第二十四話:豊田鉱山その四
とうとうスクラップ状態の自動車の山という、お宝を目の当たりにした翌日。
俺たち四人は朝早くから発掘現場に赴き、自動車を穴の中から引きずり出していた。
「見えるぶんはこれで全部ね。まだ埋まってるみたいだから穴を広げるわよ――」
最初のガレキを取り除いた場所から出てきた車は十三台だった。
その十三台は穴の横に並べられている。
自動車を取り除いてできた穴の奥を”気”で確かめると、まだ数台の反応が残っている。
今ここにいる四人は、当然全員がそのことに気づいており、遥の指示に反論はなかった。
一台当たり二万から三万になるお宝がまだ数台ごく近い場所に埋まっているのだからそれも当然だろう。
昼までにはまだ時間がある。
このまま一気に、全台掘り出して昼過ぎから分解作業に取り掛かることになった。
そして昼前には、予定どおりすべての車を穴から掘りだした。
さいわいなことに、車の中に確認できた遺体は一組だけだった。
ほかの車に遺体が入っていなかったのは、ここが駐車場か何かだったためだろう。
もしかしたら乗り捨てた車だったかもしれないが、今となってはもう分からない。
俺たちは昼メシを食う前に、確認できた遺体を車から下し、森の中に運んで埋葬することにした。
遺体は一組の男女で、その服装からまだ若い夫婦か恋人同士だったのだろう。
どうしてそう思ったのかといえば、二人は手を握り合っていたからだ。
女のほうは指輪とか装飾品も身に着けていたが、なんだか追い剥ぎのように思えて、遺体とともにそのまま埋葬した。
遥曰く、遺体が身につけている装飾品は、低クラスの発掘師ならば取り外してお金に換える者も多いそうだ。
しかし、高クラスの発掘師はそういった行為を嫌う者が多く、ほとんどは遺体とともに埋葬するそうである。
そして、高クラスの発掘師は、低クラス発掘師のそういった行為を咎めたりすることはないそうである。
それは、彼らにも生活が懸かっており、養う妻子のことを考えれば目をつぶらざるを得ないということらしい。
ただし、と言って埋葬を終えた遥は続きを話した。
「遺体が身につけている宝玉だけは、法律上取り外して協会に報告する義務があるのよね。悲しいことだけど」
少しもの悲しそうに話す遥に、俺も鈴音ちゃんも阿古川哲也も何も言うことはできなかった。
「さ、お弁当食べよう」
昼メシを食った俺たちは、いよいよ車の分解に取りかかった。
掘り出した車は二十一台。
軽が五台に普通車が十四台、ワゴンが二台だ。
遥曰く、分解は一人あたり一日二台が関の山で、今日は四台程度しか処理できないだろうということだった。
ということは、残りの十七台は、明日と明後日の作業になる。
「じゃあできるだけ急いで分解にかかろう。力仕事は俺に任せてくれ」
少しでも効率よく分解作業を進めるため、俺が力仕事、つまりボディの引きはがしを担当することにした。
遥たちにも異論はないようだ。
手前にある車から順次五台、俺はタガネとツルハシを使い分けてボディを引っぺがしてゆく。
なぜ五台かというと、早めに作業が終わった者が、手空きにならないようにするためである。
ボディを引きはがされた車に遥たちが取りついて、さっそく金になる部品とそうでないものを選り分けていく。
五台のボディを引きはがし終えた俺も、部品選別作業に取りかかった。
分別をしている部品、つまりベアリングやギア類シャフト関係、僅かなアルミや銅線、そして残っていたエンジンオイルなどのオイル類であり、残った部品の中から、錆びていない鉄くずを分別していくのだが、一度研修で経験したこともあって、ほとんど迷わずに作業を進めていった。
