第四十四話:宝玉採掘その十一
ようやく戦いが終わり、頭のなくなったクモ野郎から飛び降りた俺に一花が歩み寄ってきた。
すごく満足そうな顔で近寄ってくる。
そして耳元で。
「空お兄ちゃん、スゴク良い動きだった。でも、斬らずに刀で叩き折っちゃうなんて空お兄ちゃんらしいね」
そう言ってクスリと笑った一花は可愛かった。
聞きようによっては俺が切れないことを小ばかにしているようにも受け取れるが、決してそんなことは無く、どちらかと言えば驚きと称賛が込められているようだった。
「あははは、まだ刀に慣れてないからね。俺だってそのうち斬れるようになるさ」
「たしかに切ることも大事だけど、空お兄ちゃんは”気”を使った打撃をもっと伸ばした方が良いかもしれないよ。どうしても斬れない敵とか斬っても効かない敵には打撃が有効だもの」
「へぇー、そうなんだ。一花が言うならそうしようかな」
やっぱり戦いに関しては一花の方に一日の長どころか、万日の長があるようだ。実際、俺と一花ではこの時代でそのくらいの日にちの経験差がある。
一花でも斬れない敵なんて考えにくいが、確かに打撃力を上げておけば良いことがあるかもしれない。
今の俺が彼女に勝てるとしたら素の筋力ぐらいしかないのだから。
と、そんなことを考えていたら、一拍どころか物凄く遅れて勝鬨が上がった。
その方向に振り返ると、寧々ちゃんらしき人と一緒に逃げていた兵士さんたちからだった。
そしてその勝鬨の中、善之助さんと寧々ちゃんらしき人が歩み寄ってきた。
「一度ならず二度までも窮地を救われるとは…… 其方らには感謝の言葉もない。最大限のもてなしを以って遇したい。どうか我らの居城で逗留願えぬか」
善之助さんの願いに、一花がハタと考え込んだ。
俺たちにのんびりと逗留する時間はない。
しかし、伝令の兵士は北の前線と言っていたはずだ。
そして石川の地は妖魔の巣窟だとも言っていた。
ならば福井の都を拠点にしてもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、一花にも何か考えがあるようだ。
「今日のお招きはお受けいたします。しかし、私たちも旅の途上、逗留するかどうかは、ここから北の地の状況を詳しくお聞きしてから判断させていただきたく存じます」
「なるほど其方らにも都合があろう。今宵は我が居城で旅の疲れを癒されよ」
「ありがたく存じ上げます。それから、不躾ではございますが、お風呂をご用意いただけませんか? 戦い続きで体を清めたく存じますので」
「ははははっ、勿論用意いたそう。ゆるりと寛がれるがよい」
と、だいたいの話がついたところで、寧々ちゃんらしき少女がおずおずと前に進み出た。
「あの、父上。このお方たちをご紹介くださりませ」
「おう、そうだそうだ忘れておった。これは我が娘、寧々だ。寧々、高科一花大公女殿と、その婚約者、葵空殿だ」
善之助さんが俺のことを婚約者と言ったところで、寧々ちゃんの表情筋がピキリと引きつったような気がした。
これはもしかしてひょっとするとアレなのだろうか?
