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第四十九話:ある晩秋の葵家、朝の風景

 宝玉採掘の長い旅がおわり、ひと月半ぶりに我が家へと帰り着いた。

 しばらくは陽一さんたちへの報告や、紫水晶とその報酬の分配、留守にしていた間にたまった主に経費関係の書類の処理などに時間を取られる毎日になった。

 正直なことを言えば、屋敷を維持するだけで書類仕事をする羽目になるとは思ってもみなかった。

 まったく柄じゃないが、執事みたいな人を雇ったほうがいいのかもしれない。


 そう考えられるのも、紫水晶を国に収めた報酬が、予測をはるかに超えた額だった。

 という事情があったりするからだ。

 まだ全額貰ったわけではないが、俺と一花と遥の報酬を合わせると、四千万円を超える査定になったのだ。

 彼女ら二人には自分の報酬は自分で使ってくれと何度も言ったのだが、どうせ同じ屋敷に住むのだし、行動も共にするのだからまとめて管理してほしいと結託されてしまった。


 一花によれば、藤崎さんや三浦の爺さん、それに小隊の面々は、国から給料をもらっている身なので、別途手当がついただけだったらしい。

 が、その手当は通常の月給の何倍にもなる金額だったらしく、不平を漏らす者は一人もいなかったそうだ。


 そして、紫水晶はその全部を国に渡したわけではなく、高品質のものの一部を俺が貰うことになった。

 というのも、高品質の紫水晶は、それを使いこなせる人間に渡るよりかなり多い量が、入手できたからだ。

 せっかくだから、俺はもらった紫水晶を使って何かをつくろうかと考えている。


 そんなことをしている内に十月も後半にさしかかり、朝晩の冷え込みも厳しさを増してきた。


 そんなとある日の早朝。


「そろそろ切り上げようか」

「わたしはもう少し続けるわ。これからも空について行きたいからね。こうでもしないと、わたしは強くなれないから」

「あんまり根をつめすぎるなよ」

「わかってる」


 ともに朝稽古に励んでいる一花や鈴音ちゃんは、とっくに上がって体を清めに行ったというのに、旅を終えて以来、遥は刀術と体さばきの稽古に余念がない。

 理由は彼女が口にした通りだが、こうもあっけらかんと本音をいってくれるのは実に遥らしく、俺としてもありがたかった。

 陰にこもって溜めこむよりは、こうして発散してくれた方が何倍もいい。


 既に日課となった裏庭での朝稽古は、朝食前の軽い運動というより、本格的な修業と言っても差しつかえないほどに、ハードなものになっていた。

 俺もその内容に付き合っているから分かることだが、遥の”気”力では限界ギリギリのメニューになっている。

 旅に出るまえの遥だったら、不可能といえる動きを、すでに彼女はこなしはじめていた。


 というのも、もらい受けた紫水晶を一花に紹介してもらった武具職人に頼んで、靴だとか腕輪や刀、そして練習用の木刀にまで取りつけてもらったわけだが、今の遥はそれをフル装備して稽古に励んでいる。

 つまり、”気”の増幅作用をすでに使いこなしはじめている、ということだ。

 当然斬撃の強さも飛躍的に増してきているが、それよりも、体さばきやそのスピードに磨きがかかっていた。


 遥の場合、”気”力が俺や一花とくらべて一桁少ないこともあって――とは言っても、大公国では上位数十人に入っている――、斬ることよりも攻撃を受けないことに重点を置いたメニューをこなしている。

