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第三十六話:宝玉採掘その三

 扇状に、常人では気づけないほどに薄く薄く拡散させた”気”のレーダーに反応があったのは、獲物を探しはじめて十五分ほど森を進んだころだった。

 今回の作戦では、獲物に歩く音や俺たちの匂いで気づかれて逃げ出される恐れがないので、かなりの速度で森の中を歩いていた。

 藪があまり茂っていない森の中は歩きやすく、したがって小隊の四人と別れた位置からはすでに一キロ以上離れている。

 ここで大立ち回りを演じたとしても彼らに迷惑をかけることにはならないだろう。


 そして、”気”のレーダー網にかかった獲物らしき反応は五体。

 体長は一メートルから一メートル五十センチほどで、体高はさほど高くない。


「見つけた」


 抜き身の刀を右手に歩を進めていた俺は、戦いやすそうなスペースまで歩いたところでそう言って立ちどまった。

 一花と遥は、声を出して獲物に逃げ出されることを考えたのだろうか、無言で立ちどまった。

 彼女らも抜き身の刀をその手にしている。


「今から獲物をここまで誘導する。準備はいい?」

「ええ」


 一花が小声で答えた。


「私も大丈夫。ところで、獲物は何なの?」


 同じく小声で問いかけてきた遥に、俺は感じ取った獲物のサイズを伝えることにした。

 俺たちの位置から獲物までの距離は五百メートル以上離れているし、幸いなことに、警戒する様子は伝わってくるが逃げ出すまでには至っていない。

 障害物がない場所なら、薄く広げた”気”のレーダー網を半径一キロ程度までは張り巡らせることができるが、森の中では五百メートルが精いっぱいだ。

 そして、さすがにこの距離で獲物の特定までできるわけがない。


「獲物の種類までは分からないよ。けど、体長一メートルから一メートル五十センチ。体高はそんなに高くない。それが五匹」

「……たぶんイノシシか何かね――」


 少し考えて小声で話しはじめた遥によれば、この地域でそのサイズだとイノシシの可能性が高いらしく、俺たち採掘隊の人数と持ち運べる量を考えれば、五頭すべてを狩るのは多すぎるらしい。

 少し前に別れた小隊の四人もなにがしかを狩ってくるだろうし、持ち運びを考えれば二頭か三頭狩ればそれで十分ということになった。

 となれば、一花は確実に一頭を仕留めるだろうから、俺か遥のどちらかが少なくとも一頭を仕留めればミッションコンプリートである。

 俺たちの実力を侮っているだろう小隊四人の顔を見るのが今から楽しみだ。


「じゃあそれで行こう」


 一花と遥が黙って肯いたことを確認し、俺はとっておきの秘策を実行することにした。

 標的は、時おり周囲を警戒しながらも、地面に鼻先を突っ込んで餌をあさっているイノシシらしき五頭。

 倒すのは二頭か三頭だが、そう強そうでもないので五頭まとめて標的にすることにした。


 標的の位置はもう掴めている。

 俺は”気”のレーダーを維持したまま、天に向けて右手を伸ばした。

 その右手に練りこんだ”気”を圧縮し、上空に放ってソフトボール大の”気”弾を生成する。

 さらに、一発だけではなく二発、三発、四発…………二十発と、多数の”気”弾を上空に滞空させた。

 その”気”弾を目視することは叶わないが、”気”の扱いに慣れた一花や遥には視ることができたようだ。


「うん、これだけあれば十分だろう」


 俺の言葉を聞いて、一花と遥がゴクリとツバを飲んだのが分かった。

 俺は彼女らの期待に応えるべく、天空に放ったすべての”気”弾を操作し、延々と地平線の果てまで続く森の上空を、標的であるイノシシのいる少し先、つまり俺と標的を直線で結んだ先まで移動させた。