夕方になるころには遥の予測通り、五台目の途中まで分別作業が進み、俺たちは分別を終えた部品を荷馬車に積み込んだ。
ボディがほとんど錆びていなかったこともあり、強引に折りたたんで積み込んだので荷馬車が一杯だ。
「さあ、卸しに行くわよ」
荷馬車の御者台に遥と鈴音ちゃんが座り、俺と阿古川哲也は歩きだ。
疲れているのは全員同じだったが、女子を歩かせて野郎が楽をするなんてことは俺にはできない。
まぁ半分は恰好つけたいだけでもあったりするが、阿古川哲也も同じ考えだったようだ。
遥はじゃけんで決めようと提案してきたが、俺と阿古川哲也がかたくなに断った。
そんなこんなで宿屋街に戻ったときには、すっかり陽が沈んでいたが、俺たちは遥の案内で卸し場まで荷馬車を進めたのである。
卸し場とは発掘された部品を買い取る場所で、宿屋街の入り口からすこし南に入り込んだところにあった。
さすがにこの時間の卸し場は活気があって、何十台もの荷馬車が広場のようなところに並んでいたが、俺たちのように荷台一杯の部品を積んでいる荷馬車はなかった。
発掘者稼業はそんなに甘くないと言われるゆえんである。
荷馬車が並ぶ広場の奥には、表に壁のない大きな建物があって、部品が積まれた木製のパレットが並べてある。
パレットには番号が書いてあって、その番号で卸し主の管理をしていると遥が教えてくれた。
しばらく荷台の前にいれば、卸し専門の業者が来て部品をパレットに積みなおすそうだ。
「おっ、遥嬢じゃねえか、久しぶりだなぁ」
「あ、鉄さんお久しぶりです」
「ほう、大漁だな。さすがは遥嬢だ。で、こいつらが今の仲間か?」
「紹介するわ――」
遥に声をかけてきたのは山崎鉄朗というベテランの卸し業者で、少し白髪の混じった初老の偉丈夫だった。
俺たちを紹介し終えた遥は、パレットに部品を積みかえながら山崎さんと話し込んでいる。
俺と阿古川哲也、それに鈴音ちゃんも、別のパレットに部品を積みかえた。
そして積みかえ作業が終わると、遥が木でできた札のようなものを山崎さんから受け取っていた。
「それは?」
気になったので聞いてみると。
「引き換え札よ。明日の朝行われる競りで売れたお金とこの札を交換するの。もちろん税金と手数料は引かれるけどね」
遥曰く、研修のときに儲けたお金は税金と手数料が引かれていたらしい。
車一台当たり二から三万円というのは、税と手数料が引かれた後の金額であって、卸し場では公平に取引が行われているため、発掘師はそのことについてあまり気にしなくてもいいとのことだった。
こうして、一人前の発掘師としてはじめて発掘品を卸した俺たちは、翌日、翌々日と部品をバラしては荷馬車に積み込み、一杯になったら卸し場へと出向いて部品を卸す。
という作業を二日間で都合六回繰り返すことになった。
作業効率を上げるため、途中で卸しに行く場合は代表一人で荷馬車を操縦し、部品を卸して戻ってくる。
ということを繰り返した。
一日目は積み込みすぎたこともあり、二日目からは一日三回に卸し場行きをふやしたということである。
そして、三日目の最後の一台となったワゴン車をバラしていた時のこと。
「遥先輩、こんな物が出てきたんですけど」
と言って鈴音ちゃんが潰れたシートの裏側から取り出したのは、小さめのアタッシュケースだった。
今までも、車の部品以外に、ダッシュボードとかカバンなどから数は少ないが、脱出用のハンマーだとか、ガスがまだ入った百円ライターだとか、メガネだとかの比較的安いお宝を見つけていたが、アタッシュケースが出てきたのははじめてである。
ちなみに、二十一世紀の小銭はただの金属ゴミ扱いで、紙幣に至っては紙屑だ。
