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第二十五話:豊田鉱山その五

 朝メシを食おうと部屋を出たところで、外から聞こえてきた鬼気迫る叫び声。

 ただ事ではない状況がおこっていることを、容易に理解させた。

 それはこの宿に泊まっている他の発掘師たちも同じだったようだ。

 バタンバタンとドアが開き、一斉に発掘師たちがツルハシを手に跳びだしてきた。

 そこには当然のように遥や鈴音ちゃん、阿古川哲也も含まれている。


「空、行くわよ。鈴音ちゃん、哲也君、無理しないようにね」


 遥はすでに覚悟を決めたような厳しい顔つきになっており、その後についてきた鈴音ちゃんは少し不安そうだったが、遥の助言にはしっかりとうなずいていた。

 阿古川哲也も緊張している様子がありありとうかがえたが、鈴音ちゃんと同じくしっかりとうなずいている。


「わかった遥、とにかく急ごう。遥も危なくなったら引いてくれよ」

「ええ、そのときはお願いね空」


 俺はしっかりと遥の目を見据えてうなずいた。

 そして、急いで宿の外に出ると、発掘師たちがツルハシや斧を手に西門へと走っていくのが見えた。

 俺たちもその発掘師たちに続くように西門へと急ぐ。

 その途中にも、何人もの発掘師たちが加わってきた。

 そして、西門へと近づいたとき俺の目に映った光景は。


「連携を崩すなぁ! 相手はカテ三と二だ油断すると一気に持ってかれるぞ」


 そこは凄惨な状況に成り果てていた。

 ざっと目に入るだけでも生死不明の発掘師と街の守備兵が十数名、宿屋街の西門広場に転がっている。

 戦いながらも声を張り上げ、必死に指揮を執っている大柄の男の表情にもまったく余裕がない。

 戦況は怒号と悲鳴や絶叫が飛び交う乱戦模様を呈しており、街に入り込んだ犬型の妖魔十数体と、戦っている発掘師や守備兵たちが五十名ほどか。

 西門は閉じられてカンヌキが掛けられており、守備兵六人がかりで開かないように必死に”気”を流しこみ抑え込んでいた。

 その向こうからはとてつもない”妖気”が感じ取れる。


 街に入り込んだ妖魔に目を向けてみれば、体長二メートルほどの犬型が十数体。

 そして指揮を執っている大柄の男が相対している、これもまた犬型だが、その体長はゆうに三メートルを超える妖魔が一体。

 どの妖魔も俺が知っている犬とは雰囲気というか、体色、そして体つきが全く異なり、顔だけを見れば柴や秋田に似た雑種かとも思えるが、体毛はよどんだ黒や紫色をしており、何より特徴的なのは五センチはあろうかという鋭い牙と、全身からあふれ出る薄紫色の”妖気”だった。


「おかしいわね。なんでこんなところにカテゴリー三の大山犬が。いや、それより門の向う……」


 遥も門の向うにいるだろう不気味な存在に気がついているようだった。

 


「こうしていてもらちが明かないわ。私たちも参戦するわよ。あの大山犬は私がなんとかするから、鈴音ちゃんと哲也君は他の山犬と戦ってる人たちに加勢して。空は門の向うにいる奴をお願い」


 そう申し訳なさそうに言って、遥は三メートル超の大山犬、すなわちカテゴリー三の妖魔に向かっていった。


 遥の参戦に気づいた何人かの発掘師たちから歓声が上がったところを見れば、彼らの士気はまだ落ちていないようだ。

 しかし、全体的に見れば明らかに劣勢なのは発掘師側だった。

 カテゴリー二だろう山犬一匹に対し、四、五人の発掘師で相対しているが、それでようやく均衡が保たれているのだから。

 まだまだ発掘師の参戦は続いているが、同じペースでけが人も出ている様子を見ると、決して楽観できる状況ではない。


 そんなことよりも、今俺が対応すべきは今にも破られそうな門の向うにいる妖魔だろう。

 遥がカテゴリー三だと言ったあの大山犬よりも、はるかにヤバい”妖気”が伝わってくる。

 だとすればおそらくカテゴリー四の妖魔だろう。

 カテゴリー四の妖魔と言えば、常人の倍以上の”気”力をもつ通常の兵士百名でなんとか渡り合える強敵だと聞いている。

 しかし、今の俺には普通の兵士の百倍を超える”気”力があることは確かだ。

 遥もそれを知っているから俺に奴の相手を頼んだのだろう。


 ここはひとつ遥とか鈴音ちゃんとか今も戦っている何人かの他の女の発掘師たちに、カッコいいところでも見せてやろうか、なんて無粋なことも一瞬頭によぎったが、今にもぶち破られそうな西門と、そこからあふれ出てくるただならぬ”妖気”に、俺は考えを改めることにした。

