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第四十八話:宝玉採掘その十五


 いよいよ最後の木枠の施工が終わり、俺と遥は決して深くはない穴の最深部へと足を運んだ。

 興味があるのか、いや、無いはずはないだろう一花と寧々ちゃんも俺たちの後ろに続いている。


「崩れると危ないから一花ちゃんと寧々ちゃんは少し下がって」


 ”気”の感覚で彼女らが近づきすぎていると感じた俺は、振り返ることなくそう言ってスコップを構えた。

 実際は穴が崩れないように、かなりしっかりした木枠で支えているので、危険なことは無いと分かっているが、前方の土砂が崩れおち、彼女たちを汚すかもしれないと思ったからだ。


「はい」


 返事をした一花の”気”が離れたことを感じとった俺は、遥とともに慎重に採掘を進めていった。

 できるだけソフトに、反応の上側の土砂を取りのぞいていく。

 ”気”を通わせてお宝の位置を常に把握しながら作業を進めていたのだが、そのあまりの強烈な反応に、いやがおうでも期待が膨らんでいった。

 そしてさほど時間がかかることもなく、ブツが姿を現した。


 振り返ってみると、すこし離れた位置から首を伸ばして様子を見ていた一花と寧々ちゃんの固唾をのむような表情が、不思議がるようなものへと変化する。


「それが宝玉なのですか?」

「そうだよ、品質はたぶん極上で数も多い」


 見えはしないが、頭上に疑問符をうかべて問いかけてきた一花に、俺は自信満々で興奮気味に答えていた。

 彼女がなぜ不思議がっているのかには、察しがついている。

 それは、姿を現したブツが高さ一メートル程度の、いびつな雪だるまのような形をした、ただの丸みを帯びた岩石にしか見えないからだろう。

 俺にはこれが何なのか分かっている。

 そしておそらく遥にもこの岩石の正体が分かっているはずだ。


「とりあえず表に引き出すから、みんなは穴から出てくれないか?」


 一花と寧々ちゃんの疑問を溶かぬまま、俺は出現したブツを抱くようにヒョイと持ち上げると、ニヤけようとする表情筋を引きしめ、彼女たちの後に続いて穴をで出た。

 俺はそのまま分別作業が終わった広場――とは言っても広くはない――までそれを運び、寝かせるようにして地面に置いた。

 みんなが注目しているのが、向けられた視線からひしひしと伝わってくる。


「じゃあ、今からコイツを割るんで少し下がってくれないか」


 俺を取り囲むようにして集まっていた仲間たちが一歩だけ退いた。

 視線はブツに集中しているのがよく分かる。

 誰もがそれほど下がらなかったのは、よほどこの岩に興味があるからだろう。

 というか、興味がないほうがおかしい。

 かくいう俺も、どれほどの上ものが拝めるのか、ワクワクが止まらなかった。


 いくつもの生唾を飲む音を聞きながら、片手に持ったツルハシの尖った方で、コツン、コツンと縦に割るように等間隔で何か所も叩いていく。

 響いてくる音は岩の見た目よりもかなり低く、そして籠っているように聞こえてきた。

 俺が何をしているのかといえば、綺麗に縦割りするために、雪だるま状の岩の中心線を、縦に数か所たたいて亀裂というかヒビを入れたのだ。

 もちろん”気”をつかって中に影響が出ないように細心の注意を払っている。


 そしていよいよ緊張の瞬間。

 岩の中央を狙ってさっきより少し高く振り上げたツルハシを、万感の思いを込めて振り下ろした。

 とはいっても力は殆ど入れていないし、岩はまだ割れていない。

 ズコッっと岩にめり込んだツルハシを少しだけ横に倒す。

 その瞬間、雪だるま状の岩は中央を境にパカリと御開帳し、その内臓物を白日の下にさらけ出した。


 シンと静まり返った現場に野鳥の声と生唾を飲む音だけが響く。

 そしてその静寂が破られた。

 ひとりの兵士が雄たけびをあげたのを皮切りに、次々と絶叫とも取れる歓声があがる。

 そんななか、よほど嬉しかったのだろう、遥は感極まったかのように涙を流していた。

 遥の背中を、おなじく目じりに涙をためた一花がポンっと押す。

 遥はそのままの勢いで、駆け寄るように俺の胸に顔をうずめ、しばらくのあいだ嗚咽を漏らしていた。

 一花はその様子を、優しげな瞳で見守っていた。


 ようやく遥が落ち着きをとりもどし、俺の胸から離れたところで、彼女とともに二つに割れた岩の中身をもういちど覗き込む。


 それは見事な晶洞だった。


 いびつな雪だるま状の岩の内部は綺麗な空洞になっており、その内面にびっしりと紫色の結晶が林立し、キラキラと陽光を反射している。

 結晶の純度は恐ろしいほどに高く、綺麗にカットすれば二十一世紀においてもじゅうぶんに売り物になるほどの逸品だった。


「私、このように宝玉が石の中に集まってできるものだとは知りませんでした。あまりにも神秘的で、あまりにも綺麗で……」

「わたしもずいぶん発掘師をやってるけど、自然にできた宝玉というものを今回はじめて見たわ。一花様が発見なさった宝玉は崖から見えてたから、こうして地中に埋まってるのかって、そんなに驚かなかったけど…… 宝玉がこうやってできるなんて考えもしなかった。でも、こうやって見てると、取り出してしまうのがもったいないって思うわ」

