第三十二話:伯爵葵空
叙勲式が終わって、一か月が過ぎた。
その間、俺をとりまく環境はあわただしく変化していった。
というか激変していった。
なぜかといえば、勲一等に叙された俺は、そのまま伯爵の地位を与えられたのと同時に、報奨金一千万円と一軒家を下賜されることになったからだ。
これらは全て勲一等の褒章であり、あまりの厚遇に恐縮した俺は、身内びいきがすぎやしないか? と報奨金の返金を陽一さんに申し出たところ、これでも勲一等の褒章金としては少なすぎるらしく、どちらかといえば冷遇に近といって取り入ってもらえなかったし、逆に申し訳ないと頭を下げられてしまった。
カテゴリー五の妖魔襲撃を退けるということは、そういうことであると力説もされた。
この程度の恩賞で済ませて冷遇に近い対応をしておくことで、ぽっと出の若者、つまり俺に対する、旧貴族家のやっかみをある程度緩和できるとも言っていた。
逆にいえば、富士大公国にいきなり現れた俺に、一部の旧貴族家は快く思っていないということだった。
それを大公国幹部の間で勘案し、俺の褒章が決まったらしい。
それでも、伯爵としての特典は付随するわけで、例えば毎年一定額もらえる年金だったり、嫁さんを二人以上も貰ってもよかったり、一夫多妻でも合法だったり、何人と結婚してもよかったり、ついつい愛人を孕ませてしまってもそのまま嫁さんにできたり、毎晩とっかえひっかえの酒池肉林が可能だったりするのである。
それだけの甲斐性と体力とカネがあればの話だが。
さておき、たしかに伯爵位を得た俺なのだが、今までどおり発掘師を続けても問題はないらしい。
というか、ぜひ続けてくれたまえとお願いされたくらいだった。
理由は、家を貰えば当然その家に住むことになるわけで、しかも一応伯爵家ということで、普通の庭付き一戸建てレベルの家ではなかったわけだが。
大公宮横手の富裕街に建てられたその家は、周囲を白塗り屋根付きの塀に囲まれた平屋の日本家屋で、敷地面積でいえば十万平米弱もあり、家の部屋数も二十を超える大豪邸だった。
さらに、主に住み込みの使用人が使う十部屋くらいの離れまで敷地内にある。
そんな豪邸となると、当然俺一人で維持できるわけもなく、必然的に使用人を雇うはめになったのだが。
結局のところ、毎年もらえる年金は使用人の給金含めた家の維持費にそのすべてが消えてなくなるわけで、というか年金だけじゃ足りないわけで、発掘師なりなんなりを頑張って今まで以上にお金を稼ぐ必要があるらしいのだ。
とても嫁さんを五人も六人も七人も八人も貰ってハーレムサイコウ、俺ってば余裕で毎晩毎夜の酒池肉林で楽しみ放題、みたいな夢のような生活など、まさに夢のまた夢なのである。
ということで、俺は鴻ノ江食堂からいろんな意味で夢が詰まったマイホームに引っ越してきたわけだが。
当然とばかりに遥も我が家に引っ越してきた。
引っ越しのとき、遥の父幸作さんから娘をよろしくと泣いて頼まれたのはいい思い出になった。
ただし、幸作さんは、明らかにうれし泣きだったわけで、こっそりと俺に耳打ちしてくれたのだが、どうやら俺が現れなければ、遥が一生独身を貫きとおすというか、嫁の貰い手が現れないだろうと思っていたらしい。
まだ遥を嫁にもらった覚えはないが、どうやら鴻ノ江家では、遥が俺の嫁になることは既定事項なのだ。
そして想定外だったのが、鈴音ちゃん母娘が我が家で生活することになった、ということである。
というのも、そもそもの発端は受勲式の直後、鈴音の父御堂虎徹伯爵が、脳出血により急死してしまったことであり、その葬儀には俺と遥と阿古川哲也も参列したのだが、その時鈴音ちゃんは、御堂家の娘として母とともに葬儀にはきちんと出ていた。
しかしその葬儀が終わったあと、詳しくは聞いていないが、どうやら御堂虎次郎の母の陰謀により御堂家から追放されたらしい。
この件に関しては、俺も思うところがあって、というか頭にきていたのだが、どうやら鈴音ちゃんもその母も清々しているらしく、逆にあの家から出られて良かったと話していた。
俺としては、使用人を何人か雇う必要があったこともあって、住む家を探していた鈴音ちゃんに打診してみたところ、二つ返事でOKを貰えたということである。
勘違いしないでほしいが、使用人として雇ったのは鈴音ちゃんの母、白井天音さんであり、鈴音ちゃんは母とともに使用人用の離れに住むことになった。
白井というのは天音さんの旧姓であり、御堂家を追放された際に戻したらしいが、そうなると当然鈴音ちゃんも白井鈴音と名乗ることになったのは当然のなりゆきである。
という経緯があったわけだが、この天音さん、歳は五十歳ということらしいのだが、どう見ても二十歳くらいにしか見えない。
おまけに鈴音ちゃんによく似ているので、普通に姉妹と言われても違和感が全然ない。
というか姉妹にしか見えない。
