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第二十二話:豊田鉱山その二



 森の中に分け入った俺と阿古川哲也だったが、出端から悪戦苦闘する事態に陥っていた。


「フンッ! ハッ!」


 阿古川哲也と並んでブンブンとツルハシを振りまわし、生い茂ったツタや笹や小枝を切り払っていく。

 おまけに所々に岩が跳びだしているし、切り払ったつもりのツタや笹が戻ってくるしで厄介極まりない。

 太い木が少ないのがせめてもの救いだが、遅々として先に進めない現状に、突入地点を間違えたか?

 なんてことも考えていたら、徐々に見通しがよくなってきた。

 そして、入り口から五十メートルくらい入ったところで突然視界が開けた。


「ハァッ、ハァッ、なんとか抜けたか」


 そう言った阿古川哲也は、ツルハシを杖のように地面について息を切らしている。

 森の奥――とは言っても道から五十メートルほどだが――に入り、背の高い木が増えたことによって日光があまり届かないため、背の低い木や笹が生えていないようだ。

 周りを見渡してみると、獣道は確認できず、地面は枯葉に覆われていて、所々に大小さまざまな岩が突き出していた。


 ここに至るまでの道すがら、いや、道はなかったのだが、俺は”気”を地下に伸ばしてお宝の反応を探っていた。

 その結果は言わずもがな、お宝の反応はなかった。

 あればそこで引き返している。


 さて、ここからどの方角を探査すべきか?

 選択肢は大まかに三つ。

 森の左、奥、右である。

 引き返すという選択肢は当然無い。

 かなり奥に行けば海に近づくから大物に行き当たる可能性が高くなる。

 左と右はあまり変わらないだろう。

 なら当然、答えは森のずっと奥に突き進むこと。

 になるのだろうが、奥に行けば行くほど、長い道を造らねばならなくなる。

 左右に行けば、新しく造る道は五十メートルで済む代わりに、大物に行き当たる確率は減るだろう。


「哲也、もう大丈夫か?」


 いつのまにか復活していた阿古川哲也に声をかけた。


「ああ、大丈夫だよ。しかし、キツかったなぁ」

「ちゃんとした道を造るときはもっとキツイさ」

「それもそうか」

「なぁ哲也、ものすごくキツイけどスゴイ大物に当たるかもしれないのと、楽だけど小物の確率が高いのとどっちがいい? まぁ、楽して超大物に当たる可能性がゼロってわけじゃないけど」