アタッシュケースの中身はたぶんハズレだろうけど、少しだけ期待して遥が開けるのを見ていると。
「やったわ鈴音ちゃん! 凄い、凄いお宝よ。動けばだけどね。でも、わたしの感が告げてるの。コレは動くはずよ」
珍しく遥が興奮していた。
中を覗き込むと、そこには腕時計が小さな仕切りに分けられて全部で十八個収められていた。
しかもセイコーとかオメガ、ロレックスとかの高級品だ。
今の時代、かつての高級腕時計にどれだけの値がつくのか俺には分からないが、遥の目の輝きようからすれば、かなりの高額になりそうだと俺は思った。
遥が時計を一つ取り出してリューズを回す。
すると、チッチッという音とともに秒針が回りはじめた。
どれどれと俺も気になった一個を取り出してリューズを回してみる。
すると、遥の時と同じように秒針が回りだした。
鈴音ちゃんと阿古川哲也もそれに倣い、見事に時計は動き出したのだった。
全員で十八個の腕時計を確認したところ、驚くことに全部が時を刻みはじめた。
「鈴音ちゃん、いい。落ち着いて聞くのよ」
「は、はい遥先輩」
「コレ一個、動けば十万円以上で売れるから」
確か、研修のときに新幹線を掘り出して設けた金額が一人あたり二十一万五千円だったはずだ。
遥の言うことが本当なら、全部で少なくとも百八十万円、つまり一人あたり最低でも四十五万円の取り分になる。
このアタッシュケース一個で新幹線を上回るとは、と、最初は俺も驚いたが、明らかに高級そうなこの機械式の腕時計は、二十一世紀でも一個百万円級の代物が珍しくはなかった。
もちろん俺のような貧乏学生が手に入れることなどできなかったが、叔父さんが自慢げに見せてくれたオメガの自動巻き腕時計も百万円以上の代物だったと記憶している。
後から遥に聞いた話だが、この時代に腕時計を作る技術はなく、遺物として発掘された腕時計は、かなりの高額で取引されるらしい。
価格帯はというと、下は一万円から上は二十万円ほどだそうである。
遥は過去にいくつかの腕時計を仲間とともに発掘したらしく、その価値が大まかにではあるうがわかるらしい。
今回発掘した腕時計は、遥の見た目ではかなりの高級品らしく、一個最低十万円というのはハッタリでも何でもないということだった。
ちなみに、遺体の腕にも腕時計が装着されていることがあるが、そのほとんどは故障して動かないそうである。
今回みたく、ケースの中に入っているとかして、湿気から隔離された状態で見つからない限り、生きている腕時計の発見は稀なことなのだそうだ。
「で、遥。これ全部売るのか?」
「欲しいの?」
「ああ、一個だけだけど腕時計あると便利だから」
「それも一理あるわね。これだけあるんだからみんなで一個づつ自分のものにしようか。もちろんお金にしたい人に無理強いはしないよ」
「わたしも一個ほしいです」
「これだけあるなら俺も一つくらいいいかな。でも、俺なんかが持ってていいのかな」
「哲也君は貧乏性だね。持つのが怖いなら特別な日だけ身につければいいじゃない」
「それもそうか」
結局、それぞれがお気に入りの腕時計を一個貰うことにして、残りの十四個は売り払うことになった。
ただし、宝玉や宝石、腕時計などの高級品は、協会本部で換金したほうがいいとのことだった。
俺はオメガのSEAMASTERと書いてある渋めの自動巻き腕時計をチョイスし、遥たちもそれぞれ気に入った腕時計を選んでいた。
ただし、宿屋街で四人全員が腕時計をしているのは悪目立ちするだろうということで、各自が選んだ腕時計は全てポケットにしまってある。
特級発掘師の遥なら、腕時計をしていても名と顔が知れ渡っているので問題ないが、俺たちみたいな新人が腕時計を身につけていると、ガラの悪い連中にちょっかいを出される可能性が高いのだという。
