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第四十三話:宝玉採掘その十


 のっぴきならない表情で駈け込んで来た伝令の兵士に、善之助さんはガタリと音を立てて立ち上がった。


「詳しく状況を話せ」

「はっ、北の前線を抜けた魔の物は十体、うち三体が黒き大熊にございます。現在、都の守備隊が北門前に陣を敷き、急ぎ寧々様が向かわれました」

「話は分かった。下がれ」


 伝令の兵がテントを出ていくと、善之助さんがギリリと奥歯をかみしめた。


「木原!」


 善之助さんがそう叫ぶとすぐに、さっきの木原さんが入ってきた。


「直ちに出立する。馬を用意せよ」

「はっ」


 木原さんが急ぎテントを出ようとすると、善之助さんがそれを呼び止めた。


「まて、退却した兵たちは戻ったか」

「騎馬隊はすでに、しかし歩兵は今しばらく」

「ならばその方はここに残れ。歩兵が戻り次第再布陣を行い、その後客人を城までお連れしろ」

「はっ」


 木原さんが急ぎテントを出ると、善之助さんが奥歯をかみしめつつも申し訳なさそうな顔で俺たちに向きなおった。


「高科大公女殿、聞いておられたであろうが余は急ぎ城に戻らねばならぬ。兵が戻り次第先の木原に案内させるゆえ、城まで参られたい」


 それを聞いた一花が一旦俺を見た。

 そわそわして物言いたそうな彼女が何をしたいのか俺には理解できた。

 俺は黙って肯く。


「善之助様、わたしたちもともに参り、助太刀したいと存じます。馬を三頭ほどお貸し願えませんか? わたしの兵たちはのここに残しますので、布陣が終わるまでに谷より襲撃があってもなんとかしてくれるでしょう」


 一花のこの提案に、ほんの一瞬だけ躊躇しかけたように見えた善之助さんだったが、再び俺たちに頭を下げた。


「かたじけない。度重なる温情、まっこと痛み入る」

「では参りましょう。藤崎、馬を用意してもらう間、先生に状況を説明してください」

「はっ」

「あ、俺も遥に話してくるよ」

「わかりました」


 少し寂しそうに返事した一花だったが、しかたないわね、とでも言いたげな仕草で善之助さんの後に続き、テントを後にした。

 俺はテントのすぐ外にいた遥を見つけると駆け寄った。


「遥、ちょっと聞いてくれるか」

「何よ空、なんかスゴク申し訳なさそうな顔してるけど」


 別に後ろめたいことがあるわけではないが、なんとなく置いていくことを申し訳なく思っていたら、顔に出ていたのだろう、俺の顔を見た途端に遥の機嫌が急降下した。

 慌てて言い繕う。


「実は――」


 これ以上こじれるとホントに遅れそうだし、遥を連れて行っても彼女が困ることになるので、できるだけ丁寧にわかりやすく状況を説明した。


「わかったわ。たしかに私が居ても足手まといになるだけだもんね。完璧に刀術を覚えるまではガマンするわ」

「分かってくれて嬉しいよ遥、この埋め合わせは必ずするから」


 ようやく笑顔を見せてくれた遥に俺がそう言ったら、今度はことさら上機嫌な顔になって抱きついて来た。

 余計なことを口走ったか、と、後悔してももう遅いようだ。


「絶対だからね。この旅が終わったら私の言うこときいてもらうから。うふふっ」

「わかったよ遥、わかったから離してくれ。置いて行かれちゃうよ」

「調子に乗って無理しちゃダメだからね。行ってらっしゃい」

「ああ行ってくるよ。遥が来るころには終わらせておくから」


 遥との話がついたあと、俺たち三人は、借りた馬に乗って善之助さんに続いた。

 ようやく馬に乗れるようになった程度の乗馬技術しかない俺は、落馬しないように内心ひやひやだったが、そこは持ち前の”気”をうまく使ってなんとかなった。

 そして一時間も走らない内に”気”のレーダーに酷く禍々しいものが反応した。

 既視感がハンパないが、この禍々しさは間違いなくさっき戦ったばかりのムカデ野郎と同等。

 しかも人が追われているところまで同じだった。

 追われているのが一人じゃないことと、方向がこちらに向かってくることを除けば、状況はさっきとほとんど変わらない。


「一花ちゃん! この反応はカテゴリー五だ。善之助さんに知らせてくれ」


 俺の横を並走していた一花にそう告げると、彼女は即座に速度を上げて少し先を走る善之助さんに並んだ。

 そして横を向いて何かを叫んでいるが、風を切る音が邪魔してよく聞こえなかった。

 しかし、善之助さんにはうまく伝わったようで、駆け足程度の速度に変わったのだった。


「もう少し走ると妖魔が見えてきます。さっきのムカデと同じくらい強い奴です。誰かが追われていますが、上手く距離を取っているので今なら間に合います。善之助さんはあまり近づかないようにしてください」