俺はまだこの時代の親子像というか年齢と見た目のギャップというか、そういうのに慣れていないので、一度一花に聞いてみたんだが、彼女曰く、個人差はあるが年齢から十二を引いて四で割った数値に十二を足せば違和感がなくなるそうだ。
ということは、五十歳の場合、俺の感覚で約二十一歳に見えるということになり、なるほど確かに天音さんが二十一歳と言われれば全く違和感がない。
この計算で行くと、遥が十七であり、一花が十八であり、鈴音ちゃんが十四歳ということになる。
この考えで行くと阿古川哲也も十四歳くらいに見えるはずだが、実のところ、奴は俺と同い年にしか見えない。
ヒカル爺の場合は逆に、見た目は六十くらいだがこの計算に当てはめると七十過ぎに見えるはずだ。
阿古川哲也の場合は実際同い年なのでややこしいが、彼は老け顔ということになるのだろう。
ヒカル爺の場合はその逆だ。
一花は”気”力も見た目の年齢と相関がみられるといい、高いほど若い年代を保つそうである。
しかし、一花が実年齢のことは気にせずに、見た目の年齢として接すれば何の問題もないと強調していたことを考えると、実のところ彼女も、元いた時代の感覚で、自分の実年齢を気にしているのだろうという結論に、俺の考えは至ったのである。
要するに、女性に年齢のことは聞くなということだ。
話がそれすぎたので元に戻そう。
説明してきたことを箇条書きにすると。
・伯爵の地位を貰って身に余る豪邸を手に入れた。
・その豪邸に遥とともに引っ越してきた。
・豪邸と俺たちの生活を維持するために使用人を雇った。
・その使用人の一人が鈴音ちゃんの母天音さんであり、紆余曲折あって鈴音ちゃんともども豪邸の離れに住むことになった。
・鈴音ちゃんの名字が白井に変わった。
・阿古川哲也が鈴音ちゃんにコクって盛大に自爆した。
ん?
阿古川哲也と鈴音ちゃんのことはまだ話してなかった。
叙勲式の後、バタバタとことが進んで俺と遥は大忙しだった。
その間、阿古川哲也と鈴音ちゃんはヒマになるわけで、ああ、鈴音ちゃんは父親の葬儀とか、その後の一悶着とか、引っ越しとかあったから一週間くらいは身動き取れなかったが、それでもその後はヒマになったわけで、結局二人は叙勲式で会った中村さんを遥に紹介されて、彼のクランに臨時で参加することになった。
そうなると、二人は二人きりになる時間が必然的に多くなるわけで、以前から鈴音ちゃんのことを密かに想っていたらしい阿古川哲也が勇気を振り絞ったということだ。
結果、見事に玉砕したわけだが、それで二人の関係がぎこちなくなったかといえば、それは否であり、何事もなかったかのように二人は中村さんのクランで発掘師活動を継続している。
そしてそのクランの中で、驚くことに阿古川哲也は我が世の春を謳歌しているらしい。
遥に聞いた話では、鈴音ちゃんにそれはもう完膚なきまでにフラれた阿古川哲也は、クランの中で一人寂しくしていることが多かったらしいのだが、その姿が女心をくすぐったそうだ。
さらに、豊田での妖魔襲撃の折、妖魔相手に奮闘していた阿古川哲也を覚えていた女発掘師が何名かいたらしく、彼のことを好意的にとらえていたことも下地になったのだろうと遥は言っていた。
ということで、遥曰く今現在阿古川哲也に言い寄ってきている若い女発掘師が三、四人いるらしい。
とまあこんな感じの一か月だったんだが、ようやく我が家のゴタゴタが落ち着いて、俺は今屋敷の客間で遥とともに一花と藤崎さんに向き合っている。
「空殿、いや、今は葵伯とお呼びしたほうがよいか」
俺が伯爵になって、今藤崎さんが言ったように苗字で呼ばれることが多くなった。
俺のフルネームは葵空というのだが、もともと俺の名前はオヤジが語呂合わせで閃いたのが発端でつけられたと母に聞いている。
そんな経緯もあって俺は苗字をほとんど名乗らない。
理由はアオイソラ、アオイソラとガキの頃クラスメートに面白がられ、よくフルネームで連呼されながらバカにされていたからだ。
「空でお願いします」
俺はことさら強調してそう言っていた。
伯爵という地位になった以上、公の場とかで葵伯と呼ばれるのは仕方がないが、プライベート空間では勘弁願いたい。
「では空殿、今日は折り入ってご相談が――」
と、切り出した藤崎さん。
話を聞いてみれば、春から梅雨にかけて起こった妖魔の異常出現についていろいろ調べた結果、百数十年前に和国で同様の異常出現が起こっていたらしく、どうやら百五十年間隔程度の周期性があるらしいのだが、一度起こってしまうと、毎年数年間決まった季節に異常出現が繰り返さているそうだ。
ということは来年の春にも妖魔の異常出現が起こる可能性が高く、その対策を今のうちから講じておきたいということだった。
で、俺に何を相談してきたかと単刀直入に言えば、宝玉の産地に心当たりはないか?
