第二十三話:豊田鉱山その三
発掘師研修に参加していた空たちに万が一のことがないようにと、富士宮防衛線に出向いていた一花は、空たちが豊田鉱山に滞在している今でも、前線から離れることが出来なくなっていた。
そして、一花がいる前線には、大公高科陽一までもが出向く事態に陥っていた。
「一花様に申しあげます。戦線西部にカテゴリー三が二十五体出現。三島様率いる第五中隊がこれにあたっております」
「も、申し上げます! 戦線東部にカテゴリー四が二体、カテゴリー三を十体引き連れて出現。三枝様率いる第六中隊及び菅井様率いる第七中隊がこれにあたっておられますが、至急の増援を要請されております」
早馬を飛ばして駆け付けた二人の伝令による報告に、一花は表情をゆがめた。
報告の内容は、直ちに対応しなければ戦線が崩壊することを意味していたからだ。
富士宮防衛線では、いったん収まったかに見えた妖魔の出現が、一週間ほど前から再び増加に転じていたのだ。
しかも、年に数体しか出現していなかったカテゴリー四の妖魔が、この一週間で少なくとも七体は出現している。
富士宮防衛線は、一花を筆頭とする二十一人の大公国騎士たちが率いる大公国軍防衛部隊の五分の一、約二千人規模の連隊である。
各騎士が大隊長を務め、五百人規模の四個中隊を率いていた。
「お父様、連隊の指揮をお願いします」
「分かった。無理をするんじゃないぞ」
「はい。私は一人で東に向かいます。藤崎」
「ハッ」
「貴方は遊撃中隊を率いて第五中隊の援軍を」
◇◆◇◆◇◆◇◆
大公国騎士序列六位の三枝健三と七位の菅井忠良は、体長四メートルはあろうかという狼型の妖魔と対峙していた。
富士宮防衛線東部に出現した妖魔は十二体。
そのうち二体がカテゴリー四に区分される狼型の妖魔と熊型の妖魔だった。
残りの山猿型妖魔もカテゴリー三だ。
これに対する大公国軍は三枝率いる第六第大隊約五百名と、菅井率いる第七大隊約五百名。
「ちっ、季節外れだってのに何でカテ四が二体も出やがる」
「文句を言うな菅井、これも仕事だ。増援が来るまで何としても持ち堪えろ」
「お前に言われなくても分かってらーな。――ッ!」
「気を抜くな」
狼型の妖魔と向き合う三枝と菅井は、ともに伯爵級の騎士だ。
富士大公国における騎士とは貴族であり、公爵級から男爵級に序列されている。
男爵級騎士になる”気”力の目安は千五百以上であり、これが伯爵級の騎士になると”気”力の目安は二千以上となる。
伯爵級騎士とただの伯爵では前者のほうが階級は上だ。
ちなみに、筆頭騎士である一花は公爵級であり、騎士序列二位の藤崎は侯爵級の騎士である。
三枝と菅井は、襲撃してきた妖魔にカテゴリー四が二体含まれていることがわかると、即座に増援を乞う伝令をだした。
さらに、指揮下の大隊二隊およそ千名に、妖魔を取り囲んで逃がすことなく防御に徹するようにと指示をだし、自分たち二人は現れた妖魔の中で最も強くて素早い狼型妖魔の注意をひきつけたのである。
彼ら二人は、カテゴリー四の恐ろしさをよく理解している。
決して戦線を抜かれるわけにはいかなかった。
だから増援を乞い、防御に徹しているのだ。
二人が指揮する二個大隊が攻撃的にあたれば、たとえカテゴリー四が二体含まれる妖魔の群れであろうと、殲滅させることは難しくない。
しかし、その代償は決して安いものではないだろう。
彼らにはこの戦闘が終わったあとも、この場所を守り抜く必要があるのだ。
極力犠牲者を出さずに現れた妖魔を殲滅するには、増援が必要不可欠なのである。
「ハァァッ!」
すれ違いざまに、身の丈ちかい大刀を振りぬいた菅井の斬撃が妖魔にかすった。
その瞬間、かすった切っ先と妖魔の間から火花が飛び散る。
菅井に飛びかかった妖魔は、すれ違いざまに切りつけられたことなど意に介さずに、着地と同時に反転し、自分を傷つけようとした菅井に再度飛びかかろうと身を縮めた。
その刹那、狙いすましたように間に割り込んだ三枝の大剣が妖魔の出ばなをくじくように、その頭部に叩きつけられた。
しかし、ゴツンと強烈な打撃音を残したにもかかわらず、妖魔は大剣を打ち付け、その場を走り去った三枝へと視線を固定し、唸り声を上げる。
三枝と菅井は互いに連携し合い、妖魔の隙をついて攻撃し、狙いをどちらか一方に固定されないように戦っていた。
戦い方は速度重視で剣撃にはあまり力を込めてはいない。