こうして、腕時計という超お宝を発見した俺たちは、意気揚々と最後のワゴンを分解し、荷馬車にその部品を積み上げたのだった。
初日の調査からはじまって都合四日間、一日中働いた俺たち四人は、その疲れを癒すべく宿屋街へと急ぎ、卸し場に部品を預けたあと、宿屋に帰って祝杯をあげたのである。
翌日。
この日は昼頃までゆっくりと休みを取り、四人で卸し場に向かった。
もちろん四日間の稼ぎを受けとるためにだ。
卸し場の脇にある二階建ての大きな事務所に入った俺たちは、奥のカウンターに向かい、遥が声を上げた。
「こんにちはー、換金お願いしまーす」
そのとき、カウンターには誰もいなかったが、遥の声を聴いて奥から中年のおばちゃんが現れた。
「あらめずらしい。久しぶりね遥ちゃん。良い人見つかった?」
「もう、ミチコさんはいつもその話しかしないんだから。これお願いできるかしら」
「あいよ。ちょっと待っててね」
遥から七枚の札を受けとったミチコと呼ばれた中年のおばちゃんは、再び奥へと戻ると、紙の束を持って現れた。
「やっぱり遥ちゃんは優秀だね。かなり多いけどここで換金していくかい?」
「仲間と相談するんで見せてもらえますか」
「あいよ」
遥に渡された紙は七枚あって、それぞれに日付と番号、記名欄とともに金額が書き込まれていた。
「これが儲けよ。ここで換金する? それとも協会に戻って換金する? わたしはどっちでもいいけど」
ポケットからメモ帳とペンを取り出し、紙に書かれた金額を書き込んでいく。
そして、すべての数字を合計すると、五十五万二千八百円だった。
一人あたり十三万八千二百円だ。
もちろん腕時計の金額は含まれていない。
「持ち歩くにはちょっと多すぎるな」
「そうね」
「あの、遥先輩」
「なに? 鈴音ちゃん」
「えっと、わたし持ち合わせが少ないので、一番少ない一枚だけここで換金しませんか?」
「あ、そういえば俺もほとんどお金残ってないや。ここじゃあんまり使うことなさそうだけど、鈴音ちゃんの意見に俺も賛成します。遥先輩」
「空はどうしたいの?」
「俺も鈴音ちゃんの意見に賛成だ」
「じゃあ決まりね」
ということになり、一番金額の少なかった換金用紙をここで換金することになった。
金額は五万四千四百円で、一人あたり一万三千六百円だ。
「ミチコさん、コレ一枚だけここで換金させてください。残りは協会で換金します」
「あいよ。じゃあココとココにサインしといて」
遥は七枚の換金用紙と、もう一枚の用紙にサインをしてミチコさんに渡すと、ミチコさんは換金用紙六枚にハンコをポンポンと押してその六枚を返してきた。
そして再び奥へ行くと、お金のはいった袋をもってカウンターに戻ってきた。
「はいよ」
「ありがとうございます」
儲けの一部を換金した俺たちは、その場で四等分し、各自が一万三千六百円を懐にしまったのである。
その後。
「これからどうしよっか?」
換金を終えた俺たちに遥が問いかけてきた。
「うーん、俺はこの後この街をプラプラしようかな」
「わたしは宿で装備の手入れをします」
「俺はまだ疲れが取れてないから宿に戻ろうかと」
「じゃあわたしも宿でもう一寝入りするか」
ということで、今日は一日発掘は無しの自由時間ということになった。
俺は先の発言どおり、宿屋街を散策して回ったが、興味をひかれるようなことに遭遇することはなかった。
結局午後は街中を文字どおりプラプラ歩いて宿屋へと戻り、すやすやとベッドで寝ている阿古川哲也を横目に、自分のベッドへと倒れ込んだ。
そして翌朝、朝メシ食おうと一階の食堂に降りていこうとしたとき、宿の外から大きな叫び声を聞いたのだった。