そして。


「行っけぇー!」


 イノシシの群れをわずかに外して、上空に待機させた”気”弾を一発炸裂させる。

 当然、イノシシたちは一目散に逃げはじめた。

 ”気”弾は俺の方から見てイノシシの向う側の地面に着弾させたので、逃げ出したイノシシはまんまと俺たちの方に走りだした。

 その群れを追うように上空の”気”弾を移動させる。

 途中、木を避けるなどして逃走方向が変わるが、そのたびに方向を修正するように”気”弾をさく裂させ、逃走方向を俺たちに向かうように調整していった。


 これが俺が考え出した秘策である。

 この方法なら、たとえ”気”のレーダーを獲物が察知して逃げだしたとしても、その位置さえつかめていれば、獲物の誘導は可能になる。

 ヒカル爺から聞いた狩りの基本は、”気”の放出を極限まで抑えて獲物に気づかれないことだった。

 しかし俺が編み出した画期的なこの方法なら、そんなことは気にせずに狩りができるのだ。

 なんてことを心の中で自画自賛していたら、いよいよ獲物が近づいて来た。

 一花と遥にもそれが分かったようで、二人とも今にも飛び出してくるだろうイノシシに備えて刀を構えなおした。


 そして間もなく。


「来るぞッ!」


 弾丸のような速度で突っ込んできた黒い影に、真っ先に反応したのは、やはりというか一花だった。

 猪突してきた体長一メートル強の見事なイノシシの頭部が、一花の一振りによって見事に切り落とされる。

 頭を無くしたイノシシは、そのまま何にも気づかなかったように数メートル進んでドサリと倒れ、その首からは止めどなく血があふれていた。


 それに間を置くことなく、次々と飛び込んできたイノシシの一頭に狙いを定める。

 俺の場合、一花みたいに頭を落とすなんて芸当はできそうもない。

 むしろ素手で殴り倒した方が実績もあるし確実で簡単だが、せっかく手にすることができた刀を使わないという選択肢を選ぶことなどできようはずがない。


 ならば。


 大地にどっしりと根を張るように”気”を流しこみ、腰を十分に落として一直線に猪突してきたイノシシの頭部めがけて渾身の突きを繰り出した。


「ハッ!」


 刃部を上にして突き出した俺の刀は、突っ込んできたイノシシの眉間に寸分たがわず命中すると、反ってやや下を向いた切っ先をなぞるように標的に深く吸い込まれた。

 そしてイノシシの勢いを殺しながら頭部を縦に割り、背中まで達したところでようやく停止するに至った。

 もちろんイノシシはその一撃で絶命しており、俺が刀を抜いて立ち上がると同時にドサリと横に倒れた。


「ふうっ」


 一息ついて遥を見やれば、彼女もイノシシの頭に刀を突き刺し見事に仕留めていた。

 運よく標的にならなかった二頭はすでに俺たちの間を駆け抜けており、すでにその姿は彼方へと消え去っている。


「よっしゃ、作戦成功だな。にしても、一花の斬撃はスゴイな。ああも簡単に首を切り落とすなんて俺にはまだできないよ」

「うふふ、私はこれが本職ですから。でも、私にはたった一年でここまで”気”を扱えるようになったほうが信じられません。五百メートルも離れた位置の獲物の群を完璧に誘導するなんてスゴすぎます」

「そうよ。それにこんな狩り方、おじいちゃんが聞いたら卒倒するわ。ワシの二百年は何たったんじゃって」

「あはは、照れるなぁ。でも、これからどうする?」

「そうね、まだ時間はいっぱいあるし――」


 獲物の処理に一番詳しい遥の提案に従い、この場で血抜きをして本隊との合流地点へと向かうことになった。

 ということで、手ごろなツタをそのへんに生えている木から引っぺがし、首を切り落とした三頭のイノシシを木につるして血抜きをしたのだが、吊るしたイノシシに”気”を流して血を絞り出すようにしてやると血抜きの効率が良くて美味い肉に仕上がるらしい。

