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第三十八話:宝玉採掘その五


 山小屋にいたときからひっそりと訓練していた飛行術を、ついにお披露目してしまった。

 本来なら完璧にして披露する予定だったが、今回は緊急事態だからしかたないだろう。

 一花をはじめ、遥も藤崎さんも三浦の爺さんも俺を見合上げて驚きを隠そうとしない。

 そしてそれは小隊の兵士たちも同じだった。

 皆が一様に驚愕の表情で俺を見あげている。


 俺の飛行術はまだ未完成とはいえ、荷物を担いで宙に浮くことくらいはできる。

 そしてそのまま移動することも当然可能だ。

 ただし、自由自在に高速で飛びまわったり、上空高くまで上ることはまだできない。


 俺が開発したこの飛行術は、大気中の”気”と俺自身が保有する”気”を結び付けているわけだが、上空に上がれば上がるほど大気中の”気”が薄くなるから、さっきも言ったように空高く飛びあがることは今の俺にはできない。

 しかも今回の場合、けっこうな量の食料を担いで飛ばなければならないので、飛行高度はせいぜい五メートルほどだろうし、速度も駆け足程度がやっとだと思う。

 だから未完成なのだが、食料を担いで川を渡ることは問題なく可能なハズだ。


 直径五十センチはあろうかという石を担いで宙に浮いていた俺は、驚くみんなを他所に――内心ではサイコウに気分よく――いったん地に降りた。


「俺が食料を川の向こうまで運びます」

「…………」


 いまだ現実に復帰しない一花たちに、俺は気分よく、しかし表情にそれを出すことなく問いかけた。


「どうしたんです?」

「いつの間にこんな技を…… いえっ、空を飛べるなんてスゴすぎます。しかも荷物を担いで」

「一花様の言うとおりだわ。ねえ空、いつ練習してたの? どうやって飛んだの? スゴイ量の”気”を使っていたのは分かったけど」


 遥の問いかけに、一花と藤崎さんは何度も頷いていた。

 どうやら皆、飛行術の原理に興味津々のようだが、三浦の爺さんだけはその表情から察するに原理を理解したようだ。


「山小屋にいたときからコッソリとね。で、師匠……は、やっぱり解かったみたいっすね」

「ホッホッホ、伊達に歳はとっとらんからな。どれ、自分が説明しようかの」


 俺は黙ってうなずくことで了解の意を示した。

 そしてやはりというか、三浦の爺さんの説明は俺が開発した飛行原理を完璧に網羅したものになっていた。


「――と、いうわけだな。”気”力が空殿と同等に高い姫殿下なら、訓練すれば飛べるようになれますぞ」

「ホントですか、先生!」


 一花はキラキラと瞳を輝かせて嬉しそうだ。

 対照的に遥は少しガッカリしているようだった。

 俺が持つ”気”の量でやっと飛ぶことができるのだから、一花が飛べるようになるのは理解できるし、遥が飛べないのは仕方がないことなのだろう。


「それにしても、空殿は我々の想像もつかない”気”の使い方をなされる」

「ふむ、確かに藤崎殿の言われる通りだが、ちとアンバランスすぎるかのう。だが、刀術の修練を続けていれば、そのうちそれも解消されるかの」

「それで空殿、食料はかなりの量になりますが、全て運べるのですか?」

 

