第三十五話:宝玉採掘その二
夕飯の後、三浦の爺さんに”気”の使い方の指導を受けることになったわけだが、体を冷やす方法については、移動しながらいつでもできるということで、まずは刀術の基本となる”気”の使い方を教わることになった。
日本男児たるもの刀への憧れは強いものがあるわけで、俺もその例にもれず期待感いっぱいに胸を膨らませ、一花にもらった刀をもって爺さんのところに行ったわけだが。
「本物を使うのはまだまだ先。今日はお前さんたちの”気”質を見極めさせてもらおうか。使うのはコレだ」
ということで、渡されたのは一振りの木刀だった。
遥と一花にも同じ木刀が渡された。
ただこの木刀、一見普通の木刀としか思えないが、きっと何かがあるに違いない。
そう思わせるものを感じたので爺さんに聞いてみると。
「材質は樫だから頑丈だが極々普通の木刀よ。なーんにも特別なことなどありゃあせん」
と、俺の膨れ上がった期待を裏切る答えが返ってきた。
どうやら俺は、これから刀術を教わることに興奮し、真贋を見極める目を曇らせていたようだ。
俺としたことが、こんな有様では得るものも得られない、と、冷静さを取り戻そうと頭を冷やしていたら。
俺の少しがっかりした顔を見た爺さんが。
「ちょいと貸してみぃ」
「あ、はい」
「だが、こんなこともできる……」
爺さんは俺から木刀を受けとると、その辺のこぶし大の石ころを拾って放り投げた。
「……ようになるかもしれん」
そして、石ころが落ちてきたところを、音もなく一刀両断にしてしまった。
もちろん木刀でだ。
「すげぇ……」
俺はそう思わずつぶやいていた。
遥も目を丸くして驚いている。
一花は満足そうにうなずいていた。
そして、木刀で両断され地に転がった石ころは、鋭利な切断面を天に向けて二つに分かれている。
それはまるで鋭利な刃物で切断したような断面だった。
石を刃物で切断するなど想像しにくいことだが、この爺さんはそれを何の変哲もない木刀でやってのけたのだ。
スゴイとしか言いようがないだろう。
俺の爺さんに対する株はうなぎ登りだ。
「師匠!」
思わず俺はそう叫んで、木刀を持つ爺さんの両手を握りしめていた。
これからは師匠と呼ばせてもらおう。
「自分にそっちの趣味はないぞぃ」
お茶目そうに眼をパチクリさせている爺さんが何を言いたいのかもちろんわかるし、あえて言及しないし、俺にもそんな趣味はない。
が、爺さんがやって見せてくれたことは、俺が持つ二十一世紀の常識からは到底考えられない芸当だった。
木刀を振る速度があり得ないほど早かったわけではない。
いや、むしろ遅いようにさえ見えた。
爺さんの”気”が特別強いわけでもない。
むしろ俺や一花と比べたらはるかに弱いと言っていい。
それでも石ころは綺麗な断面を見せて両断されている。
この技を身につけて日本刀を振るったら、たとえカテゴリー五の妖魔だって一振りで両断できるだろう。
そういえば一花の斬撃も、ここまで見事ではないが凄まじい切れ味だった。
きっとこの爺さんに師事したからこそ身につけた斬撃なのだろう。
そうとなれば、ここは恥を忍ぶどころか、喜んで爺さんの言うことに従おうではないか。
日本刀はまだお預け、そんなみみっちいことは気にしない気にしない。
木刀で練習、OKOKどんとコイってもんだ。
「まぁいい、今の技は”気”を使った刀撃の基本だ。お前さんより圧倒的に”気”が少ない自分がカテゴリー五の妖魔を斬ることはできんが、この基本を身につければお前さんならカテゴリー五でも両断できるだろうて」
爺さんが言ったことは今まさに俺が考えていることだった。
言質はもらったと言うには大げさすぎるし、表現としては今の状況に合ってないかもしれないが、俺の語彙力ではそうとしか表現できないのがもどかしい。
とにかく、三浦の爺さんの言うとおりに修業を積めば、もうあんな苦しい戦いにはならないということだ。
ということで、まずは手本を見てそれを真似るという至極オーソドックスな、なんの捻りもないことから修業がはじまったのである。