 煩悩に浮かれて油断してかかれば、大けがどころではすまなそうな気がしてならない。

 なんてことを考えていたら、バキャッ、という破裂音とともに、高さ三メートル幅四メートルはあろうかという西門が、抑えている兵士もろとも吹き飛んだ。

 開いたのではなく破壊されて吹き飛んだのだ。

 門の破片とともに宙に舞った兵士たちは、戦場のただなかにまき散らされる。


 西門の破壊音に気づいたのだろう、吹き飛ばされてきた門や兵士の直撃を喰らった者はいないようだったが、一人の若い女発掘師が、跳んできた破片を避けた際にしりもちをついて大きな隙を作ってしまった。

 その隙を見逃すまいと山犬が襲い掛かる。


「キャッ!」


 俺は考えるまでもなく動いていた。

 吹き飛ばされた門の向うから、巨大な妖魔が姿を見せたが、そんなことに構ってはいられなかった。

 西門へと駆けている最中から全身に張り巡らせ、練り上げていた”気”を爆発させる。

 背負っていたツルハシに手を伸ばすのももどかしく飛び出した俺は、低い体勢で地をけり、渾身のアッパーを今にも噛みつかんと女発掘師に飛びかかった山犬の下あごへと叩き込んだ。

 山猿と戦った時のように拳を強固にする時間は取れなかったが、それでもある程度は”気”で強化されている俺の拳と腕力だ。

 山犬は二十メートルを超えて上空へと打ち上げられる。

 頭部を破壊するには至らなかったが、かなりのダメージは入った自信があった。

 あとは他の発掘師たちに任せて大丈夫だろう。

 そう考えて俺は女発掘師の手を取って立ち上がらせた。


「あまり気を抜かないほうがいい」


 山犬がドサリと落ちる音とともにそう忠告した俺に、女発掘師はポカンと口を開けて固まっていたが、今は彼女の相手をしている暇などない。

 門とともに吹き飛ばされた兵士たちの安否も気になったが、今はその元凶へと意識を集中すべきだと俺は己に言い聞かせた。

 そして西門があった場所へと視線をもどした俺が見たものは。


「でけぇ熊だな。しかも……」


 熊そのものの妖魔だった。

 ただし、当然俺の知っている熊などではない。

 三メートルを超える巨熊が三体。

 おそらくはツキノワグマが元になっているのだろうが、大山犬とは明らかに濃度を異にする濃密な”妖気”を垂れ流している。

 口元からは十センチはあろうかという巨大な黒い牙が二本、その屈強な両腕の先には、長さ五センチはあろうかというこれまた漆黒の鋭い爪が飛び出ていた。


 しかも、巨熊三体の真っ赤な視線は、あきらかに俺へと固定されている。

 恐らくは、いや、十中八九俺が練り上げた他人とは隔絶した”気”に反応しているのだろう。

 ここまで走ってくる最中、確かに俺は体中の”気”を練り上げていたが、それは何も戦闘に対する身体強化のためだけではない。

 出現したという妖魔が、もし遥でも対処できないような相手だった場合に、俺へと敵意を集中させるためへの布石だ。

 いわゆるヘイト管理というやつだが、どうやら思惑どおりにいったようだった。


 しかし、おそらくはカテゴリー四の妖魔が三体。

 このまま街中へと乱入されたら厄介この上ない。

 うまいことヘイト管理ができて俺だけに敵意を集中させられればいいが、もし一体でも自由に暴れさせてしまうと、”気”力千五百近い遥であっても何もすることはできないだろう。