 悔しそうに奥歯を噛んだ善之助さんは、駆け足の速度を落とすことなく視線を前方に固定したまま、しばらく何も言ってくれなかった。

 しかし。


「其方の言うことを信じぬではないが、この目で確認するまでは先を急がせてくれ」


 彼の気持ちは良く理解できた。

 あの伝令の兵が言っていた寧々様という人が、善之助さんの身内か何かなのだろう。

 いや、そうでなくても知り合ったばかりの俺が言う、いわば凶報を簡単に信じることなどできないはずだ。


「わかりました。ですが、その目で確認されたら即座に引いてください。さすがに守りながらは戦えませんから」

「わきまえておる。皆まで言うな」


 善之助さんはそう言って再び速度を上げた。

 俺も一花も藤崎さんも彼に合せて速度を上げる。

 しかしちょっと言い過ぎたかもしれない。

 けれども、無茶をされて困るのは俺の方だ。

 気にくわないのなら後で謝っておこう。

 そんなことを考えながら少し走っておぞましい妖魔と、挑発するようにして逃げている何人かの人が見えてきた。

 善之助さんも俺たちも馬を止める。


「寧々ぇ!! 兵どもを連れて急げぇ!!!」


 馬から降りてそう叫んだ善之助さんに、追われていた一人が応える。


「父上ぇ!!」


 どうやら寧々ちゃんは善之助さんの娘だったようだ。

 あの時の彼の反応も納得である。


「ここからは俺たちの出番です。善之助さんは娘さんを連れて距離を」

「承知した。情けないがこの状況では其方らに頼るしかない。無理をするなとも言わぬ。が、十分に気をつけられよ」

「任せてください。一花ちゃん。さっきみたいに俺が攻撃するからフォローを」

「わかりました。でも、気をつけてくださいね」

「分かってる。じゃあ行こうか」

「ええ、叩きのめして差し上げましょう」


 そう言い合って顔を見合わせた俺と一花は、妖魔の注意をいち早く引きつけるため、全速力で走りだした。

 方向は妖魔に向かってやや左。

 数名の兵を連れて駆けてくる寧々ちゃんと思しき女の人、いや少女は、少し離れてすれ違った俺の顔を驚きの表情で見やった。


 そして俺は寧々ちゃんを追っていた妖魔に”気”を孕んだ視線を固定する。

 胴から生えた、毛むくじゃらでずんぐりと太い八本足、気球のように膨らんだ巨大な下腹部、頭の上にちょこんと置いてあるようなバスケットボール大の二つの目、折りたたまれたような巨大な牙。

 体全体を剛毛に覆われたその妖魔は、体長十五メートルはあろうかという超巨大な地蜘蛛だった。

 もちろんカテゴリー五の妖魔らしく、体のいたるところから紫がかった濃密な”妖気”をたれ流している。


 目の前の妖魔が今までに俺が戦った二体のカテゴリー五と違うと感じさせたのは、その巨体に似合わぬ足の速さと敏捷性だった。

 標的を俺に切り替え、一合交えたときに分かったことだが、その素早い動きにヒヤリとしたことは俺の警戒心を一気に引き上げた。

 敵を挟んで向かい合っている一花に、視線で次の俺の動きを伝える。

 一花も視線だけで了解をの意を返してきた。


 次の瞬間、クモ野郎が飛びかかってきたところを視線で示した方向に躱しながら刀を振りぬく。

 足を覆う剛毛に邪魔されて刃はほとんど通らないが、刀を通して”気”を同時にぶつけることで、鈍器で殴りつけたような感触が刀を支える両手につたわってきた。

 同時に弾けるような爆発音と閃光が煌めいた。


 俺が切ったというか刀で殴りつけたのはクモ野郎のぶっとい足だ。

 一合交えて簡単には切れそうもないと悟った俺は、打撃系ダメージを与えることでクモ野郎の注意を引きつけることに専念しようと考えた。

 最初の作戦と逆になるが、俺が注意を引きつけて斬撃が鋭い一花が足を切り落とした方がよさそうだ。

 一花は俺に呼応するように対角の足を切りつけている。

 そしてその刃は、確実にクモ野郎の体表に届いていた。

 一花の斬撃の痕からは、どす黒い体液が光とともに飛び散っている。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 善之助のもとへとたどり着いた寧々は、今しがたすれ違い、妖魔と戦いはじめた空と一花の、動きと斬撃を食い入るように見つめていた。