「遥さんっ! よく見つけてくださいました。これだけ上質のものがあれば、上級武官たちの戦力が飛躍的に上がります。ものすごいお手柄ですよ」

「一花様そんな…… たまたまわたしが探したところに在っただけです。わたしがいなくても空ならきっと見つけていました。空がいなかったら、この場所も見つからなかったわけですし。凄いのは空です。わたしではありません。質の良い宝玉を見つけることができたのはスゴク嬉しいですけど」


 たしかに遥が言おうとすることは間違っていない。

 けれども、正解でもない。

 そんなことを言ってしまえば、パーティーを組む意味はないし、今回にしたってこんな大人数で旅をする必要はなかった。

 彼女がこんな卑屈めいた言い方をしてしまったのは、戦闘で出番がなかったことを気に病んでのことなのだろう。

 ここ数日、遥が情緒不安定になっているような気がするのは確かだ。

 ここはひとつ俺がなんとかすべきなのだろう。


「遥、確かに俺が場所を知って無けりゃここに来ることはなかった。だけどな、俺ひとりじゃここまで来ることは難しかったし、逆に俺が来なくても探し方や場所を教えれば、遥は見つけることができたんじゃないかな。自分がなしたことにもっと自信をもっていいと俺は思うよ」


 俺が言いたいことがよく理解できないのだろうか、遥はキョトンとしている。

 彼女にこのまえみたいな悲壮感が感じられないことには安心したが、どうにも俺はこういった説明が苦手のようだ。

 どう説明しようか……と、迷っていたら。


「空様は人それぞれに役割があって、不必要な人はここにはいないと仰りたいのですよ。遥さんも空様も藤崎も三浦先生も寧々さんたちも小隊の者たちも、そして私も、ここにいる全員がいたからこそ期日内に採掘することができたのです。遥さんがいなかったら掘り出すのにもっと時間がかかっていたことは確実ですし、けが人が出たかもしれません。それに、この宝玉を貴女が見つけたことは覆しようのない事実ですよ。遥さんはもっと誇ってもいいのです」

「そんな…… でも、そう言ってくださってありがとうございます」


 そう言って遥が吹っ切れたような笑顔を見せてくれたことに、ようやく俺は安堵することができた。


 その後二人は抱き合って感動の涙を流してるし、寧々ちゃんもつられてウルウルしているしで、皆で大仕事を成しとげた達成感もあるのだろうが、あたりは、暖かで満ちたりた空気に包まれていた。

 あの幼かった一花もずいぶん大人になったもんだ、なんてことをしみじみ考えてしまったが、俺の倍近い人生経験が彼女をそう見せているのだろうと納得することもできた。

 というか、もう俺の方が彼女より子供なのは間違いないのだから、それは当然のことなのだろう。


 そんなことを感慨深げに考えていたら、皆が見守る中、涙をぬぐった遥が意を決したように俺のとこまで近づいてきた。


「今、空に言っておきたいことがあるの」


 そう言って急に真剣な顔になった遥は、俺が返事をするより早く口を開いた。


「ありがとう空。わたし、もっと自分に自信をもつようにする。そしてもうひとつ」


 そう言って俺の胸に飛び込んできた遥は、まだ潤んだ目で俺を見あげるようにして、予想だにしなかった大胆な行動にでた。


「好きっ! わたしは空のことが好きでたまらない…… だからお願いします。わたしをずっと側にいさせてください。わたしを置いて遠くにいかないでください」


 俺は不意の告白に焦りに焦った。

 周りを見る目が泳いでいるのが自分でもよく分かる。

 そんな俺を見て一花は袖を噛み、口をへの字にして悔しそうで羨ましそうな涙目になってるし、寧々ちゃんはアワアワと怪しい動きをしてるし、ヤジを飛ばす不届き者はいないが、他のみんなは暖かい目で俺たちふたりを見ている。


 もちろん、こんな可愛い彼女に、こんな告白をされたら嬉しいに決まっている。

 いや、嬉しいどころの話じゃぁない。

 天にも昇るような夢心地だ。

 しかし、心の準備ができていなかった。

 それでも、ここで彼女の気持ちに応えられなかったら男じゃないだろう。

 そう意を決し、俺は遥を見つめなおした。


「うん。俺も遥が好きだ。遥の想いに応えらるように頑張る」


 俺を見あげる遥の瞳がふたたび潤み、涙がこぼれた。

 もちろん彼女が悲しい顔をしているわけではない。

 安堵と嬉しさが伝わってくるような表情だった。

 そんな遥を俺は自然に抱きしめていた。

 どれだけのあいだそうしていたのかは覚えていない。

 ただ、遥の早くなった鼓動がおさまるまで、俺は彼女を離さなかった。

 