そう思って一花を見ると、誇らしげな顔をしてるし、もう一回寧々ちゃんを見ると、彼女が一花を見る目つきがキツなっているような気がした。
これはアレだ。
君子危うきに近寄らずというやつを徹底しなければならないだろう。
そんなことを考えていたら寧々ちゃんの表情がフッと緩んだ。
「福井の国が国主善之助が娘、大洗寧々にございます。この度は命の危急と福井の国を救っていただき、心より感謝いたします。本当に有難うございます」
寧々ちゃんのお礼と挨拶を受けて一花の表情も緩んだ。
「富士大公国第一大公女、高科一花と申します。こちらは私の婚約者、葵空様です」
それでも一花は俺のことを婚約者だと念を押した。
さっき善之助さんが俺のことは話したから、わざわざもう一回話さなくてもいいのに。
けれどまぁ、彼女にも譲れないところがあるのだろう。
「紹介いただきました葵空です。空と呼んでください」
とりあえずの挨拶を終わらせた俺たち三人は、善之助さんに招かれて彼の居城に案内された。
福井の国は富士大公国とは違って城壁というか、高さ三メートルくらいの壁に守られた国だった。
そして彼の居城は、かつての福井城あと地だろう、水をたたえた深い堀に囲まれていて、ピラミッド状というか三段の階段状に建設された三階建ての木造の城になっていた。
城の造りは質実剛健と言うか、シンプルだけどやたらと頑丈に見える構造になっていて、玄関で革製のスリッパに履き替え、中に入っても余計な飾りがなく、小市民の俺としては居心地が良い。
その後俺たちは応接室らしき部屋に通され、風呂の支度ができるまで寛ぐように言われた。
その部屋は廊下から一段上がった板張りの部屋で、床には円形のふかふか毛皮が敷いてある。
一応座布団が脇に置いてあって、それを案内の女の人がどうぞお使い下さいと言って指示し、木製の引き戸を締めて部屋を出ていった。
一花がガラス窓を開けて外の空気を入れる。
「規模はそんなに大きくないけど、綺麗に整備されたいい都ですね。嫌な臭いもしないし、風が気持ちいいです」
開けた窓からそよ風が入り、一花の長い黒髪をふわりと揺らした。
俺は気持ちよさそうに外を眺めている彼女の隣に立ち、外の景色を眺める。
「うん、確かに良い街だね。人も多いし活気があるみたいだ」
「これほどの都を治める善之助様は、良い国主のようですね。きっと民にも慕われているのでしょう」
陽が傾きはじめた街の大通りには人がい行き交い、通りにそう店からは明かりが漏れはじめた。
機会があればいちどは散策してみたいな。
そう思わせるだけの眺めだった。
けれども、このままのんびり風呂の準備が済むまで待つのは時間の無駄だということで、今後の方針を打ち合わせることになった。
いまここに地図はないが、今まで何度も地図で確認しているからおおよその位置関係は頭の中にある。
一花も藤崎さんもそれは同じだった。
「――では、北の地が妖魔の巣窟だと仮定しても、そこを抜けて山に入ったほうが格段に早いということですね。でも、山には妖魔が出ませんよ」
「確かに一花ちゃんが言うとおりずっと山の中を行けば妖魔には出会わないだろうけど、道もなくて木が生い茂った山の中を何十キロも歩くより、たとえ妖魔がウヨウヨ居ようとも平地を突っ切ったほうが早いと俺は思うよ」
「そうですな、空殿の仰る通り、平地を抜けることにいたしましょう。一旦山に入ればもう妖魔は出ませんからな」
「わかりました。小隊を連れていてもあの盆地と谷を怪我なく抜けられたことですし、その案で行きましょう」
ようやく方針が決まったところで、風呂の準備ができたと使いの人が来た。
俺、一花、藤崎さんの順番で風呂を頂いたのだが、風呂に入りたいと一花が言い出したことだからお先にどうぞと一番風呂を進めたら、一番風呂は俺じゃないとダメらしい。
どうしても譲れないことらしいから素直に従うことにした。
風呂は総ヒノキ風呂みたいな木製の豪華な造りで、同時に十人は浸かれそうな大きさだった。
ゆったりと浸かってのんびりしたいが、順番がつかえているからカラスの行水を決め込むことにした。
風呂から上がってサッパリした顔で一花に順番を伝え、そしてちょうど藤崎さんが上がってきたところで、遥と三浦の爺さんが案内されてきた。
「ちょうどよかった。今お風呂を頂いてたところだよ」
「よかった。とりあず無事だったみたいね。またカテゴリー五が出たって聞いたときは嫌な予感しかしなかったんだから。でも、こんなところまで来てお風呂を頂けるなんてツイて来たのかしら」
「いや、そうでもないよ」