「それって凄くキツクてしかも大物に当たらない可能性もあるってことだろ?」

「いや、当たらなかったら道造る必要ないから」

「そういやそうか、でも俺たち四人しかいないからなぁ、あんまり長い道造るのは無理なんじゃね? それに、なんで超大物の場合キツくなるうんだ?」

「そうか…… じゃあこうしよう――」


 森のかなり奥に行けば、超大物にあたる可能性が高いことを阿古川哲也に説明し、俺たちは超大物は今回あきらめて二手に分かれた。

 阿古川哲也が東で俺が西だ。


 ツルハシを振るって藪の中を突き進んでいたころ、俺はあることを考えていた。

 最初はここが豊田のどのあたりかさっぱり分からなかったが、宿に泊まった時に聞いた遥の話を思い出してピンときた。

 遥曰く、宿屋街はかつて陽一さんが最初に掘り当てた大規模工場だったらしい。

 とすればおそらくトヨタの元町工場あたりだろう。

 あのあたりはトヨタの工場が集まっていたから、別の工場かもしれないが、距離的にそれはもう掘り起こされているだろうからどうでもいい。

 だとすれば、俺たちが今いる地点は、おそらく豊明市あたりだろう。


 南の刈谷市辺りまで行けば大きな工場がいくつかあった気がするが、森を切り開いていくにはちと距離がありすぎる。

 ここからさらに西に進めば、名古屋港につき当たるはずだが、まだ道は海まで伸びていないらしい。

 だとすれば、工場は無理かもしれないが、駐車場あたりになら行き着く可能性が高い。

 ダメだったら、荷車に戻ってもっと西に進めばいい。

 そう考えて俺は阿古川哲也に問いかけたのだった。

 ずっと西の名古屋方面と、南の刈谷市方面は後の楽しみにとっておこう。

 まずは実績を積み上げることが重要だ。


 さておき、阿古川哲也と別れた俺は、足の裏から”気”を地中に伸ばし、一歩一歩踏みしめるように西に歩いた。

 あまり深くまで探っても掘り出すのに苦労するだけなので、深さは十メートル程度だ。

 そして五百メートルほど歩いただろうか、明らかな金属反応に行き当たった。


「コイツはとりあえず保留だよな」


 おそらく自動車だろう反応だったが、台数は一台。

 研修のときの話だと、自動車一台二から三万円なので、日当としてはいいが少しばかり物足りない。

 ということで、目印に近くの木の枝を折っておくことにした。

 そこからさらに西に歩いていく。

 途中三台の自動車らしき反応をみつけて目印をつけた。

 そして、最初の地点から三キロほど歩いただろうかというところで、大きな金属反応に行き当たる。

 深さは三から五メートル。


「これは……」


 アルミではない、鉄だ。

 俺は反応のある範囲を歩きながら慎重に探りを入れていった。

 そしてわかったこと。

 ゴチャゴチャと入り組んではいるが、おそらく自動車だろう。

 はっきりと数まではわからないが、十台以上。

 いや、二十台近くか。

 どんなに少なく見積もっても二十万円。

 四人で割れば一人当たり五万円。

 一般人の二か月分ちかい儲けになる。

 掘り出して分解し、道を造って運び出したとしても五日あれば十分だろう。

 新幹線にはさすがに及ばないが、発掘師とはボロい商売だ。


 などなど皮算用をしていたら……


「――ぅぉー…… うをぉー!!」


 あきらかに阿古川哲也の声だった。

 それがものすごい勢いで近づいてくる。

 目を凝らしてよく確かめてみると、阿古川哲也がものすごい形相で何かから逃げてきていた。

 徐々に阿古川哲也が近づいてくる。

 そしてその後ろから、ドスッ、ドスッと巨大な獣が追いかけていた。

 おおよその目測で体長三メートル強、体高一メートル五十ほどだろうか。

 超巨大なイノシシだ。


「空、逃げろー!!」


 俺と目を合わせた阿古川哲也が叫んだ。

 しかし、俺はその叫びを無視することにした。

 少しデカい気もするが、倒せないことはないだろう。

 しかも、イノシシなら食えるはずだ。

 そう考えて体中の”気”を活性化させ、足元から大地へと流し込む。

 そして、ガッシリと体ごと大地と一体化する。

 中腰にになり、右拳を引いて”気”を充てんし、鉄よりも固くなるようにイメージする。

 大猿をなぐり殺したとき以上に。


 阿古川哲也が驚愕の目で俺を視ながら横を通り過ぎた。

 そして間髪入れず、まさに猪突してきた巨大イノシシの頭部に正拳突きを叩き込んだ。


「はぁぁぁぁっ!!」

 

 ゴスッという鈍い音とともに、痺れるような感触が拳につたわり、イノシシの頭に拳がめり込んでいく。

 そしてそのまま、十メートルくらい大地をえぐりながら、押しこまれてしまったところでイノシシが停止し、ドサリと横に倒れた。


――このとき、阿古川哲也は空の無鉄砲な行動と、その結果もたらされた驚くべき結果とに驚愕するというよりは、むしろ呆れたという感情が支配的だった。

 同時に、己の持つ常識で、空という規格外の”気”を持つ始祖の行動を理解すべきではないと、強烈に実感していた。


「はぁ、はあ、助かったよ。しかしまぁ、なんだ。俺はもうお前のやることにいちいち驚かないことにするよ。精神的に疲れるからな。で、それどうするんだ?」

「食う」

「そうかそうか、食うつもりか。しかしまさか、そんな理由だけでコイツと戦おうと思ったわけじゃないよな。いや、いい。気にするな……」


 俺の答えを聞いて一旦呆れた顔をした阿古川哲也だったが、思うところがあるのか何やら考え込んでしまった。

 しかし。


「逃げ帰ってきた俺が言うのもなんだけどさ、お宝の反応、あったのか?」


 極まりが悪そうにそう問いかけてきた阿古川哲也に、俺はしてやったりの得意げな表情で答える。


「お前の足元を探ってみろよ」


 阿古川哲也は言われたとおりに地中を探りはじめた。

 真剣な表情で片膝をついて右手を地面に伸ばしている。

 しばらくして、阿古川哲也の目が見開かれた。


「こ、コレは…… 車か? しかもかなり大量に……」

「そうだよ、車だ。でだ、俺はコイツを運ばなきゃならねぇ。道はお前が切り開いてくれるか?」

「そうだな、俺はそいつから必死で逃げてきた。それをお前が倒した。お前がいなけりゃ俺はたぶんそいつのエサだった。しかも、お宝までお前が見つけた。俺もそれ相応の仕事をしないと立つ瀬がないな」