 藤崎さんが言うとおり、二十五人の一か月分の米や干し肉はそうとうな量になる。

 少なくとも五百キロは超えるだろう。


「五回か六回往復すれば問題ありません」


 百キロ程度なら担いで飛ぶことはたぶんできる。

 もしキツそうだったら回数を増やすだけだ。


「時間も惜しいことだし、さっそく運びますか」


 ということで、女小隊長さんの号令で米や干し肉などが一か所に集められた。

 ニカワだろうか、水を通しにくいように樹脂のようなもので編み目を埋められた光沢のある袋にコメや干し肉は詰められていた。

 袋ひとつ五十キロはあるだろう。

 そしてその袋には、背負いやすいように肩紐がつけられているが、俺はその一つを普通に背負い、もう一つを抱きかかえるようにして空へと浮かび上がった。

 そうしたのは、最初は両肩に担ごうとしたのだが、いざ浮き上がってみるとどうにもバランスがとりにくいことが分かったからだ。


「じゃあ私は先に行くね」


 宙に浮かぶ俺にそう言った一花は、手にロープの一端をもって助走をつけると、川へと向かって大きく跳躍した。

 彼女が何をしようとしているのかというと、空を蹴って川を渡ろうとしているのであり、ロープを持っているのは、そのロープを伝って残った兵士たちが川を安全に渡るためだ。

 一花はもともと、”気”を使って空を蹴る技を身につけているからこそできる芸当なのだが、さすがに五十キロ近くある荷物を持って川を渡ることはできないそうだ。

 まぁ、もしできたのなら彼女があんな深刻な顔になることはなかったわけだが。


 駆けだして速度に乗り、川に向かって大きく一歩目を踏みだした一花は、その一歩目で川の中ほどまでに到達すると、水面ギリギリで空を蹴り、次の一歩で幅五十メートルほどある川幅の八分目ほどまで到達し、最後の一歩で川をを渡り切ってしまった。

 その様子を見届けた俺は、川を渡り切って手を振っている一花のもとへと、人が早足で歩く程度の速度でゆっくりと飛行したのだった。

 もう少し早く駆け足程度の速度で飛ぶこともできるが、何往復もすることを考えると、今の俺ではこれで精いっぱいなのがもどかしい。


 そして俺が最初の荷物を運び終わったころには、ロープを伝って兵士たちがずぶ濡れになりながら川を渡りはじめていた。

 川の流れはそれほど速くはないが、中央付近はかなり水深があって足がつかないらしく、一花と藤崎さんが両端を持つロープを両手でつかんで流されないように腕力のみで前進している。

 俺はそんな兵士たちを横目に、次々と荷物を運んだのだった。


 そしてついに荷物も運び終わり、渡っていないのは三浦の爺さんとロープを持っていた藤崎さん、それに遥だけとなった。

 荷物を運び終えた俺は、その遥たち三人のもとへと戻ることにした。

 それはなぜか?


「あとは遥たちだけだね。俺にはまだ余力があるから負ぶっていくよ。一度に三人は無理だから師匠と遥からかな」

「空殿、私は自力で渡りますゆえ」

「それじゃ、お言葉に甘えるとするかの」


 そう言って迷うことなく、三浦の爺さんは俺の背中へとおぶられたわけだが、爺さんをおぶってしまった手前、遥は必然的にお姫様抱っこになるわけで。


「わ、私は……」


 それを察したのか、遥はなにやらモジモジと恥ずかしがっていた。

 俺としては、遥をおぶって背にあたるふくらみの感触を堪能したいという煩悩がなかったわけではないが、お姫様抱っこで腕にかかるフトモモの感触を味わうのも悪くないかと思っていたりした。

 そして、もしかしたらもう一方の手の平に胸のふくらみが…… なんてことを期待しながらも、恥ずかしそうにしている遥をヒョイと抱きかかえる。


「は、はやく渡りなさいよ」


 プイと横を向き、すこしツン気味にそう言った遥は、両腕を胸の前に抱くように引き寄せてしまったため、俺の期待は虚しくも外れることになった。

 期待は裏切られたが、そっぽを向く遥を見て、可愛いヤツめと腕につたわってくる彼女のぬくもりを確かめながら俺は川を渡ったのだった。


 そして渡り切ってみれば、なぜだか一花が悔しそうな涙目で頬を膨らませ、俺を睨んでいた。

 そして、俺の腕から降りた遥は、さっきまではあんなに恥ずかしがっていたのに、少し誇らしげな顔を一花に見せている。

 これはあれだろうか、彼女もお姫様抱っこしてほしかったのだろうか。

 遥だけお姫様抱っこしたのを怒っているのだろうか。

 全く、女心は分からないもんだ、と、少し苦笑いして何気なく振り向いてみれば、そこには下を向いて諦めろと首を振る藤崎さんがいたのだった。


 そんなこんなで何とか無事に木曾川を渡り切った俺たちは、川を離れてふたたび琵琶湖を目指し、カヤの茂る中へと踏み込むことになった。

 そして、何とかカヤの茂みを抜けた先の森の中で三日目の夜を過ごし、四日目の午後三時ごろにようやく琵琶湖と思われる、ほとりが視界に入った。

 途中森の中で”妖気”が溢れている洞窟らしき穴に行き当たり、中から出てきた妖魔と戦うことになったが、山犬より少し小型でカテゴリー一の野犬系の妖魔が三体だけだったため、小隊の面々だけで楽々倒すことができた。