 三浦の爺さんも言っていたが、俺や一花と行動を共にしたいのならば、遥の役目は陽動や雑魚を確実に葬り去ることであり、火力のメインとなることではない。

 彼女もそれは十分に理解しているようで、口癖のように俺や一花の邪魔にならないように、そしてきちんと自分の役目が果たせるようになりたいと言っている。


「じゃあ俺は先に上がるから、朝メシまでには切り上げろよ」

「うん、わたしももう少ししたら上がるから」


 先に稽古を切りあげ風呂場に直行すると、まるで待ち受けていたかのように使用人の女の人たち三人が俺の汗にまみれた簡素な綿の練習着をはぎ取っていく。

 俺は彼女らになされるがままに素っ裸にさせられ、あらかじめ用意されていた、お湯で湿らせた温かいタオルで、体の隅々まで丁寧に拭かれていった。

 最後に頭にお湯をかけられてから、乾いたタオルでゴシゴシと髪を拭かれ、ササッと服を着せられて風呂場を後にした。

 そういえば今日は、はじめて見る娘がいた。

 初々しく顔を赤らめていて可愛かったな……


 なんてことをサラッと白状してしまったが、ほぼ毎日行われるこの恒例行事に俺が慣れることはあるのだろうか。

 彼女らの年齢は、鈴音ちゃんの母、白井天音さんが五十一歳だということは聞いているが、肌は瑞々しいし、どう見ても二十歳くらいにしか見えない。

 他の二人にしたって、どう見ても二十歳前の外見だ。

 しかも天音さんは鈴音ちゃんにそっくりで、萌え可愛いのなんの。

 そんな彼女に、一番恥ずかしいところをゴシゴシと、しかし丁寧に拭かれる俺の気持ちがお分りだろうか。

 しかも彼女らの着用する衣装は、濡れてもいいように白くて薄い綿の浴衣のような湯着とでもいうのだろうか、とにかく濡れてしまえば透けてしまうような代物なので、いや、実際に飛び散ったお湯に濡れて体に貼りつき、胸の頂きがうっすらと透けて見えているものだから、俺のエロ中枢を刺激しまくって、表情を繕いながらの血流操作には恐ろしい難易度を要求されるのだ。


 顔から火が出るような、そして天にも昇るような嬉し恥ずかしいこの儀式は、もはや達人の域まで到達したと自負している血流操作無くして乗り越えることなどできはしない。

 もしこの時代に来る前の俺がこんなことをされたら、一分も持たずに昇天していたことは間違いないだろう。

 そして彼女らとムフフな過ちを起こしていた自信もある。

 しかし、俺には一花と遥という想いを寄せてくれる見目麗しい相手がいるのだ。

 二人を裏切ることはできないし、いや、彼女らに認めてもらえばそうではないが、いや、ぜひ認めてほしいものだが、どう考えてもそれは無理な話だろう。


 基本的に家の中のことは、筆頭使用人の天音さんにすべてを任せてある。

 とくに貴族のしきたりや生活においては、伯爵家出身である彼女の言いなりに近い状況だ。

 別に彼女たちのことを煩わしく思っているわけではないが、風呂に入ったときに体を洗ってもらうことを一花は当然と考えているようだったから、俺もそれに従うことにした。

 さすがに、メシを食ったり、用を足した後の処理は自分でしているが、服を着替えさせてもらったり、体を洗ってもらったりすることは彼女らにまかせている。


 正直なところを白状すると、彼女らに服を脱がされて素っ裸を至近で見られたり、大事なところを直に洗ってもらったりすることが、勿論表には一切出さないが、これほどまでに気持ちよく、興奮するものだとは思っていなかった。

 別に露出狂の自負があるわけではないし、自分が変態だとは思っていないが、異性に大事なところを見られたり触られたりするのは、たとえムフフなことをしようとしているときでなくとも、本能的に嬉しいことだったりするのだろうか。

 そうでないのだとすれば、俺はそういった特殊な性癖のもち主なのかもしれない。


 悩みは尽きないが、俺は家着として愛用しているじんべえに着替えて朝食へと向かうのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 空が出ていったばかりの脱衣所に、朝稽古を終えた遥がはいってきた。


「朝のお努め、お疲れ様に御座います。お湯をお持ちいたしましょうか?」

「わたしはいいわ。いつもの着替えをお願い」

「かしこまりました」

「今日はお疲れのようですが、お体をお拭きしましょうか?」

「大丈夫よ。自分で拭くから」

「かしこまりました」


 遥はいつものように笑顔で、使用人たちを脱衣所から追い出した。

 空の後に風呂場を利用することが日課になっている彼女は、脱衣所で彼の世話を終えた使用人たちと出くわすことも、ある意味日課になっている。

 他人の前で全裸になって、それがたとえ同性であっても、まじまじと裸体を見られながら体を拭かれるのは、遥にとって恥ずかしいことだった。


 空が彼女らの世話を受けて体を拭いてもらっていることは、遥も知っていて良い気はしないが、それを止めさせるようなことは、貴族になった彼の心証を悪くしかねないと諦めている。

 それよりも、いつかは自分が正式な空の妻となって抱かれることを想像し、彼女ら使用人とは置かれた立場が違うのだということを心の拠り所にしていることを、遥は悟っていた。