 北の戦線が抜かれ、都の北門で抜けてきた妖魔と相対することになった寧々は、側近の高木と門を守る守備隊と力を合わせ、なんとかそれを殲滅するに至った。

 しかしそれも束の間、新たな妖魔の出現に前線が崩壊したとの凶報を受ける。

 前線を襲撃したのは北の主と呼ばれる凶悪かつ絶望的な妖魔。

 一旦都に入られでもしたら、国の存亡に関わるほどの被害が出ることは必至。

 まさに災害級の怪物だった。


 誤報であってほしい。

 そんな切なる願いもむなしく、報告を受けた約一時間後、北門に陣取る寧々の視界には迫り来る巨大な蜘蛛の姿が映った。

 この化け物を都に入れてはダメだ。

 なんとしても都から遠ざけなければならない。

 戦って自身の命を散らすことになろうとも、いや、そんな甘い考えは通じない相手だ。

 最も力ある自分が囮になって北の最果て、魔の物の支配する地の奥深くまで確実に誘導し、贄とならなければ。


 悲壮なる覚悟を決めて走りはじめた寧々は、思いもよらぬ父の声を聴いて安堵と戸惑いを覚え、そして今、北の主と互角以上に渡り合っている二人の見知らぬ武人の力量に、かつてない衝撃と驚愕を覚えた。


「父上、私は今目の前で起こっていいることが信じられません……」


 寧々は善之助の無事を喜ぶよりも、空と一花の戦いぶりに驚き、そして感動すら覚えていた。

 もちろん善之助が無事だったことは嬉しいが、東の谷に出立したと聞いた時から父との永遠の別れは覚悟していた。

 国主を務めるということは、有事には何をおいても国を守る選択をしなければならない。

 現に寧々もその判断の上、北の主の生贄になろうと動いた。

 しかし、そんな悲壮なる覚悟がいとも容易く覆される二人の鬼人のような戦いぶり、圧倒的な武力、目で追うこともできないほどの剣筋に、レベルの違いを自覚せざるを得なかった。

 

「それは余も同じことだ。東の谷で二人の戦いぶりを一度見たが、北の主は東の谷の主よりもはるかに強い」

「では、父上はあのお二方に……」

「うむ、命を救われた」

「…………」


 どう鍛錬すればあのように強くなれるのですか、という言葉を寧々は飲みこんだ。

 武人の力量を決める最大の要素は、その人が持つ生まれ持った資質で決まると言っていい。

 すなわち空たちが言う”気”の総量、寧々たちに言わせれば”力”になるのだが、その生まれ持った資質が最終的な武力を大きく左右することを寧々は思い出したのだ。


 そしてそのとき、ついに一花が一本目の足を切り落とした。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 一花との連携が上手くハマり、少しずつではあるがクモ野郎の足にダメージを蓄積させることができた。

 効いていないように見えた俺の攻撃も、しっかり効いていたようで、足の一本が折れかけている。

 そして一花は、ついに一本の足を切り落としてしまった。


「うまいぞ一花! その調子で続けてくれ」

「空様の攻撃のおかげで敵の動きが鈍ってきています。一気に畳みかけます」

「了解!」


 少し調子に乗って一花にうまいぞとか言ってしまったが、やはり彼女の方が戦闘技術に関しては俺より一枚も二枚も上だった。

 けれども、力技だけなら俺も負けてはいない。

 一花の一言が、そう俺に思わせてくれた。

 確かに彼女の言うとおり、クモ野郎の動きは遅くなってきている。


 が、ここでいつものように調子に乗りすぎて失敗するわけにはいかないだろう。

 その辺の自覚は、過去の戦闘で痛い目にあわされたおかげで既にできている。

 しかしッ、クククッ、この場で自重ができるとは俺も少しは成長したもんだ。

 ここはひとつ、その成長ぶりとやらを一花に見せつけてやろうか……

 いけないいけない。

 あやうく増長するところだった。


 なんて一人芝居を心の中でするだけの余裕が俺には生まれていた。

 増長することなく、敵の動きと一花の位置取りに細心の注意を払い、カウンター気味にクモ野郎の足を狙い打つ。

 もう、切るなんてことは考えない。

 できるだけ圧縮した”気”を刀に乗せ、打撃武器のつもりで俺はクモ野郎の足を殴りつづけた。


 そしてそれが功を奏したのかどうか俺には分からなかったが、一花が的確に斬撃を入れつづけ、八本のうち五本を切り落としたところでクモ野郎が地に崩れ落ちた。

 ここが好機だ、と、言わんばかりに俺は天高く跳びあがる。

 そして頂に達したところで空を蹴り、究極の加速をつけて刺突の構えで、想いを乗せた奇声とともにクモ野郎の首筋に突っ込んだ。


「とどめだあぁぁぁ! 死にやがれえぇぇぇ!」


 深々と首筋に突き刺さった刀に、最高に圧縮した”気”を流しこむ。

 するといつものように首筋が膨れ上がり、目も開けられない閃光とともに頭部がはじけ飛んだ。

 そしてクモ野郎はといえば、しばらく残った足をばたつかせていたが、やがてその動きを止めたのだった。

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