 もちろん洞窟には俺と一花が大量の”気”を放って浄化したことは言うまでもない。


 さておき、視界の先に煌めくほとりをとらえた俺は、そこに向かっていつの間にか走りだしていた。

 薄暗い森の先に見える水のきらめきが俺を誘っているかのようだった。

 理由は分からないが、俺は無心に走った。

 もしかしたら走りだしたのには予感めいたものがあったのかもしれない。

 そして、ほとりにたどり着いた俺の視界には、満々と水をたたえる海が広がっていた。

 琵琶湖はそこになかったのだ。

 代わりに広大な海が広がっていたのである。


 はるか先にはうっすらと対岸が見えてはいるが、左を見ても右を見ても対岸らしきものは見ることができない。

 俺は小さな砂浜へと駆け下り、ままよと水をすくって舐めてみれば、疑うまでもなく塩辛い海水だった。

 このほとりから見える状況から判断すれば、日本列島は琵琶湖があった位置で分断されていたことになる。

 それほどに過去に起こった天変地異は強烈なものだったのだろう。

 本州が分断されるという、富士山がなくなっていたことなど霞むような現実を目の当たりにした俺は、眼前に広がる大海を前に立ち尽くすしかなかった。


「ねえ空、これは海なの?」


 いつのまにか俺の横に立っていた遥がそう問いかけてきた。

 振り返ってみれば、一花や他のみんなも海を見て立ち尽くしている。


「うん、さっき確認したけど間違いなく海だよ。もともとここには琵琶湖っていう湖があったんだけど……」


 と、答えた俺だったが、遥の質問を反芻してみると、ある違和感を覚えた。


「ねえ遥、遥は海見たことなかった?」

「うん、今日が初めてよ。聞いたことはあったけどこんなに広いなんて……」


 やっぱりだ。

 富士大公国は一応海に面してはいるが、まだ歴史が浅く、発掘の手は海までは伸びていないと聞いていた。

 一応海の幸は和国経由で入っては来るが、予想以上に高かった。

 そして、一花はどうなんだろうか? と俺たちのほうに歩いて来た彼女にも聞いてみることにした。


「一花ちゃんは見たことあるよね? 海」

「はい。でも、ずっと昔のことでほとんど覚えてません」

「よし、今日の行軍はここまでにしてここで一泊しよう」

「なぜですか?」


 不思議そうに問いかけてきた一花に、俺は満面の笑みで答える。


「新鮮な魚、食べたいよね。貝とかも獲れるかもしれないし」


 そう、俺が喰いたかったのは新鮮な刺身だ。

 海の魚ならなんでもいい。

 今のところ食料に余裕はあるが、海の魚の刺身なんて今後いつ食えるかわからないのだ。

 ならば、今日が絶好のチャンスじゃないか。

 ワサビがないのが少し物足りない気もするが、このチャンスを逃すのはあまりにももったいなさすぎる。


 聞いてみれば、遥はもちろん若い人のほとんどは刺身を食ったことがないそうである。

 藤崎さんや三浦の爺さん、それに一花は和国で食したことがあるそうだが、それでも数えるほどだそうな。

 ということで、俺の案はあっさりと了承されることになった。


「じゃあ俺は海に入って魚を獲ってくる」


 俺はさっそくそのへんの木を削ってモリをつくり、白いトランクス一枚になった。

 遥は山小屋にいたときに俺のトランクス姿は見慣れているのだが、一花は違ったようで、両手で赤くした顔を覆い、それでも指の間から俺の姿をガン見していたのが新鮮だった。

 彼女が小さい頃は、一緒に風呂に入って俺の素っ裸は見ているはずだが、どうやらそのことについては彼女の記憶には残っていないようだ。


 そんな初々しい反応を見せる一花はさておき、小隊の面々も俺に倣ってモリを作って海に入ろうとしている。

 一花や遥、藤崎さんに三浦の爺さんと女の兵士は海には入らないようだ。

 久しく目にしていない女の生肌を拝むことはできなかったが、当然水着など持ってきてはいないのだろうから仕方がないことなのだろう。


「頑張ってね、空。期待しないで待ってるわ」

「わ、私は期待していますよ。頑張ってください」

「おう、大物をしとめてくるぜ!」


 遥と一花の声援を受けた俺は、自作のモリと紐を片手に磯の方へと走り、驚くほどきれいな海へと飛び込んだのだった。

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