 そう考えてしまう自分を卑しく思うが、遥にとって、たとえ正妻でなくとも、空の妻になれることのほうが嬉しかった。


 脱衣所で綿の稽古着を脱ぎ捨てた遥は、風呂場に入ると、均整がとれて引き締まってはいるが、女らしさを全く失わない瑞々しい裸体に、手桶にくみとった冷水を頭からバサリとかけた。

 限界ギリギリの稽古で火照った体からサッと熱が引く感覚に、フウっと一息ついた遥は、しばらくその心地よさに浸っていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 葵家の大きな調理場は、朝の役目を終えて静けさをとりもどしていた。

 空の住まいであるこの屋敷は、格調高い純日本風の平屋であり、その部屋数は多い。

 しかしながら、住人が空と一花と遥の三人しかいないため、使用人の数が筆頭の天音を含めて五人しかいなかった。

 料理を担当する若い夫婦と、その他一切を取り仕切る三人の若い女たちだ。

 若いとは言っても天音はすでに五十一歳であり、鈴音という十九になる娘がいるのだが、この時代の五十代は、まだまだ結婚適齢期の前半にあたる年齢だった。


 朝のひと仕事を終えた天音は、調理場の隣にある畳敷きの使用人控部屋で、遅い賄いを食しながら、英気を養うべく使用人たちとひと時のおしゃべりを楽しんでいた。

 彼女たちは、午前十時ごろから空たちの夕食が終わるまでのあいだ、少しの昼休憩を挟んで、きわめて多忙な時間を過ごすことになる。

 衣装はすでに、使用人用の藍色の和服に着替えてあり、戦闘態勢は整っていた。

 この食事後の数十分が、彼女たちが一日を働ききる活力にもなっている。


「――それでそれで菜月ちゃん。はじめてのお勤めはどうだった?」


 期待に満ちた目で天音に問いかけられた菜月は、何かを思いだしたかのように顔を赤らめ、うつむき気味に口を開いた。


「そ、その…… 言わなきゃダメですか?」


 黒髪を後ろでまとめ上げ、おさげを揺らして言いにくそうに恥じらっている菜月は、こう見えても貴族家の子女であり、その出自にふさわしい教養や所作を身につけている。

 そんな彼女がこうもためらっているのは、それなりの理由があった。

 天音が言った「はじめてのお勤め」すなわち、空の体を清めた感想を問われ、羞恥に身悶えているのだ。


「ええ、言ってちょうだい。これはとても大切なことよ」


 それは天音にとって色々な意味で大切なことだった。

 恥じらう乙女を愛でるというS気を孕んだ意味も含まれているが、もっと大事なことは、まだ若い男性貴族の屋敷に、うら若き乙女の身で奉公する覚悟と意義を理解しているのかを問いかけるものだった。

 ようするに、空に気にいられ、あわよくば子種を授けてもらい、強き子をなすことが彼女らの役回りでもあるのだ。


 したがって葵家の使用人を雇うにあたっては、その意味を理解している一花の命によって身元調査が行われているし、国主たる陽一とその妻である希美花も協力を惜しまなかった。

 理由は国のために優秀な人材を増やすことであり、つまり彼女ら三人は、国主に認められた妾候補でもあるのだ。

 この事実は同居している遥も知るところであり、それが彼女の焦りを生む一因にもなっている。


「そ、その…… 殿方のあの部分を見るのは初めてだったから……」


 ゆであがったタコのように赤面し、恥ずかしさに身じろぎしている菜月に、天音は興味津々の表情で追撃する。

 菜月と同年代で、もう一人の使用人である美雪も、ワクワクした気持ちを抑えきれないような表情で、言いよどむ彼女を注視していた。


「で、貴女はそれを見てどう思ったの?」


 菜月は意を決したかのように両目をぎゅっと閉じ、口を開いた。


「そのっ…… 思っていたよりずっと小っちゃかったです!」


 空にとっては不名誉極まりない菜月の感想だったが、これでようやく本題にはいることができると天音は満面の笑みを浮かべた。


「まあ…… でもね菜月ちゃん。いざというときは何倍もおっきくなって、それでね、大きさだけで――」


 天音は自らの経験談を交え、美雪と結託するかのように、菜月の教育を兼ねた、この場に記すにはふさわしくない淫猥なる会話に興じるのだった。

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