでしかなかった。


「――妖魔の数を十分に減らすことができれば、春以降の襲撃も減って意味のある作戦になるんですがねぇ……」


 ひょうひょうとした態度で、そう言って沈黙した中年男に、一花はあきれ顔で問いなおす。


「北川参謀長、一般論は良いから貴方の率直な意見が聞きたいわ」


 北川は富士大公国騎士の末席に名を連ねる男爵級の騎士だが、参謀として一花の信を得ていた。

 こと軍事に関しては、師匠の三浦や側近の藤崎よりも、一花はこの不遜な態度をとる、やせ細った中年男の知識と直感を信頼している。


「無謀ですなぁ。あそこの妖魔をちょっとやそっと減らした程度で何が変わるのかと」

「貴方がそう思うのなら私の考えはひとつです。この作戦は形だけ実行することにしましょう。妖魔どもをできるだけ刺激しないように、はぐれた何匹か倒してそれで終わりです」

「そうですなぁ、お嬢がそれでいいならボクに異論はないかな」

「藤崎、貴方はどう考えますか?」


 さも当然と言わんばかりに藤崎は答える。


「一花様がお望みのとおりに」


 藤崎の答えに満足した一花が、集った騎士たち全員を見渡した。


「他の者たちもそれでいいですね?」


 なかば投げやりな一花の問いかけに、集った騎士たちは一様に頷いていた。

 ここで余計なことを口にして彼女の機嫌を損ねたくない、ということも勿論あるが、騎士たちの思いは一花とほとんど変わらなかった。

 つまり、彼、彼女らも、くだらない作戦のためにせっかくの休みを邪魔されたという思いがあるし、この作戦に特別な意義を見出すことがなかったということだ。


「では北川参謀長、委細は貴方に任せることにします。面倒でしょうが、できるだけ犠牲が出ないように詰めておいてください」

「はぁー、了解しました。虎次郎一派以外には犠牲が出ないように考えますか……」

「それで構いません。解散」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 年が明けた朝一番。

 顔を洗おうと洗面所に行ったら、一花とばったり顔を合わすことになった。


「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いしますね、空お兄ちゃん」

「あ、おはよう、そして明けましておめでとうございます。一花ちゃん」


 遥は新年の準備があるからと、昨日の朝から実家に帰っている。

 鴻ノ江食堂には明後日の夕方にお邪魔して一泊することになっているから、その準備なのだそうだ。

 俺を迎える準備なんていらないよ、と言ったのだが、お貴族様を迎えるのに今までどおりじゃだめだと言って、彼女の父幸作さんから絶対に帰ってこいと呼び出しを喰らったらしい。


 一花は帰らなくていいのか? と聞いてみれば、せっかく空お兄ちゃんとゆっくりできるのに、そんな勿体ないことはできないと、はにかんでいた。

 そんな一花と新年のあいさつを交わしている最中に、使用人から彼女に一通の封筒が渡された。

 一花はその書面に目をとおし、不機嫌極まりない顔でクシャリと握りつぶすと、むりやり造ったような笑顔で「申し訳ありません。用事ができました」と言って出かけてしまった。

 おそらく軍か何かから呼び出しがかかったのだろう。

 こんな時期に呼び出しとは、何か良くないことでもあったのだろうか。

 いずれにせよ、国の要職に就いていると、プライベートなんてあったもんじゃないなぁ、と、しみじみ俺は思った。


「旦那様、朝食の準備ができました」


 一花が外出してからしばらくして、天音さんが声をかけてきた。

 この家で暮らしはじめてまだ一年も経っていないが、旦那様なんて呼ばれると、なんだか俺も一人前になったような錯覚に陥ってしまう。

 そりゃぁ、うら若き――見た目だけだが、と思ってしまうこの感覚を早いとこなんとかしなければならないとは考えている――乙女にこんな呼び方をされると、勘違いしてしまうのも無理のないことだろう。


「ありがとう、すぐに行くよ」


 朝食は俺の好みもあるが、純和風の献立になっている。

 アジの開きに味噌汁とお新香、それから白いご飯だ。

 富士大公国ではアジの開きは貴重品で、和国からの輸入に頼っているわけだが、資金的に余裕ができた今となっては、大量に買いこんでほぼ毎朝食卓に上がっている。

 旧琵琶湖沿岸に漁村を造れば、アジの開きも気軽に買えるようになるなぁ。

 なんてことを考えつつ、朝食を堪能していたら、俺の正面に少し離れて正座している天音さんが目に入った。


「あれ? 今日は天音さん一人ですか?」

「美幸と菜月は、新年の挨拶のため一時的に実家に帰省しております。夕方には戻ってきますよ。どちらか一人、いや、二人同時でも構いませんが、ご所望でしたらすぐにでも使いを出しますが……なんでしたら、わたくしがお相手差し上げても」


 俺は咀嚼していた米粒を盛大に吐き出した。

 そして急激に顔の温度が上がっていくのが自覚できた。

 突然妙に色っぽい声になって、こんなことを言われたら、誰だってこうなるだろう。

 しかも、天音お姉さんにすべて任せなさいと言わんばかりの雰囲気は、もうどうにでもしてください、と、すべてをゆだねて誘惑に負けそうになる。

 もし俺に一花や遥がいなかったら、お願いしまーす、と、彼女に抱きついていたことは間違いない。


 それとも、貴族というのはこんな誘いに対しても何食わぬ顔で応じるのだろうか?

 押し倒して欲望をむき出しにするのだろうか?

 彼女の表情からするに、俺をからかっているのか本気なのかどうにもわからない。

 人生経験の差は俺とは雲泥だった。


 何にしても、今この場で欲情を爆発させたら一花に申し訳なさすぎる。

 その思いがあったおかげで、俺のわずかに残った理性をなんとかつなぎとめることができた。 


「天音さん、冗談はよしてください。それより、一人で今日は大丈夫ですか?」

「あら、本気でしたのに残念ですわ……旦那様は理性的でいらっしゃるのですね。ご立派です。ですが、一花様や遥様がお子を授かった暁には、わたくしたちにもおすそ分け下さるというのが貴族の務めなのですよ。あ、そうそう、年末に隅々まで大掃除いたしましたから心配ご無用ですよ。今日は一花様と遥様がおられない分、ヒマなくらいです」


 すっと表情を戻し、その顔に笑みを湛えた天音さんは、何ごともなかったかのように今日はヒマだということを教えてくれた。

 どうにも天音さんは、本気で誘っているのか冗談でからかっているのか掴みかねる。

 が、いずれは彼女らと酒池肉林に溺れることができるかもしれないと考えると、頬の肉が緩むのを抑え込むのに一苦労だった。


 さておき、天音さんと話したことで、彼女ら三人が激務をこなしているということを思いだした。

 貴族のアッチ関係のエロい話を、根掘り葉掘りプレイ内容まで含めて聞いてみたいという思いも確かにある。

 が、今は時期が悪い。

 話題を変える意味でも、ここはあの件について聞いておかねばなるまい。


「そうだったんですか。ところで、執事みたいな人を雇いたいんですけど、迷惑じゃありませんか?」

「まぁ! 嬉しゅうございます旦那様。最近はわたくしたち三人だけでは掃除や洗濯だけで手いっぱいになっておりましたから」

「賛成してくれてよかった。近いうちに必ず雇います」


 こんなことがあった一月一日の夕方、しんしんと雪が降る中を、一花が疲れ切った表情で帰宅したのだった。

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