で、そのお手本というのが一花の素振りであり、俺と遥は一花の素振りをよく見て同じことを真似る。
ということをただただ繰り返した。
ただし、普通に型だけを真似ても何の意味もないことは、爺さんからくどいように仰せつかっている。
視るべきは一花の動きではなく、彼女の”気”の流れとその強弱であり、同じような”気”の流れと強さで木刀を振るうことが最初の課題だった。
他人の”気”の流れを視ることは、今の俺でもかなりのレベルでやれる自信がある。
問題は、それと同じように自分の”気”を木刀に流し、一花と同じような強弱をつけながら振るえるかどうかだった。
しかし、これが実際にやってみるとかなり難しい。
というか、簡単にできることではないのだろう。
遥も首をかしげながら木刀を振るっているところを見ると、その考えは間違いないようだ。
ツルハシで岩を砕いたり、敵を攻撃していた時は、ただひたすらに硬く頑丈になるよう”気”をコントロールしていた。
しかし、一花の素振りをよく観察すると、”気”の動きはそんなに単純なものではなく、しかも体から腕、そして木刀の表面へと強弱をつけながらよどみなく流れている。
しかも、彼女の斬撃は目で追うのがやっとというほどのスピードなのだ。
これは一朝一夕でできる技などでは決してない。
何度も何度も繰り返し練習して体で覚える必要がある技だろう。
三浦の爺さんによると、この”気”の操作は基本中の基本らしいので、一花にもらった日本刀本来の切れ味を引き出すには、まだまだ根気と時間がかかりそうだ。
しかしこの技を自分のものにできれば、有り余るほどの”気”力に頼りきった力まかせの攻撃ではなく、もっと効率の良いより確実な攻撃ができるようになるのは確実だと俺は思う。
そう考えると、根気よくこの修行を続け、たとえ時間がかかろうともこの技をマスターしようと俺は心に誓ったのである。
結局この日は、当たり前であるが見よう見まねの段階を出ることはなかった。
あまり長時間続けても意味はないということで、就寝までの約二時間、ひたすら素振りを繰り返して一日目が終了したのだった。
翌日は再び活気を取り戻した豊田鉱山の宿屋街で一泊し、三日目の朝は馬車で行けるところまで、つまり名古屋方面への道の終わりまで進んだところで馬車と別れることになった。
馬車は豊田鉱山の守備兵に託して、俺たちはいよいよ道なき森の中へと足を踏み入れたのである。
予定では、このまま西へと直進し、地形が変わっていなければ伊勢湾の名古屋港あたりにつき当たったところから西北西に進路を変えて琵琶湖を目指すことになっている。
今回の宝玉採掘隊にはかつての日本地図と方位磁石があるため、万が一にも位置を見失うことはないと考えている。
琵琶湖までの行程は約六十キロ、森の状況が分からないが、遅くとも一週間で踏破しなければ後の行程が苦しくなってくることは想像に難くない。
欲を言えば、石川までの山岳地帯を考えて三日で琵琶湖までたどり着きたいところだ。
森に分け入ってからの行軍は、今のところは平地? を歩いていることもあり、所々に密集した藪が邪魔をしてくれるが、順調に進んでいると言って差し支えないだろう。
食料は持っていける量に限りがあるため、可能な限り現地調達、つまり狩りや採取をしながらの行軍となる。
ただし、二十五名の団体で行軍しているため、偶然獲物と出くわすような幸運にはまずありつけないだろう。
もちろん米や干し肉は可能な限り持ってきているが、現地調達できる食料は多方がよい。
そんなわけで、小隊の中から狩りの経験がある者を選抜し、斥候と狩りをかねた別働隊を先行させることになっている。
これは本来小隊の役目なわけだが、ただ荷物をしょって歩くだけなのは性分に合わない。
ということで、俺も先行隊に参加させてもらうことにした。
そうしたら、当然のように一花と遥もくっ付いてきたわけで、結局俺たち三人と小隊の中から狩りにたけた四名の兵士計七名で先行隊を組むことになった。