 俺的には、旅の目的を果たすことができて十分に満足できる結果だったが、最後は遥にすべてをかっさらわれてしまった。

 この、嬉し恥ずかしくて感動する出来事で、彼女の想いを彼女自身から聞けたことは、宝玉を得るという旅の目的を果たしたことよりも大きかったと思っている。


 さらに、これぞトレジャーハントのだいご味という実感も味わうことができた。

 冒険ありぃの、戦闘ありぃの、とんでもないお宝見つけぇの、と、言うことなしだ。

 冒険活劇にありがちなピンチの連続ということはなかったが、そのほうがありがたいに決まっているし、だいいちあれほどの危機に陥ったら普通は死んでいると思う。

 なんてことを考えたことがあったなと、この時代に来る前に興奮しながら見た映画を思いだし、遥の大胆な告白イベントの興奮がおさまりつつあることを実感できた。

 そうとなれば、もうこんな山奥に用はない。


「よしっ、目的も果たせたことだし、そろそろ帰ろうか」


 帰り支度も終わり、俺たちは帰路へと就いた。

 十月に入った今となっては、気温も高くないし、鉱脈を探しながらの移動ではないため、三日とかからず福井の城までたどりつくことができた。

 予定より早く目的を達成できたため、福井の城には三日ほど滞在することになった。

 もちろん、持ち帰った紫水晶の分配もしてきたのだが。


『これほどまでに上質な力石は見たことがない。それをこれだけ譲ってくれるというのか…… 実に、実に在り難い申し出だが受け取るわけにはいかぬ。余らはそれだけのことを成してはおらぬ』


 といって善之助さんはなかなか受け取ってくれなかった。

 最初は俺たちにこれ以上借りをつくることを拒んでいるのかとも思ったが、よくよく話を聞いてみれば、どうやらそんな政治的な思惑が絡んでのことではなく、純粋に彼の言葉の通りだったようだ。

 一国の主としてもうすこしずる賢いというか、したたかになったほうがいいのでは?

 なんてことを考えもしたが、最終的には一花が富士大公国と福井の国の友好の証しとして受け取ってくれとしつこくお願いした結果、ようやく納得してくれたのだった。


 彼らに渡した紫水晶の数量は、採掘したうちの二割ほどだったのだが、俺たちの取り分にしてみても、有り余ると言っていいほどの量だったので、二国間の友好と、これからの政治的駆け引きの材料にもなる。

 というのが俺たちの判断だった。

 が、俺たちだけに下心が有るように感じて、いや実際にあるわけだが、すこしだけ申し訳ない気分にさせられてしまった。


 さておき、そんなこんなで難しい話も終わって、俺たちは福井の国での余暇を短くはあったが満喫することになった。

 俺たちが山奥に入っている間に妖魔の出現がおさまったらしく、前線の兵士はその大半が都にもどっているらしい。

 印象に残っている出来事といえば、俺たちの代表と福井の国の代表が相撲勝負をすることになったことだ。

 俺たちの代表は、藤崎さんが半ば強引に一花に押しつけられ、その相手は善之助さんになった。


 城の敷地内にある屋根つき土俵で大勢が見守るなか、上半身裸になった藤崎さんと善之助さんが七番勝負を繰り広げたわけだが、これが実にいい勝負で、白熱した展開の連続だった。

 結果的には四勝三敗で藤崎さんが勝利したのだが、勝負が終わった後のふたりが土俵上でガッチリと握手を交わしたときには、観客から盛大な拍手と歓声が沸き起こっていた。


 勝負が終わって土俵を降りた藤崎さんに、福井の国の若い女の人たちが群がって揉みくちゃにされていたのだが、群がられた本人は、どうしたらいいのかわからない感じで困惑気味に照れていた。

 いつもは真面目でクールな藤崎さんの、新たな一面が見れたような気がして、少し得した気分だ。


 俺の横で観戦していた一花によれば、今まで藤崎さんには浮ついた噂がなく、女とは無縁な生活を送っているらしい。

 彼の名誉のために言っておくが、藤崎さんがモテないということではなく、本人にその気がないということらしい。

 実際、藤崎さんには一花に匹敵するくらいの縁談が持ち込まれているそうだ。

 しかし、彼はそのすべてを断ってきたらしい。

 一花は、大公国とくらべて福井の国の女は男に積極的だとも言っていた。

 もしかしたら、藤崎さんの最初の奥さんは福井の国の人になるのかもしれない。


 と、そんなことがあって俺たちは福井の国を後にしたわけだが、その際に寧々ちゃんが大公国に一緒に行きたいと、わがままを言って善之助さんを困らせていた。

 見かねたというより、たぶん彼女に同行してほしくなかったのだろう一花が、二、三年後には何らかの形で交流をすることになるだろうから、その時まで待つようにと、なだめていたというよりは、クギを刺してどうにかその場はおさまった。


 そして俺たちは、福井の国を盛大な見送りのなか出発し、八日後には大量の成果を持ち帰ることに成功した。

 一ケ月強の旅だったが、内容が濃かったせいもあって、出迎えてくれた仲間や知人たちの顔が、妙に懐かしく感じられたのだった。

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