二人の膂力なら、渾身の力で切りつける、あるいは刺突すれば、致命傷とはいかないまでも、妖魔に傷を負わせることは可能である。
しかし、カテゴリー四の妖魔にそんなことをしたら、反撃を喰らってしまう危険性が高い。
二人と同レベルの騎士があと二人いれば、無傷で勝利できるだろうが、それは高望みしすぎだ。
二人と離れたところで一体のカテゴリー四と、十体のカテゴリー三を相手にしている二個大隊にしても、基本は長槍でのけん制のみで、連携も密に次々に交代しながら妖魔を食い止めていた。
三枝たち二個大隊が妖魔と戦いはじめて三十分弱が経過したころ、狼型の妖魔に一撃を入れて離脱した菅井の視界に、迫り来る一組の人馬が映った。
長い黒髪をなびかせ、真紅の軽鎧をまとった馬上の女が、抜き身の刀を右手にぐんぐんと迫ってきている。
すると、どこからともなく大歓声があがる。
「一花様だ! 一花様が駆けつけてくださったぞ」
たった一人の増援で、屈強な兵士たちの士気は駆け上がった。
一花とはそれほどまでに兵に信頼された人物であり、また、そうさせるだけの武力を備えているのだ。
「三枝、菅井! お前たちは大隊に戻れ」
たった今駆けつけ、馬から降りた一花が二人にそう叫んだ。
三枝も菅井もその命令に躊躇することなく狼型の妖魔から離脱し、兵士たちの中へと走り去った。
二人とも知っているのだ。
一花ならばたとえカテゴリー四の妖魔が十体相手であっても、無傷で瞬殺できるだけの武力と速度を兼ね備えていいるということを。
そして二人はこうも思った。
一花に狼型の妖魔を任せることができれば、自分たち二人と兵たちとで、あの熊型の妖魔を怪我することなく倒せると。
戦場に駆けつけた一花は、自分を最大の脅威、すなわち食いちぎり、バラバラにすべき第一の標的と見据え、唸り声を上げる狼型の妖魔に対し、なんの躊躇もなく飛び込んでいった。
その速度は圧倒的であり、次の瞬間には妖魔の首は宙に舞っていたのである。
狼型の妖魔を、まさに瞬殺した一花は、兵たちとともに戦っている三枝と菅井の様子を満足そうに眺めていた。
一花がその戦闘に参加すれば、一瞬でけりがつくであろうことは彼女にも分かっていたが、躊躇なくプライドを投げ捨てて増援を要請した三枝と菅井、そして兵たちの武勲を取り上げるような無粋なことをしようとは考えないからだ。
あの二人と二個大隊がいれば、あまり素早くない熊型と野猿型の妖魔に後れを取ることなどありはしない。
一花もまた部下たちを信頼しているのである。
そんな一花の信頼を、部下たちが裏切ることはなかった。
しばらく部下たちの戦いぶりを眺めていた一花の耳に、盛大な勝鬨が響いていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
一日目の探索で発掘すべきお宝を発見した俺たちは、宿屋へと戻って夕食に舌鼓を打っていた。
もちろん、食卓に並んだのは俺が仕留めたあの巨大イノシシだ。
「あぐあぐ、さすがにうめーな。あぐあぐ」
脂ののった骨付きのバラ肉にかぶり付いてみると、歯ごたえはあるが決して固くはなく、噛み応えある肉質と、にじみ出る肉汁とが絡み合って美味いことこの上ない。
熟成していない新鮮な肉だが、まさに肉肉しく、肉を食っている感満載のこの肉は、俺にとって最高の肉料理だ。
あまりの美味さに日本語がおかしくなっているかもしれないが、今の俺はこの極上の至福感に満たされて幸福の極みだ。
「空、あんたの幸せそうな顔見てたらどうでもよくなっちゃったよ」
「ホント空さんって美味しそうに食べますね」
宿に帰り着き、食堂に入った途端俺たちを見た客たちが怯えたような視線を向けてきた。
その視線の先が遥だったことは言うまでもないが、彼女は自分に向けられた視線にご機嫌ナナメになっていたのである。
それが伏線となった先の遥の発言だったのだが、俺は遥が発掘師に復帰することに消極的だった理由がなんとなくわかったような気がしていた。
俺の見てきた感じだと、遥は新人発掘師や女性発掘師には人気が高いが、特にベテランの屈強な野郎の発掘師たちには恐れおののかれる存在らしい。
俺にとっては、そんな遥であっても可愛い存在なのだが、彼女が機嫌をなおしたことに、内心ホッっとしていたりする。
そんな状況の中で、阿古川哲也は俺以上に肉に夢中になっていた。
周りの状況に流されず、一心不乱にただひたすら肉を喰らうその姿は、鬼気迫る様相を呈していた。
よほど肉に飢えていたのだろうか?