ただし、俺たち三人は斥候としても狩人としてもあくまで素人であり、兵士四人の指示に従うということで先行隊入りを許される形になった。
「ではお三方、我々が先行しますので”気”をお抑えになってその後を」
四人の中でも一番の年長者、とはいっても俺の見た目で四十ほどのやせ型の男がそう言って部下だろう一人の若くて気の強そうな女兵士と、二人の男の兵士をひきつれて先行する形になった。
俺たち三人はその後を追うように速足で続いているのだが、なるほど彼らは狩りに慣れているのだろう。
森の中だというのにほとんど音をたてずに、しかもかなりのスピードでぐんぐんと進んでいる。
やがて獣道に出くわすと、その脇に隠れるように身をかがめ、さっきの年長者が小声で指示を出した。
「ここからは手筈どおり単独行動だ。獲物の痕跡を見逃すな。各自の成果を期待する。正午には本隊に合流するように。お三方もできるだけ気配を殺してご自由に行動してください。では、ご武運を」
団体で行動すると、どうしても獲物にこちらの気配を察知されやすくなるし、獲物と遭遇する可能性も減ることになる。
したがって狩りは単独で行うのが基本になるらしいのだが、俺たちは素人だということで三人で行動を共にすることになっている。
そんな俺たちをおいて、兵士たちは背にしていた弓を手に取り、腰をかがめた姿勢で音もなく森の中に散っていった。
「さて、俺たちは俺たちにできる狩りをすることにしよう」
「で、なにかいい考えがあるの?」
そう聞いてきた遥は少し心配顔だった。
彼女は、俺が山小屋にいたとき、結局ヒカル爺と狩りに行っていないことを知っているからだろう。
しかし、一花の俺を見る目は期待感いっぱいのキラキラしたものだった。
その期待に応えてやろうじゃないか。
そして、俺たちの成果などあてにしていないだろう小隊の鼻をあかしてやろうじゃないか。
というのも、俺たちが狩りに参加すると申し出たときに、わずかに見せた小隊の四人の困惑顔を見逃さなかったという経緯があってのことだ。
「フフフフフ、いい考えがあるのだよ諸君――」
俺の考えはこうだ。
それは、俺の有り余る”気”を使った生体レーダーを使って獲物を探す。
そしてとっておきの必殺技で獲物を誘導し、俺たちの戦闘力をいかんなく発揮して仕留める。
確かに俺は戦い方に関しての”気”の使い方はまだまだヘタクソなのだろう。
しかし、これでも俺はいままでいろんなことをコッソリと誰にもバレないように訓練してきた。
その中でも、”気”の遠隔操作は得意中の得意なのだ。
これを使わない手はない。
もちろん、”気”のレーダーを使ってしまえば、気配に敏感な獲物に気づかれてしまう恐れが無いわけではない。
もしかしたら気づかれないかもしれないが、今回俺が思いついたナイスでイカした作戦ならば、たとえ獲物に気づかれたとしても大丈夫なのだ。
その理由を作戦とともに一花と遥に説明したのだが。
「スゴイです。私も”気”の操作については不得手でゃないですけど、そんなことは考えもつきませんでした」
「そうですよね。ときどき空は何考えてるか分からないところがあるけど、その作戦なら私たちでもうまく行きそうだわ」
二人とも大絶賛してくれたことに、俺の気分はますます大盛り上がりだ。
俺たち三人は刀を抜き、万全の態勢を整えて小隊四人と被らない方向に進路を取った。
もともと俺たちは狩りに参加する予定がなかったので、狩りに向いている弓や槍を持ち合わせてはいない。
だから刀で戦うつもりなのだが、別に妖魔と戦うわけでもないし、特別強い獲物を狙うわけでもないので、不慣れな刀でも十分に獲物を狩れるはずである。
それに、もし俺と遥がしくじったとしても、一花がいるので全く俺の作戦には問題ないのだ。
「よし、じゃあそろそろはじめるよ」
小隊の四人と別れてからだいぶ森の中を進んだ。
もう十分だろうと、彼らの邪魔にならないように、俺は”気”のレーダーを扇型に広げていった。
できるだけ薄く、できるだけ遠くまで。
大猟の期待をその”気”に乗せて。