知っていれば調査と採掘に同行してもらえないか?
ということだった。
できるだけたくさんの宝玉を入手して軍事力の底上げを図りたいらしい。
宝玉の産地については、俺に聞けばわかる可能性が高いから、相談に乗ってもらえと陽一さんに言われてここに来たらしい。
一花はそのやり取りを聞いていて、ちゃっかりついて来たということだった。
というか、俺がこの屋敷に越してきて以来、一花はヒマを見つけてはというよりは、無理やりにでもヒマを作って屋敷に来るようになった。
というより、仕事が終わっても高科邸に帰ることがほとんどなくなり、この屋敷に帰ってくると言ったほうが正確な表現になる。
つまり、今のところ寝室は別にしているが、遥と同様この屋敷に同居している状態である。
話がそれたので元に戻そう。
もちろん俺は紫水晶や、その他輝石や宝石の産地を、関東近辺でいくつか知っている。
有名どころとは今の時代で言えないのだが、山梨の甲府だとかが有名だった。
ほかにも岐阜や栃木にも鉱山がある。
が、品質で言えば……
「もちろん知っていますよ、でも、今の時代ではどうやって正確な位置を特定すればいいか分かりません」
「我々大公国軍は神話時代のかなり正確な地図を所有していまして、特定の部隊に方位磁石と星読みを合わせて探させれば、場所の特定は可能かと考えております」
ということだったので、俺はこの依頼を快く承諾した。
というか二つ返事でOKしていた。
宝玉の採掘と聞いて遥の目は爛々と輝いているし、一花に至っては期待感いっぱいのワクワク顔だった。
もちろん二人とも同行することしか考えていないようだ。
ということで。
「遥を同行させてもいいですか?」
一花は何を差し置いてでもついて来るだろうということで、遥のことについて聞いてみたのだが。
「ふむ、困りましたな……」
藤崎さんを見据えた遥の表情がすわり、険悪なものへと一変した。
「ことは軍事機密……」
遥の視線に凍てつくような冷気が混ざりはじめ、周囲の気温が下がっていくような感覚に襲われた。
「にあたりますから誠に遺憾ではありますが……」
遥の藤崎さんを見る目つきが射殺すような殺気を帯びだした。
「くれぐれも他言はお控えくださいますよう約束いただけるのでしたら」
遥の表情に笑みが戻った。
侯爵級騎士を目力と表情だけで制しやがった。
遥の恐るべき一面を目の当たりにした俺は、彼女だけは絶対怒らせないようにしようとこのとき誓ったのだった。
さしあたって次の行動目標が決まったわけだが、じゃあ出発しますか、とはさすがに言えなかった。
俺が行こうと思っている場所は、そんなに遠いことはないが、日帰りできるようなところではないし、馬で行けるようなところでもないし、道があるとは考えにくいし、おそらくは連日の山歩きになるだろう。
そうとなれば入念な準備が必要になる。
ということで、俺は藤崎さんにだいたいの位置を教え、そこに行くまでに必要な物資を人数分揃えてもらえるように依頼したのだが、それ以外にも持っておいた方がいい物があるということで、俺と遥に軍本部へと出頭するようお願いされたのだった。




