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第三十四話:宝玉採掘その一


 一花たちと打ち合わせをしてから五日後のまだ星が瞬く日の出前、俺は遥とともに軍本部へと出向いた。

 俺と遥の出で立ちはいつもの発掘師スタイルだが、それぞれの背にツルハシと交差させるように刀を装備している。

 その上からザックを背負っているのだが、こうしておけばいつでも刀やツルハシを抜くことができるのだ。


 俺と遥はまだ人通りがほとんどない夜明け前の道を、軍本部へと歩く。

 そして目的地に到着してみれば、こんな時間だというのに正門は開いており、守衛所には人影があった。

 今回も藤崎さんに呼び出された旨、守衛所の人に告げると、どうやら俺たちがこの時間に来ることは知らされていたようで、前回とは違ってすぐに案内役をあてがってくれた。

 そして案内された先には、すでに一花たちが準備万端整えて、俺たちの到着を今や遅して待ち構えていた。


「おはようございます」


 宝玉採掘、すなわちトレジャーハントにこれから出発するという高揚感から、朝の挨拶にも気合が入るというものだ。

 一花たちからも、眠気を感じさせないハツラツとした挨拶が返ってきた。


 俺たちを待っていたのは一花をはじめ、藤崎さんと三浦の爺さん。

 それに、藤崎さん直属の遊撃小隊の人たちが二十名ほど。

 馬車が三台用意してある。

 その馬車に遊撃小隊の人たちが物資を運びこんでいた。

 ずいぶん大がかりな採掘隊になったが、期間とルートを考えれば、これでも必要最小限の態勢なのだ。


「おはよう一花、待たせた?」

「いいえ、出発予定時刻までまだ三十分あるわ」


 そう言ったあと、一花は俺の耳元で「おはよう、空お兄ちゃん」とささやいた。

 さすがの一花も部下たちの前でお兄ちゃんとは言いにくいのだろう。

 それにしても後三十分か……

 なんてことを考えていたら、物資の積みこみが終わったらしく、予定時間をくり上げて早めの出発とあいなった。


 俺と遥、一花と藤崎さんに三浦の爺さんが一番小さいほろつきの馬車に乗り込み、三台の馬車隊は首都を出て一路東へと進んだ。

 今回俺が向かおうとしているのは石川県某所。

 そこの紫水晶は、二十一世紀には掘りつくされたとされているが、大きな地殻変動後の今の時代では、新たな脈が露出している可能性が高いと俺は踏んでいる。

 もし見つからなければ、そこから山岳地帯を進み、岐阜のポイントに向かおうと思っている次第だ。


 ルートは豊田を経由して、名古屋から琵琶湖をかすめ、福井を通過して石川へと入る予定だ。

 ただし、地形がどうなっているか全くわからない上に、ルートのほとんどは原生林の中を突き進むことになると予想されるため、日程は一か月強を見込んでいる。

 それを過ぎると、雪が降りはじめる可能性が高いため、遭難の危険性が高まるのだ。

 とはいっても今回のメンバーは、全員が一般人と比べて隔絶した”気”の持ち主であるため、多少の無理は効くだろう。


 本来なら何度も森に通って少しづつ進路を開拓していくべきなのだが、それだと目的地にたどり着くまでに何年もかかってしまう。

 そんなことでは来年春にまた襲ってくる可能性が高い妖魔に対抗できない。

 だから今回は、無理がきくメンバーで宝玉探しに行くわけである。


 なお、今回のメンバーに鈴音ちゃんと阿古川哲也は入っていない。

 二人は引き続き中村さんのクランで発掘作業中だ。

 そして、二人を連れていけない理由は今回の採掘自体が軍事機密だからである。

 打ち合わせのとき藤崎さんに二人の同行を打診してみたが、俺には遥みたいなゴリ押しができなかった。

 あまり無理を言って藤崎さんを困らせたくなかったというのもある。

 だから今回二人には残ってもらうことになった。



 三台の馬車は豊田に向けて順調に進み、最初の野営ポイントに到着したのは陽が傾いたころだった。

 この場所は前回四人で豊田に向かったときに野営した場所と同じである。

 大きな違いは遊撃小隊の面々が同行しているということであり、彼、彼女らがすべての野営準備をそれはもう効率よくテキパキとやってくれるということだ。

 俺たち主要メンバーの仕事は、ただその様子を見守るのみである。


 遊撃小隊の面々によって大型のテントが四張り、小型のものが二張り、たき火を囲むように設営され、そのたき火には大き目の鍋が二つ掛けられている。

 しばらくして陽が完全に姿を消したころ、食欲をそそる匂いが漂ってきた。

 何もすることがないので、早く食べたい気持ちが必然的に増幅されている。


「藤崎閣下、食事の準備、完了でありマス」


 たき火から少し離れたところに設置された、折り畳み式の簡易テーブル。

 このテーブルが使えるのも今日までなのだが、そこでくつろいでいた俺たちの前に、若い女兵士がビシッと敬礼を決めて夕飯時の到来を告げにきた。


「ご苦労。中尉、この方たちの分も配膳を頼む」

「ハッ、了解でありマス」


 非常にハキハキとした清廉な印象を受ける女兵士だな、と、最初は思った。

 しかし、なぜだかこのとき彼女に違和感を覚えた。

 なにが俺にそう思わせたのかは分からないが、この女には気をつけろ、と、本能に訴えかけられたような気がしてならなかった。


 しかしそんな違和感も、配られた夕メシの前に霧散してしまう。

 なんとも食欲を掻きたてる匂いだ。

 季節は夏の盛りを過ぎた九月初頭。

 陽が沈んだ時間帯だとはいえ、まだまだ暑苦しい。

 けれども夜風には、わずかな涼を感じないわけでもなかった。

 そんな微妙な季節感のなか、この時期に食うには少し季節外れのトン汁でご飯を掻き込む。