俺たち三人の顔を見てホッと安堵の表情を浮かべた遥だったが、俺の不用意な一言で不安顔にさせてしまった。
せめて風呂をあがってから言えばよかったかと、少し後悔したが、言ってしまったものは仕方がない。
どのみち行程を決める打ち合わせで北に妖魔の巣窟があることは伝えることになるので、今のうちから知っておいた方が心の準備ができていいかもしれない。
「何かあったの?」
「後で話すからとりあえず風呂入ってくれば?」
「そうさせてもらうわ」
その後、遥、三浦の爺さんの順で風呂を頂くことになった。
小隊の面々は福井の国国軍の詰所に案内されているらしい。
兵士は兵士同志で交流するとのことだった。
善之助さんたちから受けることになったもてなしは、少し遅くなるが三浦の爺さんが風呂から上がってきてからということになった。
それまでまだ時間があったので、もてなしの前に決めておこうと一花に声をかけた。
「一花ちゃんちょっといいかな。さっきの話の続きをしたいんだけど。藤崎さんもいいですよね?」
「もちろんです、時間は限られていますもの」
「勿論構いませんぞ」
二人の快諾を得て話の続きをすることになった。
で、その結果なのだが、今日妖魔の巣窟を走り抜け、さらに明日また妖魔の巣窟を抜けるというのはさすがにきつ過ぎるだろう、ということで、小隊の面子を休ませるために明日一日休日にして都でゆっくりしようということになった。
仮に明日出発するとすれば、小隊の兵士たちは今夜の歓待で酒を飲むこともできない。
心行くまで呑んで溜まった鬱憤を晴らすもよし。
日がな一日惰眠をむさぼるもよし。
都を散策するもよしだ。
「では、今のうちに兵たちに伝えてまいります」
そう言って藤崎さんが部屋を出ていくと同時に、遥がさっぱりした表情で風呂からあがってきた。
「はぁ、いいお湯だったわ。三浦先生、お待たせしました」
「よっこらせっ、と。ひとっ風呂浴びてくるか」
年より臭く堂に入った動作で立ち上がった三浦の爺さんが、機嫌良さそうに部屋を出ていった。
あの顔からすると、ここで風呂に入れることが嬉しいのは間違いないだろう。
まぁ、こんな旅というかもうほとんど冒険を続けていたら誰だってそうだよな。
「で、話を聞きたいんだけど」
と、遥が聞いてきたので、明日一日ゆっくり休んで出発するということと、北の地が妖魔の巣窟で、強行突破して目的地に向かうということを話した。
すると遥の表情が、悲しげなものへと変わってしまった。
「わたし、足手まといだよね。無理言ってついて来るんじゃなかったかな……」
どうやら遥は、自分が戦力になっていないことを気に病んでいるらしい。
刀を持ったとはいえ、今の彼女ではカテゴリー三の妖魔までしか相手にできない。
今日経験して分かったことだが、妖魔の巣窟にはカテゴリー四が結構うろついている。
あのときは殆ど藤崎さんと三浦の爺さんが一撃で切り殺すとまではいかないものの、追ってこられなくなる程度のダメージを与えていた。
三浦の爺さんのまったく年相応ではない戦闘力にはおったまげたが、それは置いておくとしても、カテゴリー三以下の妖魔は小隊の面々が対処してしまうので、遥の出番は全くと言っていいほどなかった。
よくよく考えてみれば、戦闘に参加していないのは遥ただ一人なわけで、彼女はただ守られているだけの存在になってしまっていることを、気にしているのだろうと俺は思った。
けれども、俺はそれでいいと思っている。
わざわざ危険な立ち回りをする必要はないし、遥の本分は発掘師だ。
今回の旅に限れば、決して戦闘要員として来てもらっているわけではない。
「なぁ遥、俺は遥に妖魔と戦ってもらいたいとは思っていない。遥の本分は発掘師だろ?」
「うん……」
「それが分かってるならいいさ。遥の仕事は採掘現場に到着してからだよ。そこからが発掘師の仕事だ。なにしろ鉱脈の中に眠る宝玉を”気”で探り当てなきゃならないんだから、そんなこと発掘に慣れた俺と遥にしかできないだろ?」
「ええ、たしかに空の言うとおりね。わたし、余計なことを考えてたみたい。なんか吹っ切れたわ、アリガトね空」
「別にいいさ、遥が元気になってくれただけで俺は嬉しいよ」
最初のうち、俺たち二人を心配そうに見ていた一花だったが、話しが終わってみればその視線は柔らかなものへと変わっていた。
しかし一拍おいて、なぜだか小さな溜息をつき、アンニュイな表情になってしまった。
俺何か失敗したかなぁ。
と思って聞いてみたら、
「どうした? 一花ちゃん」
「…… 遥さんが、少しだけ羨ましいと思っただけです」
焼きもちだった。
あちらを立てればこちらが立たず。
女心は難しいです、師匠。