そういえば、コイツと初めて会ったときはずいぶんみすぼらしい恰好だったな。
なんてことを思い出して少しほっこりした気分にもなった。
そんな感じで夕メシも終わりをつげ、翌朝から俺たちはようやく発掘作業に取り掛かることになった。
朝一番に道具屋で斧と竹で編んだザルを買い入れ、荷馬車を昨日切り開いた道の奥まで進め、荷台から飛び降りた俺たちに遥が口を開いた。
「打ち合わせ通りやるわよ。空は木を切り倒してちょうだい。わたしと鈴音ちゃんと哲也君は切り株を掘り起こすわよ。空も終わったら手伝って」
「OK遥」
「さぁ、はじめるわよ」
昨日の打ち合わせでは、一番腕力がある俺が発掘現場の木を切り倒すことになった。
さすがにツルハシで木を切り倒すのは効率が悪いということで斧を買ったわけだ。
「フンッ!」
”気”を十分に送り込んだ斧を全力でナナメに振りおろす。
すると、直径三十センチほどの少し背の高いブナの木がスパッと分断され、ズルズルと滑り落ちで地面に突き刺さった。
残った切り株は、刀で竹をナナメに切り落としたように鋭利な先端を上にしている。
「遥、こんなんでいいか?」
「OKそれでいいわ。ジャンジャン切り倒して」
遥のOKをもらった俺は、その後一時間余りをかけて車が埋まっている場所を中心に、直径五十メートルほどに生えた木を切り倒した。
その後、切り倒した木を森の奥へと運び捨て、斧をツルハシに持ち替えて切り株の掘り起しに取りかかったのである。
切り株の周りをツルハシでザクザクと掘り下げる。
その時に太い木の根ぶち当たるが、”気”を送り込んだマイツルハシの障害にはなり得ない。
ザクザクと木の根ごと掘り進め、最後は残った幹を足蹴にして切り株を掘り起こす。
遥はもとより、阿古川達也も鈴音ちゃんもツルハシを振るってザクザクと切り株を掘り起こしていた。
切り株を掘り起こす作業は、一時間ほどで終わりをつげた。
いよいよ地面を掘り起こすわけだが、その前に皆ですこしの休憩をとった。
発掘前の一仕事が終わって、休憩のときに会話が弾んだのは仕方のないことだろう。
「よし、そろそろ掘りはじめるわよ」
遥の掛け声とともに俺たちは地面を掘りはじめた。
今回は比較的浅いところにお宝が埋まっていることもあって、坑道を掘るわけではなく露天掘りだ。
森の中にぽっかりとあいた直径五十メートル強の広場の中心から四人で掘り進めていく。
直径二十メートルくらいをある程度掘ったら、掘った土砂をザルで掻い出すように穴の外に放り投げる。
その作業を進めていくと、ゴツゴツとしたコンクリートとアスファルトが混ざったのガレキが現れた。
同時に、閉じ込められていた”気”があふれだしてくる。
このガレキを取り除けばお宝とご対面だ。
しかしその前に遥が。
「お宝を運ぶ道を作るわよ」
そうだった。
ただひたすらに掘り進めた深さ三メートル、直径二十メートルの竪穴には、お宝を運び出すための道がなかったのだ。
「わかった。道は俺が作る。遥たちは土砂を運んでくれ」
一番体力が有り余っている俺が道づくり役に立候補したのは当然だろう。
肩で息をしはじめている遥たちに異論はなかった。
穴の中からヒョイと飛び出した俺は、穴の淵に立つと、そこからナナメに道を掘り進めた。
せっかく掘った竪穴に土砂が落ち込まないように、穴の外に向けてツルハシの平たいほうで土砂を掘り起し、後ろに放り投げる。
それを遥たちがかき集め、森の中に放り込んでいく。
そして、三十度の勾配を持つ坂道が出来上がった。
まだ夕方までには一時間強の時間が残っている。
今日のうちにガレキの撤去まで終わらせ、お宝を拝んでおきたい。
穴掘り作業開始からわずか八時間で、直径二十メートル深さ三メートルの竪穴と道までをも作り上げたることができたのは、ひとえに俺たちの持つ”気”のなせる技だろう。
「ガレキの撤去までは今日のうちにやるよな?」
「……わかったわ。今日はそこまでだからね」
俺の願うような問いかけに、遥はしょうがないなという諦め顔を作って了解してくれた。
阿古川哲也と鈴音ちゃんもお宝を今日のうちに見たかったらしく、遥にすがるような視線を送っていたのも遥が承諾した理由になったようだ。
時間もあまりないことだしと、俺たち四人は急ピッチでガレキを持ち上げては森の中に放り投げていく。
大き目のガレキは、ツルハシで砕いて投げられる大きさにすれば、道を通って運び出す手間を省ける。
まさに俺たちの”気”力を使った力技だったが、それが功を奏したようで、一時間足らずでボディがベコベコに凹んだ車が、折り重なるようにして姿を現した。
二十一世紀の人間が見ればただのスクラップだが、今の時代にはこのスクラップが宝の山なのだ。
こんなものがお宝に見えるとは、俺もずいぶんこの時代に染まったなと、陽がかげりだしたなか少し自嘲ぎみに笑みを浮かべたのだった。