 案の定ダバダバと汗が噴出するが、味の方は文句のつけようがないくらいに美味い。


「ふむ、空殿は実に美味そうに食いなさるのう」


 三浦の爺さんにそう言われてはじめて気づいたが、一花をはじめ俺以外の四人は汗ひとつかかずに、実にスマートに夕飯を食っていた。

 かといって食うスピードが遅いというわけでもない。

 まぁ、俺みたいにかっ喰らっているわけではないが。


「なんでみんな汗かいてないんすか?」


 分からなかったから聞いてみた。

 ひとりで悶々と考えるなんて性に合わない。


「ふむ、そうかそうか、解からんか」


 三浦の爺さんは、不思議そうな俺の顔を見てやけに嬉しそうにしている。

 その隣で藤崎さんは困惑顔だ。

 一花は不満そうに三浦の爺さんを、遥は不思議顔で俺を見ていた。


「先生、空様がお困りです」

「ホホホッ、姫殿下は空殿のことになると」

「先生!」


 ぷくっと頬をふくらました一花に、幼いころの面影を懐かしみながらも、俺は答えを催促することにした。

 このまま和気あいあいとした食事中の団欒に浸るのも悪くはないが、謎を謎のままに流されるのは精神衛生上好きくない。


「あのぉ、そろそろ教えていただけませんかねぇ」


 悪い悪いと三浦の爺さんは謝りながら教えてくれた。

 俺だけが汗をかいている理由。

 それは”気”の使い方がなってないかららしい。

 というより、俺は”気”で汗をかかない、つまり体温を上昇させない、言いかえれば熱を上手に体外へと逃がす方法があるなど知りもしなかった。

 ”気”で体を温めることは簡単にできたが、冷やすことができるなんて考えもしなかった。


 爺さん曰く、今の時代に生きている大人ならば”気”で体を冷やすことは、ほぼ誰でもできるらしい。

 激しく運動したときや、意識して熱を体外へ逃がさないようにしようとしない限り、自然に身につける能力だということだった。

 まだ”気”の扱いに慣れていない小さな子供ならともかく、暖かいものを食べたくらいで汗をかくということは、俺の”気”の扱いは幼児や赤子並みのレベルだということだ。

 そう言われた時は実際少し悔しかった。

 が、よくよく考えてみれば俺はこの時代に来てようやく一年と少し。

 赤子と何ら変わりはない。

 ”気”をうまく扱えないのは当たり前なのだ。

 現に、一花もそう言って俺を慰めてくれた。


 一花曰く、戦闘での攻撃に関してだけは、俺の”気”の扱いは常人をはるかに凌駕しているという。

 それに、こんなことが分かっていたなら、あのカマキリと戦ったときみたいに足の筋肉が熱をもってピンチになることもなかった。

 この旅の合間に、俺と遥は三浦の爺さんから刀の扱い方を学ぶことになっている。

 これはさっそくいい機会かも……


「じゃあ、そういった”気”の扱い方もお教えねがえませんか?」


 俺は言葉に期待をこめて三浦の爺さんに願い出てみた。

 すると、爺さんは上機嫌この上ないといった感じで破顔してみせた。

 どうやらこの爺さん、人に教えるということが大好きな人種らしい。

 それに一花や藤崎さんから、敬意をこめて先生と呼ばれていることからも、たぶんいい人なのだろう。


「よかろうよかろう。腹ごなしついでに運動でもするかのう」


 上機嫌になった三浦の爺さんは、そう言ってまだ終わっていない夕食を再開したのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 空に”気”の扱い方を教えることになった三浦は、夕食後星空を眺めながらゆったりと夜風に体を預けたのち、空と遥の指導をはじめていた。

 指導には一花も願い出て、教えを乞う立場で加わっている。


「先生、空殿はどうですかな」


 三浦の横では藤崎が、木刀を振るう空たち三人の様子を眺めていた。

 空と遥、それに一花は、日本刀ではなく三浦から渡された木刀を、星空のもと三人で向かい合うように、三角形を作って素振りを繰り返している。

 一花がお手本となって一振り、それを模倣するように空と遥が一振り。

 木刀を使う理由は、今はまだ語らないことにしておこう。


「”気”の保有量はまさに人外。さらに素質だけで言うと姫殿下より上になるかのぅ」

「ほう、それはまたなんとも……」

「だが刀の振り方は見てのとおり、ずぶの素人。基本の基本から叩きこまんと」

「でも先生、そのお顔は……」


 藤崎が言ったとおり、三浦の顔からは明らかな喜びが見てとれた。

 実際、三浦は空という久しぶりの逸材、いや、逸材と呼ぶこともはばかられるような才を秘めた教え子とのめぐり逢いに、至上の喜びを感じてやまなかった。

 一花に刀術の教えを施したときにも感じていたことだが、空の素質はそれを上回っている。

 さらに三浦にとって嬉しかったことは、空が刀術に関してはずぶの素人だったことも大きかった。

 刀術を極める上で邪魔になる余計な体の動きやクセが身についていないし、刀術に限られたことだけではあるが、余計な知識やこだわりもない。


 三浦にとって空という存在は、自身の極めた刀術を継承させるにふさわしい、いや、ふさわしいと言うのもおこがましいほどの、あえて言えば三浦という達人と呼ばれるほどの人物にとっても身に余るほどに極上の存在なのである。

 そんな存在にまっさらな状態で刀術を教えることができる。

 それはまるで、とびっきりのイマジネーションを、天啓とも言えるほどの発想を得た稀代の芸術家が、これ以上ない最上級の素材を手に入れ、いままさに創作にあたろうとしている心情に近しいものであった。

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