 遥クラスが四、五人いれば何とかなるかもしれないが……


 そう考えた俺は、一体も俺から敵意を逸らさすまいと、練り上げた”気”の一部を巨熊三体へと絡めさせた。

 あとはどう戦うかだ。

 いくら俺の”気”力が逸脱した高さにあるといっても、あの三体の敵意を引きつつ暴れ回るには、この広場は狭すぎるし、障害物も多すぎる。

 このまま戦うとなれば、皆を巻き込む可能性さえあった。

 そうなると俺の取れる道は一つしかない。


「はあぁぁぁぁっ!」


 再度”気”を爆発させた俺は、ツルハシを背にしたまま、まさに弾丸となって巨熊へと飛び込んでいった。

 姿勢を低く、身を縮めて右肩を前に出す。

 その恰好で先頭の巨熊へと、いわゆるショルダータックルを喰らわせる。

 巨熊は凶悪な爪を俺に振りかざしてくるが、そんなものはお構いなしだ。

 右肩と首筋と頭、そこに高密度の、それこそ陽炎が出るほどの”気”をまとわせた今の俺に、巨熊の爪はたやすく弾き飛ばされた。


 さらに、巨熊のひんやりと冷たい腹へと突き刺さった俺の右肩の勢いはとどまることを知らない。

 巨熊の体を右肩にかつぎあげ、俺はそのまま勢いを殺さないように前へと突き進んだ。

 ズシリと右肩と頭に巨熊の重量がのしかかり、俺の”気”と巨熊の”妖気”がぶつかり合ってバチバチと青白い火花が飛ぶ。

 そんなことに構うことなく、踏み込んだ右足へと”気”を流しこみ、さらにその右足裏で大地をガッシリとつかんで突き進んでいく。

 途中、ドスッ、ドスッと肩にかかる重量が増したが構わず前へと突き進む。

 俺の踏みしめる足元が橋を踏み抜きそうになったが、それも構わず前進しつづけた結果、ついには橋を渡りきり、再び大地の感触が足の裏につたわってきた。


「うをりゃぁ!」

 

 まだだ、まだ街の入り口から近すぎる。

 そう考えた俺は、気合い一発雄たけびをあげてさらに前進を続けたのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 ついに西門が破られ、その様子を目の当たりにした遥だったが、目の前で唸り声をあげて威嚇してくる大山犬から意識を放すような愚を犯すことはなかった。

 人間離れした規格外の、しかし心休まる慣れ親しんだ空の”気”が、門を破壊した元凶へと向けられていることを感じ取っていたことも、遥の集中を保つことに一役かっていた。


 恐らくはカテゴリー四の妖魔を空ひとりに任せてしまったことに、遥は気負いと不安を感じないわけではなかったが、状況がそれを許さない。

 遥が来るまでこの場の指揮を執っていた男のことは、彼女もよく知っていた。

 その男は発掘師五十人以上を抱えるクランのリーダーであり、名を中村和徳という。


「助かったぜ遥嬢といいたいところだが、そうも言ってはいられんようだ」


 中村は、大山犬に視線を固定したまま苦虫をかみつぶしたような顔だ。


「大丈夫ッ!」


 飛びかかってきた大山犬の牙を身をかがめて躱し、すれ違いざまに遥はツルハシを振るっていた。

 彼女が振るったツルハシは、狙った額に命中することはなかったが、バチバチと青白い火花を散らして大山犬の左耳を裂くことに成功した。


「クッ、さすがに素早い。去年の秋に始祖が現れたって事知ってるよね」

「ああ、噂話しか聞いてないが」

「その始祖がアイツよ」


 身をひるがえし、裂けた左耳を気にすることもなく唸り声を上げる大山犬に視線を固定したまま、遥は顎を振って西門に向ってすっ飛んで行く空のことを中村につたえる。

 中村は、大山犬が遥に狙いを定めていることに注意しながらも、視界の隅で門に現れた巨熊三体に向かって矢のように疾走する空を捕えていた。


「しかしあれは妖魔化した大爪熊だぞ。どう考えてもカテゴリー四だ」

「あなたも一花様のことは知ってるでしょ」

「ああ、よく知ってるさ。あれからもう二十三年になるか……」


 中村は思い出していた。

 二十三年前、一花たち高科一家とともに戦ったあの御殿場決戦を。

 当時の中村は和国にある別のクランの副リーダーとして発掘師活動を行っていた。

 御殿場決戦は、その時の仲間三名を妖魔に殺された復讐心から志願した戦いだった。

 序盤は楽なものだった。

 高科一家率いる和国軍と志願兵の圧倒的兵数に、妖魔たちはまたたくまに数を減らしていった。

 しかし、御殿場の中心に近づくにつれ、その戦いは苛烈さをまし、多数のけが人や中には命を落とす者まで現れるようになった。


 それでも、あと少しで御殿場の妖魔を殲滅できるかというところまで戦線が進んだとき、いままではカテゴリー三までしか見かけなかった妖魔の中に、カテゴリー四が混ざりはじめた。