 自分に言い聞かせるようにそう言った阿古川哲也は、結局、文句ひとつ垂れることなく北に向かって藪を切り払いはじめた。

 俺はといえば、倒したイノシシの前足をツルハシを背負った状態で両肩にかつぎ、目の前で奮闘している阿古川哲也の後を追ったのだった。

 イノシシの後ろ脚をズリズリとひきずりながら。

 獣臭いことこの上ないが、必死に藪と悪戦苦闘している阿古川哲也のてまえ、文句は言えない。


 十数分の悪戦苦闘ののち、阿古川哲也は道を切り開いた。

 遥たちが待つ荷車の停車地点は、三キロ強道を東に戻らねばならない。

 このままイノシシを引きずって行ってもいいが、一人が走って遥たちを連れてきたほうが早いだろう。

 ということで。


「なあ哲也、疲れてるとこ悪いんだけど、遥たちを呼んできてくれないか?」

「……まあそうだな、さすがにそれを持っていくのはお前でも大変か。いっちょひとっ走り行ってくる」


 阿古川哲也には悪いが、イノシシと一緒にここに残して俺一人で走ると、もし獣が襲ってきたときに奴一人じゃ危ないと俺は思った。

 楽をしたかったという思いが無いでは無いが、高々三キロ強走るくらい、奴にまかせてもバチは当たらないだろう。

 走り去った阿古川哲也を眺めながら、俺は肩にかついでいたイノシシを道のわきに下して待つことにした。


 そして、十数分ののち、荷馬車を駆る遥の姿が見えてきた。

 俺の前で遥は荷馬車を停めると、道に倒れているイノシシを見て目を丸くしていた。

 後から降りてきた鈴音ちゃんも、開けた口を手で隠して驚いているようだ。


「哲也君から聞いてたけど、まさかこれほど大きいとはね…… けれど、このあたりにこんな巨大なイノシシが出るなんてめずらしいわね……」

「スゴイです。こんな大きなイノシシ見たことありません。これ、空さんが仕留めたんですよね」


 なんか遥が気になることを言ったような気がしたが、鈴音ちゃんに褒められて嬉しかった俺は、まあいいかと、気にしないことにした。


「うん、まあそうなんだけど、お宝はちゃんと見つけたよ。しかもかなりの大物」

「それは哲也君から聞いたわ」

「で、これからどうする?」


 俺の問いかけに、遥は「うーん」と考え込み、そして聞き返してきた。


「わたしも一度確かめてみるわ。べつに空を信じてないわけじゃないけど、状況を確認しときたいから。それでいいよね?」

「うん、俺はかまわない」

「じゃあわたしは鈴音ちゃんと行ってくる。鈴音ちゃん!」


 遥の掛け声に、阿古川哲也と興味深そうにイノシシを突いていた鈴音ちゃんがビクッと反応した。

 その驚いた姿が少し恥ずかしそうでなんか可愛い。


「ほら、行くわよ」

「はい、遥先輩」


 俺と阿古川哲也を残して二人は行ってしまった。

 阿古川哲也が切り開いた道は、通り抜けるために必要な分だけしか藪を払っていないので、二人の姿はすぐに見えなくなる。

 陽は頂点に昇り切っていないがポカポカと暖かい。

 俺は荷台に寝そべり、その暖かな春の光陽を満喫していた。

 しかし、うとうとする間もなく二人は戻ってきた。

 そして遥が開口一番。

 

「よっくやったわ、空。かなりの大物よ。発掘初日でこれだけのお宝に遭遇することは珍しいわ」


 遥の鑑定に、鈴音ちゃんもうんうんと頷いている。


「遥にそう言ってもらえると安心できるよ。で、これからどうする?」

「そうね、まずは――」


 ここは発掘師として大先輩である遥に、これからの方針を決めてもらったほうがいいだろう。

 そう思って彼女の話を聞いていたら、阿古川哲也も鈴音ちゃんもどうやら俺と同じ考えだったらしい。

 遥の言うことに、異論が出ることはほとんどなかった。


 で、これからどうするかといえば、遥はイノシシを売りに行くそうである。

 俺が心配そうに「食いたかったのに」と言ったら、「心配しなくていいわよ、売るのは宿屋にだから」という返事が返ってきた。

 そして、俺の顔がよほど心配していると見えたのだろう、「あれだけのお宝よりイノシシの心配するなんて、空、あんたには言葉もないよ」なんて呆れられてしまった。

 遥のそのセリフを聞いて、鈴音ちゃんに微笑ましく笑われてしまったのが少し悔しい。


 さておき、遥がイノシシを売りに行っている間、残された俺たち三人で、お宝発見現場までの道を、荷馬車が通れるように整えることになった。

 今日は陽が傾くまでその作業を行い、本格的な発掘作業は明日からだ。


 そして、予定通りに道を整える作業は進み、陽が傾く前に遥が戻ってきたころには作業が終わっていた。

 驚いたことに、イノシシは十万円で売れたそうである。

 一人あたり二万五千円だ。

 あれだけ巨大なイノシシは珍しいらしく、肉質もよかったし、牙や毛皮も上質らしい。

 最初は、俺一人で倒したイノシシだから、売れたカネは山分けにする必要がないと皆に言われてしまったが、俺たちはパーティーだからと無理やり山分けを納得してもらうた格好になった。

 俺としては大した労力は払っていないし、儲けを独り占めするのには気が引けていたから、皆が納得してくれたことは嬉しかったりする。


 なんか発掘より狩猟のほうが儲かるんじゃないか?

 なんてことも考えたが、トレジャーハントの魅力のほうが俺には上だった。

 発掘師として仕事をしていれば、今回みたいな棚から牡丹餅がまたあるかもしれない。


 さておき、今日はもうここまでということになって、最後に遥が整えられた道の入り口に、俺たちの縄張りを示す立札をたてて宿屋屋街への帰路に就いたのだった。

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