 もちろんそう教えられたからには、”気”を使った血抜きをしたことは言うまでもない。


 三十分ほど血抜きをしたイノシシを一人一頭ずつ背負い、俺たちは合流地点へと向かった。

 合流地点はあらかじめ決めてあって、一花の持つ地図上では名古屋港につき当たる手前、そこにバツ印が書き込んである。

 対して現在値は豊明市を過ぎて本隊からかなり先行した位置にいる。

 時刻はあと一時間ほどで正午になるから、このままゆっくり歩いても間に合いそうだ。


 三人とも背に百キロ近いイノシシを背負っているが、”気”によって強化されているだけあって、赤子でも負ぶっているかのように足取りは軽かった。

 足が軽いのには、小隊四人の素人には狩れないだろうという思惑を覆してやったことももちろん加算されている。

 そして、森に中もずいぶんと障害物が少なくて歩きやすかったせいか、予定よりかなり早くに合流地点近辺へと俺たち三人は到着していた。

 後は本体が近づいてくるのを”気”のレーダーで察知するだけだ。


「この辺りで本隊を待ちましょう」


 足を止めた一花がそう言ったのは、森が少し開けて昼食にはちょうどいいと思われる広場だった。

 森の木々が邪魔して海を見ることはできないが、なんとなく潮風が漂っているのは俺にも分かった。

 海が近いことは間違いないだろう。


「じゃあどうせだし本隊が来るまで俺たちでできることをしておこう」


 一花も遥も異存はないらしく、しょっていたイノシシを地に下した。


「私はこの辺りの草を刈りましょう」

「じゃあ私は薪を集めてきます」


 一花が刀で草を刈りはじめたのを見て、遥は森へと薪を拾いに入っていった。

 じゃあ俺は何をしようかと考え、そういえば肉ばかり食っても飽きるよなと、喰える野草でもないかと再び森へと分け入った。

 が、よくよく考えればこの時期は実に中途半端で、植物はもうすぐ枯れはじめるという時期であり、木の実やキノコなどの旬にはチト早い。

 それでも何かないかと歩いてみれば。


「あった」


 見つけたのは木に絡まった細いツタ。

 確かこのツタは山イモ、いわゆる自然薯のツタじゃなかっただろうか。

 細長いハート形の葉と、ムカゴだったろうか小さな緑茶色の実をつけている。

 秋から冬にかけてが旬だったような気もするが、今の時代は”気”の存在でなにもかもが大きく育ちやすいと聞いている。

 少し早いかもしれないが掘ってみよう、と考えたところでツルハシを本隊に預けてきていることを思い出した。


 今俺が持っているのは刀のみ。

 さすがに刀で芋掘りをするのはどうかと思う。

 何かいい方法はないか?

 そう考えたところでハタと閃いた。

 ないなら作ればいい。

 土を掘り返すだけの簡単な道具ならその辺に生えている木を削ればどうとでもなるじゃないか。


 そう考えて手ごろな太さ、直径十センチ弱の木を一刀のもとに切り倒し、”気”を込めた刀でその木をサクサクと削って簡易スコップを作った。

 途中、”気”で木を削るというダジャレにもならないようなお粗末な語感がなぜだかツボにはまり、吹き出しそうになったのは一花や遥には内緒だ。

 そんなこんなで割と簡単に作った簡易スコップでツルの根元を掘り返していったところ、目的のブツが姿を現したのだった。


「けっこう太いぞコレ」


 形は不恰好そうだが、十センチ×五センチほどの茶色い楕円柱が地の中へと続いている。

 やっぱ今の時代に二十一世紀の常識は当てはまらなかった。

 俺はコレならいい食材になると喜び勇んで掘り進め、途中で勢い余ってスコップの先でイモをぶった切ってしまったが、合計で一メートル強の自然薯を収穫することに成功したのだった。


 そう思って喜んでいたら、広範囲ではないが、もう無意識というレベルで張り巡らせている”気”のレーダーに団体さんが引っかかった。

 もちろん俺たちが待つ本隊だ。

 迷いなくこっちに向かってきていることを考えれば、本隊も俺たちの位置を把握しているのだろう。

 案の定、一花がいる広場へと戻ってみれば、さほど待つことなく森の中から本隊が姿を現した。


「ほう! これはまた見事な。さすがは姫殿下にございますな」

「うふふ、これは全て空様のお手柄ですよ。私は一頭仕留めただけです」

「と申されますと?」


 三浦の爺さんが横たえられたイノシシ三頭と、俺が掘ってきた自然薯を見て唸っていると、一花の自分の手柄を否定する言葉に藤崎さんが問いかけた構図なのだが。


「すべては空様が”気”の遠隔操作で誘い出した獲物なのです。私と遥さんはそれを仕留めただけですよ」

「なるほど、刀術に関しては初心者であれど、”気”の応用については空殿の右に出る者はおりますまい。いやはやこの藤崎、まっこと感服いたしました」

「そんな、大層なことじゃありませんよ」


 などなど謙遜してみたものの、”気”の使い方をこうも潔く褒められて嬉しくないはずがなかった。

 そんな折、途中で別れた小隊四人が次々と狩りから戻ってきたわけだが。


「な、なんと。このイノシシを一花様達三人が……」


 言葉を無くしてしょげ返っている小隊の四人が持ち帰った獲物は、三羽のうさぎと二羽の野生化した鶏のような鳥だった。

 明らかに俺たちの勝利である。

 別に勝負をしていたわけではないが、そんな四人を見て俺はしてやったりと鼻を膨らませたのだった。

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