 戦線は膠着し、一進一退の攻防を繰り返す。

 兵士の疲弊は進み、このままではいつ瓦解してもおかしくない。

 そう中村が感じはじめたとき、カテゴリー四の妖魔がたむろする御殿場中心へと突入する三人の姿を目の当たりにした。

 始祖、高科一家である。


 和国軍の大将を務めていた高科陽一、現富士大公国大公の強さは圧倒的であり、カテゴリー四の妖魔であろうと一刀のもとに切り伏せ、その妻である希美花も自慢のなぎなたで妖魔を屠りつづけていた。

 二人の連携は圧倒的であり、瞬く間にカテゴリー四の妖魔は数を減らしていった。

 それを見ていた兵士たちは再び士気をとりもどし、残ったカテゴリー三の妖魔を撃ち滅ぼしていった。


 しかし、最後に残った妖魔が絶望的だった。

 それまでは地に伏せていて分からなかったが、カテゴリー四の妖魔が二人によって打ち滅ぼされた数分後、突如として鎌首をもたげる大蛇のようにその身を持ち上げた紫色の巨大ムカデ。

 その高さはゆうに十五メートルを超え、太さは二メートル近いバケモノだった。

 持ち上げた頭部には、そりをもつ大刀のような巨大な二本の牙を持ち、全身から濃い紫色の”妖気”を滝のように垂れ流すカテゴリー五の妖魔、鬼ムカデ。


 さすがの二人もその鬼ムカデには苦戦していた。

 陽一の刀も、希美花のなぎなたも、体表をかすりこそすれ大きな傷を負わすことには成功していない。

 二人の刀撃のすさまじさを物語るように、切りつけるたびに青白い火花が散っているが、鬼ムカデに致命傷を与えることはできないでいた。

 それでも二人はあきらめなかった。


 もう一時間は戦っただろうか、鬼ムカデの傷は増えているが、二人の疲労の色も濃くなっていった。

 加勢できるものなら加勢したい。

 そう考えた中村だったが、自分の”気”力では、あの”妖気”に触れただけで悲惨な最期を遂げるであろうことが容易に想像できた。

 それは兵士や志願兵、将官たちにも言えることのようで、だれも加勢できないでいた。

 それを見かねたのだろうか、二人の娘である一花が戦いに割って入ったのである。

 一花はまだ十六になったばかり、当時九十の中村からしてみれば、まだ幼い子供もいいところである。


――いくら始祖様とはいえ、幼すぎる……


 しかし、一花は中村の認識を吹き飛ばすような力と動きを見せることになった。

 大公もその妻もさすがは始祖と言われるだけの圧倒的強さを誇っていた。

 けれども、一花のそれは二人をはるかに凌駕していたのである。

 一花が手に持っている刀は二本の大小であり、背丈こそ母希美花にあと少しというところだったが、あの細腕ではあの鬼ムカデに傷一つつけることは叶わないだろう。

 そう考えていた中村の目に映った光景とは。


 信じがたい光景だった。

 大公夫妻ですら、一時間近く戦ってやっとの思いで傷を負わせていた鬼ムカデを、最初のうちは苦戦していたものの、小刀を捨て、大刀一本の両手持ちに切り替えた数分後には、一方的に切り刻みはじめたのだから。

 一花が参戦してものの十分もしないうちに、鬼ムカデは細切れに切り刻まれ、最後には彼女が放ったとてつもない”気”によって閃光とともに消滅してしまっていた。


 一花こそ真の始祖であり、最強の人間である。

 御殿場決戦に参戦した兵士や志願兵たちの誰もが、この圧倒的な戦いをまのあたりにしてそう思っただろうと中村は確信していた。




――そんな一花様とあの若造に何の関係が……



「彼は空、一花様が認めた始祖よ。だから大丈夫。絶対に……」


 遥は中村に対して語っていたのだが、自分に対しても言い聞かせるように言葉を飲みこんだ。

 一方の中村は、遥から告げられた空の素性に、目を見開いて驚愕を示したのだった。

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